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バックストリア編

57.撃退

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「……終わったわね」

 大きく息をついて、グレースが屋根から降りてきた。同時に、巨大魔獣の体が魔素に分解され始め、氷の城が崩れていく。氷塊に混じり、ごとりと大きな角が落ちてきた。

「引退は早いんじゃねぇか?」

 ザゴスの言葉に、「かもね」とグレースは肩をすくめた。

「ありがとう、助かった」

 ボロボロのテオバルトに肩を貸してやりながら、フィオも二人に近付いてくる。

「そっちの魔道士の彼にも助けられたわ」

 グレースに声を掛けられても、テオバルトはうなだれたままだった。よく見ると気絶しているようだ。

「体力も魔力も限界だったのだろう」

 テオバルトのまとったマントには、いくつもの穴が開いている。身体には包帯が巻かれており、シャツは脱がされていた。身体の傷は回復魔法によって治療がされているようだが、それは魔法効果によって傷を治す分の体力を、無理矢理に引き出されたことも意味する。

 格好から察するに、ギルドで治療を受けている最中に巨大魔獣の襲撃があり、避難の混乱の中置いて行かれたのだろう。

「知り合いっぽかったけど、どういう関係?」
「知り合いって程じゃねぇよ。森で絡んできたチンピラだ」

 ザゴスの言葉に「え?」とグレースは彼の方を振り返る。

「チンピラ仲間ってこと?」
「違ェよ! お前が昨日ギルドで蹴り倒したヤツの仲間だ!」

 ああ、とグレースも思い当ったようだった。

「ともあれ、彼がいなければあの巨大な魔獣は倒せなかっただろう」
「だな。クソ野郎だが、『蜻蛉広場』まで連れてってやるか」

 ザゴスは気絶しているテオバルトを担ぎ上げた。



 臨時の救護所となっている「碩学の蜻蛉広場」は、多くの怪我人であふれかえっていた。簡易なテントがいくつか建てられ、その中に木箱と毛布で作られた即席の寝台が並べられている。

 ザゴスは開いているテントを探し出し、中にいた「健康の神」の礼拝所の神官にテオバルトを預けた。

「大学に避難しにきた人が少ない、って聞いたけど、こんなに街に人が残ってたなんてね」

 グレースは広場を見渡してため息を吐く。

「そういや、大学の博士連中は何やってんだ?」
「地下の避難壕に、真っ先に引きこもったわ。衛兵に命じて、入り口も固めさせてる」

 街中に警邏の兵がいなかったのは、そういう事情らしい。

「そいつらも結構な魔道士なんだろ?」
「大学の魔法博士や研究者の人たちに、攻撃魔法を使える人は少ないよ」

 代わって答えたのはユントだった。おかえりなさい、とザゴスに言って、彼は話を続ける。

「だから、大学の人が来ても役に立たない、むしろ邪魔なぐらいだから、引きこもってくれた方がいいね。冒険者の方が勇敢だし」

 ふーん、とグレースが少し不機嫌そうな声で鼻を鳴らした。これはヤバいな、とザゴスは話題を変える。

「お前、怪我はいいのか?」

 その問いにユントは「何とかね」と疲れた声音で応じた。

「救護所もてんやわんやだったよ。戦うのと同じくらいに疲れたかも……」
「なら、デカい魔獣と戦ってた方が良かったか?」

 うーん、とユントは眉間にしわを寄せた。難しい二択らしい。

「で、そっちのお姉さんはどういう人?」
「あなたの言うところの役に立たない、むしろ邪魔な大学の人間よ」

 え、とユントは魔法を撃たれたでもないのに凍りついた。

「ちなみに、あなたの言うところの『勇敢な冒険者』たちは、大きな魔獣を見るや否やギルドの建物を放棄して、怪我人を置き去りにして逃げ出したみたいだけど」

 あんま虐めてやるなよ、とザゴスは間に入った。

「それにグレース、お前大学にいる期間より、冒険者の期間の方が長いじゃねぇか」
「別に本気で言ってないわ。ちょっとからかっただけよ」

 肩をすくめるグレースに、ザゴスとユントは顔を見合わせた。

「さて、動ける人を大学に誘導するわ。大ホールが仮設の避難所になってるから」

 この救護所の責任者は? と問われて、ユントは彼女を「健康の神」の礼拝所の長の下へ案内して行った。どこか怖々とした足取りに見えたのは、ザゴスの気のせいではあるまい。

 グレースが立ち去ったので、ザゴスは改めて広場を見回した。

 さて、フィオはどこに行ったか。広場に着くなり、フィオは「エッタを探しに行く」と言って別れた。テントを見て回った限りでは、エッタの姿はなかったが、案外ユントのように救護所を手伝っているのかもしれない。

「ザゴス!」

 そう思っていると、フィオがこちらにやってきた。

「エッタは見つかったか?」
「いや、サイラス師が『エクセライの研究塔』へ連れて行ったそうだ」

 トレヴァーがサイラス師から伝言を預かっていた、とフィオは付け加える。

「あのおっさん、街にいたのかよ……」

 居留守だったのか、それとも近くにいて魔獣の襲撃を知って戻ってきたのか。いずれにしても、「迷惑なおっさんだぜ」とザゴスは内心で毒づく。

「『研究塔』を訪ねよう。エッタに巨大魔獣は倒したと伝えてやりたい。それに……」

 フィオの双眸がキュッと引き締まる。今夜のことについて、意見を聞きたい。そう考えているのだろう。ザゴスも同じ気持ちだった。
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