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バックストリア編
45.黒猫の魔道士
しおりを挟む「エクセライの研究塔」を後にしたザゴスら三人は、元来た道を帰り、バックストリアの市街地に戻ってきた。
「しかし、造魔獣か……」
思わぬ名の登場に、フィオの表情は少し暗い。眉間にしわを寄せ過ぎて痕がついてしまわないか、とザゴスは少し心配になる。
「魔王の手先の魔道士が造ったってアレなんだろ?」
「そう言い伝えられているが……」
「そのタクトという子、本当に勇者だったのですわよね?」
この中で唯一、タクトと面識のないエッタの言葉に、ザゴスもフィオもうなずいた。
「……かもな」
「『ゴッコーズ』を持っていたことは確かだ」
二人とも、当然タクトが「偽物」とは思っていない。むしろ、本物だったからこそ魔人と化したのではないかと考えている。
「ならば、勇者の出現を知った魔王に与する者が造魔獣を差し向けた……」
そう考えられませんか、とエッタは推測を口にする。
「だが、『ゴッコーズ』が消えたのを見計らったように現れたのが引っかかる」
「現れたっつーか、殺したっつーかな」
まるでタクト・ジンノの口を塞ごうとするかのように。
「今はともかく情報が少なすぎる」
「考えるのは、そのスヴェンって人に会ってから、ですわね」
三人はバックストリア大学の校門の辺りに差し掛かった。大きな門扉と高い塀の向こうには、あの時計塔やまるで城のような大学の校舎が並んでいる。
「大学図書館のロビーでしたわね」
バックストリア大学の卒業生であるエッタによれば、大学図書館のロビーには休憩所のような場所があるという。
「図書館なぁ……」
ザゴスは校舎を見上げて渋い顔を作る。
「どうした?」
「俺は読み書きはできるが、スラスラとはいかねえんだ」
情けない話だが、とザゴスは続ける。
「字ばっかのとこは頭がクラクラすんだよな……」
ガーマスの村にいた頃、領主であるツィンド伯の方針で、領民は最低限の読み書きを学んでいた。ザゴスもそこで学んだが、出来のいい生徒だったとは言い難い。
「あらあら、やっぱり見た目通りですわね」
「うるせぇ!」
口に手を当てて笑うエッタに、ザゴスは怒鳴り返した。
「わかった、ザゴスはギルドの食堂にでもいてくれ。後で落ち合おう」
フィオはそう言って、二人の間に割って入る。
「脳みそが筋肉の方は、頭脳派に任せて休んでらしたら?」
「誰が脳みそ筋肉だ!」
貧弱魔道士の癖によ、とザゴスは舌打ちする。
「ともかく、そういうことなら俺はギルドにいるわ」
「うむ。だが、くれぐれも現地の冒険者といざこざを起こすなよ?」
「わかってるよ、そこのケンカっ早い魔法バカじゃねぇんだから」
「え、どこにそんな方います?」
とぼけるエッタに、「テメェだよ!」と突っ込んでから、ザゴスはバックストリアの冒険者ギルドへと歩いて行った。
バックストリア大学付属図書館は、王国一の蔵書を誇る。印刷魔法の発達により、写本の効率は飛躍的に上がったが、まだまだ一般市民に本は根づいていない。それ故、利用者も魔道士や研究者に限られる。
エッタの言葉通り、図書館の受付の手前には、ソファや机が並べられており、学生が談笑したり、何かの作業をしているようであった。
「スヴェンという人は、黒い猫ちゃんを連れてらっしゃるとか」
エッタはきょろきょろと足元を見回す。猫の方を探しているらしい。
「調査団の団長を務めるような研究者なのに、日中に猫の毛づくろいとはな」
「自由な方ですわね。わたくしもそういう優雅な生活がしたいものですわ」
優雅か? とフィオは首を傾げた。
と、そこにトトト小さな何かが駆け寄ってくる。
「あら、かわいらしい」
体高1シャト(30センチ)もないような、黒いふかふかした毛並みの猫だ。丸い顔に光る金色の瞳で二人を見上げる。
「黒い猫……。これがスヴェンという男の飼い猫かもしれんな」
エッタは屈みこむと、「にゃあ、にゃあ」と鳴き真似をしながら猫を招きよせる。黒猫はそれに釣られるかのように、エッタの胸元へぴょんと飛び込んだ。
「にゃわー! 何てかわいらしい!」
エッタは猫を抱き上げて、頬ずりしながら歓声を上げる。そして、「どうです?」とフィオの方に猫を向けた。
「……そうか?」
フィオは少し後ずさった。
「フィオは猫がお嫌いでしたわね」
「嫌いというわけじゃないが……」
こんなにかわいらしいのに、とエッタは自分の胸に猫を抱く。猫の方もまんざらではないようで、ごろごろと喉を鳴らした。
「犬の方がお好きでしたわよね」
「いや、犬と猫を同列に並べるのはどうなんだ? 犬は狩猟や牧羊の友、猫は鼠を狩る狩人。役割が違うだろう」
ダンケルスの実家でも、狩猟用の犬を飼っていた。大きな黒い老犬で、彼と駆け回るのがフィオは好きだった。だからと言ってこんな風に愛玩するのは、フィオにとっては少し考えにくい。
「もう……。フィオったら頭が固いのだから」
猫の喉をかいてやりながら、エッタは頬を膨らませる。
「あの、すいません……」
そこへ、恐る恐るといった口調で声をかけてくる者がいた。
「それ僕の猫で……」
振り向くと、ローブをまとった青年が気弱そうな愛想笑いを浮かべている。見るからに研究者のようだ。
その顔を見るや否や、黒猫はエッタの腕からぬるりと床に降りた。そして、青年にまっすぐ走って行く。
「わっ!?」
助走の勢いのまま跳躍。青年は顔面に猫の体当たりを受け、大きな音を立てて仰向けに倒れた。
「……あの、大丈夫ですの?」
「ええ、ええ、慣れてますから」
信じられない、という顔でエッタが声をかけると、青年は黒猫を顔にぶら下げたまま起き上がった。そして猫を取って腕に抱き、弱々しく笑い返す。
「貴殿が、スヴェンだろうか?」
「あ、はい。そうですが……」
名前を言い当てられて、青年――スヴェンは不思議そうな顔でフィオを見やる。
「わたくしはヘンリエッタ・レーゲンボーゲン。こっちはフィオラーナ・ダンケルス」
「『七色の魔道士』さんに、ダンケルス家の方ですか」
あら、わたくしをご存じ? とエッタは嬉しそうに驚いて見せた。
「あなたの名前は、魔道士の間では有名ですから……。しかし、そんな方々が僕に何の御用です?」
「今、ある『クエスト』で造魔獣について調査をしている」
「サイラス先生に伺ったところ、あなたが詳しいと聞きましたの」
スヴェンはその名を聞いて納得したのか、「はいはい」とうなずいた。
「なるほど、ヘンリエッタさんはサイラス師のお弟子さんでしたね」
師弟関係も有名らしい。悪名も高いのだろうな、とフィオは想像した。
「造魔獣についてでしたら、疑問にお答えできるかもしれません」
どうぞ、とスヴェンは休憩所の席へ二人を誘った。
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