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第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~

第百七話:波乱の実技試験Ⅵ(彼女の背と手はまだ遠く)

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   ☆★☆   

 さて、岩肌に不釣り合いな扉を通れば、明らかに大規模戦闘レイド向きだと言えるぐらいの空間が姿を表す。

「こんなとこ、あったんだね」

 ヴィクトリウスに視線のみを向け、キソラは言う。

『まあ、こんなところに来る奴なんて、そもそも居ないんだがな』

 ヴィクトリウスがそう返している間にも、モンスターたちが姿を見せ始め、キソラたちもそれぞれの得物を構える。

『――大規模戦闘、開始致します』

 ヴィクトリウスとのものとも、モニター室で見ているノークや教師陣のものとも違う声が、その場に響き渡る。

「とりあえず、カエル以外は遠慮なく一掃! フォローは可能な限りしてあげる!」

 キソラの声に、学生側からの攻撃が一斉に始まる。

「それじゃ、私も行きますか」

 ホーリーロードを双槍に変化させ、それぞれ火と水を纏わせる。

「ああ、そうだ。あんたは手出ししちゃ、駄目だからね?」

 そして、ヴィクトリウスが何か言うために口を開く前に、キソラは告げる。

「あんたはこの迷宮の守護者であり、私たちの試験がまだ続行中である以上、手出しは厳禁だから」

 迷宮管理者命令! とばかりに言いたいことは言ったので、キソラもモンスター狩りに参加する。

「全く、素直じゃないんだから」
「誰が素直じゃないって?」

 近くのゴブリンやコボルトを狩りながら、ノエルと話す。

「あんた以外、誰が居るの?」

 ノエルの氷属性の魔法により、周辺のモンスターたちが凍り付く。

「単にあいつを戦闘に関わらせることなく、試験のやり直しを避けただけだろ?」
「さすが、幼馴染。よく分かってる!」

 地属性を付与した足で、モンスターたちに蹴りを繰りだし、纏めて吹っ飛ばす。

「無茶だけはするなよ」
「誰に向かって言ってるの?」
「だから、お前以外に誰が居るんだよ」

 アキトもアキトで、目の前のコボルトを狩って行く。

「イフリート!」
『ったく、俺たちの力を借りることは良いなんて、どんなルールなんだか』
「文句言ってないで、ウンディーネが来れない分まできりきり働く!」

 呼ばれたら呼ばれたでこれだもんなぁ、とイフリートは、周囲のモンスターを焼き尽くす。

『――で、あのカエルは?』
「知らないし、後回し」
ヴィクトリウスあいつは?』
「仮にも試験官側だから、手出しさせないようにしてる」

 それを聞いてイフリートは顔を顰めたが、迷宮の管理主が違うため、特に口出ししないことにしたらしい。

『シルフィードも呼んだ方が良くないか?』
「シルフィ呼んだら、活躍の場が減るよ?」
『質問を質問で返すな。それに、んなこと言ってる場合か』

 イフリートの言いたいことが分からないわけではないし、シルフィードを喚べないわけではないが、彼女を喚び出すためのタイミングが訪れない。

「――っ、」

 背後に気配を感じ、対処のために振り返ろうとするが、キソラに斬りかかろうとしていたオークはアリシアの剣により絶命する。

「アリシア……?」
「しっかりしなさい。貴女が殺られたら、誰が指揮を取るの」
「私、指揮官になった覚えはないんだけど?」
「そっちがそうじゃなくても、みんな貴女が指揮官だと思っている」
「無茶を言うなぁ」

 キソラとしては指揮をする側より、指示されて動き回っている側の方が良いのだが。

「作戦を立てた以上は、きちんと全うしなさい。指揮官」
「いや、作戦立案は参謀の役目であって、最終決定する指揮官じゃ……」

 二つの槍を一つにし、二足歩行の子犬コボルトを焼き払う。

「ああ、もう。これじゃ、キリがないな」

 戦闘開始時からいくらか経ったとはいえ、その数は少しずつ減っているのだろうが、まだまだ残存数は多い。

「ったく」

 ふわり、とキソラの周辺に風が起こる。
 目には藤色の光が宿り、髪の毛先も藤色に変化する。

「そんなに死にたければ掛かってこい、雑魚ども。勝てる気で居る者のみ、彼らや彼女たちに手を出せば良い。それ以外は全て散れ!」

 気を纏わせた、単なる威嚇である。ほんの少しばかり、「こいつらには逆らってはいけない」と思わせることさえ出来れば良い。
 自分たちに「死」をもたらす存在なのだと分かったのなら、本能で生きているモンスターたちが逃げ出すのは当たり前のはずだが――

「さすが『レイドモンスター』、というところか」

 ゴブリンとコボルトの少数が混乱に陥っただけで、他のモンスターたちは何の変化も見せず、戦闘を続行している。
 だが、そんなの関係ないとばかりに、キソラは双槍から双剣に変化させ、標的ターゲットをリザードマンに切り替える。

「ただの双剣だと思うなよ。トカゲども!」

 見た目は二足歩行のトカゲとはいえ、その表面はドラゴンのように鱗に覆われている。そのため、武器に何らかの付与をしていない限り、ただの斬撃では致命傷を負わせることは不可能である。
 その点、ホーリーロードは使い手が限られているとはいえ、比較的優秀とも言える武器であり、幾多の刀剣からその場に最適な武器へと変化することが可能だったりする。
 そして、現時点では双剣状態ではあるが、その剣には『竜殺し』としての能力が付与されていたため、キソラがわざわざ何かを付与する必要は無かったのである。

「っ、」
「キソラっ!」
「――ああ゛もうっ!」

 自身を呼ぶ声に、キソラはイライラしたまま振り返るのと同時にリザードマンだけではなく、オーガやコボルトも同時に斬り付けていく。

「あと残り数体で、カエルに移れるぞ!」
「でも、一部の前衛メンバーの疲労が酷いです!」

 共闘状態にあった男子の言葉に、同じく共闘状態にあった女子からの報告が届く。

「魔力を多大に消費した人、動けなくなった人たちは治療メンバーの方へ! 魔法チームは最初にも言ったけど、魔欠にならないように気を付けて!」
「はい!」
「ちょっと、そんなこと言ったら、あんたが一番休まなきゃなんないでしょ!? 前線で戦い続けた上に、魔法も使っているんだから!」

 キソラの呼び掛けに返事がされるが、それを聞いていたアリシアが、彼女の腕を掴んで訴える。

「そうだね。でも、今休憩に入ったら、この感覚・・・・は失われそうだから」

 ぎらぎらと、まるで戦闘狂のような光がその眼に宿ろうとしているのを見て、アリシアは思わず掴んでいたキソラの腕を離してしまう。

「キ、ソラ……」
「その勢いそのままに、カエルを倒さないと、また再スタートになっちゃう気がするから」
「……」

 まさか気付いてないのか、とアリシアは問いたかったが、それは何故かはばかられた。

「だから、このままで居させて」

 普段通りの笑みを浮かべたはずのキソラに、アリシアはどこか不安そうな顔をする。

 ――ああ、やっと近付けたかと思ったのに。

 出会って日は浅いが、それでも『ゲーム』関係で共闘とかしていく中で、少しずつ『キソラ・エターナル』という存在を理解し始め、ノエルたちからも彼女の話を聞いて。迷宮管理者や空間魔導師でありながらも、自分たちと同じ一人の女の子であるはずなのに――

(あの子が、遠い)

 キソラの見ている景色は、一体どんなものだろうか。
 仲間は居ても、同い年の仲間が居ない彼女の見ている景色ものは、何色なのだろうか。

   ☆★☆   

 アリシアと別れ、キソラはカエルの元へと赴く。

「あー、これは厄介そうだ」

 何となく、そう感じただけだけど。

「さて」

 聞き得た情報から、全て想定することはし終えた。
 だからこそ、後はその目で確認するのみだった。

 ホーリーロードの形態が『魔鎌』へと変わる。

 ――確かに、大規模戦闘レイドの設定は存在するが、話に出ていたような奴を出現させるように設定した覚えは無い。

 扉を通る前、ヴィクトリウスはそう言った。
 ヴィクトリウスが居ない間――つまり、彼が自分たちと一緒にいる間にノークが追加で設定したのかもしれないが、それにしてはそいつが持つ特性が厄介すぎる。
 そこで登場するのが、他者の存在を感知できるキソラである。

(カエルはカエル、か。でも――)

 何か引っ掛かるのは何故だろうか。

「あんた、何者?」

 答えなど、最初から期待なんてしていない。
 こちらとしても相手が答えないと分かっているからこそ、聞いて答えて貰えられる程度のことなら、馬鹿正直に聞きはしない。

「まあ、あんたがどこの誰でも構わないんだけどさ。この戦い、私たちが勝たしてもらうよ」

 ただ真っ直ぐに、キソラはカエルを見据えた。
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