上 下
42 / 222
バックストリア編

41.祝勝会明けて

しおりを挟む
 
 
 自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がして、ザゴスは目を覚ました。

 えらく高い天井だ、と思いながら見を起こす。ザゴスが寝ていたのは柔らかい絨毯の敷かれた大きな広間の床だった。

 広間には、そこかしこに冒険者が寝転んでいる。一見、死屍累々の惨状だが、いくつも寝息が聞こえる。近いいびきに振り返ると、冒険者風の格好の青年がいびきをかいている。どうやらザゴスは、彼の腹を枕にして寝てしまっていたらしい。そりゃ肩が張るはずだぜ、とザゴスは首を左右に傾けた。

 そうだ、昨夜は祝賀会をしてたんだったな。それで、しこたま飲んだんだった。傍に転がっていた自分の兜を拾い上げ、ザゴスは昨夜のことを思い出した。



 祝賀会は昨夜、日が沈み魔道灯に光が入れられた頃に開かれた。

 領主の館の、赤い絨毯の敷かれた大広間には、正装をした大商人や街の有力者の他に、鎧などを身に付けたままの冒険者の姿も目立つ。主催者であるドルフが「今夜は服装に規定はない」と明言したためである。また、開場の挨拶では「冒険者にとっては武器や鎧を身に付けた姿が正装のようなもの」とも重ねた。とは言え、土埃まみれの汚い格好の者は流石に入り口で止められていたが。

 ザゴスも、パーティー向きの正装など当然持っておらず、「天神武闘祭」の前にヴァルターの店で買った例の鎧に、いつもの二本角の兜という出で立ちであった。

 一方、今夜のパーティーの主賓であるフィオは、襟の立った白いシャツにスラックスを履いて、黒い燕尾のジャケットとタイを身に付けた男性の礼装に着替えていた。主賓として挨拶をした後は、街の有力者たちの間を回っている。

「うーん! フィオ、やっぱり素晴らしくイケメンですわねぇ!」

 その立ち姿を遠くから眺めながら、エッタは三度も同じことを繰り返している。

「……何なんだよ、イケメンって」
「端正なお顔の男性のことですわよ」

 あらいましたの、とエッタはザゴスを振り返る。

「いたぞ、ずっと」
「何ですの? 美しく賢いわたくしに気があるんですの?」

 エッタも正装に着替えていた。銀髪と白い肌が映える紫がかった黒のドレスだ。肌を見せるのがここ10年程の社交界のトレンドだが、エッタの着ているそれは胸の谷間を強調するタイプで背中も大胆に開いている。そのせいか「品がない」と囁く声も聞こえる。

 変なもん着やがって、とザゴスはフィオとは比べるべくもなくたわわな、白い谷間に引きつけられた目を逸らす。

「フィオに言われてんだよ、テメェがおかしなことしねぇか見張っといてくれって」
「まあ、わたくしがいつおかしなことをしたというのかしら?」

 しらばっくれるエッタに、何を言っても無駄か、とザゴスは話題を戻す。

「つーか、お前フィオのこと男だと思ってんのか?」
「そんな訳ありませんわ」

 出会ってもう3年ですわよ、とエッタは嘲るような笑みを浮かべる。

「鋭いわたくしは半年で気付きました」

 どこが鋭いんだよ、と言いたくなったが、ザゴスもあの「ボクスルート山地」の温泉で混浴しなければ今も気付いていなかったかもしれない、と思い直す。

「……まあ、男の格好ばっかりしてるもんな」

 ドレスを着ればいいのに、とザゴスは「健康の神」の神官らしい男と会話するフィオを眺める。パーティーの前に「家に戻って着替えてくる」と聞いた時は、少し期待したのだが。

「男装も素敵ですが、ちょっともったいないですわよね。今日だって『ドレス嫌だ、ドレスだったら出ない』とか駄々をこねて、アレですから」
「んなこと言ったのかよ……」

 亡くなった兄・フレデリックのことがあっての男装だと思っていたが、単純に女性らしい格好が苦手なだけなのかもしれない。昔からお転婆だったという話もあるし。

「にゃっほー、エッタ元気?」

 と、そこに声をかけて来たものがいた。くすんだ金のクセ毛の女冒険者で、出で立ちからして探索士スカウトのようだ。

「あら、カーヤ御機嫌よう」
「そっちのおっきい人は何者かにゃ?」

 彼氏? とカーヤはにやにやして尋ねてくる。

「もしそうだとしたら死にます」
「どういう意味だコラ」

 真顔で応じるエッタを、ザゴスはじろりとにらむ。

「ザゴスだ。アドイックの冒険者で……」
「フィオと一緒に優勝した人?」

 先回りされて、「おう?」とザゴスは少し驚いた。

「『ニュース』に名前が出てたかんね」
「そうなのか?」
「あなた、見ていませんの?」

 読み書きはあんま得意じゃねぇんだよ、とザゴスは唇を歪める。

「そんな見た目通りな……」
「うるせぇよ!」

 にゃははは、とカーヤは笑う。この女、猫みてぇな顔してやがんな。笑い顔が、アドイックの街で見かける野良猫とダブって映る。

「しっかし優勝でしょ? すごくね? よく組んでたってだけだけど、何だかあたしも鼻が高いね」
「おほほほほ、フィオとわたくしの実力をもってすれば容易いことですわ」
「テメェじゃねぇだろ!」

 ノリが悪いですわねぇ、とエッタは何故か不満げだが、ザゴスにしてみれば十分乗ってやっているし、ノリで優勝を取られるのもおかしな話であろう。

「おお、あんたがフィオと組んで優勝したっていう冒険者か!」

 と、そこへヤーマディスの冒険者と思しき一団が、ザゴスに声をかけて来る。

「大きい人だなぁ、こりゃ強そうだ」
「山賊が紛れ込んでいるのかと思ったが、そうだったんだな!」
「エッタと一悶着起こしてた人じゃん! 昼間見たよ!」

 などと口々に言いながら集団でこちらにやって来るので、ザゴスもいささか面食らう。

「戦ってみたい、みたいよね?」
「待て! 挑むのは私が先だ!」
「相当鍛えてんな、あんた! 俺と力比べしようぜ!」
「待てと言うとろうが!」

 中にはこのような血の気の多い冒険者もいた。望むところだ、とザゴスは進み出たがエッタに制止される。

「やめなさい! ケンカを売ったり買ったり、野蛮ですわよ!」
「どの口で言ってやがる!」

 ともあれここは祝いの席、腕ずくのケンカは避けたい場所だ。ならば、と飲み比べで決着をつけることにしたのだが……。



 そのまま寝ちまったのか。ザゴスはうなじに手をやる。あまり記憶がない。

「ザゴス、やーっと起きましたの?」

 顔をあげると、何故か水を入れた桶を持ったエッタがザゴスを見下していた。ザゴスの名を呼んで起こしたのは彼女なのだろう、当然ドレスは脱いで平時の服装に戻っている。

「せっかくわざわざ水を汲んできましたのに」
「テメェ、水かけて起こす気だったのかよ!」
「あら、攻撃魔法で起こした方がよかったかしら?」

 しれっとエッタは首を傾げてみせる。

「せっかくだから、水かぶります? よく冷えてますわよ」
「いらねぇよ!」

 とは言え、とエッタは悪びれた様子もなく桶を置いた。そして腕組みをして顔を近づけて来る。

「あなた少し臭うわ」

 そしてすぐ顔を遠ざける。わざとらしく鼻をつまむおまけ付きだ。

「テメェらが酒を飲ませまくるからだろ」
「お酒くさい以上に、体臭がきついわ」

 まったく、ここの人たちったら、お風呂に入る習慣がないんだから。エッタは独り言のようにボヤく。

「フィオも女の子だというのに、わたくしと出会った頃は週に一度しか入っていなかったのよ? 信じられて?」

 風呂好きはこいつの影響か、とザゴスは納得する。

「そのフィオはどうした?」

 立ち上がりながらザゴスは尋ねる。

 昨日の祝賀会では、フィオがやってきた時には既にザゴスはベロベロでロクに話せなかった。フィオはどこか呆れたような様子で「明日は早いのだから程々にしておけよ」と言っていた覚えはある。

「もう起きて、支度をしていますわ」

 あなたが一番お寝坊さん、とエッタは付け加える。大広間の窓はカーテンが引かれていて、外の様子はわからない。ザゴスの肌感覚ではまだ早朝のようではあるが。

「館の大浴場が開放されているから、身体を洗ってきてはいかが? 出発までにまだ時間はありますし、こんな臭い方とわたくし一緒に歩きたくありませんわ」

 むう、とザゴスは唸る。言い方はアレだが、エッタの言葉はもっともだ。偉い学者とやらにも会うわけだし、身綺麗にしておくに越したことはないだろう。

「じゃ、そうすっか……」
「よろしい。そこの扉から広間を出て奥の廊下を右ですわ」

 自分の館かのようにエッタは説明した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~

つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。 このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。 しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。 地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。 今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。

落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!

酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。 スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ 個人差はあるが5〜8歳で開花する。 そのスキルによって今後の人生が決まる。 しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。 世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。 カイアスもスキルは開花しなかった。 しかし、それは気付いていないだけだった。 遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!! それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

主人公を助ける実力者を目指して、

漆黒 光(ダークネス ライト)
ファンタジー
主人公でもなく、ラスボスでもなく、影に潜み実力を見せつけるものでもない、表に出でて、主人公を助ける実力者を目指すものの物語の異世界転生です。舞台は中世の世界観で主人公がブランド王国の第三王子に転生する、転生した世界では魔力があり理不尽で殺されることがなくなる、自分自身の考えで自分自身のエゴで正義を語る、僕は主人公を助ける実力者を目指してーー!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...