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シュベルト編

マリアズブートキャンプつまり特訓!!

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 剣術の鍛錬を始めてから二年年が経ち、家族やヴァイザー、屋敷との交流もほぼ完全に断たれて久しい。外部への情報流出を防ぐためと言って、家族との個人的な手紙のやり取りも禁じられている。唯一の交流は、週に一度運ばれてくる食料や消耗品、書面で頼んだ道具などだ。

「アルバ様。起きてください。大変です」

「まだ朝早いよ。もう少し寝かせてくれても」

 眼を擦り重い体を何とか起き上がらせながら、ぐちぐちと文句を垂れる。

「やっぱり起床がすっきりしてるのとしてないのでは違うと思うんだよ。一日は目覚めから始まるわけだし、それが良くないと一日中良くないと言うか。自発的にパッと起きた日とそうでない日ではテンションが雲泥の差じゃないか」

「その、ずっとぼそぼそされると怖いです。無理に起こしてしまってすみません。ですが緊急の連絡が来ていたので」

「こっちこそ、すまない。それでどんな報せか教えてもらえるか?」

「差出人はシュベルト騎士家当主ノーヴァ・シュベルト。魔獣掃討作戦への参加要請がなされております」

「当主名義とは珍しい。と言うか初めてじゃない?」

 マリアから手紙を受け取り、上から内容をしっかりと確認する。
 ざっと要約するとこんな感じだ。
 派遣されてきたツェーン騎士団は役に立たず、タウゼント子爵からの援軍派遣もなし。
 魔獣の増加はもはや許容範囲を越え、大きな被害が起こる可能性が高いため、シュベルト騎士家をあげて総量を減らす作戦を実行するので、参加をしてくれ。
 俺が一人行ったところで、まともな戦力になることはできない。それにも関わらず参加させようとするのは、父のやさしさなのだろうか。同じ場にいれば話す機会もあると思う。血生臭くなりそうだが、久しぶりに兄とも会えそうだし、行かない手はない。

「マリア、返事を書いておいてくれ」

「かしこまりました。参加でよろしかったでしょうか」

「ああ」

市販の剣を布で丁寧に拭い刃こぼれが無いか隅々までチェックする。俺が主である限り、こいつが何かを成すことはありえない。だからこそ、日ごろの手入れぐらいはしっかりとしてやりたい。名剣でもないのに、ここまですることに始めマリアは変な顔をしていたが、訳を説明すると理解し、今では手伝ってくれることもある。
 汚れを取り除き、元の輝きを取り戻した剣を鞘に納めた所で、マリアに目を向けると頼んだ手紙も書き終わっているようだ。

「後は俺が判を押せばいいんだったよね」

「ええ、ここにお願いします」

 内容に間違いがないか、軽く見てから蝋を垂らし判子を押し込むことで封印する。これで物資の受け渡しの時に託せば問題なく伝わる。

「ところで、どうして受けられたのですか?失礼ながらアルバ様を戦力として期待してはいないでしょう。必ずしも参加する必要もないですよね」

「俺はいずれ冒険者として追放される身だ。魔獣と戦うことを避けることは難しい。ここらで体験しておく意義はあると思ってね」

「なるほど。それでは、明日からは対魔獣の鍛錬も行ってみましょうか」

「もしかしてマリアって冒険者の経験が?」

「はい。ご当主様に拾っていただく前は冒険者として活動しておりました。お教えできることは多いと思います」

「それじゃあ、お願いするよ」

 恭しく礼をすると、準備するものがあると言って、どこかへ出かけて行ってしまった。
 一人暮らしの頃を思い出しながら、昼食を自分で用意していつもの鍛錬メニューをこなす。
 マリアが帰ってきたのは、日が落ちてからだった。
 時間がかかっていたことも納得できる大荷物で、武具や本が多くを占めていた。一部を受け取り、サクサク適当なところに置いていく。
 毎日の鍛錬は身体能力を向上させてくれていて、屋敷にいた頃に比べて格段に体が動くようになっている。


 翌朝

「よろしいですか」

「はい!!」

 マリアはいつもの給仕服とは違い、ローブをなびかせ、立派な杖を構えた魔法使いらしい恰好をしている。杖は一メートルほどの長さで、先頭にボーリング玉ほどの大きさを持つ緋色の玉が取り付けられている。

「私は後衛で前衛の戦い方には詳しくありませんので、魔獣との戦い方と冒険者の戦い方を重点的に行います。まずは構えてもらえますか?」

 言われるがままにマリアを正面に剣を構える。

「では魔法を放つので避けてください。強く自由に燃え盛る炎よ我が求めに応え敵の全てを焼き尽くせ『ファイヤーボール』」

 緋色の玉が淡く光り、魔力の流れが変化する様子が分かった。しかし、魔法は現れなかった。明らかに成功しているはずが、そうでないことに混乱し思考が止まる。
 直後、背中側から熱と共に火が燃える音が近づいてきた。慌てて右に飛び避ける。

「危なっ」

 若干責める気持ちを込めながらマリアに視線を送る。しかし、返ってくるのは冷静な言葉だった。

「魔獣との戦闘は人同士の決闘とは違います。騎士は正面からの戦いを大切にしますが、魔獣に騎士道はありません。獲物を狩るためなら、彼らは汚い手でもなんでも使ってきます。相手が獣だと言うことを肝に命じてください。さあ、続けますよ」

 言葉には重みがあった。真剣な表情と声色の裏には悲劇や後悔もあるのだろう。俺が彼女の後悔の列に加わることがないよう今一度気を引き締める。

「猛火よ幾千もの煌めきへと変わり怨敵を燃やせ『ファイヤーバブル』」

 今度は杖の正面からこぶし大の火の泡が大量に現れた。

「不意打ちの次は物量攻撃ッ……この量、避けきれない」

 杖と魔法の魔力接続は切れている。つまり、放ったあと制御はしていない。だったら模範解答はこうだ。
 重いっきり踏み込み、剣を盾にして前方にダッシュ。肌に当たって弾けた火の泡で鋭い痛みと火傷を負うが、「無限回復」が直ぐに癒してくれる。

「どうかな?及第点ぐらいにはなっている?」

「すみません。まさか、駆け抜けるとは思わず威力の加減ができていませんでした。大丈夫でしたか?」

「ああ、服は屋敷に頼まなくてはならないが、この通り体はピンピンしてるよ」

 両手を広げ軽やかに一回りして、傷一つないことをアピールする。マリアは心底安心した様子で小さく息を吐いた。

「ほんとうに良かったです。判断も悪くなかったです。ですが、無理に攻撃を突破しても相手が待っていれば圧倒的に不利な戦いを強いられます。アルバ様は今回スキルのおかげで無傷でしたが、毎回上手くいくとは限りません。いつでも撤退を頭に入れておいてください」

「わかった」

「次はこの刃を潰した剣で私に攻撃を当ててください。鎧を着ますので遠慮なく。逃げた後は攻撃の鍛錬です」

 マリアズブートキャンプは、まだまだ続く。
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