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マッコイ編

75.悪意の顔

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「……以上3名を本日より28日間、マッコイ冒険者ギルド所属と見なします」

 マッコイ冒険者ギルドの受付嬢にしてギルドマスター代行のエリオは、笑顔で臨時活動証を差し出した。

 やっぱりエリスやエリンとそっくりだぜ、とザゴスは思ったが口には出さない。

 先にヤーマディスを発った際、あの街の冒険者ギルドにも寄ったのだが、そこで初めて顔を合わせたエリザを見て、ザゴスはフィオとエッタに「どこの街のギルドの受付嬢もそっくりじゃねえか?」と問うた。

(いや、そっくりではないだろう。名前は似ていて混乱するが……)
(ザゴス失礼ですわよ? もしかして、女性は全部同じ顔に見えてしまうとか、そういう手合いなんですか?)

 などと、批難轟々であった。

 当のエリザも「よくある顔ですから」と、バックストリアのエリンと同じとぼけ方をして見せ、ザゴスとしては「ますますそっくりじゃねえか」と言いたかったが、最早口には出せず、もごもごと引き下がるしかなかった。


「では行こうか、『戦の神殿』へ」

 臨時活動証の発行を終え、フィオはザゴスとエッタを振り返る。

「そのことなんですが、フィオはここで待っていた方がいいと思うんですの」

 エッタの言葉にフィオは少し憮然となる。

「何故だ?」
「イェンデルさんが言っていたでしょう。用事がないなら近づくな、と」
「いや、用事があるから行くんだが」

 そうですけど、そういうことではなく。エッタは眉をひそめる。

「ギルドにいたら安全なようですし、下手に危険を冒す必要はないですわよ」
「しかし、これはボクの受けた『クエスト』だ。そのボクが留守番というのは……」
「いやいや、今回ばかりはエッタの言う通りだぜ」

 ザゴスも口を挟む。

「カタリナとのこと忘れたのか? あの敵意を何十人もが向けてくるんだぞ?」

 あの「ボクスルート山地」の戦いの後、フィオの正体を知ったカタリナの態度の変化、そしてこのマッコイの街に漂う剣呑な空気。それらを考えると、下手に出歩くと危険なのは目に見えている。

「おや、珍しく意見が合いましたわね」

 ザゴスの言葉にエッタは微笑む。が、すぐにその笑みを消して続けた。

「フィオ、同じ悪意の下に結束した人間は、どこまでも残酷になれるんです」

 その恐ろしさ、わたくしはよく見てきました。エッタがそう語るのは、アドニス王国での経験だけではない。一つの「正義」を信じ込んだ集団が、一人の人間を徹底的に叩き潰そうとする。前世でエッタが過ごしていた世界では、よく見られた事象だ。

「一旦探りを入れるだけですし、わたくし達だけに任せてもらえませんか?」

 その事情を語ったわけではない。だが、その真剣な思いをエッタの視線から感じたのだろう。少し驚きながらも、フィオは「わかった」と応じた。

「君たちに任せよう。ただ、危険なのはボクとパーティを組んでいる君たちも変わらない」

 無理はしないでくれよ、というフィオにザゴスとエッタは「もちろんだ」とうなずいた。

「ザゴス、下手にケンカを売ったり買ったりするなよ」
「ったりめェだろ、さすがにやらねぇよ」

 多分、と内心で付け加えたが、ザゴスは胸を叩いた。

「エッタも、攻撃魔法を街中で撃つなよ。上級魔法はもってのほかだ」

 しかし、エッタは無言であった。何も言わぬまま、そっぽを向いた。断言できないらしい。

「そこはうなずいてくれよ……」

 フィオはエッタの横顔をじっとりとにらんだ。



「信仰が廃れてるっていう割には、大きな建物ですわよねえ」

 マッコイの街の中心部から東、広場に建つ巨大な白亜の建造物を見上げて、エッタは嘆息する。

 確かに建物は巨大であるが、ザゴスは広場を見回した。参拝者の数はまばらだ。アドイックには「天の神」を祀る神殿があったが、そちらに比べると目に見えて少ない。

「作戦は覚えています?」
「おう、まあな」

 正面から何かを尋ねてもまともな回答は得られないだろう。そう推測して、ザゴスとエッタは訪問の理由付けをあらかじめ話し合っていた。

「俺あどいっくデ冒険者ヤテル。かたりなト知リ合イ。ダケド死ンダ。オ参リ来タ……」
「カタコトなのが気になりますが、その設定で正解ですわ」

 どうにも芝居は苦手だ、とザゴスは自分のうなじを撫でた。

 ザゴスとエッタは、エンタシス柱の並ぶ神殿の入口へ足を進める。柱の間には巨大な「戦の女神像」が建っていた。二重円の光背を背負い剣を携えたその姿は、フィオやザゴスが持っていたものとそっくりであった。違いは剣の刀身に家紋があるかどうかであろう。

 女神像か。巨大な像を見上げて、何となくザゴスは懐かしさを覚えた。

(――しかし、ここでの再会は僥倖ぎょうこう、『戦の女神』に感謝せねばなるまい)

 かつてザゴスが持っていた像は、「ボクスルート山地」でカガミウツシという魔獣と戦った際に、その霧状の身体を吹き飛ばすために使われ、砕け散ったのだった。まだ一月も経っていないが、随分と昔のことのように感じる。

(ザゴス殿、協力感謝する。貴殿の決断に命を救われた――)

 カタリナ。

 ザゴスは拳を握った。

 もし「戦の神殿」が「オドネルの民」から勇者を掠め取ったのだとしたら、そしてその勇者を使って何かしようと企んでいたのなら。

 彼女は、それを知っていたのだろうか。知っていて、それを胸に秘めていたのだろうか。

「何をボーっとしてるんです? 行きますわよ!」

 気が付けば、エッタはザゴスのいるところから5段ほど先に進んでいる。まったくもう、とこちらを見下す彼女を追いかけようとした時、神殿から降りてくる者の姿が目に留まった。

「……あっ!」

 階段を降りてきたのは、カソックをまとった女神官だった。その顔を見て、ザゴスは思わず声を上げる。

 それに気付いたのか、女神官は足を止めザゴスを見下した。

「わたしの顔に、何かついていますか?」

 自分を見上げる岩のような顔の大男に、不審げに女神官は眉をひそめる。

「あ、いや……」

 言い淀むザゴスに、エッタが下りてきてその尻を思い切り叩いた。

「デレデレしなさんな!」

 エッタの声と尻の痛みで、ザゴスは我に返った。

「何しやがる! 別にデレデレなんてしてねぇだろ!」
「いいえ! してましたわ!」
「してねぇって!」

 突然言い争いを始めた二人を見回して、件の女神官は目をぱちくりさせる。

「あ、あの……」

 声を掛けられ、ハッとしたようにエッタは居ずまいを正す。

「これは、うちの山賊まがいが失礼いたしましたわね」
「誰が山賊だ!」

 ザゴスの抗議を無視し、相手の神官を情報源にしようと考えたのか、エッタは自己紹介を始めた。

「わたくしはヘンリエッタ・レーゲンボーゲン。魔道士です」
「あー、ザゴスだ。アドイックから、ちょっと用があってここまで来て……」

 えーと、と言い淀むザゴスを、エッタは「下手くそですか」と小声で少しにらんだ。

「アドイック……?」

 女神官は階段を降り、ザゴスに近付いてきた。

「ザゴスさんは、アドイックからいらしたのですか?」
「おう……、そうだけどよ……」

 そう応じると、女神官は急に目を潤ませた。

 ぎょっとしたザゴスの尻に、さっきと寸分たがわぬところに痛みが走る。「何しやがる!」と振り返ると、エッタがこちらをにらんでいた。

「あなたの顔が怖いから、泣いてしまったではないですか!」
「そんなわけ……」

 ねぇだろ、とは言い切れない。ザゴスは言葉を飲み込んだ。

「違うんです」

 涙を拭って、女神官は続ける。

「実は、わたしの姉がアドイックで冒険者をしていまして……」

 姉が、冒険者。これは、とエッタはザゴスの方を見たが、ザゴスは女神官から見開いた目を外せなかった。

「その姉ってのは、カタリナって名前じゃ……?」

 はい、と女神官はうなずいた。

「カタリナ・カームベルトは、わたしの姉です」

 やっぱりそうだったか、とザゴスは内心で嘆息する。何せ、この女神官の顔はカタリナそっくりだったのだから。
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