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マッコイ編
81.朝の逮捕劇
しおりを挟む早朝、マッコイの街の宿「星の戦車亭」の廊下をバタバタと複数の人間が走る音が響く。
一体何だ、とまどろみの底からザゴスは目を覚ます。
寝台の上で上体を起こし、外の気配をうかがっていると、足音はちょうどザゴスの部屋の前で止まった。次いで、激しくドアが叩かれる。ノックと言うよりも、殴りつけるような乱暴さであった。
「んだぁ?」
寝台から降りるのと、戸が開け放たれるのは同時であった。
「テメェら……!」
廊下に居並ぶ者共を見て、ザゴスは一気に目が覚めた。
「よう、ザゴス……。昨日はよくもやってくれたもんだなぁ?」
棍を携えた赤毛の男、武闘僧隊隊長のキケーロはそう言ってこちらをにらみつけてくる。その背後には五人の武闘僧が控えている。
「こんな朝っぱらからケンカ売りに来たのかよ?」
張りをほぐすように首を回し、ザゴスは応じる。だが、キケーロから返ってきたのは思いもよらない言葉であった。
「ケンカじゃねえ。逮捕しに来てやったんだよ」
「ああ?」
逮捕だと? ザゴスは太い眉をしかめる。そんなことされる覚えは……いや、あったわ。そう思い直した。昨日のエッタの上級魔法による攻撃、あれは逮捕されても仕方ないかもしれない。むしろ、昨日の内に来なかったのが怠慢と言えるほどだ。
「ちょっと、朝からなんですの? 非常識ですわよ!」
そこに、新たな声が響く。ザゴスの向かいの部屋で寝ていたエッタも起き出してきたのだ。
テメェが常識を語るな、とザゴスが言う前にキケーロがそちらを振り向く。
「おい、フィオラーナ・ダンケルスはどこにいる!? お前らがパーティを組んでいることは調べがついてんだよ!」
フィオ? ザゴスはますます眉を寄せた。何故フィオを探しているのか。というか、昨日の上級魔法の件はいいのだろうか。
「フィオに用ですか? 今は別行動中でまだ帰っていないようですけど」
まだ戻っていないのか、とザゴスの中で不安が首をもたげてくる。昨夜は夜通しまんじりともせず寝つけなかったザゴスであるが、フィオが帰ってきた気配は感じていなかった。明け方、少しまどろんでいた間にもしかすると、と思っていたのだが……。
「別行動だと? どこへ行った!?」
「あなた達に教える必要があるんですか?」
物音で起こされて不機嫌なのだろう、いつも以上に挑発的な口調であった。
「ある!」
キケーロは手にした棍を床に打ち付けた。
「今朝、『ヤードリー商会』十二番頭が一人、ゲンティアン・アラウンズが自らの執務室で死体で見つかった。その腹には、フィオラーナ・ダンケルスの剣が突き刺さっていた!」
「何だと……!?」
「はぁ!?」
ザゴスもエッタも、思わず驚きの声を上げた。それも死んだのはゲンティアン・アラウンズ、フィオが昨日訪ねたという十二番頭だ。
「フィオラーナ・ダンケルスはどこに行った?」
動揺を見て取ったのか、キケーロは嵩にかかったように問い質してくる。
「お前ら、どこかに隠してんじゃないだろうな? それとも逃がしたか? 共犯か?」
「ちょっと、ふざけたことぬかしてんじゃありませんわよ!」
エッタはキケーロの背後に並ぶ武闘僧を押しのけて、彼に詰め寄った。
「そんな十二番頭なんて、縁もゆかりもない相手を殺すわけがないじゃないですか! 動機がないですわよ、動機が!」
「んなモン知るか! とにかく、これ以降は神殿で話を聞く!」
連行しろ! という指示を受けて、武闘僧たちが動き出す。
どうする? 抵抗するか? とにかく、とザゴスは身構えた。
「そこまでよ、キケーロ」
階段の方から響いた声に、キケーロ以下武闘僧たちの動きが止まる。
声の主は、マッコイ冒険者ギルドの受付嬢でありギルドマスター代行のエリオであった。
「これはこれはギルドマスター代行殿」
慇懃無礼に、キケーロはお辞儀をして見せる。
「だが、待ったをかけるとはどういうつもりだ? 独立機関の冒険者ギルドと言えど、俺たち武闘僧隊の警察権を止めることはできないはずだ」
「ええ、そうね」
涼しい顔でエリオは肯定する。
「けれど、ギルド会員の逮捕拘留は、物的証拠がなければ許さないわ。現場から自分の武器が見つかったフィオ・ダンケルスならともかく、そのパーティメンバーだからと言って、そこの両名を拘束することはできないはずよね?」
「ぐ……」
言葉に詰まったキケーロに、エリオは「思い出していただけたみたいで嬉しいわ」と皮肉めいた微笑を浮かべる。
「けれど、あなた達には尋問の権利はあるわ。ギルドに来なさい。わたしの立会いの下なら、いくらでも取り調べてもらっても結構よ」
結局は取り調べられるのかよ、とザゴスは自分のうなじに手をやった。
「ザゴス……」
武闘僧達を押しのけて、エッタが部屋に入ってくる。
「仕方ありませんわ、ここは大人しく尋問を受けましょう……」
エッタの顔にも焦燥の色が浮かんでいた。
宿屋「星の戦車亭」からギルドへ移動する最中、武闘僧達に前後を挟まれながらも、ザゴスとエッタは小声で言葉を交わす。
「これはいささか、まずいことになりましたわね……」
「フィオのヤツも何やってんだよ……」
エッタは「縁もゆかりもない」ととぼけてみせたが、ゲンティアン・アラウンズといえば、昨日のフィオの置き手紙にあった名前だ。
「ザゴス、あなたどう思います? フィオが本当に殺したと?」
「……勢い余ってやらなくはねぇだろ」
フィオはそんなことしない! と言えれば簡単なのだが、一概には言い切れないとザゴスも考えている。事情によっては、万が一ということはある。
「いや、まあ……そうですけどね……」
エッタもそう思い直したようだ。ただ、とザゴスは付け加える。
「姿をくらましてんのが引っ掛かるな。フィオの性格上、武器だけ残すってのもちょっとあり得なくないか?」
もし、フィオが本当にゲンティアンを殺したのであれば、武器だけでなくて本人もその場に残って、「これこれこういう理由があるので殺した」と釈明するだろう。
「うーむ、確かに……」
わたくしの言うことがなくなってしまいましたわ、とエッタは肩をすくめる。
「とにかく情報が少なすぎます。尋問の中で向こうから情報を……」
「おい、何をこそこそやっている!」
先頭を歩くキケーロから怒声が飛ぶ。
「別に何もー!」
大きな声で言い返し、同じくらいの大きさで続ける。
「神経過敏過ぎやしません? 自分の行動に自信がないのでは?」
キケーロの大きな舌打ちが聞こえ、エッタはにやりと笑う。相変わらずの性格の悪さだが、これからの尋問では心強い。エッタに任せるか、とザゴスは思う。
「自信がないというより、混乱しているようね」
不意に最後尾にいたエリオが追い付いてきて、話しかけてきた。
「ゲンティアン・アラウンズは、彼らにとって最大の支援者。それが殺害されたとなると、これからの武闘僧隊の在り方にも関わってくるもの」
武闘僧隊に警察権を与え、衛兵隊の代わりとすることは、ゲンティアンが強引に推し進めたことだ。
それでもまともに仕事をするならばいいのだが、実のところ武闘僧隊自体の評判は芳しくない。特に最近は酷いものだ。捜査は強引で、普段の振る舞いも横暴。現場処刑もままあるため、恐れ嫌われているという。
十二番頭の間でも見直しを求める声が強いらしく、それを押さえてきたゲンティアンが死んでは、来年以降は今の地位を維持することは難しいだろう、とエリオは推測を語った。
「だからこそ威信をかけて犯人を追うでしょう。それはそれは強引な方法でね……」
「フィオの身が危ない、と?」
そうね、とエリオは小さくうなずいた。
「あの子が犯人なら、真っ当な裁きは受けられないかもしれない。もし無実なら、一層目も当てられない事態になるでしょうね……」
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