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バックストリア編
41.祝勝会明けて
しおりを挟む自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がして、ザゴスは目を覚ました。
えらく高い天井だ、と思いながら見を起こす。ザゴスが寝ていたのは柔らかい絨毯の敷かれた大きな広間の床だった。
広間には、そこかしこに冒険者が寝転んでいる。一見、死屍累々の惨状だが、いくつも寝息が聞こえる。近いいびきに振り返ると、冒険者風の格好の青年がいびきをかいている。どうやらザゴスは、彼の腹を枕にして寝てしまっていたらしい。そりゃ肩が張るはずだぜ、とザゴスは首を左右に傾けた。
そうだ、昨夜は祝賀会をしてたんだったな。それで、しこたま飲んだんだった。傍に転がっていた自分の兜を拾い上げ、ザゴスは昨夜のことを思い出した。
祝賀会は昨夜、日が沈み魔道灯に光が入れられた頃に開かれた。
領主の館の、赤い絨毯の敷かれた大広間には、正装をした大商人や街の有力者の他に、鎧などを身に付けたままの冒険者の姿も目立つ。主催者であるドルフが「今夜は服装に規定はない」と明言したためである。また、開場の挨拶では「冒険者にとっては武器や鎧を身に付けた姿が正装のようなもの」とも重ねた。とは言え、土埃まみれの汚い格好の者は流石に入り口で止められていたが。
ザゴスも、パーティー向きの正装など当然持っておらず、「天神武闘祭」の前にヴァルターの店で買った例の鎧に、いつもの二本角の兜という出で立ちであった。
一方、今夜のパーティーの主賓であるフィオは、襟の立った白いシャツにスラックスを履いて、黒い燕尾のジャケットとタイを身に付けた男性の礼装に着替えていた。主賓として挨拶をした後は、街の有力者たちの間を回っている。
「うーん! フィオ、やっぱり素晴らしくイケメンですわねぇ!」
その立ち姿を遠くから眺めながら、エッタは三度も同じことを繰り返している。
「……何なんだよ、イケメンって」
「端正なお顔の男性のことですわよ」
あらいましたの、とエッタはザゴスを振り返る。
「いたぞ、ずっと」
「何ですの? 美しく賢いわたくしに気があるんですの?」
エッタも正装に着替えていた。銀髪と白い肌が映える紫がかった黒のドレスだ。肌を見せるのがここ10年程の社交界のトレンドだが、エッタの着ているそれは胸の谷間を強調するタイプで背中も大胆に開いている。そのせいか「品がない」と囁く声も聞こえる。
変なもん着やがって、とザゴスはフィオとは比べるべくもなくたわわな、白い谷間に引きつけられた目を逸らす。
「フィオに言われてんだよ、テメェがおかしなことしねぇか見張っといてくれって」
「まあ、わたくしがいつおかしなことをしたというのかしら?」
しらばっくれるエッタに、何を言っても無駄か、とザゴスは話題を戻す。
「つーか、お前フィオのこと男だと思ってんのか?」
「そんな訳ありませんわ」
出会ってもう3年ですわよ、とエッタは嘲るような笑みを浮かべる。
「鋭いわたくしは半年で気付きました」
どこが鋭いんだよ、と言いたくなったが、ザゴスもあの「ボクスルート山地」の温泉で混浴しなければ今も気付いていなかったかもしれない、と思い直す。
「……まあ、男の格好ばっかりしてるもんな」
ドレスを着ればいいのに、とザゴスは「健康の神」の神官らしい男と会話するフィオを眺める。パーティーの前に「家に戻って着替えてくる」と聞いた時は、少し期待したのだが。
「男装も素敵ですが、ちょっともったいないですわよね。今日だって『ドレス嫌だ、ドレスだったら出ない』とか駄々をこねて、アレですから」
「んなこと言ったのかよ……」
亡くなった兄・フレデリックのことがあっての男装だと思っていたが、単純に女性らしい格好が苦手なだけなのかもしれない。昔からお転婆だったという話もあるし。
「にゃっほー、エッタ元気?」
と、そこに声をかけて来たものがいた。くすんだ金のクセ毛の女冒険者で、出で立ちからして探索士のようだ。
「あら、カーヤ御機嫌よう」
「そっちのおっきい人は何者かにゃ?」
彼氏? とカーヤはにやにやして尋ねてくる。
「もしそうだとしたら死にます」
「どういう意味だコラ」
真顔で応じるエッタを、ザゴスはじろりとにらむ。
「ザゴスだ。アドイックの冒険者で……」
「フィオと一緒に優勝した人?」
先回りされて、「おう?」とザゴスは少し驚いた。
「『ニュース』に名前が出てたかんね」
「そうなのか?」
「あなた、見ていませんの?」
読み書きはあんま得意じゃねぇんだよ、とザゴスは唇を歪める。
「そんな見た目通りな……」
「うるせぇよ!」
にゃははは、とカーヤは笑う。この女、猫みてぇな顔してやがんな。笑い顔が、アドイックの街で見かける野良猫とダブって映る。
「しっかし優勝でしょ? すごくね? よく組んでたってだけだけど、何だかあたしも鼻が高いね」
「おほほほほ、フィオとわたくしの実力をもってすれば容易いことですわ」
「テメェじゃねぇだろ!」
ノリが悪いですわねぇ、とエッタは何故か不満げだが、ザゴスにしてみれば十分乗ってやっているし、ノリで優勝を取られるのもおかしな話であろう。
「おお、あんたがフィオと組んで優勝したっていう冒険者か!」
と、そこへヤーマディスの冒険者と思しき一団が、ザゴスに声をかけて来る。
「大きい人だなぁ、こりゃ強そうだ」
「山賊が紛れ込んでいるのかと思ったが、そうだったんだな!」
「エッタと一悶着起こしてた人じゃん! 昼間見たよ!」
などと口々に言いながら集団でこちらにやって来るので、ザゴスもいささか面食らう。
「戦ってみたい、みたいよね?」
「待て! 挑むのは私が先だ!」
「相当鍛えてんな、あんた! 俺と力比べしようぜ!」
「待てと言うとろうが!」
中にはこのような血の気の多い冒険者もいた。望むところだ、とザゴスは進み出たがエッタに制止される。
「やめなさい! ケンカを売ったり買ったり、野蛮ですわよ!」
「どの口で言ってやがる!」
ともあれここは祝いの席、腕ずくのケンカは避けたい場所だ。ならば、と飲み比べで決着をつけることにしたのだが……。
そのまま寝ちまったのか。ザゴスはうなじに手をやる。あまり記憶がない。
「ザゴス、やーっと起きましたの?」
顔をあげると、何故か水を入れた桶を持ったエッタがザゴスを見下していた。ザゴスの名を呼んで起こしたのは彼女なのだろう、当然ドレスは脱いで平時の服装に戻っている。
「せっかくわざわざ水を汲んできましたのに」
「テメェ、水かけて起こす気だったのかよ!」
「あら、攻撃魔法で起こした方がよかったかしら?」
しれっとエッタは首を傾げてみせる。
「せっかくだから、水かぶります? よく冷えてますわよ」
「いらねぇよ!」
とは言え、とエッタは悪びれた様子もなく桶を置いた。そして腕組みをして顔を近づけて来る。
「あなた少し臭うわ」
そしてすぐ顔を遠ざける。わざとらしく鼻をつまむおまけ付きだ。
「テメェらが酒を飲ませまくるからだろ」
「お酒くさい以上に、体臭がきついわ」
まったく、ここの人たちったら、お風呂に入る習慣がないんだから。エッタは独り言のようにボヤく。
「フィオも女の子だというのに、わたくしと出会った頃は週に一度しか入っていなかったのよ? 信じられて?」
風呂好きはこいつの影響か、とザゴスは納得する。
「そのフィオはどうした?」
立ち上がりながらザゴスは尋ねる。
昨日の祝賀会では、フィオがやってきた時には既にザゴスはベロベロでロクに話せなかった。フィオはどこか呆れたような様子で「明日は早いのだから程々にしておけよ」と言っていた覚えはある。
「もう起きて、支度をしていますわ」
あなたが一番お寝坊さん、とエッタは付け加える。大広間の窓はカーテンが引かれていて、外の様子はわからない。ザゴスの肌感覚ではまだ早朝のようではあるが。
「館の大浴場が開放されているから、身体を洗ってきてはいかが? 出発までにまだ時間はありますし、こんな臭い方とわたくし一緒に歩きたくありませんわ」
むう、とザゴスは唸る。言い方はアレだが、エッタの言葉はもっともだ。偉い学者とやらにも会うわけだし、身綺麗にしておくに越したことはないだろう。
「じゃ、そうすっか……」
「よろしい。そこの扉から広間を出て奥の廊下を右ですわ」
自分の館かのようにエッタは説明した。
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