15 / 222
アドイック編
15.ボス猿の縄張り
しおりを挟む「ボクスルート山」の谷間に、魔獣の大きな咆哮が響く。
「くっ!」
フィオは投げつけられた大きな岩を飛び退ってかわし、雷をまとった双剣を突き出す。
「雷鳥閃!」
放たれた雷は刃となり、巨大な魔獣に突き刺さる。だが――
「大して効いていない、か……」
フィオは目の前にそびえる、巨大なサル型の魔獣を見上げた。
カシラマシラ。20シャト(※約6メートル)はあろう巨体を誇る魔獣だ。マドウマシラやセンシマシラなどからなる群れを率い、山岳地帯を移動する。恐らくは、ふもとのサルどもの親玉だろう。
緑の硬い体毛に覆われた身体は、物理的な防御力だけでなく、魔法にも耐性を持つ。魔法剣士には分の悪い相手だ。
だが、苦戦の原因はそれだけではない。
「いや、ちょ、来んなよー!」
まただ。少女が悲鳴を上げながら、岩の棍棒を振りかざす2匹のサル型の魔獣に追い回されている。この魔獣は簡単な武器を使うことから「センシマシラ」の名で呼ばれるが、さして知能は高くない。
悲鳴の方に剣の切っ先だけを向け、フィオは雷撃を放った。
「わわわ!?」
悲鳴の主――探索士のビビは、雷に巻き込まれまいと姿勢を低くする。追っ手の2匹には雷が命中し、魔素となって分解されていく。
「おい、コソ泥! ちょろちょろするなと……くそっ!」
ビビに怒鳴りつけようとした隙をつくように、大ザルが岩のような拳を振り下ろしてくる。フィオは何とかそれをかわし、腕に雷を帯びた剣の一撃を見舞う。
ギャッと悲鳴を上げて、カシラマシラは腕を引っ込めた。耐性があるとはいえ、さすがに直接攻撃は効くらしい。
だが、懐に潜り込むチャンスがない。フィオは呼吸を整える。「魔法剣」も、そうは連発していられない。
「ちょっとー、何してんのよ! とっとと倒してよ!」
フィオの後ろの岩陰に戻ってきたビビが、無責任に叫ぶ。
「馬鹿を言うな。そうして欲しかったら……!」
カシラマシラの命令か、マドウマシラが岩の槍を飛ばす魔法を使ってくる。雷でそれを撃ち落として、フィオは続ける。
「そこで大人しくしていろ!」
フィオは雷の補助魔法を用いて電光石火、マドウマシラとの距離を詰め一刀の下に斬り捨てた。これで8匹、だがカシラマシラの周りには、まだその倍は配下のサルがいる。マドウマシラが2匹、残りはすべて棍棒を携えたセンシマシラだ。一人では手に余る。
ザゴス、今どこにいる? フィオは奥歯を噛み締めた。
※ ※ ※
5合目に差し掛かり霧が出始めた辺りで、フィオは前方にいるザゴスに「これは魔力の霧だ。魔獣が近くにいる」と警告した。
前を行くザゴスは生返事で歩いて行く。「おい待て」と呼びかけて追うが、まったく追いつけない。
おかしい、と訝しんだ時、ふっと霧が晴れる。するとザゴスの姿はどこにもない。
やられた、あれは幻だったのか。振り返り、霧の中に戻ろうとした時、悲鳴が聞こえた。そちらを見ると、探索士らしき少女が一人、センシマシラに襲われている。
危ない、とフィオは少女を助ける。「ありがとうございます」と言う彼女の顔に見覚えがあった。
「お前、一昨日ボクの財布を取った……!」
少女――ビビは青くなって逃げ出す。それを追う内に、フィオはカシラマシラらのいる縄張りに踏み込んでしまったのだった。
※ ※ ※
「ボクスルート山」に魔獣が増えた原因は、この群れがやってきたためだろう。ならば、このボスザルを倒せば「クエスト」完了ということになる。
だが――
「くっ……!」
仲間の3分の1を失い、サルの群れはフィオを強敵と見たのか攻め方を変えた。カシラマシラが高音で叫ぶと、ここまでバラバラだった群れの動きに一定の意志が生まれる。
センシマシラはフィオを包囲するように動き、ヒットアンドアウェイを繰り返す。重い棍棒の一撃を避けながらフィオも応戦するが、敵の手数の多さは厳しい。
「ちょ、負けそうじゃん! ガーってやっちゃいなって!」
戦闘に全く参加する気がないビビの存在も、フィオの精神をかき乱した。どうせ勝手な行動をするなら、投石でもしてくれた方がよほど援護になるのだが、そんな気もないらしい。
あいつは一体なんなのだ? 冒険者としての自覚も矜持も、まったく持ち合わせていない。
「もー! タクトだったら一発なのに!」
包囲は狭まってきている。ならば一つ賭けに出るか。
「なめるな――! 雷帝紫光衝!」
フィオは双剣を掲げて切っ先を交差させる。攻撃をいなしながら錬り続けていた魔力が、無数の雷となって周囲を取り巻くサル共に降り注いだ。
悲鳴と共にセンシマシラは魔素へと分解されていく。魔道士顔負けの威力と範囲、ほぼ全魔力を賭けたフィオの奥の手であった。
包囲を崩した、次だ!
フィオはビビの方へ駆け寄る。配下が一度にやられれば、カシラマシラにも隙ができるはず。そこをつき、ビビと一緒に逃げる。その後、ザゴスなり他の冒険者なりと合流し、改めてカシラマシラと当たる。それがフィオの賭けであった。
しかし――
「がっ!?」
フィオの体は急に自由を奪われ、高く持ち上げられた。強烈な獣臭が鼻をつく。
カシラマシラは、配下の全滅に怯みもしなかった。自分の目の前にいる、この小さな「敵」の力量を的確に推し測っていたのだ。
すぐに部下は全滅する。だが、「敵」も消耗するだろう。ならば、その消耗した隙をつけばいい。雷が降り注ぐや否や、カシラマシラは動き出していたのである。
「くそ、離せ!」
フィオはもがくが、カシラマシラの手指はビクともしない。逆にギリギリと締め付けてくる。魔法を撃とうとしても、魔力が足りない。
カシラマシラが赤い両目をぐにゃりと歪めた。嘲笑っている。残忍に握りつぶすことを愉しんでいるのだ。
一方、地上のビビはカシラマシラの目がフィオに集中しているこの隙に、こっそりと逃げ出そうとしていた。
楽に稼げるっていうから冒険者になったのに、こんなのアリ?
泣き言を心の中に押しとどめ、抜き足差し足――。だが、街中で盗みを働いていた時には有効だった忍び足は、感覚に優れた魔獣相手には通用しなかった。
生き残っていた2匹のマドウマシラは、逃亡しようという「獲物」を見逃さなかった。キャーッと猿叫を上げ、岩の槍を生成する。
「いやっ!?」
先端の尖った岩片が飛来し、ビビの足に突き刺さった。
「……ぁっ、あ、が……」
地面に倒れたビビに、サルが迫ってくる。ゆっくりした足取りであった。「獲物」が逃げられないことを、知っているかのような。
こんなことなら、タクトやアリアについてお城に行けばよかった。というか、タクトがいないなら冒険に出るんじゃなかった。あいつの、「人生楽勝!」みたいな特技に頼れないんじゃ、こんなの割に合わない。
薄れゆく視界の中、ビビが見たのは迫りくるマドウマシラ、その背後のカシラマシラが掲げるフィオの――そこで目を見開く。
「おぉぉぉおおおらぁあぁあっ!!」
サル共に負けない大音声と共に、カシラマシラの右腕が肘の辺りから両断されたのである。
右前腕を失ったカシラマシラの悲鳴が、渓谷に響く。群れのボスの時ならぬ声に、2匹のマドウマシラも振り向いた。その瞬間、2匹の首が飛んだ。
「ビビ、無事か!?」
「か、カタリナぁ!?」
霧の中ではぐれた女剣士は、ビビのケガを見てすぐに駆け寄って治癒魔法を使った。
「えふっ……あ、はぁ……」
暖かい力が痛みを取り除き、ビビは少し咳こんだ。
「すまない、遅くなった」
ホントだよ、と言おうとしてビビは上手くできなかった。カタリナは振り返り、カシラマシラの腕を一刀両断した大男に声をかけた。
「ザゴス殿ォ!」
「こっちは任せろぉ!」
叫び返してザゴスは、右肘を押さえるカシラマシラに向き直る。
「ざ、ザゴス……」
落ちた右手からフィオが這い出てきた。息は切れているが、身体の損傷は浅いようだ。
「無事なようだな、フィオ」
どうやら間に合ったらしい。だが、まだ安心はできない。
カシラマシラは赤い目をザゴスに向ける。それはさっきまでの、冷静な群れのボスではない。怒り狂った狂戦士であった。滅茶苦茶に叫びながら、無事な左腕を振り下す。
「遅ぇよ、全部が遅ぇんだよ!」
ザゴスは巨体に似合わぬ素早さで間合いを詰め、左腕の一撃をかわす。
バカな、速すぎるぞ。フィオは一瞬我が目を疑い、しかしすぐに納得した。
「うぉおりゃぁああ!」
疾走するザゴスは、緑色の湯気のようなものをまとっていた。カタリナが事前にかけた風の強化魔法「疾風馳夫」により、普段の倍以上の敏捷性を手に入れていたのだ。
ザゴスは速度に任せて突進し、更にカシラマシラの巨体を上り始めた。大ザルは体を揺すって落とそうとするが、不快害虫もかくやという速さでザゴスは一気に肩まで上り詰める。
「ちゃぁっ!」
一声かけて肩から飛び上がると、カシラマシラに見上げる暇さえ与えず、手にした斧を脳天に振り下ろした。落下の勢いとザゴスの体重が加わったその一撃は、カシラマシラの頭部を縦に半分裂いた。
遂に大ザルは倒れた。仰向けに、大きな砂埃を立てて。
「ザゴス!」
よろめきながらもフィオは駆け寄る。ザゴスは笑い、誇らしげに右手を挙げたが、急に足元をぐらつかせた。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~
すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》
猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。
不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。
何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。
ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。
人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。
そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。
男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。
そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。
(
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~
つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。
このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。
しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。
地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。
今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。
落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!
酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。
スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ
個人差はあるが5〜8歳で開花する。
そのスキルによって今後の人生が決まる。
しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。
世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。
カイアスもスキルは開花しなかった。
しかし、それは気付いていないだけだった。
遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!!
それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる