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第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~

第百一話:定期試験――前日までと筆記試験

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 時に、キソラは学生である。
 『ミルキアフォーク学院』という学院に、現在進行形で通っているのだから、それは間違いない。
 そして、今は試験週間真っ只中であり、キソラにしては珍しく、試験課題を終えていなかった。まだ、完全に手を付けていないという訳ではないが、それでも、提出期限と試験なんてものはやってくるわけで。
 つまり、(数日後にまた来るとは言っていた)シオンからの用件や魔欠の言い訳をどうにかしたり、考えたりする前に、試験課題に手を付けるべきだったのだ。

「……」
「どうしたの」
「忘れてた。テストがあるの」
「やっぱりか」

 さすが幼馴染なだけあって――というわけではないが、表情を引きつらせっぱなしのキソラを見れば、友人である(特に付き合いの長い)ノエルたちにも察せなくはない。

「けど、良いじゃない。実技どころか筆記すらまだやってないんだし」
「筆記をどうしろと!?」

 くわっとキソラは噛みつくが、もう慣れたもので、ノエルが平然と返す。

「知らないよ。慌てて部屋を出たあんたが悪いんでしょうが」
「うー……」

 反論できずに、机に突っ伏すキソラ。

 というのも、シオンと話した日の翌日。宿題を終えていなかったキソラが珍しくノエルたちに助けを求めたのだ。
 ノエルたちもノエルたちで、珍しい彼女の行動を不思議そうにしていたのだが、キソラとしては帝国行きの件もあるため、赤点を取って補習兼追試など避けたいところではある。
 そんな彼女の事情を知ってるからか、了承したノエルたちはじゃあ勉強会でもしようか、とアリシアも誘い、勉強会は開催されることとなった。なったのだが――……

「……」
「呼び出し?」
「……ごめん」
「早く行ってきなさい」

 ただでさえ戦争が終わり、街や町も復興してきたとはいえ、その矢先に国から帝国行きの打診に、それの了承。帝国行きの荷造りもしなければならないのに、学院関係では試験勉強をしなくてはならない。さらに、デュールの問題とシオンが何を話すつもりなのかは分からないが、彼からの相談事。とまあ――これだけで疲れない方がおかしい。
 実はこっそりギルド長と学院長、王弟という親代わりトリオが話し合っていたりもする(というか、王弟が一方的にどうにかしろと言われている)のだが、こればかりはキソラの問題なので、他人があーだこーだと話し合っても意味が無い。

 まあ、そんなわけで大人組も心配するレベルなキソラの行動を、ずっと近くで見てきた面々が言っているのだから、キソラとしては、いろいろと申し訳なくなってしまう。

「正直、ここ最近のお前を見てると、お前が過労死しないか心配だぞ。俺は」

 普段ならからかったりするノエルたちも真面目な顔で同意している辺り、余程顔色が悪かったり、動き回ったりしているということだろう。

「ん、ありがとう」

 顔を上げて、ふにゃりと笑みを浮かべたキソラに、少しばかり赤くなりながらもアキトは心配そうな目を向けたままであり、そんなアキトの反応に、ノエルたちも「へぇ……」と思いつつ、知り合って二ヶ月弱のアリシアを筆頭とする新規組よりも、キソラたちと長く居たために、そういう機敏を彼女たちはきちんと理解しているためか、からかうような真似もしない。

「お礼を言う暇があるなら、少しは休め」
「とりあえず、私たちで見られる所は見て上げるから」
「うん、本当にありがとう」

 空間魔法の対価による影響以前にキソラに亡くなられては、空間魔法の方も困るだろう。
 それでも、面々はすぐに無茶するキソラが心配でならないのだ――まるで、死に急いでいるようにも見える彼女が。

「でも、さすがに実技までは、サポート出来ないからね?」
「分かってます。そこまで頼りません」

 実際、魔力面の問題だけで、実力面ではそんなに心配は無かったりするのだが、そんなことキソラたちが知るはずもないので、仕方ないといえば仕方ないのだが。

「とりあえず、まずは筆記をクリアしなくちゃ」
「だな」

 試験日程は全五日であり、前半が筆記、後半が実技となっている。
 しかも、実技は試験内容次第では他の科とも合同な事もあるため、いくら片方に実力があろうと、相手が相手なら……ということも有り得なくはない上に、組み合わせを考えるのは教師陣なので、いくら一部の人たちに空間魔導師だと知られているキソラと言えど、その組み合わせに関してはどうすることも出来ないし、パートナーになったからと期待されたり、魔力が使えないと知って落胆されたりしても困る。

「でもまあ、さすがに今回ばかりは本当にミスできないから――少しだけ本気出します」
「いつも本気出せば、学年一位も不可能じゃないのにねぇ……」
「そうなのか……?」

 呆れたような目を向けるノエルに、ジャスパーが不思議そうに尋ねる。

「この子は、その気になれば首席を取れなくはないんだけどね」
「アリシアは知ってる……というか、聞いたことはあるんじゃない? 去年まで『天才』が居たって」
「ああ、あったわね。そんな話」

 ユーキリーファがアリシアに振れば、そういえば、と言いたげにアリシアが頷き返す。
 それがキソラの兄であるノークであることも、アリシアはもちろん知っている。

「『天才』の妹だから、『天才』って言うわけじゃないけど、さすが血縁者って思えるぐらいには、頭が良いのよ。この子は」

 ただ、それも初等部時代に比べられ続けた上に、二度と比べられないようにと勉強したのが始まりなのだが、いつしか頭が良すぎても良いことはないと察したため、適度に手を抜くことにしたのだ。
 ただ、本当にそれだけではなく――そこに、ノエルたち友人たちと離れたくない、という思いがあったとしても。

「でも、首席は狙わないよ。今回は赤点を取らないことが目的だから」

 今のキソラの目標としては、赤点を取らず、追試を逃れることであり、首席になることではない――首席を目指している者たちには、申し訳ないが。

「まあ、いつ何時でも、追試なんて嫌だからな」
「だねぇ。それでも何か、毎回一人は出てる気がするんだけど、何で?」

 ああそれは、とキソラが口を開く。

「試験制作担当の先生にもるけど、大体は授業を聞いていない、そもそも理解しようとしていない、筆記か実技に懸けてる、最後まで諦めずに考えようとしないか魔力が足りない、の四つだと思う」
「それが本当なら、一番最後以外、馬鹿かって言いたくなるわね」

 アリシアが容赦なく告げる。

「まあ、それ以外の要因があるとすれば、単に間違いが多かった、としか言いようがないけど」
「それな」
「それだよね」
「おかげで、見直しの重要度が増すっていう……」

 キソラの言葉に、アキトとユーキリーファが同意し、ノエルが顔を引きつらせる。

「本当、キソラの帝国行きさえ無ければ、夏休みはみんなでどこかに出掛けられたかも知れないのにね」

 この試験が終わり、終業式も終えれば、もう夏休みなのだ。

「みんなでお出掛けかぁ」
「どうせ来年は受験で、そんな時間無いだろうしさ。だったら、今年のうちに行きたいじゃん?」
「キソラに関しては、毎年似たようなものだけどね」

 ユーキリーファの言葉に、笑って誤魔化すキソラだが、間違ったことは言ってないので、反論しようにも出来ない。

「参考までに聞くけど、去年はどうだったの?」
「去年? 去年は……」

 アリシアの質問に、ノエルが思い出そうとする。

「遊びに行ったには行ったけど、正直何と言ったら良いのやら」
「本当、何があったのよ……」

 あのユーキリーファでさえ、説明に悩むとは本当に何があったのか。
 聞きたいような、聞きたくないような。
 そのままタイミングよく、予鈴が鳴る。

「それじゃあ、私たち戻るから」
「試験課題、頑張れよ」

 アリシアとアキトはそう言って出ていくが、ジャスパーはジャスパーで手を軽く上げただけだった。

「無言が一番のプレッシャーであることを知っとるんか。あの王子様は」

 多分、彼にそこまでの意図はなく、ただ単にキソラに『頑張れ』という意味も込めただけなのだろうが、キソラにしてみれば、それはある意味プレッシャーでしかない。

「はぁ……よし、やるか」

 どうせ次は自習という名の課題一掃時間なのだ。これを利用しない手はない。
 たとえ周囲の席の子たちがお喋りしていても、キソラにはどっちみち課題を片付けるための時間にしかならないので、気にはしない。別にノエルたち以外の友人が、このクラスに居ないわけではないのだ。

「……よし、一教科終了、と」

 そして、一部の試験課題を終えれば、軽く伸びをして、キソラは外に目を向ける。
 試験当日までに間に合うかどうかは分からないが、課題も試験もやれるだけやるしかない。
 まあ、案の定というべきか、一部のお喋りしているクラスメイトたちの会話をBGM代りに聞きつつ、キソラは再度試験課題に向き合う。

 そして――試験当日うんめいのひが、訪れる。
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