甘い毒の寵愛

柚杏

文字の大きさ
19 / 23

19

しおりを挟む
「オレには……親も兄弟もいない。産まれた時に奴隷商に売られたらしい。主人がそう言ってた。親に売られたのか、それとも盗賊にでも襲われて誘拐されたのか。全く何もわからない。オレには何もない。だから羨ましいよ、半分でも血が繋がっている家族がいるんだから」
 多くの奴隷仲間は同じような境遇ばかりで、それが普通だった。みんな、何も持っていない。空っぽだ。
 なんの目的もない。ただ毎日の仕事をこなすだけ。
「では、こうしよう」
「なに?」
「私の元に来なさい。その体質、このまま死なせるにはもったいない」
「は……!?」
 剣の切っ先がシアンの頬に触れた。ひんやりと尖った刃に自分の顔が歪んで映った。
「なんであんたのとこなんかに!! 絶対、嫌だね!!」
 似た境遇だから同情でもしたのか、それとも利用価値があると思ったのか。
 なににせよ王子の命を狙っている人間に飼われるなんて屈辱でしかない。
「ならば価値はないな」
 頬に触れた切っ先がシアンの赤い髪を雑に切った。
 パラパラと赤い髪が石の床に落ちていく。
(王子が……綺麗って言ってくれたのに)
 ベッドの上の王子はいつも甘く優しい。
 毒を治療するためだけに呼ばれ、抱きたいと思ったから抱かれている。そこに愛情はないはずなのに身体を重ねている瞬間は愛されているような錯覚に陥る。
 空っぽの自分の中を王子が埋めてくれるみたいで、幸せでたまらない。
 こんなバラバラになった髪を見たらもう王子は綺麗だと言ってくれないかもしれない。そう想像するだけで哀しくて泣きそうになる。
「王子の命と引き換えならどうだ? 君が私の元に来るなら王子の命は助けよう」
 石の床に散らばった髪を呆然と見ていたシアンはハリス公からのその提案に顔を上げた。
 ハリス公の元に行けば王子は命を狙われなくて済む。食事に毒を入れられることも、暗殺者に殺されることも。
「保証はないだろ」
「君の命を取り引きに使えば王子は継承を放棄するさ。その後、君は私の元に来る。それで取り引き完了。誰も死なず、誰も苦しまない」
「王子がオレなんかの命のために取り引きするわけないだろ」
 この命にそんな価値はない。
 たとえ王子が取り引きに応じたとしても、ハリス公の元へなんて行きたくない。それなら新死んだ方がマシだ。
 それに王子には王になって、奴隷制度を変えてもらわなければいけない。
 王子との少ない絆の一つがその約束なのだから。
 自分がいなくても王子にはセシルもいるし、守ってくれる下臣もいる。どんなに邪魔されても王子は必ず王になる。
 ならなきゃいけない人だ。
「死んでも嫌だね」
 挑発するように舌を出して睨み付けた。
「ならば二人とも死ね」
 振り翳された鋭い剣。
 両手両足の鎖が邪魔で自由に動けないシアンはもうダメだと覚悟を決めて目を閉じた。
(なるべく痛くないように一回で終わらせてくれ!!)
 それくらい祈ったって罰は当たらないだろう。
 どうか王子が王に即位できるように。そのためなら多少痛くても我慢するから、絶対にハリス公の思惑通りにしないでくれと強く願った。
 ――キン、と甲高い音が響いた。
 覚悟していた痛みがいつまで経ってもなく、シアンは恐る恐る目を開けた。
「……王子……?」
 目の前にはノア王子がハリス公の剣を自分の剣で受け止めていた。
 これは夢ではないかと、何度も目を瞬かせる。
「おまえ……なぜここが……」
「叔父上……残念です」
 ハリス公の顔がみるみるうちに怒りみ満ちたものに豹変する。
「叔父上の従者一人を取り込んで見張らせてました。貴方は国のことを一番よく考えていると信じていました」
 ハリス公の剣を振り払って、そばに控えていた兵士たちに目配せすると兵士たちは素早くハリス公を取り囲み捕まえる。
「なにをする!! 離せ!!」
 怒鳴り散らす声とともに兵士たちに連行されていくハリス公の声がどんどん小さくなっていく。
 しばらく呆然としたまま、ハリス公の怒号の反響を聞いていると王子がシアンの前に膝をついて髪に触れた。
「王子……なんで……」
「おまえが叔父上をやたら気にしていたから動向を調べさせていた。まさかこんなことになるなんて……」
「オレのなんとなくの勘を信じたの?」
「おまえの方がハリス公のことを理解していると思った。間に合って良かった……」
 髪に触れていた手がシアンを引き寄せ抱き締めた。
 冷えていた身体がふわりと温まる。
 王子の匂いがすぐ近くでする。心臓の音が聞こえる。何度も閨で感じた匂いと鼓動。
 ――この命を守れて良かった。
 これでもう王子が命を狙われる心配はない。
「薬草園で倒れたおまえを叔父上がここに運んでいくのを見張らせていた従者が気付いてあとをつけた。その後連れていかれた場所を確認し俺に報告してきた。遅くなってすまない。怖かっただろ?」
「……そんなことない。本物の王子様みたいだった」
 ホッとすると身体の冷えが戻って来た。毒の副作用なのか意識が再び遠のいていく。
「俺は本物の王子様だよ」
 フッと笑う王子に安堵してシアンはそのまま王子の腕の中で意識を手放した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

隊長さんとボク

ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。 エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。 そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。 王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。 きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。 えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

処理中です...