上 下
13 / 222
アドイック編

13.鏡映しの霧

しおりを挟む
 
 
 目指す「ボクスルート山地」は、王都から13マルン(※1マルン=約1.5キロ、13マルンは約20キロ)程離れている。アドイックの城門を出たザゴスとフィオは、湯治場に向かう乗合馬車を使い、街道を東に向かった。

 魔獣の被害で湯治客が減っているというのは本当らしく、10人以上が乗れるはずの馬車にはザゴスとフィオしか乗っていない。

「思ったより事態は深刻らしいな」

 時折縦に激しく揺れる馬車の中で、フィオはそう口にする。

「狭っ苦しいぜ……揺れるしよ……」

 首を縮め、何とか馬車の中に納まっているザゴスは、少し顔色が蒼い。酔ったのかもしれない。

「こんな縮こまってまで温泉に浸かりに行くなんて、俺にゃ信じらんねえぜ……」
「みんな貴殿ほど大柄ではないからな」

 アドニス王国では、強化魔法を受けた馬を使った馬車が主流である。普通の馬車が1刻(※1刻は120分)で平均8マルン(※約12キロ、時速6キロ)走るのに対し、アドニス王国のものは10人乗りでも1刻平均15マルン(※約22.5キロ、時速11キロ以上)は出る。

 1刻ほどで、馬車は何事もなく温泉街に到着した。

 「銀の狐亭」はレンガ造りの四階建てで、周辺の温泉宿に比べると一つ飛び抜けて規模が大きい。加えて、最も「ボクスルート山地」へ入る山道に近い宿でもあった。

 宿屋の前は道が均されており、丸いロータリー状になっている。ロータリーの中心にはヒロキ・ヤマダの像が建っていた。ここでの彼は「勇者」ではなく「湯治の開祖」とされており、よく知られた剣と盾を携え鎧兜に身を包んだものではなく、「ハッピ」と呼ばれる簡易な上着を羽織り桶を小脇に抱えた姿の銅像であるが。

 ポーチで馬車を降り、玄関前にいたドアマンに「クエストチケット」を見せると、彼はすぐに奥へ走って行った。程なくして、支配人の男が顔を出す。狐にしちゃ丸い顔だな、とザゴスは内心でつぶやいた。

「遠いところ御足労いただき、ありがとうございます」

 二人をロビーに通し、恭しくというより慇懃無礼に感じる所作で、丸顔の支配人は頭を下げる。

「我が『銀の狐亭』にも護衛の戦士はいますが、なにぶん魔獣は数が多く、対応は追いつかずで……。客足は遠のく一方ですし、ほとほと困っておりまして……」
「心中お察しいたします」

 支配人への応対はフィオに任せ、ザゴスは広いロビーを見回す。普段がどれほど賑わっているのかは知らないが、確かに人影はまばらだ。

「宿の周囲は、我が宿の護衛たちが警護しております。冒険者のみなさんは、山にいる魔獣を叩いていただきたい」

 既に、アドイックから来た何組かのパーティが山に入っているという。

「わかりました。行くぞ、ザゴス。山狩りだ」
「おう。まあ、大船に乗ったつもりで待ってろや」

 二人は宿を出て、山道へと向かった。



 霧が出てきやがったか。ザゴスは白んでいく周囲の様子を見て、舌打ちした。
 ザゴスとフィオは「ボクスルート山」の5合目に差し掛かっていた。木の生い茂った山道から景色は変わり、ごつごつした岩場が目立つ。

 ふもとの辺りでは宿の雇った戦士たちが追い散らしたのか、魔獣の姿を見かけることは少なかった。しかし、登るにつれて遭遇する数が増えている。

 魔獣の種類はサルに似たものが多かった。この種は知能が高く、魔法を使うものもいる。魔法の才能のないザゴスにとっては、噴飯ものの相手だ。

 それにしてもフィオは頼りになる。ザゴスは自分のすぐ後ろを歩く、新たなパーティメンバーのことを思う。クサンやイーフェスと組んでいた時とは、また一味違う感覚だ。

 探索士スカウトのクサンは、やはり戦力として一歩劣る。イーフェスは魔法の腕はいいが、白兵戦が心もとない。どちらも戦闘となればザゴスのフォローは欠かせなかった。

 一方、魔法剣士であるフィオにその必要は少ない。前の二人が「助け合う仲間」ならば、フィオは「背中を預けられる相棒」といったところか。

 霧は1歩進むごとに濃くなっていくかのようだった。戦闘は楽ではあるが、こういう場面に探索士スカウトの不在は痛い。

「離れんなよ。魔獣よりも遭難の方がきちぃ」

 歩きながらそう声をかけたが、返事はない。

「おい、フィオ?」

 呼びかけるがそれでも答えは返ってこない。

 足を止め振り返ると、そこにはただ白いガスが広がるばかりだった。

 はぐれたか。ザゴスは歯噛みする。ふもとはよく晴れていた。山の天気は変わりやすいとはいえ、霧がここまで濃くなるとは、想定外だ。

 鼻腔をひくつかせ、ザゴスは「まじぃな」とつぶやいた。

 ただの霧ではないようだ。濃くなってきてからわかるが、頭の天辺がひりつくこの感覚、魔法だ。

 そう言えば、クサンから聞いたことがある。この「ボクスルート山地」には、霧状の魔獣がいると……。

「ザゴス」

 背後から声が聞こえる。反響を伴っているが、フィオのものだ。

「テメェ、そっちにいやがっ……!」

 違和感を覚え、ザゴスは振り向きざま咄嗟に得物を抜いた。斧の刃が、突き出された2本の剣を受け止めた。

「何しやがる!」
「ザゴス、ザゴス、ザゴス……」

 名前ばかりをつぶやいて、フィオは剣を振り回す。

 操られている? いや、違う。こいつこそ、クサンが言っていた魔獣だ。

「退けや!」

 ザゴスは斧でフィオの体を薙いだ。水面のようにその姿は揺れて、ガスの中に霧散する。

 やはり、カガミウツシか。

 霧状の身体を持ち、吸い込んだものに幻覚を見せるという魔獣だ。映し出す幻覚が、必ず左右が逆になるためその名がついた。

「ザゴス」「ザゴス」「ザゴス」「ザゴス……」

 ガスが揺らめき、フィオが無数に現れた。

 なるほど、確かに鏡像だ。フィオは長い前髪で左目が隠れているが、現れた幻はみんなそれが右側だった。

「キザな前髪も、役に立つ時があるもんだな……」

 ザゴスは斧を構える。幻をいくら振り払っても、カガミウツシ本体には届かない。それはわかっているが……。

「くっ!」

 鏡像のフィオの繰り出す剣は、大した鋭さではない。型も無茶苦茶で雷の魔法も使ってこない。しかし、斬られれば傷を負うし血も流れる。カガミウツシの魔法を含んだ霧を吸い込むと、幻覚の攻撃を現実のものと誤認してしまうためだ。

 攻撃を当てて形を崩せば消えるが、また別の鏡像が現れる。本体を叩かねば。ザゴスは襲いくる鏡像を、斧を振り回してかき消す。

 クサンは確か、霧の中心に「核」とも呼ぶべき部分があり、それを攻撃すればいいとか言っていたか。

(ま、力ばっかのお前じゃ無理だがな。魔法とか浄化、それか魔除けの力でもなきゃ――)

 あの野郎、思い出しても憎まれ口ばっかりだ。

 それはともかく、今はフィオと合流するしかない。霧を吸い込み過ぎたせいか、どれが幻覚でどれが生き物の気配か、判別がつき辛い。

 本物はどこにいやがる……!?

 鏡像のフィオを薙ぎ払いながら、幻覚の中に左目を隠したそれが紛れていないかを探す。

 その時、ザゴスの右前方、鏡像と鏡像の間からこちらに迫ってくる影が目に入った。剣を振り上げたその影は、鏡像をかき消しながら、一直線に突っ込んでくる。

「のわっ!?」

 咄嗟に斧でザゴスはその身をかばう。だが、剣は振り下ろされる直前で止まった。互いにその顔を見て、同時に驚きの声を上げた。

「ザゴス殿!?」
「カタリナ!」

 昨日、「ニギブの森」で出会った女剣士だ。

「これは重畳、幻ではないようだ」

 カタリナはその身を反転させ、剣を構え直した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移で無双したいっ!

朝食ダンゴ
ファンタジー
交通事故で命を落とした高校生・伊勢海人は、気が付くと一面が灰色の世界に立っていた。 目の前には絶世の美少女の女神。 異世界転生のテンプレ展開を喜ぶカイトであったが、転生時の特典・チートについて尋ねるカイトに対して、女神は「そんなものはない」と冷たく言い放つのだった。 気が付くと、人間と兵士と魔獣が入り乱れ、矢と魔法が飛び交う戦場のど真ん中にいた。 呆然と立ち尽くすカイトだったが、ひどい息苦しさを覚えてその場に倒れこんでしまう。 チート能力が無いのみならず、異世界の魔力の根源である「マナ」への耐性が全く持たないことから、空気すらカイトにとっては猛毒だったのだ。 かろうじて人間軍に助けられ、「マナ」を中和してくれる「耐魔のタリスマン」を渡されるカイトであったが、その素性の怪しさから投獄されてしまう。 当初は楽観的なカイトであったが、現実を知るにつれて徐々に絶望に染まっていくのだった。 果たしてカイトはこの世界を生き延び、そして何かを成し遂げることができるのだろうか。 異世界チート無双へのアンチテーゼ。 異世界に甘えるな。 自己を変革せよ。 チートなし。テンプレなし。 異世界転移の常識を覆す問題作。 ――この世界で生きる意味を、手に入れることができるか。 ※この作品は「ノベルアップ+」で先行配信しています。 ※あらすじは「かぴばーれ!」さまのレビューから拝借いたしました。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~

つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。 このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。 しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。 地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。 今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。

落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!

酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。 スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ 個人差はあるが5〜8歳で開花する。 そのスキルによって今後の人生が決まる。 しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。 世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。 カイアスもスキルは開花しなかった。 しかし、それは気付いていないだけだった。 遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!! それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...