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マッコイ編
86.妄執と大義
しおりを挟むバカな、とフィオはつぶやく。「神玉」の現物を目にしたことはなかったが、エッタの話ではその名の通り玉の形をしているはずではなかったのか? そもそも「戦の女神」への信仰を捨てたダンケルス家に、何故「戦の神玉」が伝わっているというのだ。
いや、そんなことを考えるのは後だ。次々湧き上がる疑問を振り払い、フィオはクロエに首を向ける。
「勇者を召喚して……どうするつもりだ? こんな魔王のいない時代に……」
「魔王が、いない……?」
それこそ馬鹿な話だ! クロエは手にした棍を床に叩きつける。
「いるじゃないか、アドイックの城でふんぞり返っている者が! ヤーマディスの勇者の館に我が物顔で住んでいる者が! バックストリア大学で自らの利権のために魔法の進歩を止めている連中が! ヤイマストの神殿で医療魔法を独占している金満家どもが!」
アドニス王家を、「三賢人」のガンドール家を、「五大聖女」のヴィーダー家を、王国の中核をなす彼らを、クロエは「魔王」と呼んだ。
「そして、当然貴様ら『オドネルの民』もだ……」
石のような瞳が憎しみの色に濁っていく。渦を巻くようなそれをクロエはフィオに向けた。
「わたし達を敗北者として押し込めたヤツらを倒し、王国に巣食うダニ共も掃除し、今度は我々が歴史の勝者となる。そして、『戦の女神』を主神とした新たな国家を樹立する。そのための勇者だ!」
狂っている。
クロエの瞳に映るのは、狂気であった。虐げられてきたという確信によって、すべてに追い詰められてきた目であった。脇腹の痛みよりも、フィオにはクロエの瞳が強く突き刺さってくるようだった。
「だが、計画は台無しになった。貴様らの横槍、勇者を導けない姉……。挙句に偽勇者の烙印を押された」
「カタリナは、何も知らなかったのか?」
単純で無能な女だった。クロエは吐き捨てる。
「本当に魔王が復活すると信じていた、おめでたいバカだ。あんなお告げも信じ切って……。その分、何の疑問もなく勇者に尽くしたがな」
「お告げも、貴様らがやったことだと?」
クロエは口元を笑みの形に歪める。
「そうだ、像を通じてな。貴様と姉と、あと何人かいたか……」
「戦の女神像」は本来ダンケルス家にしか伝わっていなかったが、ヴィーダー家が「自家にもある」と喧伝したために、「五大聖女」の各家に伝わるものと誤解されていた。
「それを利用した。断絶したゾックス家とグレイプ家の紋を彫った、偽の像を用意してな」
偽の像ではあったが、魔を祓う希少な金属をゲンティアンを通じて用意させ、それを使ったという。探索士の持つ「鑑定眼」を潜り抜けるためであった。
「アドイックの適当な冒険者に売るのも、ヤツの販路を利用させてもらった」
グレイプ家の方の像は売れなかったが、ゾックスの像をまんまと買ったものがいた。
「それが、ザゴスか……」
噛ませ犬を倒させ力を誇示し、『魔女の遺産』を潰して信用を得、そして『天神武闘祭』でお前と『七色の魔道士』を負かしてこの国最強の称号を得る。
そこから、進めるつもりだったのに……。クロエの瞳に怒りの色が混じる。それを、フィオは真っ直ぐに見返した。
「そんなことのために、ザゴスを噛ませ犬にしたのか? 人一人を踏みにじったのか?」
「あんなもの、代わりはごまんといるだろう」
そもそも、とクロエは肩をすくめる。
「そいつも『七色の魔道士』も、もうこの世にはいないのだから」
「貴様、ザゴスとエッタに何をした……?」
目を見開くフィオを、クロエは鼻で笑って見せる。
「死んでもらったよ。今頃そいつらは海の藻屑だ。お前なぞに協力するから、そんな目に遭ったのだ」
その言葉は、これまで受けたどんな打撃よりも重たくフィオを打ち据えた。
「そうだ、最早この街にいる邪魔者は、こうして鎖に繋がれたお前だけだ……」
今度は間違いなく上手くやれる。クロエは召喚装置「決意之朝陽」の正面に立つ。
「召喚さえなされれば、『オドネルの民』が来ようが、王国騎士団が来ようが、すべて勇者が一掃してくれる……」
陶酔したようなクロエに、フィオは気持ちを殺して言い放つ。
「それほど上手く行くかな? あのタクト・ジンノは明らかに実力不足だった。ただ『ゴッコーズ』がある、というだけでは戦いには勝てない」
そんな心配は無用だ、とクロエは両腕を広げる。
「今宵召喚する勇者の実力はお墨付き……。そう、歴史が証明している」
「歴史が……? まさか……!」
「そうだ、我々が召喚するのは、ヒロキ・ヤマダ! 新たな勇者が失敗したなら、かつて成功した勇者をもう一度喚び戻せばいい!」
バカな、とフィオは吐き捨てる。
ヒロキ・ヤマダは死んだのだ。魔王を倒した10年後、30歳の若さでこの世を去った。死者を蘇らせるというのは、異世界召喚の範疇ではないはずだ。
「勇者は死んでなどいない……。元の世界へ還っただけだ。そして、アドニス王国に危機が迫った時、もう一度自分を呼ぶようにと『神玉』を『戦の女神像』の形に変え、ダンケルス家に預けたのだ……」
初めて聞く話だが、とフィオは顔をしかめる。与太話だと断じてしまうのは簡単だが、どこか真実味を帯びている。
クロエの話を信じるならば、ダンケルス家にずっと「戦の女神像」が伝承されていた理由も説明がつく。もう一度勇者を呼ぶために必要だから、信仰を捨ててもそれだけは守り続けなければならなかったのだ。
だが、それはそれとして。フィオは召喚装置の前で勝ち誇るクロエを見据えた。
「なるほどな、300年前の勇者を召喚し、アドニス王国を魔王として撃ち滅ぼす。そして、自分達の国を造る……」
よく理解できた、とフィオは何度もうなずいて見せた。
「だが、貴様らに大義はない。大義なき計画など、成功はしないぞ」
そう断じたフィオに、クロエは「何をバカな」とかぶりを振る。
「大義など勝者が作るものだ。正しいものが勝つのではない、勝ったものが正しいのだ!」
声を張り上げれば傷に響く。だが、その痛みも感じずにフィオは大きな声で言い放つ。
「神を騙り、人を軽んじ欺き、暴力で王権を簒奪する……、そんなものに大義など、正しさなどあってなるものか! 魔王はお前たちの方だ、クロエ・カームベルト!」
言わせておけば、とクロエが棍を振り上げた刹那、地下室にくぐもった声が響く。
『き、緊急!』
壁に付けられた、ラッパの口のような管からであった。キケーロはすぐさま駆け寄ると、「どうした?」と怒鳴り返した。
『し、侵入者です……! 正面からやってきて、物凄い強さで……』
声の背後から物の崩れるような音と共に人の悲鳴がこだまする。
『う、うわぁあああ!? 来るな、来るなぁあ!』
鈍い音の後、管からは何の音もしなくなった。キケーロは色を失った顔でクロエを見やる。
「三番管からです……」
近いな、何者だろうか。そう首をひねるクロエに、キケーロは「自分も迎撃に向かいます」と腕を胸の前に回す。
「ああ、頼む」
「もしものことがあるやもしれません。勇者の召喚、急いだ方がよろしいかと」
「わかった。キケーロ兄、気を付けて」
お辞儀で返して、キケーロは小走りに部屋から出て行った。
その背を見送った後、クロエはフィオを振り返る。
「お前の差し金か? 『オドネルの民』に援軍でも頼んだか?」
「……ボクは『オドネルの民』ではない」
クロエは舌打ちすると、フィオの頬を張る。そして床に置いた棍を手に取った。
「まあ、何だっていい。今から勇者を召喚する。相手が何者であれ、魔王を倒せしヒロキ・ヤマダに、敵うものなどいるはずがないのだから」
そう宣言すると、クロエは「決意之朝陽」へと歩み寄る。円筒形の装置の下部には丸い何かを差し込む口が開いていて、クロエはそこに棍を差し込んだ。
「光栄に思うがいい、薄汚れた血筋の貴様が、偉大なる勇者の再臨に立ち会えることを!」
クロエが棍を押し込むと、「決意之朝陽」の円い胴体が、低い音を立てて回転を始めた。「戦の女神像」が光り輝き、周囲に青白い放電が走る。
「さあ、来たれ勇者よ! そして我らを苦難よりお救いください――!」
回るほどに速度は増し放電は激しくなる。耳の奥を揺らすような重低音が響き渡った。
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