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バックストリア編

69.オドネルの民

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 自分が見聞きしたものを伝えるために、エッタはまず、自身の経験した「異世界転生」について話した。

 「転生」や「生まれ変わり」といった概念のないアドニス人に、それを一から説明するのは時間がかかったが、何とか納得してもらうことができた。もっとも、ザゴスだけは「いまいちピンとこねぇ」と最初から最後まで首をひねっていたが。

「それが、お父様――いえ、サイラス先生がわたくしをあの場所にさらった理由なんです」

 それから、あの地下研究所で見聞きしたことを、記憶の限りしゃべった。

 「ゴッコーズ」を「異世界人」に与えるという「神玉」のこと。

 「異世界転生者」である自分には、「ゴッコーズ」は得られなかったこと。

 サイラスと一緒にいたデジールという男と、途中で現れた白い髪の女のこと。

 デジールや白い髪の女は、泡立つ闇を通って別の場所へ移動できるということ。

 デジールらがサイラスに造らせていた「造魔人ホムンクルスの胚」のこと。

 その胚とエッタの魂を用いて、彼らが新たな勇者を造りだそうとしていたこと。

 そして――。

「タクト・ジンノ。それから、100年前に現れたという魔女ヒルダ。この二人は、わたしが元いた世界から、あの黒覆面の組織に召喚されたようなのです」

 この情報には、フィオもスヴェンも驚いた様子だった。

「こうも言っていました。わたくしの魂と『造魔人ホムンクルスの胚』を用いて、新しい勇者を造り出そうとしたのは、タクト・ジンノが失敗したからだ、と。100年は新たに召喚はできないから、とも……」

 話がひと段落したのを見て取り、スヴェンは長い息をついた。

「『転送魔法』に『召喚魔法』……。我々エクセライ家すら超える魔法技術を、相手は持っているようですね」
「できねぇのかよ、転送っての」

 一般に「邪法」とされていることのほとんどを、エクセライ家はできるのだろう、とザゴスは勝手に思っていた。

「一応、我々の領土の中にある『終着点ターミナル』と呼ばれる場所へ、物や人を転送するだけならできます。無論、重量や距離の制限はありますし、一方通行なので……」
「いや、ちょっとは出来んじゃねぇか……」

 全くの未知の技術というわけではないらしい。

「ええ。ただ、任意の地点間で人や物を転送するのは、今のエクセライ家の技術でも難しいですね」

 どこの誰が開発したのやら、とスヴェンは肩をすくめた。

「その連中は、少なくとも100年も前から王国で暗躍を続けているのだろう?」
「そのようですわね」

 うなずいて、エッタはあの黒覆面のデジールという男の語りを思い返す。どうにも、100年以上の時を生きているかのように聞こえてならなかった。

「一体どういう連中なんだよ?」
「推測は……一つできています」

 お、と3人の視線がエッタに集まる。

「まず、デジールという男が名乗った『オドネルの民』という秘密結社の名前。サイラス師の口にした『九柱の神』という言葉、そして鉢金に入っていた紋章の形……」

 エッタは自分の手の上に、人差し指でその図形を描く。

「六角形……? これは……!」

 ええ、とエッタはフィオにうなずく。

「『欲望の邪神』。300年前、魔王を操っていたという神の紋章です。『オドネルの民』は、邪神を崇める秘密結社なのではないでしょうか」



!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡

 アドニス王国をはじめとした多くの国々では、天地創世に関わったとされる八柱の神が信仰されている。

 初めに混沌より出で、天と地を定義した「天の神」。

 地を陸と海に分けた、「豊穣の女神」と「海の神」。

 生き物に名前と性別を与えた、「欲望の神」と「愛の女神」。

 「天の神」と「豊穣の女神」の子である、「かまどの女神」と「旅の神」。

 「欲望の神」と「愛の女神」の子である、「健康の神」と「戦の女神」。

 これらの九神が世界を創世したとされ、その神話は細かい差異はあれど多くの国々で共通している。

 「豊穣の女神」が創りし太陽から、その娘である「かまどの女神」が火を地上に下した。

 多くの生き物は火を恐れたが、それを制した種族がいた。それが人間である。

 「戦の女神」は人間に国を造ることを教えたが、人間たちは一つにまとまらなかった。

 めいめいが勝手に国を造り、国と国の間で争いが起きるようになった。

 「天の神」は、火を最初に手にした人間の子孫を「地上の王」として王権を与えた。

 神々の支援を受けた「地上の王」は、やがて争いを平定し人間の頂点に立った。

 アドニス王国では、それが初代国王・アドニアであるとされている。無論、他の国では自国の初代国王こそが「地上の王」であると主張されているが。

 だが、この「地上の王」を認めない神がいた。それが、「欲望の神」である。

 「欲望の神」は「地上の王」の弟――アドニス王国ではオドネル――を唆し、王権を奪取させんと決起を促した。

 「天の神」はそれを許さず、妻である「豊穣の女神」と、子の「かまどの女神」及び「旅の神」を引き連れ、アドニアに加勢した。

 負けじと「欲望の神」は、自身の妻「愛の女神」と、その子である「健康の神」及び「戦の女神」を招集し、オドネルに加勢させる。

 神々を二分した戦いは長引き、海底にある死の国が、たくさんの戦死者で溢れた。死の国を管理する「海の神」は「愛の女神」を説得、彼女は二柱の子を引きつれて「天の神」の下へ寝返った。これが世界初の離婚である。

 七神の加護を受けたアドニアの軍は、反乱軍を打ち破り、オドネルは死者の国へと落ちて行った。

 そして、「欲望の神」は原初の混沌の底へと追放された――。

!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!


「この神話の後、再び『欲望の邪神』が姿を現すのが、300年前の魔王出現の折だったと聞きます。そして、父神を止めるために勇者を異世界より召喚したのが……」
「『戦の女神』だな」

 フィオは懐から小さな女神像を取り出し、サイドテーブルに置いた。お告げをもたらしていた、ダンケルス家伝来のあの像である。

「推測するに、秘密結社『オドネルの民』は、『欲望の邪神』を崇める団体ではないでしょうか。そして、300年前には魔王側について暗躍していた……」

 ふむ、とスヴェンはうなずく。

「あり得ますね。300年前、魔王は各地にある神殿を襲い、それぞれの神の『神玉』を奪いました。それら『神玉』の行方は、現在でもわかっていません。これらを密かに確保していたのが、『オドネルの民』なのでしょう」

 その際に奪われなかったのは、「天の神」と「戦の女神」のものであったと伝えられている。

「『神玉』ってのは、なんなんだよ結局?」

 「ヤマダ戦記」のような勇者の物語にも名前は出てくるため、聞き覚えはあるものの、ザゴスには何だか貴重なものという程度の認識しかなかった。

「神が人に干渉するための力という話ですが、詳しいことはわかりません。現在はもう、アドニス王国の王宮にある『天の神玉』以外の存在は確認できていませんから」

 人の世への干渉力の結晶である「神玉」をことごとく魔王に奪われたため、無事だった「戦の女神」が「神玉」を用いて勇者ヒロキ・ヤマダを召喚した、と史書などには記されている。

「ただ、あちらも多くの『神玉』を失っているようです。聞こえたところによると、『海の神玉』以外残っていないとか」
「君に使われた『愛の神玉』は力を失ったと言っていたな?」
「正確には半減のようですが、それでも厳しいようですわね」

 ベギとかいう白い髪の女が、そう言っていた気がする。

「ここからは、わたくしの想像なのですが……」

 そう前置きしてエッタは続ける。

「300年前の魔王は、あの『オドネルの民』が召喚した存在なのではないでしょうか?」
「ほほう」

 興味深そうにスヴェンは目を見開く。

「確かに、どんな史料にも魔王の来歴は載っていませんからね。『それは混沌の内より現れた』なんて大真面目に書いてあるぐらいで」
「その『オドネルの民』が、今度は魔王ではなく勇者を召喚し、あるいは造り出そうとしている、というわけか」

 フィオの言葉を、「そうです」と肯定しながらもエッタは続ける。

「ただ、300年前も魔王を呼ぼうとしていたのかな、って、そこは疑問なんですよ」
「というと?」
「サイラス先生が、こう言っていたんです」

 ――お前の魂を器として用いた勇者は、この世界を新たな段階へと引き上げるであろう。

 この時だけではない。サイラスはあの時、折に触れて「新しい世界」という言葉を使っていた。

「300年前も今回も、ずっと『勇者』を呼ぼうとし続けているんじゃないですか? この世界を変えてしまうような力を持った、そういう大きな存在を。それが、前回は『魔王』と呼ばれて、倒される結果になったというだけで……」

 ザゴスら3人は顔を見合わせた。

「魔王と勇者は、同じ存在ということですか……」
「いや、お前、いくらなんでも……」
「あり得ない、とは言えないな」

 フィオは眉間にしわを寄せる。

「魔人化したタクト・ジンノは、魔王の姿を模したというブキミノヨルに似ていた。300年前の魔王も、タクトのように魔人化した『勇者』だったとしたら……」
「『ゴッコーズ』の暴走は、精神器官プネウマーから肉体器官サルクスへ影響を与える。そのことを『オドネルの民』が知っていたのは、前例があったから……」

 考えられますね、とスヴェンはうなずいた。

「でもよ、勇者呼んでどうすんだよ。あのクソガキ見てても思ったけどよ、今は倒す魔王なんていねぇじゃねぇか」

 エッタの説では、魔王も勇者と同じように召喚された存在だという。ザゴスとフィオは「『ゴッコーズ』の勇者が召喚されたなら、これから魔王が現れるのではないか」と考えていたが、エッタの説を採用するとそれは怪しくなる。

「新しい世界……」
「何?」
「サイラス先生はそう言っていました。『彼のヒロキ・ヤマダのように』とも」

 技術的な発展のことを指すのだろうか。ヒロキ・ヤマダとグリム・エクセライの開発した「風呂自動マジック・ボイラー」のように、元いた世界の技術や考え方を応用したものを発明させるのが目的なのかもしれない。

 しかし、単純に「ゴッコーズ」を持つ者を造り上げようとしているだけにも思える。「オドネルの民」とサイラスの目的が、必ずしも一致しているわけではないのかもしれないが……。

「何にせよ、ロクでもない連中であることは確かだ」

 フィオは宿の窓の外に目をやる。襲撃から3日、アドイックからの支援隊も手を尽くしているが、街の姿は完全には戻っていない。修復魔法をかける手が足りていないのだ。

「新しい世界のために、古い世界は踏みにじったっていい。犠牲にしたっていい。彼らがそう考えているのなら……」

 止めなくてはなりません。自分の魂は、そのためにこの世界へ転生したのかもしれない。そんな風にエッタには思えた。
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