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第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~
第百九話:試験結果と進路の見立て
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「相変わらず、あんたはどんな頭してんのよ」
開口一番、壁に掲示されている今試験時の学年別及び全校生徒三十位以内の成績優秀者一覧を見ながら、ノエルが隣にいるキソラに呆れた目を向ける。
「だよね。もう本気出したら、主席取れるんじゃないの?」
同じことを思ったのか、ユーキリーファもそう告げるが、キソラもムッとしたように、言い返す。
「あのさ、毎回言うけど、私が本気出したらマズいからね? 主席は嫌じゃないけど、マズいからね?」
大事なことというわけでも無いが、二度言う。
ただ、成績が悪くて困るわけではないが、面倒なことになりそうなのを分かっていながら、何故自分から面倒くさくなるような状況に持っていかなければならないのだ。――以前とは違い、兄と比べられなくなったというのに。
「分かってるわよ」
「先生たちも、その辺は分かってくれていると思うよ」
ノエルたちとしても、無いとは思うが、友人関係を壊すような真似をしたくはない。
「あ、あら、貴女の順位はここなのね」
「アリシア」
十五位の所にあったキソラの名前を見て、珍しく動揺したような、彼女らしくもない反応のアリシアに、キソラたちは顔を見合わせる。
「えっと、私は……三十位ね。いつも通りだわ」
どことなくほっとしているように見えるのは、気のせいか。
「けど、キソラは本気出したら、ほぼ主席なんだよ? 勿体無いと思わない?」
「まあ、確かに勿体無いとは思うけど、この子にその気が無いなら、私たちが言ったところでどうにもならないでしょ」
アリシアの言う通り、キソラがその気にならない以上、ノエルたちがあーだこーだと言ったところで無意味である。
「それにしても、珍しく順位を気にしてたように見えたけど?」
「ああ……ほら、来年は受験生でしょ? そのための対策よ」
「――で、本音は?」
「進学するにせよ、就職するにせよ。少しでも有利にしておきたいじゃない」
どこかの誰かさんはそんな心配無いんでしょうけど、とアリシアはキソラに目を向けるが、それに気づいたキソラは首を傾げる。
「うん? アリシアさ、何か勘違いしてない?」
「というと?」
「確かに『空間魔導師』としては選り取り見取りだけど、そもそも私、『迷宮管理者』でもあるし。その繋がりで、冒険者として生活することも可能だからね」
「……そういえば、そうだったわね」
キソラの肩書きから、将来は選び放題にみえるが、ぶっちゃけそうでもない。
「それに、城や神殿の方に就職するにせよ、どっちみち試験を受けなきゃならないし」
「顔パスとかじゃないんだ」
「そんなわけ無いでしょ。空間魔導師だからって、そういうところは手を抜かないように、先代たちが大国を筆頭に約束させたみたいだし」
それでも、コネを利用したときはあったみたいだが、当時のことなど、現役の空間|(及び時間)魔導師たちは当然知らないし、キソラとてそんな方法で就職したりしたくはない。
「あと、これは空間魔導師だけじゃなく、時間魔導師の人たちにも言えることだけど、それなりの頭の良さは必要だからね。受験勉強は必須なんだよ」
当たり前だが、勉強しなけりゃ落ちる。受かりたかったら勉強しろ、である。
魔導師団など、受験資格の一つとして魔力が物を言うならともかく、騎士団などは一般知識とそれぞれで必要となるであろう実力が物を言う。
「それに、アリシアが言ったように確かに選り取り見取りではあるけど、『空間魔導師』という明確な存在が欲しいから、うちを受けないか、って声を掛けてくるんだよ」
エターナル兄妹を除いたとして、オーキンスたちも他の学校等に通っていたわけだが、その時も進路について、かなりバタバタとしていたらしい。
仲が悪い部署なんかは、少しでも相手より有利になりたいから、少しでも実力のある人物などを採用したり、引き抜いたりしようとするのだ。
「あー……そういや、ノークさんの時、騒がしかったっけ。就職するにもあちこちから声掛けられてたよね」
「うん。でも、兄さんの場合は、私がまだこうして学院に居るわけだし、高等部に入ったばかりの時だったから、学費とかの問題で騎士団就職を選んだだけだし」
まあ、以前も言った通り、ノークが今の騎士団を選んだことに関して、王弟たちが口を出さなかったわけではないが、それでも最終決定をしたのはノーク本人であり、そこにどんな思いがあろうと、それは彼にしか分からない。
「でも、それなら魔導師団でも良かったでしょうに」
「ノエル、ノエル。そこは察しようよ」
そもそも、キソラの在籍と学費というキーワードが出たことで察せられることだが、ノークが騎士団所属を選んだのは、ほとんどキソラのためのようなものである。
魔導師団自体が駄目だったのか、そもそも頭にすら無かったのか。それとも、誘いすら来ていなかったのかは分からないが、『どんな部署だろうが、王城勤務は給料が良い』というのは平民たちの共通認識となっているため、『いつかは王城勤務』と一度は思い描く。
だが、ノークの場合、進路について一番に考えたのは妹のこと。彼自身にも『空間魔導師』や『迷宮管理者』という肩書きが無いわけではないが、それでも――たった一人の家族のためにも、彼は“妹が困らないように”というのを優先したのだ。
給料も良くて、それなりの頻度で会える、彼女を悲しませたり、不安にさせることがないような職場。それが、彼が選んだ今の職場――王城騎士団である。
それを何となくでも理解したからこそ、ユーキリーファはノエルにそう言うしかない。
「あー……なるほど。妹が妹なら、兄も兄、か」
何とも言えない納得の仕方ではあるが、分からないわけではない。
キソラは一度でも目を離すと、どこか遠くへと行ってしまいそうな時があるから。
友人たちは、時折そう感じていた。
「それで、キソラはどうするのか、うっすらとでも考えているの?」
「まあ、ね。ただ一つだけ断言するなら、私たちの年――つまり、来年は大量に求人が来るってことぐらいかな」
それだけ、『空間魔導師』の影響力は凄いということなのだろう。
現在、最年少の空間魔導師がどんな職の、どんな場所を選ぶのか分からない以上、ランダムに山ほどの求人が来るのではないか――キソラはそう思っている。
(それを狙って出してくれた人たちには申し訳ないけど……)
ノークがこの国の騎士として就職している以上、キソラがあまり国内に留まることは国同士のバランス上、許されない。
ギルド長を始めとする保護者トリオや王族たち、エターナル兄妹を知る者たちは、そんなこと気にするな、と言いそうだが、それでも(故郷である)アースフィードが非難されるのは、キソラとしても気分が良いものではない。
故に、キソラがアースフィード側からの指示に従うのは、学院を卒業するその日まで、と国王たちと約束はしている。それ以降は、友人関係としての協力となるだろう。
キソラとしても、友人たちも暮らす故郷を易々と見捨てるつもりなど、無いのだから。
「……まあ、それは……」
「ねぇ……」
ノエルたちとしては喜んで良いのか、悪いのか。選べる範囲が広がるのは有り難いが、逆に有りすぎても困る。
そう話し合う二人に、アリシアがキソラに近付き、声を掛ける。
「キソラ」
「ん?」
「彼らのことも、ちゃんと考えておきなさいよ」
彼ら、というのは、名前を出すまでもなく、アークたちのことだろう。
「分かってるよ。卒業までに解決しようがしまいが、最終的な判断は向こうに任せるよ」
デュールのような奴は他にも現れるかもしれないが、キソラはパートナーを代えるつもりはない。
「貴女なら、そう言うと思ったわ」
安堵の息を吐いたアリシアに、キソラは肩を竦める。
アークが元の世界に帰ろうが、この世界に滞在しようが、たとえどのような判断をしたとしても、キソラはその背を押し、サポートするまでだ。
「ところで、散々進路の話をしておいてあれだけど、今回の肝心な主席は誰なの?」
主席と言って、思い浮かべるのはフェクトリアぐらいだが、さてはてどうなっていることやら。
その問いに、えーっと、と一位の名前が書かれている場所にまで移動する。
「フェルゼナート・アストライン?」
圧倒的な、とまではいかなくとも、一位の部分には間違いなくその名前があり。
「えっと……誰?」
「……生徒会長だよ」
ボソッとキソラは答える。
何で自分の学校の生徒会長を知らないの、と言いたげにしているが、基本役職名が呼び名として定着している生徒会役員である。ファンやクラスメイトなどとして関わっていない限り、彼らの名前が表に出ることはこういう場を除くと数少ないことだろう。
「は?」
「次席はラスティーゼ……風紀委員長か」
ふむ、と納得したかのように頷くキソラに、彼女の背後へと近付いていた存在に気付いたノエルたちが慌てたように声を掛ける。
「ちょっ、キソラ?」
「今回の上位は、生徒会と風紀委員会の面々で埋まってるんだー」
「そうだね。でも、こっちに気付いていて、無視は酷いよなー」
今度は姿のみではなく、はっきりと声を発したために、周囲の女子生徒たちがキャーキャーと騒ぎ始める。
「わ、せせせ生徒会長……」
「おはよう」
まさか直接話すことになるとは思わず、あわあわとぎこちない態度を示すノエルたちに、にっこりと笑みを浮かべ、挨拶をする生徒会長――フェルゼナートだが、キソラは特に表情を変えることなく、軽く笑みを浮かべて「おはようございます」と返す。
「相変わらずそうだね。キソラさん」
「そのお言葉、そのままお返ししますよ。先輩」
互いににこにこと笑みを浮かべてはいるが、キソラは「話しかけに来んな。とっとと去りやがれ」、フェルゼナートは「久し振りだし、ずっと話していたい」という、それぞれが放つ気は真逆である。
ちなみに、キソラが彼に対して、『会長』ではなく『先輩』と言ったのは、『会長』としての彼よりも、『先輩』としての彼を知っているためであり、それ以外の他意は特に無かったりする。
「おい、フェルゼ」
フェルゼナートの隣で、ムッとしたままのラスティーゼが声を掛けてくる。
「ラスティ。どうしたの? 眉間に皺があるけど」
フェルゼナートの返すまでもない疑問に、誰が原因だ、とでも言いたげな表情で返すラスティーゼ。
(あー、この人。分かっててやってる部分があるから、質が悪いんだよなぁ)
滅多にないこととはいえ、フェルゼナートがにこにこと笑みを浮かべながら、毒を吐く時があるがために、キソラとしてもやりにくい時はある。
そんな裏の顔を知っているがために、彼の笑顔全てが胡散臭く見えて仕方がない。
まあ、どちらも『やられたらやり返す』タイプなことには変わりはないので、この二人を組ませたら面白い結果があるのだろうが、フェルゼナートが嬉々として受けるのに対し、キソラが拒否することは簡単に予想できる。
閑話休題。
「それで、先輩方。私に何か用件があったのでは?」
「んー、別に無いよ?」
「何言っているんだ。この前、自分から彼女に確認に行くって言ってたじゃないか」
また増えたし。と思ったキソラは悪くない。
副会長であるアルンが姿を見せたことで、キャーキャーと女子生徒の声が上がる。
「何の確認ですか?」
「大会のことだよ。校内と、国規模の対抗戦の」
「ああ……」
国規模の対抗戦はともかく、校内の大会もそういやあったな、とキソラは思い出す。
未だに話題に上がらなかったのと話が来なかったので、頭から抜け落ちていた――わけでもなく、最近の忙しさからそこまで頭が回らなかったのと、友人たちが気を使ってほとんど口に出さなかっただけである。
「一応、確認するが、今年も出るよな?」
「さあ、どうでしょう? 今年はやることが山積みなので、出場は難しいでしょうね」
帝国行きや国内大会の運営側への協力だけでも大変なのに、校内の大会にまで出るとなると、スケジュールは詰め詰めのぎっちぎちになるのが目に見えている上に、夏休み返上は決定事項である。
「可能なら、出場してほしいんだけど」
「先輩方は、私の過労死をご希望ですか」
何故出場してほしいのかは大体予想できているので追及はしないが、『ふざけんな』というオーラだけは放っておく。
「過労死って、そんな大袈裟な……」
「知ってます? 今大会って、特殊なんですよ。空間魔導師が出場予定ということもあって、そんな人たちの攻撃等にも耐えうる会場を用意しないといけないんですよ」
「ああ、そういうこと……」
この後輩が『迷宮管理者』であることを知っているがために、その場所探しと提供を任されたんだろうなぁ、と察するアルン。
「まあ……何だ。頑張れ」
「でも、出場できそうなら、出場してね」
同じように察したのだろう、明らかに他人事のように言う風紀委員長と生徒会長に、「やっぱこいつら、私を過労死させたいんだよな」とイラッとした表情を隠すこともなく、そう思うキソラ。
「無理ですね。あと、楽しみにされても、出場できない可能性大です」
「そっか。そりゃ残念。学院最後の大会で戦っておきたかったんだけどな」
「それなら、国規模の方へどうぞ。そちらの方が確実ですから」
とはいえ、彼らと戦う気など更々無いので、校内大会出場の打診をされても困る。
(もし、当たるようなことがあったら、全力でぶっ飛ばしてやる)
彼らに悪意とかがあるわけではないが、何となく内心でそう決めるキソラ。
「それ、お前が出なきゃ、意味無くないか?」
「大会に出るのは、ほとんど決定事項なようなものですよ? さっきも言いましたが、他の空間魔導師が参加予定のため、制止要員としての参加ですが」
「あー、そんなこと言ってたな」
ラスティーゼが参った、と言いたげに、頭を掻く。
「――まあ、国規模の方にも学生の部があるので、そこに出場して、本選に進めば、私と戦えますよ」
空間魔導師にして、学生なのはキソラのみである。
かなり遠回しではあるが、キソラはそれに出場すると言っているのだ。
「それって、校内大会に勝たないと無理じゃん」
「ええ、ですから頑張ってください」
見事なまでに、先程の仕返しである。
国規模の大会で学生の部に出場するとなると、校内大会で上位――最低でも五位以内の成績を修める必要がある。
そのことを分かっているが故の発言であり、時計を確認し、それでは時間ですので、とこの場から去ろうとしたキソラに、フェルゼナートが彼女の腕を引く。
「うん、だからさ――」
耳元で告げられた言葉に、顔を引きつらせて去っていくキソラに、何となくフェルゼナートに何を言われたのかを察するラスティーゼとアルン。
「……おい、フェルゼ」
「何かな?」
「お前、わざとだろ」
「さぁて、それはどうかな?」
どこか楽しそうに笑みを浮かべるフェルゼナートに、ラスティーゼとアルンは頭痛の種が増えたとでも言いたげに、頭を抱えるのだった。
そして、何かを告げられたキソラは、というと――
「うわ、ヤバいかも。物凄くイラッと来た」
「一体、何言われたのよ」
「ごめん、今はもう思い出したくないから、言いたくない」
早歩きで教室に戻るキソラに、ノエルたちが慌てて追い掛け、事情を聞いてくる。
状況は見ていたから分かっているが、最後に何を言われたのかだけは分からない。
ただ一つだけ分かるのは、先程まで普通に話していたキソラの様子を変えさせる『何か一言』を、フェルゼナートが告げたと言うことだけだ。
『――君のために、全力で頑張るよ』
「……ふっざけんな」
思い出したくないとは言いながらも、そんなフェルゼナートからの最後の一言を思い出し、キソラはそう小さく呟いた。
開口一番、壁に掲示されている今試験時の学年別及び全校生徒三十位以内の成績優秀者一覧を見ながら、ノエルが隣にいるキソラに呆れた目を向ける。
「だよね。もう本気出したら、主席取れるんじゃないの?」
同じことを思ったのか、ユーキリーファもそう告げるが、キソラもムッとしたように、言い返す。
「あのさ、毎回言うけど、私が本気出したらマズいからね? 主席は嫌じゃないけど、マズいからね?」
大事なことというわけでも無いが、二度言う。
ただ、成績が悪くて困るわけではないが、面倒なことになりそうなのを分かっていながら、何故自分から面倒くさくなるような状況に持っていかなければならないのだ。――以前とは違い、兄と比べられなくなったというのに。
「分かってるわよ」
「先生たちも、その辺は分かってくれていると思うよ」
ノエルたちとしても、無いとは思うが、友人関係を壊すような真似をしたくはない。
「あ、あら、貴女の順位はここなのね」
「アリシア」
十五位の所にあったキソラの名前を見て、珍しく動揺したような、彼女らしくもない反応のアリシアに、キソラたちは顔を見合わせる。
「えっと、私は……三十位ね。いつも通りだわ」
どことなくほっとしているように見えるのは、気のせいか。
「けど、キソラは本気出したら、ほぼ主席なんだよ? 勿体無いと思わない?」
「まあ、確かに勿体無いとは思うけど、この子にその気が無いなら、私たちが言ったところでどうにもならないでしょ」
アリシアの言う通り、キソラがその気にならない以上、ノエルたちがあーだこーだと言ったところで無意味である。
「それにしても、珍しく順位を気にしてたように見えたけど?」
「ああ……ほら、来年は受験生でしょ? そのための対策よ」
「――で、本音は?」
「進学するにせよ、就職するにせよ。少しでも有利にしておきたいじゃない」
どこかの誰かさんはそんな心配無いんでしょうけど、とアリシアはキソラに目を向けるが、それに気づいたキソラは首を傾げる。
「うん? アリシアさ、何か勘違いしてない?」
「というと?」
「確かに『空間魔導師』としては選り取り見取りだけど、そもそも私、『迷宮管理者』でもあるし。その繋がりで、冒険者として生活することも可能だからね」
「……そういえば、そうだったわね」
キソラの肩書きから、将来は選び放題にみえるが、ぶっちゃけそうでもない。
「それに、城や神殿の方に就職するにせよ、どっちみち試験を受けなきゃならないし」
「顔パスとかじゃないんだ」
「そんなわけ無いでしょ。空間魔導師だからって、そういうところは手を抜かないように、先代たちが大国を筆頭に約束させたみたいだし」
それでも、コネを利用したときはあったみたいだが、当時のことなど、現役の空間|(及び時間)魔導師たちは当然知らないし、キソラとてそんな方法で就職したりしたくはない。
「あと、これは空間魔導師だけじゃなく、時間魔導師の人たちにも言えることだけど、それなりの頭の良さは必要だからね。受験勉強は必須なんだよ」
当たり前だが、勉強しなけりゃ落ちる。受かりたかったら勉強しろ、である。
魔導師団など、受験資格の一つとして魔力が物を言うならともかく、騎士団などは一般知識とそれぞれで必要となるであろう実力が物を言う。
「それに、アリシアが言ったように確かに選り取り見取りではあるけど、『空間魔導師』という明確な存在が欲しいから、うちを受けないか、って声を掛けてくるんだよ」
エターナル兄妹を除いたとして、オーキンスたちも他の学校等に通っていたわけだが、その時も進路について、かなりバタバタとしていたらしい。
仲が悪い部署なんかは、少しでも相手より有利になりたいから、少しでも実力のある人物などを採用したり、引き抜いたりしようとするのだ。
「あー……そういや、ノークさんの時、騒がしかったっけ。就職するにもあちこちから声掛けられてたよね」
「うん。でも、兄さんの場合は、私がまだこうして学院に居るわけだし、高等部に入ったばかりの時だったから、学費とかの問題で騎士団就職を選んだだけだし」
まあ、以前も言った通り、ノークが今の騎士団を選んだことに関して、王弟たちが口を出さなかったわけではないが、それでも最終決定をしたのはノーク本人であり、そこにどんな思いがあろうと、それは彼にしか分からない。
「でも、それなら魔導師団でも良かったでしょうに」
「ノエル、ノエル。そこは察しようよ」
そもそも、キソラの在籍と学費というキーワードが出たことで察せられることだが、ノークが騎士団所属を選んだのは、ほとんどキソラのためのようなものである。
魔導師団自体が駄目だったのか、そもそも頭にすら無かったのか。それとも、誘いすら来ていなかったのかは分からないが、『どんな部署だろうが、王城勤務は給料が良い』というのは平民たちの共通認識となっているため、『いつかは王城勤務』と一度は思い描く。
だが、ノークの場合、進路について一番に考えたのは妹のこと。彼自身にも『空間魔導師』や『迷宮管理者』という肩書きが無いわけではないが、それでも――たった一人の家族のためにも、彼は“妹が困らないように”というのを優先したのだ。
給料も良くて、それなりの頻度で会える、彼女を悲しませたり、不安にさせることがないような職場。それが、彼が選んだ今の職場――王城騎士団である。
それを何となくでも理解したからこそ、ユーキリーファはノエルにそう言うしかない。
「あー……なるほど。妹が妹なら、兄も兄、か」
何とも言えない納得の仕方ではあるが、分からないわけではない。
キソラは一度でも目を離すと、どこか遠くへと行ってしまいそうな時があるから。
友人たちは、時折そう感じていた。
「それで、キソラはどうするのか、うっすらとでも考えているの?」
「まあ、ね。ただ一つだけ断言するなら、私たちの年――つまり、来年は大量に求人が来るってことぐらいかな」
それだけ、『空間魔導師』の影響力は凄いということなのだろう。
現在、最年少の空間魔導師がどんな職の、どんな場所を選ぶのか分からない以上、ランダムに山ほどの求人が来るのではないか――キソラはそう思っている。
(それを狙って出してくれた人たちには申し訳ないけど……)
ノークがこの国の騎士として就職している以上、キソラがあまり国内に留まることは国同士のバランス上、許されない。
ギルド長を始めとする保護者トリオや王族たち、エターナル兄妹を知る者たちは、そんなこと気にするな、と言いそうだが、それでも(故郷である)アースフィードが非難されるのは、キソラとしても気分が良いものではない。
故に、キソラがアースフィード側からの指示に従うのは、学院を卒業するその日まで、と国王たちと約束はしている。それ以降は、友人関係としての協力となるだろう。
キソラとしても、友人たちも暮らす故郷を易々と見捨てるつもりなど、無いのだから。
「……まあ、それは……」
「ねぇ……」
ノエルたちとしては喜んで良いのか、悪いのか。選べる範囲が広がるのは有り難いが、逆に有りすぎても困る。
そう話し合う二人に、アリシアがキソラに近付き、声を掛ける。
「キソラ」
「ん?」
「彼らのことも、ちゃんと考えておきなさいよ」
彼ら、というのは、名前を出すまでもなく、アークたちのことだろう。
「分かってるよ。卒業までに解決しようがしまいが、最終的な判断は向こうに任せるよ」
デュールのような奴は他にも現れるかもしれないが、キソラはパートナーを代えるつもりはない。
「貴女なら、そう言うと思ったわ」
安堵の息を吐いたアリシアに、キソラは肩を竦める。
アークが元の世界に帰ろうが、この世界に滞在しようが、たとえどのような判断をしたとしても、キソラはその背を押し、サポートするまでだ。
「ところで、散々進路の話をしておいてあれだけど、今回の肝心な主席は誰なの?」
主席と言って、思い浮かべるのはフェクトリアぐらいだが、さてはてどうなっていることやら。
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「フェルゼナート・アストライン?」
圧倒的な、とまではいかなくとも、一位の部分には間違いなくその名前があり。
「えっと……誰?」
「……生徒会長だよ」
ボソッとキソラは答える。
何で自分の学校の生徒会長を知らないの、と言いたげにしているが、基本役職名が呼び名として定着している生徒会役員である。ファンやクラスメイトなどとして関わっていない限り、彼らの名前が表に出ることはこういう場を除くと数少ないことだろう。
「は?」
「次席はラスティーゼ……風紀委員長か」
ふむ、と納得したかのように頷くキソラに、彼女の背後へと近付いていた存在に気付いたノエルたちが慌てたように声を掛ける。
「ちょっ、キソラ?」
「今回の上位は、生徒会と風紀委員会の面々で埋まってるんだー」
「そうだね。でも、こっちに気付いていて、無視は酷いよなー」
今度は姿のみではなく、はっきりと声を発したために、周囲の女子生徒たちがキャーキャーと騒ぎ始める。
「わ、せせせ生徒会長……」
「おはよう」
まさか直接話すことになるとは思わず、あわあわとぎこちない態度を示すノエルたちに、にっこりと笑みを浮かべ、挨拶をする生徒会長――フェルゼナートだが、キソラは特に表情を変えることなく、軽く笑みを浮かべて「おはようございます」と返す。
「相変わらずそうだね。キソラさん」
「そのお言葉、そのままお返ししますよ。先輩」
互いににこにこと笑みを浮かべてはいるが、キソラは「話しかけに来んな。とっとと去りやがれ」、フェルゼナートは「久し振りだし、ずっと話していたい」という、それぞれが放つ気は真逆である。
ちなみに、キソラが彼に対して、『会長』ではなく『先輩』と言ったのは、『会長』としての彼よりも、『先輩』としての彼を知っているためであり、それ以外の他意は特に無かったりする。
「おい、フェルゼ」
フェルゼナートの隣で、ムッとしたままのラスティーゼが声を掛けてくる。
「ラスティ。どうしたの? 眉間に皺があるけど」
フェルゼナートの返すまでもない疑問に、誰が原因だ、とでも言いたげな表情で返すラスティーゼ。
(あー、この人。分かっててやってる部分があるから、質が悪いんだよなぁ)
滅多にないこととはいえ、フェルゼナートがにこにこと笑みを浮かべながら、毒を吐く時があるがために、キソラとしてもやりにくい時はある。
そんな裏の顔を知っているがために、彼の笑顔全てが胡散臭く見えて仕方がない。
まあ、どちらも『やられたらやり返す』タイプなことには変わりはないので、この二人を組ませたら面白い結果があるのだろうが、フェルゼナートが嬉々として受けるのに対し、キソラが拒否することは簡単に予想できる。
閑話休題。
「それで、先輩方。私に何か用件があったのでは?」
「んー、別に無いよ?」
「何言っているんだ。この前、自分から彼女に確認に行くって言ってたじゃないか」
また増えたし。と思ったキソラは悪くない。
副会長であるアルンが姿を見せたことで、キャーキャーと女子生徒の声が上がる。
「何の確認ですか?」
「大会のことだよ。校内と、国規模の対抗戦の」
「ああ……」
国規模の対抗戦はともかく、校内の大会もそういやあったな、とキソラは思い出す。
未だに話題に上がらなかったのと話が来なかったので、頭から抜け落ちていた――わけでもなく、最近の忙しさからそこまで頭が回らなかったのと、友人たちが気を使ってほとんど口に出さなかっただけである。
「一応、確認するが、今年も出るよな?」
「さあ、どうでしょう? 今年はやることが山積みなので、出場は難しいでしょうね」
帝国行きや国内大会の運営側への協力だけでも大変なのに、校内の大会にまで出るとなると、スケジュールは詰め詰めのぎっちぎちになるのが目に見えている上に、夏休み返上は決定事項である。
「可能なら、出場してほしいんだけど」
「先輩方は、私の過労死をご希望ですか」
何故出場してほしいのかは大体予想できているので追及はしないが、『ふざけんな』というオーラだけは放っておく。
「過労死って、そんな大袈裟な……」
「知ってます? 今大会って、特殊なんですよ。空間魔導師が出場予定ということもあって、そんな人たちの攻撃等にも耐えうる会場を用意しないといけないんですよ」
「ああ、そういうこと……」
この後輩が『迷宮管理者』であることを知っているがために、その場所探しと提供を任されたんだろうなぁ、と察するアルン。
「まあ……何だ。頑張れ」
「でも、出場できそうなら、出場してね」
同じように察したのだろう、明らかに他人事のように言う風紀委員長と生徒会長に、「やっぱこいつら、私を過労死させたいんだよな」とイラッとした表情を隠すこともなく、そう思うキソラ。
「無理ですね。あと、楽しみにされても、出場できない可能性大です」
「そっか。そりゃ残念。学院最後の大会で戦っておきたかったんだけどな」
「それなら、国規模の方へどうぞ。そちらの方が確実ですから」
とはいえ、彼らと戦う気など更々無いので、校内大会出場の打診をされても困る。
(もし、当たるようなことがあったら、全力でぶっ飛ばしてやる)
彼らに悪意とかがあるわけではないが、何となく内心でそう決めるキソラ。
「それ、お前が出なきゃ、意味無くないか?」
「大会に出るのは、ほとんど決定事項なようなものですよ? さっきも言いましたが、他の空間魔導師が参加予定のため、制止要員としての参加ですが」
「あー、そんなこと言ってたな」
ラスティーゼが参った、と言いたげに、頭を掻く。
「――まあ、国規模の方にも学生の部があるので、そこに出場して、本選に進めば、私と戦えますよ」
空間魔導師にして、学生なのはキソラのみである。
かなり遠回しではあるが、キソラはそれに出場すると言っているのだ。
「それって、校内大会に勝たないと無理じゃん」
「ええ、ですから頑張ってください」
見事なまでに、先程の仕返しである。
国規模の大会で学生の部に出場するとなると、校内大会で上位――最低でも五位以内の成績を修める必要がある。
そのことを分かっているが故の発言であり、時計を確認し、それでは時間ですので、とこの場から去ろうとしたキソラに、フェルゼナートが彼女の腕を引く。
「うん、だからさ――」
耳元で告げられた言葉に、顔を引きつらせて去っていくキソラに、何となくフェルゼナートに何を言われたのかを察するラスティーゼとアルン。
「……おい、フェルゼ」
「何かな?」
「お前、わざとだろ」
「さぁて、それはどうかな?」
どこか楽しそうに笑みを浮かべるフェルゼナートに、ラスティーゼとアルンは頭痛の種が増えたとでも言いたげに、頭を抱えるのだった。
そして、何かを告げられたキソラは、というと――
「うわ、ヤバいかも。物凄くイラッと来た」
「一体、何言われたのよ」
「ごめん、今はもう思い出したくないから、言いたくない」
早歩きで教室に戻るキソラに、ノエルたちが慌てて追い掛け、事情を聞いてくる。
状況は見ていたから分かっているが、最後に何を言われたのかだけは分からない。
ただ一つだけ分かるのは、先程まで普通に話していたキソラの様子を変えさせる『何か一言』を、フェルゼナートが告げたと言うことだけだ。
『――君のために、全力で頑張るよ』
「……ふっざけんな」
思い出したくないとは言いながらも、そんなフェルゼナートからの最後の一言を思い出し、キソラはそう小さく呟いた。
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