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シュベルト編

世界情勢つまり争いの影

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「デザートは、フルーツのタルトをご用意させて頂きました。南方小国家群より取り寄せましたコー茶と共にお召し上がりください」

 色とりどりの果物が散りばめられたタルトが、目の前に運ばれてきた。
 満腹感はどこへやら、胃が口が脳が我慢できずに食べるよう要求してくる。
 そんな俺の様子を見る母と兄の目は優しい。
 年相応、精神的にはそんなことは無いのだが、に喜んでしまったことに少しの気恥ずかしさを覚えながらも、大きく口を開いてタルトを頬張る。

「私から話そうかしら」

 コー茶のカップに角砂糖を入れて、母は専属の使用人を手招きした。

「ここ最近の魔獣増加についてタウゼント様にご報告をしたのだけど、このようなお返事を頂いたわ」

 母の指示で使用人が机に一枚の紙を父が正面になるように置いた。

「流石にタウゼントのケチ子爵も動くか」

 優等生にして我が兄リヒトが口を開く。

「父様、書面にはなんと?」

「タウゼント領内から予備部隊一つの派遣と今期の領都駐屯の免除が記されている。この予備部隊はおそらく、ツェーン騎士家所属のことだろう。今暇なのは彼らぐらいのはずだ。それにしても、タウゼント配下最弱の騎士家を派遣するとは……。子爵様はどうやら状況が理解できていないらしい」

 父は丁寧な所作でタルトを口に運ぶが、その手には力が入り、薄っすらと血管が浮き出ている。
 不満そうな態度には理由がある。俺が生まれる少し前、父が先代よりシュベルト騎士家を継いでまだ日が浅い頃、狂暴化した魔獣の群れが縄張りを超えて人の住処を蹂躙した。シュベルト騎士家の誇る騎士団もその半数を失い、俺の祖父も戦死した。
 被害はそれに留まらず、タウゼント子爵家が治める町もいくつか地図上から消滅した。自らの領地が被害を受けているにも関わらず、当時のタウゼント子爵は惨状から眼を逸らし動かなかった。
 最終的に父が周辺の騎士家を束ねなんとか終息へと向かったのだが、褒美もなかったらしい。あくまで騎士が勝手に行動したと、罪に問わないだけ寛大だと吐き捨てたそうだ。
 無論、こんな暴挙が許されることはなく、タウゼント子爵は周囲の反発もあり息子への譲位を余儀なくされた。代替わりで正常化したと思ったタウゼント子爵がまたもや、魔獣の脅威にまともな反応をしないとなれば父の反応も当然だろう。

「魔獣の状況は良くない。それが今日見てきた私の感想だ。ツェーンでは数合わせになるかどうか。精鋭シュベルト騎士団と言えど人員が足りない。魔獣の活発、狂暴化の原因が分からない以上、場当たり的な対応になるが、冒険者の誘致が必要だろうな」

 冒険者には、金のために死を恐れず魔獣と闘う命知らずの荒くれもの、そういったイメージしかない。どうにも彼らが助けになるとは思えない。

「その……冒険者とはそこまで役に立つものなのでしょうか?」

 はじめて口を開いた俺に満足そうな瞳を注いで、父はコー茶を一息に飲み干した。

「いい質問だ。魔獣と戦い民を守るのは騎士の仕事だが、今回のようにどうしても手が回らなくなることは起こってしまう。その時に金のために魔獣と戦う冒険者の存在は非常に便利だ。都市部で活動する者は便利屋のような仕事をしていることもあると聞くが、魔獣の縄張り近くに寄り付くのは歴戦の猛者だけだ。十分頼りになる」

「よくわかりました」

「騎士家の一員として生きていく中で彼らとは深く関わっていくことになる。よく覚えておくように」

「はい」

 カップとソーサーが触れる高い音に、タルトを咀嚼する音だけが続く。両親が何を期待しているのか気づいたから、邪魔をしないよう口を飲食のためだけに使う。

「父様」

 意を決して何とか絞り出したようなリヒトの言葉に、父はゆっくりと頷いた。

「なんだ?」

「話は変わるのですが、本日、シュベルト第一騎士隊の訓練に同行してまいりました」

 父は満足そうに頷き、母は嬉しそうに微笑む。

「団長から話は聞いている。数年のうちに追い越されかねないと笑っていた。リヒト、次期当主としてよくやっている」

「ありがとうございます」

 兄の笑みにつられる様に俺の口角も少し上がった。良くしてくれる兄がほめられて嬉しくないわけがない。

「騎士家の責務は魔獣への対処だけではない。タウゼント子爵やミリアルデ伯爵の剣として敵と戦う。それが騎士家の誇りであり、存在理由だ。次期当主として集団の動かし方をよく勉強するように」

「はい!!」

「アルバも、リヒトを支えられるように励みなさい」

「分かりました」

 完全に流れ弾を食らった。
 まあ言われなくてもやるけどね。実際、シュベルト騎士家がある東部は、のうのうと兄の陰に隠れて暮らすには厳しい場所だ。
 数多の貴族を束ねるエーヴィヒ王国は、大国の宿命か北部を除き周辺諸国との間に少なくない火種を抱えている。
 南部では小国家群と少数民族である獣人が、それぞれの住人が多く住む土地を巡って、ここ数十年小競り合いが続いている。
 西部はグレンツェの森という未開の森が広がっているために、直接の争いはないが、海上ではエーファ大陸三大国の一つナハト帝国と睨み合いが続いている。
 そして東部。国境を接するのはパラディース皇国の属国にして、強大な軍事国家であるグナーデ騎士国。パラディース皇国はエーヴィヒ王国、ナハト帝国以上の国力を持つとされ、現状三大国で最も大陸覇権に近い国だと言われているようだ。
 属国であるグナーデ騎士国は名前の通り騎士が支配する国だ。皇国が手にしようとする土地に面する地域がグナーデ騎士国として建国され、十年以上かけて軍備を整え侵攻する。それが済めば次に狙う土地の傍で再び建国される。    
 はっきり言ってまともじゃない。
 そんな血濡れの移動国家が五年前に東部国境地域に現れた。これが意味することはただ一つ。十数年で東部はグナーデ騎士国の侵略を受ける。
 言ってしまえば約束された戦争、戦火。そして俺の生まれは騎士家。死にたくない俺からすれば、なんとか裏方としてシュベルト家、そしてエーヴィヒ王国を勝たせないといけないわけだ。強い思いが体に出たのか、無意識で拳を握りしめていた。

「やる気だな。これは明後日のスキル鑑定が楽しみだ」

「いや、これは」

「誤魔化す必要はない。どうも覇気がないお前を心配してたのだが杞憂だった。リヒトもうかうかしていたら追い抜かれるかもしれないぞ」

 どれだけ俺の戦い気の無さを憂いていたのか、今日どころか今月一番の大笑いを見せて父は部屋を出ていった。
 期待の眼差しで見る母、見定めるような視線を送る兄。
 いやいや、俺別に戦闘面で頑張る気ないから。
 剣で斬りあうなんて絶対ごめんだから。って言えたらいいんだけど、そんな空気じゃねぇー。
 しばらくすれば、みんな忘れるだろう。それにスキルがそれほどでもなかったらいいだけのことじゃないか。

 神様、スキルはいい感じの塩梅でお願いします。
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