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シュベルト編

新生活つまり新たな扉が開かれる時

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 小屋の中は、思いのほか小綺麗で、所々残る埃は、急いで掃除をした事を伺わせる。
 引かれた椅子にポンと飛び乗り、マリアが準備するコー茶を待つ。

「お話願えますか?」

 正面に座った彼女の目がこちらをしっかりと捉えている。

「話す前に確認しておくけど、マリアは俺のお目付け役?それとも監視役?」

 これははっきりとさせておかないと、肝心な所で邪魔をされては叶わない。

「正直に申しますと、ノーヴァ様、ゾンネ様からは安全の確保と手助けを、ヴァイザー殿からは監視と報告を命じられております」

「それ俺に言っていいの?」

「言わないようにとの命令は受けておりませんし、ヴァイザー殿に忠実である必要を感じませんので」

 意外と人脈はないんだな。助かる。

「それじゃあ、マリアを信頼して話す」

「ありがとうございます」

 俺はコー茶を口に運ぶ。口に含んだ黒い液体をすぐには飲み込まず、しばらく口に含んでから喉に注ぎ込んだ。僅かな酸味と苦味が頭をよりはっきりさせる。

「どこまで話を聞いている?」

「鑑定の儀式にて、アルバ様のスキルが、騎士家として不適格な無限回復であると判明し、シュベルト騎士家から存在を抹消することになったと。表に姿を見せないためにここで暮らすことになったと聞いております」

「ほとんどその通りだ。俺は俺の持つスキルの弱さ故、家族に迷惑をかけないために追放を甘んじて受けた。ヴァイザーを丸め込んで十五歳までここにいる権利を得た。約八年の猶予だ。猶予が尽きれば、ヴァイザーは俺を冒険者として、より遠い場所へと旅立たせようとするつもりだ。あわよくば道中で野垂れ死ぬことを狙っているかもしれないな」

「そんな」

「もちろん、俺も座して最悪の運命を受け入れるつもりはない。八年を使って、戦う力、シュベルトの名を使わずして生きていく方法を手にする。この小屋は死ぬためでも、滅びるためでもなく、生きて、繫栄するために使う。だからマリアにも手伝ってほしい」

 俺が話切った後、マリアは自身の前に置いたコー茶に手を伸ばし、一息に飲み干した。

「諦められた訳では無いのですね」

「ああ」

 彼女は大きく息を吐き、肩が落ちた。その目から、安堵していることが分かる。

「アルバ様、まずは何をしましょう。なんでもお手伝いいたします」

 いやー、可愛いメイドさんになんでもと言われたら、何をするかなんて決まってるよなぁ。

「スキルを試したい」

 いくら精神が二十を優に超えてると言っても、体は七歳のものだから流石にエロいことはしない。てか、体に引っ張られているのだろう。その手の欲が全然ない。

「何から試しましょう?」

「うーん」

 悩みどころだぞこれは。無限回復、その名の通り無限に回復するのだろうことは簡単に推測できる。問題は試すには体を傷つけないことには始まらないことだ。
 死んだときのアレがトラウマになっているのだと思う。切られる、刺されることに対する恐怖が大きい。できればやりたくないけど、スキルのことを知らないことは、どうにもならないからな。めっちゃ嫌だけど仕方がない。

「これで腕に傷を付けて、治るまでの時間と魔力の消費を見てみる。マリアはいざという時のために手当の準備をしておいてくれ」

 台所に置いてあったそれなりの刃渡りのナイフを手に持ち、外にでる。せっかくの新居を血で汚したくはない。

「よし、いくぞ、いくぞ」

 力を入れないようにしてナイフを腕に触れさせ、そーっと、ゆっくり、引いた。

「痛っ」

 ナイフの軌道に沿って、赤い線が現れた。血が流れ出る所を見たくないと目を逸らす。
 だけどいつまでたっても液体が腕を流れる感覚が感じられない。

「凄いですアルバ様、傷口がみるみる塞がっていきます」

「回復に大きなラグはなく、即座に回復が始まる。回復力に申し分なし」

 スキルは魔力消費が格段に少ない。というより、通常魔法の燃費が悪すぎる。敵にダメージを与えるレベルの火の玉を、一発放つことができるかできないか。
 だから、魔法は屋敷で使っていたような魔道具や、火おこし、綺麗な水を出す、光を灯すなどの消費魔力が高くない、便利系魔法ぐらいしか使われない。魔法系スキルを持っていれば別だが。
 とはいえ、スキルの魔力消費は少ないが、ゼロではない。さっきも間違いなく魔力が抜けていく感覚はあった。使った分が減っているはずなのに、今はほとんど回復している。
 もしかして……。試してみるか。
 指先に魔力を集めて唱える。

「光よ灯れ『ライト』」

 魔力が消費される感覚と共に、木々で薄暗い周囲を明るく照らした。

「突然どうなさいました?」

「ちょっと実験をね。このぐらいでいいか」

 魔力の供給を切断し、指先の灯を消した。

「うーん。こっちは魔力が回復してる感じがしない。減っている感じも確かにある」

「魔法やスキルを使えば魔力が減るのは当たり前じゃないですか」

「それが、さっき無限回復を使ったときは減らなかったんだ。減った途端に回復が始まり、すぐに元の量に戻った感じかな。だけど、『ライト』の分は回復してないっぽいんだよね」

「スキルに使った魔力が回復すると?」

「おそらくは。だってどれだけ優れた回復力でも、魔力が尽きて使えなくなるなら、無限ってついている意味がない。スキル名に間違いはないと聞くし、無限であることは確かだと考えていい。「無限回復」が使い放題なのは確定的だね。これで通常魔法に使った分も回復するなら最強だったのに、残念」

「ですが、これは想像以上に強力なスキルでは」

 マリアの言う通り、使いようによっては強力なスキルなことに間違いはない。それは身をもって体験した。問題は使い道がないことだ。騎士家にとってこのスキルは本当に利用価値がない。
 この世界ではどれだけ努力しても、その分野でスキルを持つものに追いつくことはできない。つまり回復スキルを持つことは、攻撃力を失うも同然。体力無限、攻撃ゼロのキャラなんてゲームでも使い道がない。良くて肉の壁にしかならない。
 俺がもっと高貴な生まれであれば、死なないことは大きなメリットになる。だけど俺は騎士家の人間で、行く末は冒険者。大事なのは戦う力だ。

「何か使い道を考えないとなぁ」

「アルバ様、とりあえず今は色々試してみては」

 使い道は何ができるか丸裸にしてから考えても遅くはないだろう。ここは徹底的に実験していこう。

「そうだな、まずは体力が回復するかだ」

 足に力を入れて、思いっきりダッシュ。ダッシュ。ダッシュ。

「その調子です!!」

 ダッシュ。ダッシュ。もうそろそろ限界。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。もう、む……り」

 肺と心臓が酸素を強く要求する。スキルが発動することを期待するが、いつまで経っても変化がない。

「これはダメか。次だ」

「はい」

「俺の腹を殴ってくれ」

「よろしいのですか?」

「打撃に効果があるか確かめる必要がある」

「わかりました」

 拳を構えるマリアの目に、一瞬S気を感じたが、気のせいだろう。いや気のせいだ。気のせいってことにしておこう。俺に被虐趣味はない。

「では、失礼します。フン」

 勢いよく彼女の拳が、俺のまだ小さなお腹に向かって近づいてくる。
 インパクト!!

「ウグゥ」

「大丈夫ですか?」

 一秒と待たず、魔力が少し減る感覚がし、同時に痛みが引いていく。

「ああ、もうなんともない。打撃にも効果ありか。肉体的損傷に対して効果あり、と仮定してもういくつか実験してみよう」

「次は何をしましょう」

 先ほどよりも、テンションが上がったように見えるマリアから一歩、無意識に下がってしまった。

「どうされました?」

「な、なんでもない」

 やばい、あの目は完全にSの目だ。覚醒させてしまったのかも。誰も来ない小屋で回復するのをいいことにハードなSMプレイとかしたくないよぉぉぉぉぉぉ。
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