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アドイック編

15.ボス猿の縄張り

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 「ボクスルート山」の谷間に、魔獣の大きな咆哮が響く。

「くっ!」

 フィオは投げつけられた大きな岩を飛び退ってかわし、雷をまとった双剣を突き出す。

雷鳥閃サンダー・ビーク!」

 放たれた雷は刃となり、巨大な魔獣に突き刺さる。だが――

「大して効いていない、か……」

 フィオは目の前にそびえる、巨大なサル型の魔獣を見上げた。

 カシラマシラ。20シャト(※約6メートル)はあろう巨体を誇る魔獣だ。マドウマシラやセンシマシラなどからなる群れを率い、山岳地帯を移動する。恐らくは、ふもとのサルどもの親玉だろう。

 緑の硬い体毛に覆われた身体は、物理的な防御力だけでなく、魔法にも耐性を持つ。魔法剣士には分の悪い相手だ。

 だが、苦戦の原因はそれだけではない。

「いや、ちょ、来んなよー!」

 まただ。少女が悲鳴を上げながら、岩の棍棒を振りかざす2匹のサル型の魔獣に追い回されている。この魔獣は簡単な武器を使うことから「センシマシラ」の名で呼ばれるが、さして知能は高くない。

 悲鳴の方に剣の切っ先だけを向け、フィオは雷撃を放った。

「わわわ!?」

 悲鳴の主――探索士スカウトのビビは、雷に巻き込まれまいと姿勢を低くする。追っ手の2匹には雷が命中し、魔素となって分解されていく。

「おい、コソ泥! ちょろちょろするなと……くそっ!」

 ビビに怒鳴りつけようとした隙をつくように、大ザルが岩のような拳を振り下ろしてくる。フィオは何とかそれをかわし、腕に雷を帯びた剣の一撃を見舞う。

 ギャッと悲鳴を上げて、カシラマシラは腕を引っ込めた。耐性があるとはいえ、さすがに直接攻撃は効くらしい。

 だが、懐に潜り込むチャンスがない。フィオは呼吸を整える。「魔法剣」も、そうは連発していられない。

「ちょっとー、何してんのよ! とっとと倒してよ!」

 フィオの後ろの岩陰に戻ってきたビビが、無責任に叫ぶ。

「馬鹿を言うな。そうして欲しかったら……!」

 カシラマシラの命令か、マドウマシラが岩の槍を飛ばす魔法を使ってくる。雷でそれを撃ち落として、フィオは続ける。

「そこで大人しくしていろ!」

 フィオは雷の補助魔法を用いて電光石火、マドウマシラとの距離を詰め一刀の下に斬り捨てた。これで8匹、だがカシラマシラの周りには、まだその倍は配下のサルがいる。マドウマシラが2匹、残りはすべて棍棒を携えたセンシマシラだ。一人では手に余る。

 ザゴス、今どこにいる? フィオは奥歯を噛み締めた。

  ※ ※ ※

 5合目に差し掛かり霧が出始めた辺りで、フィオは前方にいるザゴスに「これは魔力の霧だ。魔獣が近くにいる」と警告した。

 前を行くザゴスは生返事で歩いて行く。「おい待て」と呼びかけて追うが、まったく追いつけない。

 おかしい、と訝しんだ時、ふっと霧が晴れる。するとザゴスの姿はどこにもない。

 やられた、あれは幻だったのか。振り返り、霧の中に戻ろうとした時、悲鳴が聞こえた。そちらを見ると、探索士スカウトらしき少女が一人、センシマシラに襲われている。

 危ない、とフィオは少女を助ける。「ありがとうございます」と言う彼女の顔に見覚えがあった。

「お前、一昨日ボクの財布を取った……!」

 少女――ビビは青くなって逃げ出す。それを追う内に、フィオはカシラマシラらのいる縄張りに踏み込んでしまったのだった。

  ※ ※ ※

 「ボクスルート山」に魔獣が増えた原因は、この群れがやってきたためだろう。ならば、このボスザルを倒せば「クエスト」完了ということになる。

 だが――

「くっ……!」

 仲間の3分の1を失い、サルの群れはフィオを強敵と見たのか攻め方を変えた。カシラマシラが高音で叫ぶと、ここまでバラバラだった群れの動きに一定の意志が生まれる。

 センシマシラはフィオを包囲するように動き、ヒットアンドアウェイを繰り返す。重い棍棒の一撃を避けながらフィオも応戦するが、敵の手数の多さは厳しい。

「ちょ、負けそうじゃん! ガーってやっちゃいなって!」

 戦闘に全く参加する気がないビビの存在も、フィオの精神をかき乱した。どうせ勝手な行動をするなら、投石でもしてくれた方がよほど援護になるのだが、そんな気もないらしい。

 あいつは一体なんなのだ? 冒険者としての自覚も矜持も、まったく持ち合わせていない。

「もー! タクトだったら一発なのに!」

 包囲は狭まってきている。ならば一つ賭けに出るか。

「なめるな――! 雷帝紫光衝アメジスト・ヴォルテックス!」

 フィオは双剣を掲げて切っ先を交差させる。攻撃をいなしながら錬り続けていた魔力が、無数の雷となって周囲を取り巻くサル共に降り注いだ。

 悲鳴と共にセンシマシラは魔素へと分解されていく。魔道士顔負けの威力と範囲、ほぼ全魔力を賭けたフィオの奥の手であった。

 包囲を崩した、次だ!

 フィオはビビの方へ駆け寄る。配下が一度にやられれば、カシラマシラにも隙ができるはず。そこをつき、ビビと一緒に逃げる。その後、ザゴスなり他の冒険者なりと合流し、改めてカシラマシラと当たる。それがフィオの賭けであった。

 しかし――

「がっ!?」

 フィオの体は急に自由を奪われ、高く持ち上げられた。強烈な獣臭が鼻をつく。

 カシラマシラは、配下の全滅に怯みもしなかった。自分の目の前にいる、この小さな「敵」の力量を的確に推し測っていたのだ。

 すぐに部下は全滅する。だが、「敵」も消耗するだろう。ならば、その消耗した隙をつけばいい。雷が降り注ぐや否や、カシラマシラは動き出していたのである。

「くそ、離せ!」

 フィオはもがくが、カシラマシラの手指はビクともしない。逆にギリギリと締め付けてくる。魔法を撃とうとしても、魔力が足りない。

 カシラマシラが赤い両目をぐにゃりと歪めた。嘲笑わらっている。残忍に握りつぶすことを愉しんでいるのだ。


 一方、地上のビビはカシラマシラの目がフィオに集中しているこの隙に、こっそりと逃げ出そうとしていた。

 楽に稼げるっていうから冒険者になったのに、こんなのアリ?

 泣き言を心の中に押しとどめ、抜き足差し足――。だが、街中で盗みを働いていた時には有効だった忍び足は、感覚に優れた魔獣相手には通用しなかった。

 生き残っていた2匹のマドウマシラは、逃亡しようという「獲物」を見逃さなかった。キャーッと猿叫を上げ、岩の槍を生成する。

「いやっ!?」

 先端の尖った岩片が飛来し、ビビの足に突き刺さった。

「……ぁっ、あ、が……」

 地面に倒れたビビに、サルが迫ってくる。ゆっくりした足取りであった。「獲物」が逃げられないことを、知っているかのような。

 こんなことなら、タクトやアリアについてお城に行けばよかった。というか、タクトがいないなら冒険に出るんじゃなかった。あいつの、「人生楽勝!」みたいな特技に頼れないんじゃ、こんなの割に合わない。

 薄れゆく視界の中、ビビが見たのは迫りくるマドウマシラ、その背後のカシラマシラが掲げるフィオの――そこで目を見開く。

「おぉぉぉおおおらぁあぁあっ!!」

 サル共に負けない大音声と共に、カシラマシラの右腕が肘の辺りから両断されたのである。

 右前腕を失ったカシラマシラの悲鳴が、渓谷に響く。群れのボスの時ならぬ声に、2匹のマドウマシラも振り向いた。その瞬間、2匹の首が飛んだ。

「ビビ、無事か!?」
「か、カタリナぁ!?」

 霧の中ではぐれた女剣士は、ビビのケガを見てすぐに駆け寄って治癒魔法を使った。

「えふっ……あ、はぁ……」

 暖かい力が痛みを取り除き、ビビは少し咳こんだ。

「すまない、遅くなった」

 ホントだよ、と言おうとしてビビは上手くできなかった。カタリナは振り返り、カシラマシラの腕を一刀両断した大男に声をかけた。

「ザゴス殿ォ!」
「こっちは任せろぉ!」

 叫び返してザゴスは、右肘を押さえるカシラマシラに向き直る。

「ざ、ザゴス……」

 落ちた右手からフィオが這い出てきた。息は切れているが、身体の損傷は浅いようだ。

「無事なようだな、フィオ」

 どうやら間に合ったらしい。だが、まだ安心はできない。

 カシラマシラは赤い目をザゴスに向ける。それはさっきまでの、冷静な群れのボスではない。怒り狂った狂戦士であった。滅茶苦茶に叫びながら、無事な左腕を振り下す。

「遅ぇよ、全部が遅ぇんだよ!」

 ザゴスは巨体に似合わぬ素早さで間合いを詰め、左腕の一撃をかわす。

 バカな、速すぎるぞ。フィオは一瞬我が目を疑い、しかしすぐに納得した。

「うぉおりゃぁああ!」

 疾走するザゴスは、緑色の湯気のようなものをまとっていた。カタリナが事前にかけた風の強化魔法「疾風馳夫ストライダー」により、普段の倍以上の敏捷性を手に入れていたのだ。

 ザゴスは速度に任せて突進し、更にカシラマシラの巨体を上り始めた。大ザルは体を揺すって落とそうとするが、不快害虫もかくやという速さでザゴスは一気に肩まで上り詰める。

「ちゃぁっ!」

 一声かけて肩から飛び上がると、カシラマシラに見上げる暇さえ与えず、手にした斧を脳天に振り下ろした。落下の勢いとザゴスの体重が加わったその一撃は、カシラマシラの頭部を縦に半分裂いた。

 遂に大ザルは倒れた。仰向けに、大きな砂埃を立てて。

「ザゴス!」

 よろめきながらもフィオは駆け寄る。ザゴスは笑い、誇らしげに右手を挙げたが、急に足元をぐらつかせた。
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