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バックストリア編

49.調査クエスト

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 翌日、ザゴスたち三人は冒険者ギルドに赴いた。

 朝、「エクセライの研究塔」を訪ねたのだが、扉には鍵がかかっていて、呼びかけても中から返事がない。

 研究塔の鍵は物理的なものではなく魔法錠であった。これは、扉についた宝玉オーブに触れながら、あらかじめ登録しておいたのと同じ錬魔を行うことで解錠されるものだ。

「わたくしが住んでいた頃と錬成式が変わっていますわね」

 鍵を開けようとしたエッタは首をひねる。

「どこかに出かけてるんじゃねぇのか?」
「うーん、それよりも研究に集中するために閉じこもってる、と考えた方が先生の性格上は自然ですわね」

 サイラスは「人がいると集中できない」性質だと常々語っていたという。

「この塔の4階に先生の研究室があるんですけど、わたくし入ったことありませんもの」
「こう言ってはなんだが、いかにも人嫌いそうだものな」
「ですわね。弟子はこんなに品行方正で素直ですのに」
「いやお前も……」
「待て、ザゴス!」

 フィオは鋭くザゴスを遮った。

「昨日から思っていたが、君はエッタのことを甘やかし過ぎだ。彼女は反応が欲しくてやっているから、いちいちそれを返さなくてもいい」
「ちょっと! 人を寂しい子みたいに言うのは止めてくださいまし!」

 そんなこともあり、調査結果が出るまで「クエスト」を受けようということになった。



「いらっしゃい、いいところに来たわね」

 受付のエリンは愛想よく3人を迎える。

「ちょうど手伝ってほしい『クエスト』があるの」

 昨日大学から持ち込まれた依頼だ、とエリンは言った。どうやら、昨日グレースが届け出ていたものらしい。

「実は最近、街周辺の魔獣の出現率がめっきり低くくなっていてね」

 魔獣の出現率が低下する、と聞けば朗報のようであるが、実際のところ事はそう単純ではない。魔獣は魔素の濃度が高い「魔力だまり」で発生する。魔獣の出現率が低いということは「魔力だまり」の数が少ない、即ち土地の魔素が薄くなっているということである。

「土地の魔素異常かしら? 大掛かりな魔法の実験でもしたのではなくって?」

 自然界の魔素は水のように循環しているが、エッタの言うように大規模な魔法実験などで急速に使用されると、一時的にその一帯の土地で魔素が薄くなることがある。

「いいえ。この街周辺を使っての実験は、ここ3か月程は行われていないそうよ」

 魔法実験は大小問わず、大学に無断で行うことは禁止されている。小規模の実験であっても、失敗や思わぬ結果を招いて土地の魔素を枯らしてしまう可能性があるためだ。

「誰かが無断で実験をしているということなのか?」
「なるほど、その犯人探しってわけか?」

 いいえ、とエリンは笑って首を横に振った。

「もっと単純な話よ」
「そもそも、無断で実験が行われた確証がないのに犯人探しはないでしょう」
「ぐ……」

 エッタにダメだしされて、ザゴスはバツ悪そうに黙り込んだ。

「あなた達に頼みたいのは、バックストリア近郊の『魔力だまり』の分布を目視で確認する調査の『クエスト』なの」

 空気中の魔素は通常目には見えない。だが「魔力だまり」と呼ばれるほど濃くなれば、地表付近に溜まる黒い煙のような塊として目視できた。

「うっわー、こりゃまた面倒くさいのが来ましたわね……」

 明け透けな物言いに、エリンは少し吹き出した。

「ええ、そうなの。面倒くさいんです」

 だから沢山の冒険者の手がいる、とエリンは言い足した。

「魔法絡みの調査か、そういうのはあんまり受けたことねぇな……」

 ザゴスは珍しく不安げに顎を撫でた。

「安心しろ、こっちには専門家がいる」

 やや面倒臭がっているが、とフィオはエッタを見やる。

「まあ、こういうのは大学時代によくやっていましたから、お手の物ですわ」
「途中でサボるなよ。君は単純作業はすぐ飽きるんだから」

 先回りされて、エッタはぺろりと舌を出した。

「と、ともかく! わたくしがいるからご安心を。ザゴスはいつものように斧でも振り回して遊んでいればよろしくってよ」
「いつもは振り回してねぇし、遊んでるわけでもねぇよ!」
「ともあれ、その『クエスト』受領したい」

 フィオが差し出した臨時許可証を検めると、エリンは「クエストチケット」を切り離した。

「では、ご武運を。『クエスト』の成功を祈っているわ」



 バックストリアの近辺は、おおよそ3つのエリアに区分される。

 まず、南側の「カウク湿地帯」。ヤーマディスからザゴスたちがやって来た際に通ったのがここだ。水量の豊富な「カウク沼」を中心としており、普段は多くの魔素を蓄えている。

 次いで、西側の「ミストゥラの森」。この森はバックストリア西の城壁と接しており、サイラスの住む「エクセライの研究塔」もここに位置している。

 そして、北東に広がる「アンダサイの森」。この森は樹齢の高い木々が生い茂る鬱蒼とした森で、遠く「マーガン原生林」まで続いている。

 今回の「クエスト」では、半径3マルン(約4.5キロ)の「魔力だまり」の数を調べることになっていた。

「こんなの、『研究塔』の魔素計測記録を見せてもらえれば一発ですのに……」
「大学側はそのことを知らないのか?」

 知ってるでしょうけど、とエッタは肩をすくめる。

「エクセライの手は借りたくないのでしょう。彼らにもプライドがありますから」

 そもそも、ガンドール家の中でも大学の重要ポストを巡る権力争いがあるそうで、そこに「異物を混入する」ような真似は、誰も望んでいないのだともエッタは言った。

「嫌ですわよね、そういう生臭い話はどこでも……」

 思うところがあるのか、遠い目でエッタはため息をついた。

「『カウク沼』の辺りは、『魔力だまり』が多いですから、あの辺りにしましょう」

 と、城門を出る前エッタは提案したのだが……。

「既に結構な人数が来ているようだな」

 湿地帯の背の高い草の影に、動き回る冒険者たちの姿が見て取れた。

「うーん、考えることは皆同じ、ですか……」
「となると、どちらかの森だが……」
「でしたら、『アンダサイの森』に行きましょう」

 街から近い「ミストゥラの森」は、「カウク湿地帯」と同じように既に冒険者が入っている可能性が高い。そう判断して、エッタは街の北東の森へ二人を案内した。


 「アンダサイの森」の入り口からは北、北西、南東の三方向に道が伸びていた。エッタの話によれば、どれを選んでも森の奥へとたどり着くという。

「北西の道へ参りましょう。この道がわたくし、一番詳しいので」

 背の高い木々の多い森の中は、昼間でも薄暗くじんわりと湿っていた。見た目からして不気味だが、とザゴスは辺りを見回した。へその下が寒くなるような脅威は、今の所感じない。アドイックの周辺で言えば、初心者冒険者御用達の「ニギブの森」と同等ぐらいだろう。

 そのことを口にすると、「あら、意外と鋭いですわね」とエッタが珍しく感心したような表情を浮かべる。

「『アンダサイの森』はその奥、『マーガン原生林』の方面に行くと強い魔獣が出現するのですが、浅い層はそうでもないんですの。特に、この北西のルートは養成所の実戦訓練で使われるほどでして」

 バックストリアの街にも、アドニス王国の他の大都市と同じように、魔道士の養成所がある。この街の養成所は大学の下部組織扱いであり、王国各地にある養成所の中では特に「名門」として名が通っている。そのため、遠い街からも魔道士志望の貴族や有力商人の子女がはるばる学びにやってくるほどだ。そんな「冒険者未満」の人間が通う養成所の、実戦訓練で使われる程度である、という。

「じゃあ、あまり『魔力だまり』は発生しないのか?」
「そうでもないんですの。小さいものが集まりやすく、そこからあまり強くない魔獣がよく発生するんです。だから、訓練にはうってつけですし、こういった『クエスト』もやり易い場所なんですのよ」

 古木は魔素を引き寄せる、と一般的に言われている。そういった樹齢の高い木々が集めた魔素が「魔力だまり」となっているのだろう。

「と言ったものの……」

 エッタは辺りを見回して肩をすくめた。その古木の周りにも、特に「魔力だまり」は見当たらない。

「奥へ行ってみるか? 危険って話だが……」
「3マルン(約4.5キロ)程度なら危険な区域には入りませんから、進んでみましょう」

 養成所の訓練で使う都合上、強力な魔獣が出るエリアとの境界には、縄が巻かれていたり看板が立てられていたりと、簡単には迷い込まない対策がなされているという。

 ならば、とザゴスたちは奥へと向かうことにした。
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