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シュベルト編

スキル鑑定つまり運命

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 その日はなんら変わりないただの日常として始まった。
 やたらと広い自室に差し込む眩い朝日が、俺の意識を覚醒へと導く。
 いつもならばあと少しと二度寝を試みるところだが、今日は違う。
 なにせスキル鑑定の日だ。楽しみ半分、心配半分、そして僅かな緊張が怠惰な眠気を吹き飛ばしていった。
 次男とは言えシュベルト家の実子だからだろうか、もしくは期待の表れだろうか、ドアの先からはまだ朝も早いのに慌ただしく動く使用人の物音が聞こえる。

「アルバ様、お目覚めでしょうか?」

「ああ、起きているよ」

「では失礼いたします」

 入ってきたのは、鼠色の髪を短く纏めた中背でやせ型の男。俺の記憶が正しければ、我が家の家宰長を務める男。名前はヴァイザーだったはず。
 彼の仕事は騎士家の仕事を補佐することで、俺たち家族とは関わりが少なく、実際何をしているのか、どのような人物なのかよく知らない。
 会話も片手で数えられるほどしかしていない。まあ特別話したいとも思わないが。
 その訳は彼の目だ。深く黒い瞳からは感情が読み取れず、鋭い眼光は死肉を狙うハイエナのような印象を抱かせる。
 だが家宰長としての実力は確かなようで、父からこれといった不満は聞いたことがない。
 わざわざ来たのも、シュベルト騎士家にとって重要なスキル鑑定だからなのだろう。

「ご存じの通り本日はスキル鑑定の日でございます」

 ヴァイザーは興奮した様子で大きく手を広げる。

「スキル。それは神が人に与えた恩寵にして、支配者が支配者たる理由。強者が強者であり続ける力の源泉。そして敗者が勝者に、勝者が敗者に、奴隷が王に、王が奴隷になる日。それがスキルを明らかにする儀式の日」

 興奮の一言で片づけていいのだろうか。ヴァイザーの体はピクピク震え、目は血走り正気なのかすら確かではない。

「おや。アルバ様はあまり興奮されて居ませんね。スキルについて詳しくはない?」

「ええ、まあ。父も鑑定後でいいからと、そこまで話しませんし、兄の時はまだ小さかったので」

「それは、それは、もったいない。まだ儀式まで少々時間がございます。手短にはなりますがわたくしシュベルト騎士家家宰長ヴァイザーがご説明いたしましょう」

 先程の異常な興奮はどこへやら、落ち着きを取り戻した様子で語りだした。

「神がいつ人にスキルを与えたのか確かではありません。数千年前という学者もいれば、世界が生み出された時からと信じる者もいます。ですが私は、人がエルフ、獣人、ドワーフら亜人たちと袂を分かった時だと考えています。亜人と人間の違いは何かご存じですか?」

 そのあたりの予習はバッチリ。ファンタジーど真ん中の彼らを気にしない訳がないだろう。どうも東部には少ないみたいで、あいにく一人も会えてはいないが、書斎に本はたくさんあった。

「身体的特徴ですかね?エルフは耳が尖っていて、獣人は獣のような毛と運動能力を持ち、ドワーフは小柄で腕力が強いと聞きますが」

「半分正解といった所ですね。それら亜人と人の違いはスキルの違いです。亜人は人と異なり種族で共通、単一のスキルしか持ちません。スキルとは元来種族の特徴とでもいうべきものだったのでしょう。人は神によりその壁を取り払われたのです。人が人と成ったから神が壁を壊したのか、神が壁を壊したから人に成ったのか、それは分かりません。どちらにせよ人の発展を見れば人が神に選ばれた存在であり、スキルがその象徴であることはお分かりでしょう」

 これは説明ではなくもはや演説だ。言葉の節々から感じる亜人への差別心、スキルへの特別視。これがこの国のメジャーな考え方なら嫌だな。
 人権だ平等だなんて綺麗ごとを並べるつもりはない。でも選民思想が、自ら優等人種とする思想が何を生んだのか、その歴史を嫌というほど知っている。
 俺を地獄に叩き落とした男も周りを劣等種族のように扱っていたな。
 首を振る。首を振る。何度も首を振る。
 もうやめよう。あの事を思い出すのは。この世界の綺麗な思い出で満たそう。もう全部忘れてしまおう。

「アルバ様どうかなさいましたか?」

「何ともない。続けてくれ」

 俺はどんな顔で首を振っていたのだろう。反応を見るに相当酷い顔であることは想像できる。

「では気を取り直しまして、スキルの実態について話すことにしましょう。スキルには攻撃的なもの、防御的なものから、生活に便利なもの、生産系のものまで様々です。両親や家族のスキルと同質のスキルが発現しやすいこと以外、法則は一切判明していません」

「それで我が家は代々強力な攻撃スキルを発現させることで筆頭騎士家の立場を守ってきたというわけだな」

「ええ、その通りでございます。剣を使うことに無類の強さを誇る最強のスキル、「剣聖」をお持ちになられた初代様から、剣でありなががら魔法も扱える「魔法剣」を持たれるノーヴァ様まで、外部から優秀な血を取り入れ、優秀なスキルを発現させることで、シュベルト家はやってきました。民や騎士の先頭に立つ者として、攻撃的で強力なスキルが求められ、歓迎されるのです」

「ところでヴァイザーはどんなスキルを持っているの?」

 問いかけた瞬間、彼の体が僅かに震えた。

「私のスキルですか。あまり面白いものではありませんよ。少し目を瞑って貰えますか?」

 言われるがままに瞼を閉ざし、視界を暗闇にする。

 (アルバ様。これが私のスキルにございます)

 突如脳裏に響き渡るヴァイザーの声。夢の中での会話のように輪郭がはっきりしないが、確かに彼の声だと認識できる。

「これは?」

「スキル「念話」です。指定した対象の頭に直接語りかけることができます」

「すごい力じゃない?情報伝達にはもってこいじゃないか」

 ヴァイザーは静かに首を振る。

「私の場合、一方通行なのです。それに相手の場所を凡そしっていることや、相手が目を瞑っている必要があるなど細かい条件がありまして。ええ、たとえ情報を伝えても、それが受け取られたのか、どんな反応をしたのか、全く分からないのです。スキルは一人一個ですから、この無駄なスキルのために戦闘でお役に立つこともできません」

「すまない」

 スキルで辛いことでもあったのかもしれない。明らかに落ち込むヴァイザーに上手く駆けれる言葉がない。

「アルバ様がお気になさることではございません。ノーヴァ様には良くしていただいていますから」

 ヴァイザーはおもむろにポケットから懐中時計を取り出した。

「少々話し過ぎたようです。まもなく儀式の時間ですので私についてきていただけますか?」

 休息を取りたがる怠惰な頭を一度叩いて、開けられた扉に向かって歩き出す。
 先ほどまでの饒舌さとは打って変わって、無言を貫くヴァイザーの背を追って歩きなれた屋敷を進む。
 儀式だからといって特段装飾がなされた様子は感じられない。だが、使用人たちの装いがいつもより綺麗なことが目についた。ハレの日だから気を使ってくれているのかもしれない。
 そんなことを考えていたら、儀式に使う部屋へとたどり着いてしまった。

「この扉を開ければスキル鑑定の儀式が始まります。ご準備はよろしいですか」

 恭しく問いかけるヴァイザーに返す言葉、シュベルト家次男として返せる言葉は一つだ。

「ああ。戸を開け」
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