上 下
19 / 37
脈動

王都への旅路

しおりを挟む
「ヴィクター殿、それじゃあ出発しますが、よろしいですね」

 初老の男が馬の手綱を握る。

「ああ、頼む」

 日が登りきる前、まだ空が暗さを残している時間。一台の馬車が領都ヴァイザーブルクの城門を潜り街道を進み始める。

 アムガルト領第二の街にして伝統文化の集積地ミロシニアを通過し、その先ウィテルナで馬車は止まる。

「真っ暗になるまでにあと一つ先の町に行くことは可能ですがいかがしましょうか」

「ここで一泊して明日の朝早く出発しよう。レオンもそれでいいな」

「もちろん、そこまで急ぐたびじゃない。安全に行こう」

 ウィテルナは南部諸都市と王都を結ぶ主要街道ヴィクトル街道に沿った典型的な宿場町であるだけでなく、清らかな湧き水から作られる美酒を特産品とする酒好きの聖地でもある。

「いやー、お二方がここで止まってくれてありがたいです。私無類の酒好きでしてね。御者としていろんな地方に赴くたびに飲むことを人生の楽しみにしているんですよ。どうですかな?」

「いつの間に酒を出したんだよ。俺たちさっき着いたばっかだよな」

「衛兵に少し多めに渡せば大抵譲ってくれます。旅の知恵ですよ」

「賄賂じゃん」

 今にも器に酒を注ぎ渡してきそうな御者の男にヴィクターは首を振り拒否する。

「あら、ヴィクター殿は飲まれないのですか。若い旅人の方は飲まれる印象があったので意外ですな。レオン殿はどうですか」

「うーんそうだな。せっかくだし少しいただこうかな。ヴィクターは何で飲まないんだ?ウィテルナの酒飲まずして酒は語れないと言われるほどの名酒だぞ。年齢のことを気にしてるならもう十五なんだし問題ないだろ」

『お酒とタバコは二十歳はたちから』耳にタコができるほど、お決まりのフレーズを聞かされてきたヴィクターには、いくらこの国で大丈夫でも何となくの忌避感があった。

「僕はいいよ。もう少し大人になった時の楽しみに置いておくよ」

「強要はだめだしな。もったいない」

「馬車の中で一杯ってのもいいものですが、宿でゆっくり飲む酒も絶品です。今晩の寝床を探すとしましょう」

 道を知り、旅を知り尽くした男による宿選びはさすがの一言であった。

「こんなに広々としてて銅貨二枚2,000デナは安い。さすがだな」

「しかも掃除も行き届いていて綺麗だし、ベッドも悪くない。美酒にいい宿。最高の旅だぜ」

「装備と食費に御者、馬車代で残り二人合わせて半分切ってる。ほとんど装備のせいだけど。王都についてからのこともあるんだし、無駄遣いと贅沢のし過ぎには気をつけないと」

「それはそうだけどよ。偶然手に入れたお金なんだし、ぱーっと使ってなかったことにした方がいいと俺は思うけどな。ヴィクターの好きな冒険譚にそんなケチケチした男は出てこないだろ。そういうことだ」

「そうか。あれ、なんだか誤魔化されてるような」

 完全に丸め込まれているヴィクターも話しながら瓶一本飲み終えたレオンも旅の疲れには抗えず。ベッドに倒れこみ泥のように眠った。

 翌朝、昨日の言葉を後悔しながら目をこすり二人は馬車に乗り込んだ。

「朝早くなんて言わなきゃよかった」

「よくこんなに早いのに眠そうじゃないな」

 御者はてきぱきと準備を済ませ早朝であることを感じさせない。

「長年の旅で私が感じた旅の極意を後輩に教えるとしますか」

 二人は唾を飲み込み続く言葉を待つ。

「それは、いかに眠れるかです。どんな強者も寝首を搔かれればあっけなく死んでしまいます。かといって眠らなければ人は生きていられません。ですので寝たいときに寝たいだけ寝る。これができるようになれば旅は格段に安全に快適になりますね」

「いわれてみればそうだな。そういえば伝説に残る勇者にも寝てる最中を襲われたって話があったような」

「そうですね。接近する音ですぐさま飛び起き、寝起きとは思えない鋭い一閃を放ったとされていますな」

「ヴィクトルとヴィクター、名前は似てるのに寝起きの良さは全然違うみたいだな」

「うるせぃやい」

 ウィテルナを予定通り出発した馬車はいくつかの村を通り過ぎ、鉱山街ゴルデンブルクで止まった。

「しばらく馬を休ませます。あと一刻もすれば中央の鐘がなると思うのでそれがなったら戻ってきてください。この先しばらくまともな料理を提供する店はないので、ちょっと早いですが昼食もすましてきてください」

「「はーい」」


(なんか、既視感があると思ったらこれ団体旅行だ。サービスエリアでバス降りる感じ)

「なあ、なんか俺が思ってた旅と違う気がするんだけど。めっちゃ安全だし至れり尽くせり」

「旅慣れてない僕たちじゃ王都に着くまで何日、何か月かかるかわからないし、忘れそうになるけどどっちも追われる身なんだから、はやく南部を離れて人に紛れられる王都に行かないと」

「それもそうだな。楽な旅を堪能するとするか」

 鉱山街らしく道を歩けば筋肉質の男たちが服の汚れを勲章のように見せびらかしている。食堂と思わしき店を何軒か覗くも、ほとんどがムキムキ店主にムキムキの客でいっぱいという様子だった。あまりにも暑苦しすぎると二人が最終的に選んだのは、優しそうな男が仕切る小さな食事処だった。

 店主は見た目通り優しく、パンとスープ、そして少しの焼いた肉も素朴なおいしさで十分な満足感を二人に与えた。それと同時にこのボリュームで労働者にはうけないだろうなとも感じさせる量だった。示し合わせたかのように二人は料金より多くを店主に渡し、返されまいとそそくさと早足で店を出た。店主が握るコインの違和感に気づいたときにはすでに背中が小さくなっていた。ほとんど会話らしい会話もしていない二人の少年の優しさ。そして娘ほどの年齢の子に施しを受けた自らの不甲斐なさに涙した。

 この男はのちに何の縁か、ヴィクターの故郷ベルネット領都で店を出し大変繁盛するのだが、それはまた別のお話。

 景気よく鐘が鳴り響き、午後の訪れをあらゆる者に告げる。ある炭鉱労働者はつるはしを握り炭鉱の中へ入り、ある食堂の店主は夜の仕込みを始め、代官は書類との睨めっこを再開する。意にも介さないのは働くことの叶わないけが人、病人、そして旅人ぐらいだった。

 安全で楽な不自由な旅の途中であるヴィクターとレオンは鐘の音に気付くと集合場所へと向かった。そこにはすでに出発の準備を整えた御者の男が待っていた。

「珍しいですね。遅れる旅人が多いのですが。予定通りに出発できるので助かります」

 二人が乗り込んだことを確認すると馬車はゴルデンブルクを出て再び街道を北上し始める。

 次に向かうはヘルトシュタット。はるか昔に世界を救った勇者伝説の残る町。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。

大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。 ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。 主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。 マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。 しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。 主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。 これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜

ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。 年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。 そんな彼女の癒しは3匹のペット達。 シベリアンハスキーのコロ。 カナリアのカナ。 キバラガメのキィ。 犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。 ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。 挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。 アイラもペット達も焼け死んでしまう。 それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。 何故かペット達がチートな力を持って…。 アイラは只の幼女になって…。 そんな彼女達のほのぼの異世界生活。 テイマー物 第3弾。 カクヨムでも公開中。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

生産性厨が異世界で国造り~授けられた能力は手から何でも出せる能力でした~

天樹 一翔
ファンタジー
 対向車線からトラックが飛び出してきた。  特に恐怖を感じることも無く、死んだなと。  想像したものを具現化できたら、もっと生産性があがるのにな。あと、女の子でも作って童貞捨てたい。いや。それは流石に生の女の子がいいか。我ながら少しサイコ臭して怖いこと言ったな――。  手から何でも出せるスキルで国を造ったり、無双したりなどの、異世界転生のありがちファンタジー作品です。  王国? 人外の軍勢? 魔王? なんでも来いよ! 力でねじ伏せてやるっ!  感想やお気に入り、しおり等々頂けると幸甚です!    モチベーション上がりますので是非よろしくお願い致します♪  また、本作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨムで公開している作品となります。  小説家になろうの閲覧数は170万。  エブリスタの閲覧数は240万。また、毎日トレンドランキング、ファンタジーランキング30位以内に入っております!  カクヨムの閲覧数は45万。  日頃から読んでくださる方に感謝です!

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

処理中です...