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マッコイ編

76.女神官クロエ

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 カタリナの妹だという女神官はクロエと名乗った。大祭司セシル聖の娘であり、今の「戦の神殿」の大祭司代理の地位にあるという。

「とは言え、父の代理ですので……。名目上のことです」

 ザゴスとエッタはクロエを伴って、話を聞くために広場の片隅にあるベンチへと移動した。

「……そうですか。お二人は、姉とお知り合いで」
「おう……まあな」

 実際知り合いなのだから何も問題はない。とは言え、「設定」を語ったザゴスは若干の罪悪感を覚える。

「姉の最期は、どんなものでしたか?」

 「天神武闘祭」に出たことは話さないことになっていたので、ザゴスは言葉を選びながら語った。決勝戦では懸命にダンケルス家の従者――ザゴス自身のことだが――と戦っていたこと。惜しくも敗れた後、突然勇者に首を落とされたこと。

「だけどよ、そのク……偽勇者のことをずっと本物だって信じててよ……。騙されてるとは言え、その尽くす姿勢は立派だったと思うぜ」

 それだけは、ザゴスの正直な気持ちだった。だからこそ、哀れにも思えるのだが。

「姉も、本望だったと思います」

 クロエは目尻を人差し指で拭った。

「勇者と信じていた彼の力になれたのだから」

 その「彼」に殺されたんだがな。ザゴスの分厚い胸板の奥が痛むようだった。

「あなたは、偽勇者のタクト・ジンノという少年と面識はあるのですか?」

 一通り話し終わったと見て、エッタが口を開く。どこか突っかかるような言い方にも聞こえたが、クロエは穏やかに応じた。

「いえ……。でも、お告げがありましたから、わたしも姉も彼が勇者だと信じていました」

 まっすぐにエッタを見据えてそう言って、「それが、あんなことになるなんて……」と瞳を伏せた。

「待ってください。あなたもお告げを聞いたのですか?」
「ええ。あれはちょうど姉が帰ってきた時のことでした」

 今から2か月ほど前のことだ、とクロエは回想する。

「わたし達の父である大祭司セシルは、この5年ほど病に臥せっているのですが、あの時容体が悪化して……。わたしはアドイックへ文を送り、姉を呼び戻しました」

 幸いにもセシル聖は持ち直し今も存命であるが、その際に姉妹にお告げが下ったという。


「これより14日の内に、私はアドイックの片隅に少年を召喚する。この少年こそが『ゴッコーズ』を受け継ぎし、次代の勇者である」


 職業柄か、お告げの文面をクロエは一字一句諳んじているようだ。

「お告げは、他には何と?」
「わたしが聞いたのはこれだけです。もしかすると姉は、それ以上のことを知っていたかもしれませんが、今となっては確かめる術もありません……」

 カタリナはすぐにアドイックへ戻り、タクト・ジンノと出会った。それからの流れは、かつてビビが語った通りであろう。

「では、何故『戦の女神』は魔王のいない今、勇者を呼んだと思います?」
「おい、エッタ」

 矢継ぎ早に質問を繰り出すエッタを、ザゴスはたしなめるような目で見やる。

「構いませんよ」

 クロエはそう笑顔を作って応じる。

「でも、それは……難しい質問ですね」

 首を傾げながら彼女は続けた。

「そもそも、今や勇者は『偽物だった』ということになっています。わたしも姉も勇者が本物だと信じていましたが、真実はどうだったのか……」

 イェンデルの話していた通り、神官たちの側は偽勇者の烙印を受け入れているようだ。

「『戦の女神』以外が、勇者を召喚した可能性は?」

 エッタの問いかけに、クロエは一瞬だが目を見開いた。

「それはどうでしょうね……?」
「何かご存知なのですか?」

 その様子を目ざとく見つけ、エッタは更に踏み込む。

「いいえ……。召喚というのは神の所業です。人の身でそれを成すことなど、あまりにも発想が飛んでらっしゃるというか……」

 さすがは「七色の魔道士」ですね、とクロエは言い足した。

「それとも、何かそういう理論をお持ちなのですか?」
「構想中、とだけ言っておきましょう」
「待て、何だその妙なハッタリは……」
「できません、とは言えない学者の性というものです」
「学者でもなんでもねェだろ、お前……」

 胸を張るエッタに、ザゴスは呆れたように肩をすくめた。その様子を見て、クロエは口元に手を当てて笑った。

 少し雰囲気の和んだそこに、「おい」と粗野な声がかかる。

 金属のぶつかり合う音と、複数の足音が近づいてくるのを聞き、ザゴスは警戒するようにそちらを見やる。

 円柱形の大兜グレートヘルムと胸当てを身につけ、長い棍を手にした集団――武闘僧バトルモンクだ。十人ほどはいるだろうか。顔を覆う兜の隙間から注ぐ視線からは、強い敵意のようなものが感じられる。

「キケーロ……、それにパブロも……」

 ベンチから立ち上がったクロエが、きゅっと身を固くしたのが見て取れた。

「よう、大祭司代理様。ご機嫌麗しゅう」

 先頭にいた、兜を被っていない二人組の内、赤い長髪を束ねた方――キケーロが慇懃に礼をする。

「そんな連中を連れて、何の悪巧みだ?」

 青い短髪の方、パブロがねっとりとした視線をクロエへ向ける。

「よそ者を招いて、妙なこと企んでるんじゃねえだろうなあ?」
「違います! この人たちは姉さんの冒険者仲間の方で……」
「カタリナの? はん! あの役立たずの犬死女のお仲間かよ」

 赤毛のキケーロは鼻で笑う。それに応じるように後ろに控える武闘僧バトルモンクの一団から笑い声が起きる。

 その声の嘲笑の色に、思わずザゴスの足が動いた。大股で進み出て、キケーロを険しい視線で見下した。

「役立たずだ? 犬死だ?」

 ふざけるんじゃねェぞ、とザゴスは拳を握る。

「テメェらがカタリナの何を知ってやがる!?」

 あぁん? とキケーロはザゴスを見上げ、首をかしげる。

「何だお前は?」
「いやいや、俺らはよーく知ってるぜ」

 横からパブロが口を挟んでくる。

「せっかくの勇者を導けなかった役立たずだってなぁ!」

 またも武闘僧バトルモンクの一団から笑いが起こる。うつむくクロエを横目に、ザゴスは怒鳴りつけた。

「テメェらの身内じゃねぇのか!? よくそんなこと言いやがるぜ……!」
「はん! あんな無能な女、身内じゃない方がよっぽどよかったぜ!」

 違いねえぜ、とキケーロはニヤニヤとうなずく。

 ザゴスの目には、この二人と「天神武闘祭」でのタクト・ジンノの姿が重なって見えた。

(ここの遅れた文明じゃわからないかもしれないけど、『怠け者の味方が一番の敵』ってオレの世界じゃ言うんだよ。ザコのくせに口出してきて、ホント邪魔――)

「テメェらァ!」

 遂にザゴスは腰の斧に手を伸ばした。あんな死に方をした彼女を、ここまで嘲笑われて我慢できるものではない。

 得物を抜き放とうとしたとそこに、ザゴスにすがりついてくる者がいた。

「やめてください!」

 クロエであった。ザゴスの正面に回り、腰にすがりつくようにして大男を押しとどめる。

「いいんです、いいんです……!」

 いいわけあるかよ、とザゴスは奥歯を噛みしめる。

「おいおい、デカブツよぉ。威勢がいいのはいいが、マッコイの街中で武器を使っていいのは、俺たち武闘僧バトルモンク隊だけだぜ?」

 そんな二人を見ながらも、パブロは意に介した風もない。その隣、同じくニヤニヤを消さないままのキケーロが、無造作に棍を振り上げた。

「こんな風になぁ!」

 キケーロは鋭い突きを繰り出した。その瞬間、クロエがザゴスから体を離す。

「危ない!」

 身を翻し両腕を広げ、クロエは棍の前に躍り出る。その切っ先は止まることなく、彼女の喉元を突いた。

「クロエ!」

 突かれた衝撃でクロエの身体は宙に浮き、背中から広場の石畳に落ちていく。口から吐き出された鮮血が舞う。

 それらが何故だかゆっくりと見え、ザゴスは腕を差し伸べて彼女の体を受け止めた。
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