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脈動

交点

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 村で一日の成果を報告するはずだったが、三者三様の理由で全員が村に帰ったのは日が暮れてから相当な時間が経っていたので、翌朝に持ち越されることになった。清らかな朝の空気の中、レオンが話し出したことで報告会が始まる。

「貴族区域ってどうだった?一生行きたくないけど一応聞いとく」

「道は傷一つなく整備されてたし、家も大豪邸ばっかりで、あんまり居心地はよくなかったな。同じ貴族でも領地貴族と王都貴族ではこんなに違うとは思ってなかった」

「ごめん。私、悪いことしちゃった」

「気にしないで、収穫もあったから。勇者について研究している人に面白い話を聞けたんだ。旅の目的が一つ増えたよ」

 かいつまんで聞いた話を伝えるも、歴史に興味がないレオンはもちろんのこと、悪者扱いされている教会に属すオリビアも関心を持たなかった。

「次は私が。ローゼンミュラー元侯爵へのお使いの後、おじい様のところに行ったのだけど、ヴィクター全部バレてた」

「え」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするヴィクターを無視して聖女の言葉は続く。

「ベルネット家を出て、旅をして、この村に滞在してること。ローゼンミュラー家に護衛として行ったことも、文字通り全部」

「そんな」

「これまで疑われたこと自体ほとんどないのに、どうしてわかったんだろ」

 いまだ衝撃から抜け出せないヴィクターに代わり、レオンが冷静にもっともな疑問を呈する。

「どうやら諜報機関によるものらしいの」

「教会がそんな物騒な組織を?」

「国全体、小さな街にでもある教会には昔から情報が集まっていて、それが次第に組織に変わっていったんだって。それで、諜報を取り仕切るのは前当主って決まってるみたい」

「それでオリビアさんのおじい様が」

「じゃあ、他にはバレてないのか」

 ほっとした様子のヴィクターにオリビアが微笑みかける。

「おじい様はベルネット家に言う気はないみたい。今でも子供二人に訪問の相手をさせたこと根に持ってるの」

「そういえば、父さんが教会嫌いで、フリードリヒ兄さんが当主代行って形で迎えたっけ」

「前大司教と聖女様にその対応って、ヴィクターの親父さん怖い者知らずだな」

「信仰のかけらもない人だったからね。僕の家の話はいいんだよ。次はレオンの番だ。トーマスと狩りに行ったんだろ」



「……ってなわけで、俺にもよくわからないんだ」

 昨日の狩りについて、特にあの不思議な斬撃について告げられた二人だが、オリビアがポカンとする一方、ヴィクターは興奮のまなざしでレオンを見つめた。

「その顔、何か知ってるのか?」

「斬撃を飛ばした時、魔力を使う感覚と似ていた?」

「よくわかったな。そうだぞ」

「多分だけど、剣の師匠が使っていた技術と同じだと思う。剣の腕を上げると、剣圧が出せるようになって、それを魔力みたいに使えるらしい」

「でも俺、そんなに剣の腕がいいわけじゃないぞ」

「知ってる」

「おい」

 進む話についていけなくなったオリビアが、手を上げていることに気づいたヴィクターは彼女に話を譲った。

「私は本格的に剣を教わってないからわからないけど、強さって意味での剣の腕じゃなかったりしない?教会にも騎士はいたけど、そんな技を使う人はいなかった。それなのに冒険者とか旅の剣士の中にはいるって聞いたことがある。教会の騎士なんて騎士の中でも強い人しかなれないのに」

 ヴィクターはクロウが使ったもう一つの技を思い出す。出鱈目なあの技も剣圧の鍛錬の先にあると彼は言っていた。であれば答えは一つに定まる。ヴィクターはそれを言葉へと変換した。

「想いだ」

「「想い⁇」」

「レオンが斬撃を放った時、自分の剣について考えていたって言ってたよな」

「ああ。それで答えを出した途端、体が勝手に」

「それが想いだよ。騎士は規律、規範を守ることを求められるから、振るう剣は自分の想いじゃなくて、組織の想いにどうしてもなってしまうんだと思う。だから同じぐらい強くても、冒険者とか旅の剣士が習得できるんじゃないかな。具体的な原理は全くわからないけど」

「なんとなく理解はした。でももう一回できる気はしないぜ」

「まあいいじゃん。一回できたならいつかもう一回できると思う。完全習得したらコツとか教えてくれよ」

「私は応援することしかできないけど」

「そんだけ言われたら頑張るしかねぇな。よし!!今日から素振りの数を増やすぞ」

 仲間の成長に盛り上がる三人に一人の男が近づいてきた。

「よう。元気にやってるな」

「オットー。どうしたの?」

「お嬢。ちょっとヴィクター借りてもいいか?村回りに連れていきたくてな」

「私にどうする権利もないよ。ヴィクターがいいって言うなら」

 そう言いながら向けられる聖女の期待の眼差しを受けて断れる男がいるだろうか。ヴィクターとて例外ではなかった。首を縦に振った瞬間、ヴィクターは腕を思いっきり引かれ、村の入り口に止まる馬車に向かって猛スピードで走らされた。

「こんなに急ぐ意味ある?」

「時は金なりだ。それなりに時間のかかる仕事だから、できるだけ急ぎたい」

 しぶしぶ了承したヴィクターといくらかの物資を乗せて馬車は細い道を行く。

「どうして僕なんだ?」

「なんとなく。村に来た晩、少し話しただろう。その時に昔の俺を見てるみたいに感じてな。ゆっくり話したかった」

「それならそうと言ってくれればよかったのに」

「男が男に大事な話があるから二人きりにって女の前で言うのか?絶対に勘違いされる」

「違いないな」

 男二人の笑い声が人気のない道に響き消えていった。

「そろそろ一つ目の村に到着する。着いたらそこの木箱をもって降りて欲しい」

「これだね。わかった」

 五分も経たずして小さな村の入り口で馬車は止まった。ヴィクターは言われた通りに思いのほか重い、一辺三十センチほどの箱を持って降りた。オットーは村長と数言交わすと、手招きをしてヴィクターを呼び寄せ、箱に手を置いた。

「これが約束の物です」

「ありがとうございます。これで儀式が滞りなく行えます。聖女様には多大なる感謝を」

「オットー。これの中身は?」

「ヴィクターたちが前に取ってきてくれた、クソドリの羽で作った装飾品だ。王都に売る分以外にも、こうやって仲間の村々に配って回ってる。なにせ俺たちは聖女組だからな。教会の儀式はやらないと」

「私たちが信仰しているのは聖女様なのに、教会のアホ司教どもは農民が目覚めたと大喜びしているわい」

 先程の丁寧な口調はどこへやら、村長はこの調子で十分以上教会と司教の悪口を大笑いしながら続けた。装飾品以外に用事はなく、二人は馬車へと戻り、次の村へと出発した。街道に出てすぐ、ヴィクターは思ったことをそのまま口に出した。

「もしかして教会って嫌われてる?」

「そうか、ヴィクターは街を旅してきたんだったな。教会が建てられてるような大きい村とか街で悪く言う人はほとんどいない。教会があれば恩恵が受けられるから。だけど農村となれば話は別になる。恩恵もないのに、あれをやれ、これをやれと押し付けられて好意的に思う人はいない。その点お嬢はよかった。恩恵を与えるどころか、なにも強制させようとしなかった」

「オットーと話すといつもオリビアが凄いで終わる気がする」

「お嬢が凄いのは本当だからな」

 若干引き気味の男と、どや顔を太陽に向ける男を乗せて馬車は行く。次の村を目指して。
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