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マッコイ編
78.接触
しおりを挟むザゴスとエッタが神殿の前でクロエと会っていた頃、フィオはマッコイの冒険者ギルドの食堂で、一人その帰りを待っていた。
二人の心遣いはありがたい。危険があるというのもわかっている。だが、どうにもフィオは落ち着かなかった。自分も動くべきではないか。そんな気持ちが湧き上がってくるのをどうにか押さえ込むように、静かに瞑目していた。
「あんた、フィオラーナ・ダンケルスでしょ?」
と、そこに声をかけてくる者がいた。目を開くと、まず二重円の紋章がついた胸当てが飛び込んでくる。
武闘僧か! フィオは素早く立ち上がって身構える。すると、相手は慌てて「ちょっと、ちょっと待って!」となだめるような手つきを見せる。
「待ってって、剣抜かないで……! 別に戦いに来たわけじゃないんだよ!」
武闘僧はそう言いながらバケツのような兜を脱いだ。中から出てきたのは、緑の髪の女だった。束ねた長い髪が垂れ下がってくるのを後ろに回し、「えへへ」とこちらに微笑んでみせる。
「何だ貴様は? ボクに何の用だ?」
あくまで警戒を解かないフィオに、武闘僧は「まあまあ座って」と言いながら、フィオの向かいの椅子に腰を下ろす。
「あたしはベルタ。見ての通りの武闘僧でね、あんたのことを探してたんだ。この街に来たって聞いてさ」
「だから、何の用だと聞いている」
ベルタと名乗った武闘僧は、立ったままこちらを見下しているフィオに、深々とため息をついた。
「そうつんけんしないでよ。あたしは味方だよ?」
「味方かどうかはボクが決める。何の用があって話しかけてきた?」
同じ質問を繰り返すフィオに、「おやおや」とベルタはわざとらしく両腕を広げた。
「そう言わないでさあ。知りたいんだろ? タクト・ジンノのこと」
探りを入れに来た、ということか。勇者の名の登場に、フィオは一層慎重を心がけることにした。
「何故、そう思う?」
「あんたがこの街に来る理由、それ以外にある?」
あんたらも調べてるだろうが、こっちもあんたらを調べてる。ベルタはどこか得意げに続ける。
「何せあんたは、『天神武闘祭』でこちらの勇者を打ち破ったんだ。そりゃそうするよね?」
「……貴様は一体何者だ?」
重ねて、フィオはベルタに問うた。
「さっきも言ったように、『戦の女神教団』の武闘僧だよ。……ちょっとだけ、今の教団の在り方に思うところのある、ね」
その「思うところ」が、先ほどの「味方だ」という発言と繋がってくるのだろうか。フィオは一つ息を吐いて、ベルタの向かいに腰かけた。
「お、聞いてくれるかい?」
笑うベルタに対し、フィオはあくまで冷静に尋ねる。
「思うところと言ったな、どういう意味だ?」
無愛想だねー、とベルタの笑みに苦いものが混じる。
「そうだね……。今、『戦の女神教団』は大きく二つの勢力に分かれてる」
ベルタは右と左それぞれの人差し指を立てて見せた。
「まず、大祭司セシル聖の娘で、その代理を務めるクロエ姉を中心とした主流派」
左の人差し指を振りながらベルタは続ける。
「主流派といっても、お告げにあった勇者タクトが『偽勇者』の烙印を押された今となっては、勢いはないけどね。大祭司であるセシル聖が臥せってるのも痛い」
今度は右の人差し指を振った。
「もう一方が、あたしの所属する武闘僧隊を中心とする急進派。この間召喚された勇者のタクトが『偽勇者』とされてしまったのは、クロエの姉であるカタリナが上手く導けなかったから。そうやって主流派を糾弾してんの」
ふむ、とフィオはうなずく。概ね、イェンデルから聞いた通りの状況であった。
「急進派の中心となっているのが、武闘僧隊の隊長であるキケーロ兄と、副隊長のパブロ兄の二人だね」
赤毛のキケーロは武勇に優れ、青い髪のパブロは知恵が回るとベルタは付け加えた。
「で、あたしは武闘僧隊だけど、クロエ姉やカタリナ姉には恩義を感じててね」
故に「思うところ」があるのだという。
「キケーロ兄やパブロ兄は、クロエ姉に対してきつすぎるよ。大恩あるセシル聖の娘なのにさ……」
両の人差し指を、つんつんと顔の前で突き合せ、ベルタはうつむいて見せた。
「で、それが何だというんだ?」
教団の内情ならば知っているし、直接的にフィオに関係ある話ではない。内輪で揉めるだけならば好きなだけ揉めるがいい、とフィオは肩をすくめる。
「手厳しいねえ。最後まで聞いてよ」
ベルタは苦笑混じりに広げた手をひらひらさせた。
「あたし、キケーロ兄とパブロ兄が、クロエ姉と揉めてるの聞いちゃったんだ……」
ふと辺りを見回してから、ベルタは声を低くする。
「新しい勇者を召喚するかどうか、って話をさ」
「勇者を……召喚する?」
否応なく、フィオの頭に「オドネルの民」のことがよぎった。
エッタによれば「オドネルの民」は「もう向こう100年召喚はできない」と言っていたそうだが、「戦の神殿」にはその術があるというのだろうか。
「召喚して、どうするんだ?」
努めて冷静にフィオは尋ねる。
「タクト・ジンノの失敗を取り戻し『戦の神殿』の復権を目指す、ってパブロ兄が」
急進派は、「偽勇者に踊らされた」という烙印を剥し捲土重来を目指すつもりらしい。
「クロエ大祭司代理は、それに慎重だと?」
「慎重、ってか嫌なんだと思うよ。だってさ、タクト・ジンノだってそんな悪い勇者じゃなかったじゃん?」
「うーむ……」
フィオは言葉に詰まる。とてもでもないが、うなずきかねる話だ。「ゴッコーズ」には振り回されていたし、ザゴスやカタリナや他の「天神武闘祭」出場者に対する態度を見るに、人間性は劣悪な部類に入るだろう。有体に言えば、醜悪な幼児性を持つ自己中心的な甘えん坊だった。
そんなフィオの様子を尻目に、ベルタはまくし立てる。
「それなのに、また新しい勇者を召喚するなんてなったら、タクトのことは自分たちが悪いって認めるようなもんじゃん! クロエ姉は、それが嫌なんだよ。カタリナ姉のことも全否定するみたいになっちゃうし……」
イェンデルの話では、主流派は「偽勇者」の烙印を甘んじて受け入れているそうだが、本人たちの感情はそこまで単純ではない、ということだろう。
クロエとカタリナの姉妹関係が良好だったかはわからないが、姉のしてきたことを否定されるような気になる、というのは理解できる。
「でも、キケーロ兄やパブロ兄は、『新たな勇者で信用を取り戻す方がいい!』って先走っちゃっててさ……」
こちらはこちらで、「自分たちは悪くない」ということを内外に示さねば、と躍起になっているようだ。失地を取り戻すために新たな勇者を、となるのもわからなくはない。
だが、とフィオは首をひねる。
「主流派と急進派の方針の違いはよくわかった。だが、そこまで埋められない溝のようには思えないのだが……」
「うん。昔ならね……」
フィオの疑問をベルタは素直に肯定した。昔、というのはいつ頃のことかわからないが、少なくとも今はできない理由があるらしい。
「『ヤードリー商会』の、ゲンティアン・アラウンズって知ってる?」
フィオが首を横に振ると、ベルタは「十二番頭の一人だよ」と少し呆れたように言った。
「十二番頭が、『戦の神殿』の内部事情に介入しているのか?」
こっくりとベルタは首を振った。
「ゲンティアンは、ただの十二番頭じゃないんだ。あたし達武闘僧隊が、この街で衛兵の代わりやれてるのは、こいつが提案したからなんだ」
他の十二番頭の反対を押し切り、武闘僧に警察権を与えた張本人が、このゲンティアンだという。
「このゲンティアンが、キケーロ兄たちに色々吹き込んでるみたいで……」
武闘僧達の後ろ盾になり、主流派との対立を煽っているという。
「『新しく勇者を召喚しよう』って言い出したのも、ゲンティアンだと思う」
何? とフィオは目を見開く。
「それは確かか?」
「多分ね」
クロエと両隊長が揉めていたのは、両名がゲンティアンと面会した翌日であったという。それまでは「新たな召喚」という話は一度も出てこなかった、とベルタは断言する。
まさか、と思いながらフィオはベルタに尋ねる。
「そのゲンティアン・アラウンズとはどういう人物だ?」
詳しいことまでは知らないけど、と前置きしてベルタは語った。
「ゲンティアン・アラウンズ。アドニス王国にある鉱山のおよそ5割の採掘権を持っているっていう豪商。傘下の商店では、魔導銅や魔導鉛を材料とした、魔法道具を主に扱ってるみたい」
充分詳しいが、と半ば呆れつつも、フィオは魔導鉛という言葉を聞き逃さなかった。
スヴェンがイェンデルに追わせている、造魔獣の核の材料となる物質蒼鉛鉱は、魔導鉛を精製した際に出る不純物だという。鉱山を多く所有しているのならば、ゲンティアンは蒼鉛鉱を大量に手に入れられる立場にあったはずだ。
このゲンティアンが「オドネルの民」の協力者だとしたら?
「……ベルタといったな?」
うん、と武闘僧の女は返事をした。
「『戦の神殿』に『神玉』はあるのか?」
しんぎょく? とベルタは一瞬顔をしかめ、「ああ、『神玉』か」と得心したようにうなずいた。
「まあ、そりゃ、あるんじゃ、ないの?」
何故「神玉」の話を出すのか、とベルタは不思議そうにフィオを見返す。
「『神玉』は、神が地上に干渉するための力だという」
「お、詳しい! 何かそれあたしも聞いたことある!」
さっすが「五大聖女」の家系、と見え透いた世辞に応じず、フィオは続ける。
「貴殿の話を聞きながら、疑問に思っていた。簡単に『新たな勇者を召喚する』というが、異世界召喚ともなれば神の所業、どこにそんな力があるのか、と」
「……あ、そっか! それで『神玉』使うってことか!」
ベルタは両手を打った。
「故にもう一度問う。『戦の神殿』に『神玉』はあるのか?」
うーん、とベルタは唸る。
「見たことは、ないけど……」
ないけど、と繰り返してから続ける。
「多分、地下の『女神の間』だと思う」
「地下?」
そーそー、とベルタは眉をひそめる。
「戦の神殿」には大きな地下階があり、そこはいくつかの部屋にわかれている。ほとんどが物置部屋だが、中心部にある最も大きな部屋は「女神の間」と呼ばれ、人間の精神器官の型を読み取って開閉する新式の魔法錠によって、厳重に管理されているという。
「神玉」があるとすればそこだろう、とベルタは推測を述べた。
ならば、とフィオは考える。
ゲンティアン・アラウンズは「オドネルの民」の協力者である可能性が高い。その「オドネルの民」は新たな勇者を召喚しようとしているが、そのための「神玉」を持っていない。
一方、ゲンティアンが影響力を持つ「戦の神殿」には、どうやら「神玉」があり、地下室に厳重に保管されている。
ゲンティアンは神殿の急進派を焚きつけ、「神玉」を持ち出させ、それを「オドネルの民」のために奪おうとしているのではないか。
「……ゲンティアン・アラウンズ。話を聞く必要があるかもしれんな」
フィオの呟きに、ベルタは「でしょ?」とにやりと笑った。
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