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幕間
それからのアドイックの冒険者たち
しおりを挟むバックストリアの街に、アドイックから冒険者の一団がやってきたのは、デミトリ師の手紙が届いた翌日のことだった。
「素早い対応に感謝しないといけないわね」
バックストリア冒険者ギルドの受付にしてギルドマスター代行のエリンは、にこにこと手を合わせる。
「そういうわけで、彼らの指揮をお任せするわ。あなたは元アドイックの冒険者だし」
「あまり気は進まないけど、街の復興のためだものね」
冷たいため息と共に、グレースはそう応じた。
「七色の魔道士」はまだ目覚めていないらしい。まだ見舞いには行っていないが、フィオもザゴスも心配そうだ。
ただ、これ以上関わるのは気が引ける。元々、そこまで強い繋がりがある関係ではない。かなり危険そうなことに首を突っ込んでいるようなので、深入りしたくもないし。
とは言え、こちらの取りまとめもあまりやりたくないのだが……。
「グレース!」
ギルドの入り口の方から響いた聞き覚えのある声に、グレースは内心ギクリとしながらも振り返る。連中、もう来たっていうの?
「無事だったんだな! 心配したんだぜ!」
声の主はグレースの想像と違っていた。くすんだ赤毛の小男、顔見知りといえばそうだが……。
「バックストリアの方が大変だって聞いてよ、急いでかけつけ――ぐぇぁっ!?」
グレースは無言でその男、アドイックの冒険者・クサンの顔面に蹴りを叩き込んだ。潰れたカエルのような悲鳴を上げて、彼は床に仰向けに倒れた。
「だから止めとけって言ったのに……」
倒れたクサンに、心配というより呆れた様子で駆け寄ったのは、ローブを着たこれまた顔見知りの男だった。
「あら、イーフェスあなたも来てくれたの?」
「はい。グレースさん、よろしくお願いします」
フードの奥の愛想のよい顔をくしゃくしゃにして、イーフェスは頭を下げる。腰は低いが実力の高い魔道士だ。いい子を寄越してくれた、とグレースは内心で安堵する。
「お、俺と随分対応が、違うじゃねぇか……」
「ご自分の行動を省みたら、その理由がわかるんじゃないですかね?」
鼻血を垂らしながら顔を上げるクサンに、イーフェスは冷徹に言い放った。
「あなたの他に誰が来ているの?」
「そうですね、ギルドからはビビさん達炊き出し要員、力仕事の得意な戦士連中、それから修復魔法の技術者達、あと騎士団からも……」
うなずいていると、イーフェスが「それと……」と言い淀む。
「何?」
「グレース!」
今度こそ来たか、とグレースは顔を上げた。ギルドの入り口に立っていたのは、よく知る男だった。
「バジル……」
イーフェスは気を利かせたつもりか、クサンを引きずって道を開けた。そこをズカズカとまっすぐに彼は歩いてくる。
「バジル、あのね……」
「君が復興作業の責任者なんだね? 早く割り振りを指示してくれないか? みんな待っているぞ」
え、とグレースは言いかけた言葉を飲み込む。
「王都でも『大闘技場』の修復に時間がかかっていてな、人員がなかなか割けない中で、修復魔法の技術者たちも来てくれたんだ。一刻も早く、街の人たちに元の生活を送ってもらうために、速やかに作業に取り掛かろうではないか!」
そうだろう、イーフェスくん! と振られ、「そ、そうですね」とイーフェスはうなずかされている。
まったくこいつは、本当に。こっちの気持ちなんて全然気にしないのだから。
「あんたがバジルか? よろしくな!」
「む、君は?」
「俺はリックっていうんだ。ここの冒険者でな」
「そうか! 力を合わせて頑張ろうじゃないか!」
地元の冒険者とご機嫌に肩を叩き合うバジルを見て、グレースは力が抜ける。
でも、こんな真っ直ぐなヤツだから、好きになったのかもね。
「はぁ……。わかったわ。じゃあ、取り掛かりましょう」
先のことは先のことだ。今は、できることをしよう。
「なるほどな……。それでテメェがこの街にいやがったのか」
冒険者ギルド併設の食堂で、ザゴスはテーブルを挟んで座るクサンにうなずいた。
「遂にアドイックを追い出されたのかと思ったぜ」
「んなワケねぇだろ!」
「どうでしょうね……」
イーフェスは遠い所を見るような目でため息をつく。
ギルドの受付の方では、食料の配給が行われていた。バックストリアに住む人々が列を作り、炊き出し係のビビから熱いスープの入ったお椀を受け取っている。
アドイックからの援軍が来て3日、あの襲撃からは5日経った。街中の瓦礫は片付けられ、損壊した建造物も修復魔法によって元に戻ったように見える。
だが、全壊してしまった家屋や施設は、一から建て直さねばならない。家を失った住人達は、大学に設置された避難所で生活を余儀なくされている。
アドイックからの援軍の陣頭指揮を執るグレースは、今日も忙しく現場を駆け回っているらしい。バジルは、そんな彼女を補佐するために付き従っている。ザゴスも、他の冒険者や街の衛兵らに混じって復興作業を手伝う中で、その様子を何度か見かけている。
「何だ? また女絡みで問題起こしてんのか?」
「んなもん起こしたことねえだろ!」
どの口で、とイーフェスは首を横に振った。
「実はですね、お話ししました通り、我々はバジルさんとパーティを組んでいるわけなんですが……」
アドイック一の剣士として名高いバジルは、女性人気が高い。冒険者だけでなく、道具屋のおかみさんから貴族の子女まで幅広く熱い視線を集めている。若い娘の中には、バジルに恋文をしたためる者もいた。
そういう「バジルファン」の女性に、クサンが「俺の隣は空いてるぜ」などと言い寄っているらしい。
「お前、恥ずかしくないのかよ……」
「へっ、照れてちゃ女の子に声はかけらんねえぜ」
そういう意味じゃねえよ、とザゴスは顔をしかめる。冒険中は鋭いところを見せるが、こういう機微にはどこまでも鈍いのが、クサンという男だった。
「それにバジルのやつはことごとく袖にしてやがるからな。一人で寝る寂しい女の子を作らないのが、俺の喜びだ」
「クサンさんに声をかけられるのは、女の子にとっては深い悲しみだと思いますけど」
辛辣かつ的確に、イーフェスは言い放った。こいつ数日合わない内に当たりが強くなってやがる、とザゴスはその変化に気づいた。相当苦労が深いらしい。
「うるせえ! バジルだって、俺に『ありがとう』って言ってんじゃねえか!」
クサンが声をかけるお陰で、バジルに近付く女性の数は格段に減ったという。己を高めることを至上の喜びとし、女性を遠ざけている彼にとっては、クサンはいい「魔除け」なのかもしれない。
「変にバジルさんが肯定するから、調子乗っちゃって……」
「大変だな、イーフェス……」
実力は高いが変に世間からずれているバジルと、異性関係の問題を起こすことに定評のあるクサン。この二人のブレーキ役になるのは、さぞかし精神的に厳しいものがあるだろう。
「そう思うなら、ザゴスさん帰ってきてくださいよ」
「悪ぃな、そいつは無理だ」
二人には、王宮からの「クエスト」については話していない。だが独自の情報網を持つクサンのことだ、薄々気付いてるんだろうな、とザゴスは考えている。
「聞いたかイーフェス、この冷たい態度! こいつはそういうヤツなんだよ!」
そして、気付いていたとしても関係なくこういうことを言い出す男でもある。
「自分が『ハーレム』組めたからって、調子に乗りやがって!」
「別に乗ってねえよ!」
「ハーレム」とは、性別が偏ったパーティを揶揄する冒険者特有の言い回しである。
こういったパーティは元々、王や女王のみ多夫多妻が認めれていた隣国ワウス王国になぞらえ、「ワウス王のパーティ」と呼ばれていたが、300年前に勇者ヒロキ・ヤマダが男性一人に対し女性複数人のパーティを指して「ハーレム」という語を使ったために、現在の呼称が定着した。「ワウス王のパーティ」と同じく、女性一人に対して男性複数でも「ハーレム」と呼ばれる。
ちなみに、バックストリアの冒険者・リックのパーティも、男性三人に対し女性一人のパーティだが、紅一点であるアイリがリックの実妹であるため、この場合は「ハーレム」とは呼ばれない。
「え、『ハーレム』って、ザゴスさんフィオさんと組んでらっしゃるんですよね?」
「おう」
「じゃあフィオさんって、女の方なんですか!?」
イーフェスはフードの奥で目を丸くする。
「そうだぜ。気付かねえよな、普通」
やっぱりイーフェスはいいヤツだな、とザゴスは勝手な感想を持つ。
「イーフェス、オメェは本当に鈍いなあ」
やれやれ、とクサンは首を横に振った。
「あの大闘技場で、あんなセクシーな鎧下姿を披露してくれたって言うのによぉ……」
「あの非常時に、そんなところに目が行くのが鋭いということなら、私は鈍刀と呼ばれていいです」
しかし、とイーフェスはもう一つの疑問を口にする。
「他にもパーティメンバーを入れたんですか?」
「ああ。フィオが元々組んでた魔道士をな」
つい昨日目を目を覚ました彼女の顔をザゴスは思い浮かべる。まだ体調は思わしくなく、今日もベッドで寝ている。
「フィオさんが組んでたってことは、ヘンリエッタ・レーゲンボーゲンちゃんだな?」
「え、あの『七色の魔道士』の!?」
クサンの言葉に、イーフェスの目の色が変わった。やっぱりあいつ有名人なんだな、とザゴスは今更ながらに思った。
「私、ファンなんですよ!」
さっきまでのどこかやさぐれた雰囲気から一変、珍しいくらいに興奮している。
「だよなー! 俺もヤーマディスに行った時、一回見かけたことあるけど、色は白いし顔はかわいいし胸はでかいし、いいよなー!」
「そういう部分の話ではないです。彼女の作った圧水流という魔法のお陰で、下請けの職人がどれだけ助かっているか……」
ニヤつくクサンにぴしゃりと言い放ち、イーフェスはザゴスに向き直る。
「お会いできますか、ヘンリエッタさんと。一度、色々聞いてみたいんです」
「あー、どうだろうな……」
ザゴスはちらりとクサンの方を見やる。
エッタは体調を崩している。イーフェスはまあ大丈夫だろうが、問題はこいつの方だ。クサンが妙なことを言って怒らせて、体調が悪化したらコトだ。
「俺も会いてぇよー。なあ、ザゴスどうなんだよー?」
クサンの野郎、完全についてくる気じゃねぇか。仕方ない、ここは一発殴って気絶している間に……。ザゴスは内心でそうつぶやき、拳固を固めた。
と、その時イーフェスが受付の方に手を振ったのが見えた。何だ、と思っていると背後から「クサイのおっちゃん」と聞き覚えのある声がかかる。
「お、ビビちゃん!」
何だこいつ気色悪ィ、とザゴスがげんなりするような笑顔でクサンは応対する。
「あ、ザゴスもいたんだ。最近見ないから、死んだかと思ってたよ」
「死んでねぇよ! 街を出ただけだよ!」
知ってるよー、とビビはころころと笑った。
「ビビちゃん、こんな野郎はいいだろ。俺に用なんだろ?」
な、な、とがっつくようにクサンが身を乗り出す。こいつ必死過ぎる、とザゴスもさすがに怯んだ。
「あ、うーんとね、ちょっと炊き出しの方手伝ってほしいんだ」
ビビが一瞬イーフェスと目くばせしたのに、ザゴスは気付いていた。こういう細かい仕草に、いつもならば真っ先に気付くはずのクサンは、ビビの腰のあたりを見て鼻の下を伸ばしている。
「炊き出しかー、でもなあ……」
「手伝ってあげたらいいじゃないですか。ビビさん、困っているようですし」
「そうそう、クサイのおっちゃんがいないと、困っちゃうの」
しょうがねえなあ、とクサンは喜色満面で立ち上がる。
「ビビちゃんの頼みとなれば、断れねえわな!」
断ろうとしてだろ、と思ったが、殴らなくて済みそうなのでザゴスは口に出さなかった。
「そうそう、素敵素敵」
「だろ? あ、ところでビビちゃん、俺はクサイじゃないし、おじさんでもなくて……」
「ほら行こ、クサイのおっちゃん!」
クサンはにやにやと受付の方へ歩いていく。そのクサンの腕を引くビビが、こちらを振り返ってニヤリと笑った。イーフェスが、それに応えるように人差し指と中指を交差させて立てた。「幸運を祈る」というジェスチャーである。
「邪魔者は片付いたので、今の内に行きましょう」
「お、おう……。てかお前、ビビのこと嫌ってなかったか?」
「コソ泥の彼女は嫌いですが、給仕の彼女は好きですよ。ああしてクサンさんの相手もしてくれますし」
クサンを遠ざけたい時に、今のように頼んでいるらしい。
「ビビのヤツはクサンを嫌がらねえのかよ?」
「ええ、ビビさんはクサンさんの扱いが上手ですね。うまく振り回しています」
そう言えば、「ちょっと振り回してくるような女が好き」とかのたまってた時期があったな、とザゴスは思い出す。
「クサンさん、彼女の孤児院に『クエスト』の報酬の一部を寄付したり、たまに訪ねては子どものお守りをしたりもしているようなので、割と本気なのかもしれません」
ほう、とザゴスは少し感心する。こういう面があるからクサンは侮れない。
「自分の半分ぐらいの歳の子に本気になるのも、どうかと思うんですがね……」
「違いねえな」
ザゴスは大きくうなずいておいた。
「ザゴス、リンゴを買ってきてくれました?」
イーフェスを伴ってエッタの療養している宿の一室にザゴスが足を踏み入れるなり、いきなりそう声を掛けられた。
「は? リンゴ? お前、そんなこと言ってたか?」
「まったく、お使いもできないんですか?」
ベッドの上で半身を起こし、膝の上に広げた本を載せたエッタは深々とため息を吐く。
「わたくしが今、すごくリンゴを食べたいと思っていることがわからないとは……」
「わかるか! 口に出せや!」
目覚めた初日は殊勝な態度であったが、一夜明ければもうこの有様である。変に引きずってるよりマシか、とザゴスは思うことにしていたが、これは酷い。
「真っ赤なリンゴのことだけを考えていたというのに」
「リンゴが赤いわけあるかよ、適当抜かすな」
アドニス王国で広く知られている「リンゴ」は、皮が黄色い種類が一般的であった。
「わたくしのところでは赤いんですのよ」
「クオニシムやワウスでは、赤いリンゴがあるそうですよ」
ザゴスの後ろにいたイーフェスが、隣国の名を挙げて注釈を入れる。
「おや、そちらの何だか地味な方はどなた?」
「アドイックにいた頃、俺とパーティを組んでた魔道士だよ」
地味、というあんまりな物言いにザゴスは苦笑する。
「初めまして、ヘンリエッタ師。私はイーフェスと申します」
「あら、師だなんて……。わたくし大学は辞めた身ですわよ」
そうは言いつつも、機嫌よくエッタはイーフェスの伸べた手を取る。
「感激だなあ。私の実家は宝飾品を取り扱っておりましてね。下請けの職人たちが、師の開発した圧水流をよく使っているのです。私、あの魔法を見て、その発想に感服いたしました。従来の土属性魔法では細かい力の加減が難しく、商品の不良も多かったのですが、圧水流は強弱がつけやすく、扱いも簡易で……。そもそも、宝石加工といえば土属性が常識だったところに、水属性魔法を持ちこむというアイデアが……」
こいつ魔法のことになると早口になるよな、とザゴスは顔を引きつらせる。
「そうでしょう、そうでしょう! ザゴスの元仲間とは思えないくらい、話のわかる方じゃないですか!」
こいつ褒められるとすぐ調子に乗るな、とザゴスは呆れた。
「いやあ、嬉しいなあ……。そうだ、これを」
ローブの懐からイーフェスは小さな箱を取り出して見せた。
「実家の商品なんですが、よければ受け取ってください。少し変わった魔法が付加された魔法道具です」
こいつ何で実家の商品を持ち歩いてるんだ。ザゴスの疑問をよそに、エッタは目を輝かせる。雫型に研磨された青白い「魔石晶」のペンダントトップだ。
「まあ、かわいらしい! いいんですの!?」
光物にはしゃぐエッタに、イーフェスは「ええ、ええ」と目を細めてうなずいている。
「この『魔石晶』には、人が入れるぐらいに大きくて丈夫な泡を造り出す救命浮輪という魔法が記録されています。水中呼吸魔法を応用したものでして……」
「存じておりますわ。船から海に転落したり、船そのものが転覆したりした時に、人命救助に使われる魔法ですわよね?」
「さすが、ご存知でしたか!」
大袈裟なぐらいにイーフェスは感心している。
「わたくし、生まれは小さな漁村ですからね。何度か見たことはありましたわ。自分で覚えようという気にはなりませんでしたけど」
「陸にいると使いようがないですものね」
じゃあ何でそんな魔法道具を出してきやがった、とザゴスは白目を剥く。こいつ、実家の在庫整理をしているんじゃないだろうな?
「私の実家では、これを旅立つ人に道中の無事を祈って渡す宝石として売り出しているんです。災難に遭った時の救命浮輪になるように、とお守り代わりにね」
「うふふふ、そういうことでしたの。ありがとう、大事にしますね」
「はい、是非!」
エッタは大事そうに魔法道具をしまうと、ザゴスの方を向く。
「本当にあなたのお仲間とは思えない、まともで良い方ですわね」
「どういう意味だ……って言いたいとこだが、まあイーフェスはそうなんだよ」
ザゴスは肩をすくめ、イーフェスは「いやあ」と少し照れたように頬をかいた。
「この分だと、前に言っていた情報通の探索士という人も、実はまともな方なので、は……?」
ザゴスとイーフェスが無言で顔を見合わせており、エッタは怪訝そうに首をかしげる。
「あの、どうされました?」
「今は体調が悪いようですし、その探索士とは会わない方がいいかと思います。心が削れますから」
「そうだな。体調が万全の時に、連鎖魔法でもブチ込んでくれや」
「だから、どういう方なんですのその人……」
知らない方がいいこともあるぜ、とザゴスはしたり顔でうなずいた。
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