83 / 119
第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~
第八十話:因縁の最強の敵、現る
しおりを挟む
『――アークは、どうするの?』
アリシアに問われるまでもなく、キソラはアークに話すつもりでいた。
ただ、内容が内容なだけに、彼の性格を考慮すれば、反対してきそうな気もするが。
そんな事を考えながら、キソラは寮までの帰り道を歩いていた。
「ん……?」
そこで、前方に見えてきた光景に、ふと気づく。
最初は不審者かと思ったが、どうも様子がおかしい。
それに、何よりも――
「アーク?」
声を掛ければ、びくりと身体を大きく揺らし、恐る恐るといった様子でアークはキソラに顔を向ける。
そして、彼女を視認すると、彼は目を見開き、近づこうとするキソラに向かって叫ぶ。
「こっちに来るな!」
「え……ちょっ、アーク。どうしたの? つか、大丈夫? 何かいろいろと酷いんだけど」
明らかに、いつもの彼ではないような異常さにキソラは警戒しつつも、アークの状態を分かる範囲で確認する。
目に見えて負傷している彼だが、自分が居ない間に一体何があったのだろうか――いや、問うまでもなく、分かっている。アークがこの場に居るということは、間違いなく『ゲーム』関係だろう。
「……ろ」
「え?」
「逃げ……ろ、キソラ……」
「どういう意味!?」
聞き返して、いきなり逃げろと言われても、『ゲーム』が関わっているという状況以外がよく分からない以上、キソラも下手に行動は出来ない。
(それに……)
もし本当に『ゲーム』関係だとすれば、キソラはアークを見捨てることは出来なかった。
だが、思考は強制的に遮断された。
「っ、キソラ、後ろ!」
「ほぉ……」
「貴方、誰?」
アークが声を上げるのと同時に、甲高い音をその場に響かせながら、二つの武器が激突する。
相手――漆黒の男の感心したような声に、キソラは相手が何者なのかが分かりきっていたが、念のため尋ねる。
「人に尋ねる時、名乗るのは自分から、と習わなかったか?」
「……」
男の問いに、自身の背後を守るように伸びていたホーリーロードを持つ手でさえ微動だにさせず、キソラは何も返さない。
「まぁいい。貴様はその男の『契約者』と見た。その男を、こちらへ引き渡してもらえないだろうか」
「……」
「止め……ろ、こいつは、関係……ない、だろ……」
何も返さないキソラに、男は取引を持ちかけるが、それを聞いたアークが何とか反論する。
「ああ、関係ない。だが、お前と関わっているのなら――消すまでだ」
「なっ……」
「……」
男の言葉に、アークは絶句し、キソラは男に向けていた目を細める。
「……そっか。消す、と来たか」
何かに納得したかのように笑みを浮かべるキソラは、ようやく、男の武器を梃子の要領で弾くと、アークの隣へと移動する。
「怪我、酷そうだけど、生きてる?」
「さっき……から……ずっと、話し……てる……だろうが」
キソラの問いに対し、身体の痛みに顔を歪めながらも、アークは返す。
「まあね。けど、帰ってきて早々、こんなことに遭遇するとは……悪運がどっかから寄ってきたのかね」
キソラはやれやれと言いたげにしながらも、ホーリーロードを剣へと変える。
「まさか、戦うつもりか?」
「んな訳ないでしょ。誰かを庇いながら戦うとか、性に合わないし、怪我人を放置するわけにもいかないからね」
だから、今からキソラがするのは、逃げるための隙を作ることだ。
まあ、アークが傷だらけなのを見ると、相手は相当の手練れなのだろうが、そんなこと言っている場合ではない。
それに、現在進行形でキソラの格好は学院指定の制服であるが、危なくなったら最終手段として空間魔法で迎撃すれば、何とかなるだろう。強力すぎる保険だが、無いよりはマシである。
(まあ、一番理想的なのは、そんな状況にならないことだけど)
そう思っていると、男から斬撃が飛んでくる。
「っと」
余裕で躱すキソラだが、斬撃の当たった部分――抉れた地面を見て、その威力を把握する。
「一つ聞いて良いかな」
「何だ」
「抉れた地面、そのままにしておくつもりは無いよね? もし直すとしたら、私か貴方の『契約者』さんの仕事になるんだけど」
暗に、この場から退けとキソラは告げるが、相手は笑みを浮かべるだけで、どうやら退く気は無いらしい。
(この人……それなりに強いみたいだし、面倒くさいな)
さて、どうしようか。
キソラはちらりと、後ろの方に居るアークを見た後、男に視線を戻して告げる。
「……契約者さんに伝えておいてもらえます? この場の整地は任せた、って」
「逃げられるとでも?」
「思ってますよ。それに、これは戦略的撤退です。貴方とて、こんな状態の彼を嬲っても意味が無いのでは?」
アークと彼の間に何があったのかは知らないが、再び戦うつもりなら、アークが全快してからにしてもらいたいものである。
「ああ、あと契約者さんに、『空間魔導師』について聞いてみると良いですよ。それが分かった上で、うちの相棒に手を出そうものなら、全力で叩き潰しに行きますから」
そう告げると、キソラは男に背を向ける。
契約者から話を聞いた彼がどう判断するのかは不明だが、また来るのなら迎え撃つまでである。
「大丈夫? 立てる? さっさと帰って、手当てするよ」
敵とも言える人物へ背を向けているはずなのに、キソラは特に気にした様子もなく、アークに言う。
「あ、ああ……」
そんないつもとほとんど変わらないキソラに対し、戸惑いを浮かべるアークだが、もちろん、男が許すはずもなく。
「――させねぇよ?」
ニヤリと笑みを浮かべる男に、キソラは冷たい目を向ける。
「……面倒くさ」
そんな呟きも、側にいたアークには聞こえていた。
確かに、帰ろうとしていたのに、帰らせてもらえないというのは、イラッとする。
だが、アークはキソラの瞳に浮かんだ気持ちを理解してはいなかった。
「アーク」
これ持っとけ、とばかりに一つの指輪を渡される。
「詳しいことは後で説明する。だから、少しの間、指輪を絶対に手放さないで」
反論も拒否も許さない。
そんな雰囲気を、アークは彼女から感じた。
「どんな理由であれ、しつこいと嫌われるし、相手にされなくなりますよ」
ただでさえ、微妙な気持ちのまま帰ってきて、アークにも話す必要があったから話して、早く休みたかったのに、いざ帰ってきてみれば、これである。
「“郷に入っては郷に従え”って、知りません? こっちの世界の常識には慣れろとは言いませんが、妥協はしてもらいたいんですが」
「言いたいことはそれだけか?」
「そっくりそのまま返すよ。私は、仲間に手を出されて「はい、許します」なんて言って許せるほど、懐が広くもないからさ」
キソラは言う。
「死にたくなったら、いつでも来ればいいよ。遠慮なく殺ってあげるから」
先程までの、脅しなんかと比べものにならないぐらいの殺気を放ちながらの台詞に、アークは彼女に対して、初めて明確な恐怖を抱いた。
(こいつは、誰だ?)
そう思ってしまうほどに。
自分の相棒は生死に関して、あまり口にしてはいなかったが、それでも――いつも見ていた姿と現在の彼女の姿が、懸け離れているようにも見える。
「キソラっ!」
思わず声を掛ければ、キソラは男に向けていた表情とは別に、どうしたの? とでも言いたげな笑みをアークに向ける。
「ん? もしかして、見た目以上にやられてた?」
「いや、違うから……」
普段の彼女に戻ったことに安心したからか、何と言えばいいのか、困ってしまう。
「ま、そんな状態で第二ラウンドはやらせるつもり無いから」
そして、キソラはくるりと男に顔を向けると言う。
「貴方も、そろそろ帰るべきだよ。『ゲーム』参加者の、『異世界からの来訪者』さん」
次の瞬間、キソラとアークの姿はそこには無く――
「逃げたか」
男はそう呟くと、その場を後にした。
☆★☆
「っ、ここは……部屋か?」
「それ以外に、どこがあるの」
お互いが知る拠点など、キソラにしてみれば、この寮部屋ぐらいしかない。
そんな転移で部屋へと戻ってきたキソラは、アークに手当てをしたり、治癒魔法を掛けたりしつつ、「そういえば、転移したのは二度目だったっけ」と思い出す。
「あ、そうだ。一昨日は出掛けていたのか? 珍しくいなかったみたいだが」
「あー……まあ、ちょっとね」
キソラが曖昧に返したのは、登城していたなんて言えば、アークの性格からすると心配しそうだからだ。
「で、何があったわけ?」
使っていた包帯などを片付けながら、半分誤魔化すかのようにキソラはアークに尋ねる。
何もなければ、あんな大怪我をするはずがない。
「……」
だが、アークはアークで、どのように説明するべきなのか、考え倦ねているようだった。
「ま、無理にとは言わないけどさ。『ゲーム』に関係しているなら、なるべくなら話してほしいかな」
「関係は……している。お前が言った通りだ」
目を逸らしたまま、アークがそう返し始める。
「あいつ……お前が啖呵切っていた奴、デュールって言うんだが、まあ、故郷の方でちょっとな」
「ふーん」
素っ気なく返すキソラだが、これ以上聞いて、下手にトラウマなどを引き起こされても困る。
「ふーん、って、人に聞いておいて、それだけかよ」
「それだけだよ。あまり触れてほしくないってのは、話し方から察せられたし」
「……」
お茶を入れ直すキソラに、気を使われたことを理解したアークは、何も言えなくなってしまう。
「とはいえ、相手の情報は必要だから、きりきりと話す」
「さっきと言ってること、真逆じゃね!?」
いきなりの方向転換に、突っ込むアーク。
「アークは知っているから良いかもしれないけど、私には名前しか情報が無いの。仮にトラウマ抉ることになったとしても、私には謝ることしか出来ないわけだけどね」
こちらに来る前のアークがどのように過ごしていたのかなんて、キソラは知らない。
「それに、私はあいつがアークに怪我を負わせたのが許せないのもあるし」
「……」
どこか照れくさそうに、単なる私的な感情を吐露すれば、アークは目を見開いてキソラを見る。
「キ、ソラ……」
「ちょっ……!」
そして、呟くようにして名前を呼ぶと、アークはキソラを抱き締める。
一方で、抱き締められたキソラは、最初は引き離そうとしていたのだが、無理だと分かると途中で諦め、大人しくされるがままの状態となった。
「キソラ」
「何」
「ありがとう。あと、心配させて悪かった」
「……ああ、うん」
何となく、上手いこと話題を逸らされた気もしなくはないが――
「まあ、無事で良かったよ」
「本当、悪かった」
「はいはい、もう謝るのは止めてよ。やり取りが終わらない」
このままエンドレスで同じやり取りをするつもりはない。
それが伝わったのか、アークは苦笑するのだが、それを感じつつ、キソラは抱き締めたままの彼を、べりっと容赦なく自身から引き剥がす。
「おい……」
「そんな顔しても無駄。話が続かん」
何となく寂しそうな残念そうな顔をするアークに、ぴしゃりとキソラは言い返す。
「さて、話を戻すけど、さっきアークに渡した指輪は回復力や治癒力を底上げするためのものだから」
「回復力の底上げ……」
「そ。異世界から来たアークの体質に機能するかどうかは分からなかったけど、無いよりはマシだったからね」
少なくとも、男――デュールと対峙していた時と比べれば、話し方も途切れることなく普段通りに戻っている。
「……結局、こっちに来てからも、俺は何一つ変わってなかったってことか」
だから、以前のアークについては知らないんだって、とは思っても言わない。
そして、そう呟いたアークは、一度目を閉じ、何かを決意したかのように開くと、少しずつ話し始める。
「あいつは――デュールは、元の世界で『最強』と言われていたうちの一人だったんだ」
こちらで言う、空間魔導師的なものか、とキソラは考える。詳しくは分からないが、多分そんな感じなのだろう。
「けれど、何がきっかけになったのか。デュールは、俺やギルバートに突っ掛かってくるようになった」
おそらく、自分たちの何かがデュールの癪に障ったのだろう。
それが、最初の頃の二人の見解であり、数日もすれば飽きると思っていた。
「けど、予想外にも粘られたわけだ」
「ああ。周囲もデュールの異常さは感じたのか、ただ単に巻き込まれたくないのか、俺たちから距離を取るようになった。肝心の俺たちは、標的を特定するために、単独行動を増やした」
キソラは特に言葉を挟まず、眉間に皺を作った。
「まあ、そのおかげで、標的は俺だって分かったんだが……」
「何らかの被害が出るのを防ぐために、単独行動を続けようとしたのはいいけど、今度はギルバートに文句を言われた?」
「何で分かるんだよ……」
答えを先に言うキソラに、アークは不服そうな顔をする。
そんな彼に、キソラは苦笑するが、「自分もそうだったから」とは言わない。
無茶は無茶でも、命に関わる無茶をして、ノークたちだけではなく、ノエルたちにまで怒られたことについては、今では良い思い出である。
「ほら、私のことはいいから、続けて続けて」
「ったく……まあそれが、日常的になっていたのもあって、周囲には「ああ、またやってる」的な目で見られる中、ギルバートと一緒にあいつに追い掛け回された」
「……」
「ただ、その後は悲惨だった」
というのも、アークが続けて話したのは、こちらに来たときにも話した通り、彼の故郷である帝国の王、いや皇――皇帝が放った謎の言葉と内戦の勃発である。
「おかげで、途中ギルバートと逸れるわ、敵だと勘違いされるわで……」
「あー、そうだったね」
アークが逃げてきたというのは聞いていたキソラだが、その裏側的な話に、何とも言えなくなる。
「で。デュール、だっけ? そいつの特徴、もっと無いわけ?」
「特徴って、言われてもなぁ」
アーク自身の知るデュールは、強い、としか言えない。向こうから絡んでくる前の彼のことについては名前以外に、アークはほとんど知らないのだから。
一方で、キソラは時間も時間なので、一度席を立つと夕飯を作り始める。
「ほら、戦うときの癖とかさ」
「うーん……」
唸るアークに、本当に知らないんだと思いつつ、避けまくっていたのなら、それも仕方ないか、とも思う。
「それより、キソラ。あいつと相対してた時、どうしたんだ? 正直、ビビったんだが」
「ああ、そのこと? しょうがないでしょ。こっちも内心、必死だったんだから」
料理をしながらキソラはそう返すが、本当のことを言えば、半分事実で半分嘘である。
「相手の力量を見極められないほど、戦ってきてないわけでもないしね」
そんなキソラでも、空間魔法を保険にしたぐらいなのだ。
相棒が大怪我を負わされたからと、頭に血を上らせて相手に突っ掛かれば、返り討ちにされても文句は言えない。
(まあ、魔力もあまり使わなかったし、第一――)
アークが無事だった部分は大きい。
(それに、私が暴走してまで力を使うのは、奴らだけで十分だ)
脳裏に甦るのは、過去の記憶。
『止めてぇっ! みんなは関係ないでしょ!? 私が原因なら、私だけを狙ってよ!』
それでも、相手は周囲に、その力を振るった。
『お前には、苦しんでもらわなくてはならんからな。そんなお前が周囲の者たちに手を出すな、と言うのなら、出すに決まっているだろう?』
『――ッツ!!』
笑みを浮かべながら、残酷なことを告げた目の前に居る男に、当時のキソラにとって、それは死刑宣告にも聞こえた。
『あ、あ……』
(嫌だ。嫌だ。私のせいで誰かが死ぬのは――……)
特に、と手を伸ばした先に掴んだものを無意識に自身へと引き寄せる。
「……ら、キソラ? 大丈夫か?」
はっと顔を上げれば、どこか心配そうなアークと目が合う。
「あ……うん。ごめん。大丈夫」
「まあ、火を使ってなかったから良かったが……気をつけろよ?」
火だけではない。アークを引き寄せるまでに、キソラの手にあったのは包丁などの刃物類ではなく、皿に移し替える途中のサラダ(ボール)とヘラだったのだが、気をつけなければ、今晩の夕食から一品減るところだった。
そのことも把握しつつ、気まずくなる前に、きちんと謝罪しながら、アークとの距離を少し取る。
「うん、本当ごめん」
「ったく……」
やれやれと言いたそうにしながらも、立ったついでなのか、アークは取り皿などを机へと並べていく。
そんな彼を見ながら、キソラはアリシアの言葉を思い出す。
『――アークは、どうするの?』
それを思い返し、目を閉じ、息を整える。
そして、そっと目を開き、キソラはアークを呼ぶ。
「アーク」
「何だ?」
皿を置いていた机から顔を上げた彼に、キソラは言う。
「私、さ。――帝国に行くことになるかもしれない」
アリシアに問われるまでもなく、キソラはアークに話すつもりでいた。
ただ、内容が内容なだけに、彼の性格を考慮すれば、反対してきそうな気もするが。
そんな事を考えながら、キソラは寮までの帰り道を歩いていた。
「ん……?」
そこで、前方に見えてきた光景に、ふと気づく。
最初は不審者かと思ったが、どうも様子がおかしい。
それに、何よりも――
「アーク?」
声を掛ければ、びくりと身体を大きく揺らし、恐る恐るといった様子でアークはキソラに顔を向ける。
そして、彼女を視認すると、彼は目を見開き、近づこうとするキソラに向かって叫ぶ。
「こっちに来るな!」
「え……ちょっ、アーク。どうしたの? つか、大丈夫? 何かいろいろと酷いんだけど」
明らかに、いつもの彼ではないような異常さにキソラは警戒しつつも、アークの状態を分かる範囲で確認する。
目に見えて負傷している彼だが、自分が居ない間に一体何があったのだろうか――いや、問うまでもなく、分かっている。アークがこの場に居るということは、間違いなく『ゲーム』関係だろう。
「……ろ」
「え?」
「逃げ……ろ、キソラ……」
「どういう意味!?」
聞き返して、いきなり逃げろと言われても、『ゲーム』が関わっているという状況以外がよく分からない以上、キソラも下手に行動は出来ない。
(それに……)
もし本当に『ゲーム』関係だとすれば、キソラはアークを見捨てることは出来なかった。
だが、思考は強制的に遮断された。
「っ、キソラ、後ろ!」
「ほぉ……」
「貴方、誰?」
アークが声を上げるのと同時に、甲高い音をその場に響かせながら、二つの武器が激突する。
相手――漆黒の男の感心したような声に、キソラは相手が何者なのかが分かりきっていたが、念のため尋ねる。
「人に尋ねる時、名乗るのは自分から、と習わなかったか?」
「……」
男の問いに、自身の背後を守るように伸びていたホーリーロードを持つ手でさえ微動だにさせず、キソラは何も返さない。
「まぁいい。貴様はその男の『契約者』と見た。その男を、こちらへ引き渡してもらえないだろうか」
「……」
「止め……ろ、こいつは、関係……ない、だろ……」
何も返さないキソラに、男は取引を持ちかけるが、それを聞いたアークが何とか反論する。
「ああ、関係ない。だが、お前と関わっているのなら――消すまでだ」
「なっ……」
「……」
男の言葉に、アークは絶句し、キソラは男に向けていた目を細める。
「……そっか。消す、と来たか」
何かに納得したかのように笑みを浮かべるキソラは、ようやく、男の武器を梃子の要領で弾くと、アークの隣へと移動する。
「怪我、酷そうだけど、生きてる?」
「さっき……から……ずっと、話し……てる……だろうが」
キソラの問いに対し、身体の痛みに顔を歪めながらも、アークは返す。
「まあね。けど、帰ってきて早々、こんなことに遭遇するとは……悪運がどっかから寄ってきたのかね」
キソラはやれやれと言いたげにしながらも、ホーリーロードを剣へと変える。
「まさか、戦うつもりか?」
「んな訳ないでしょ。誰かを庇いながら戦うとか、性に合わないし、怪我人を放置するわけにもいかないからね」
だから、今からキソラがするのは、逃げるための隙を作ることだ。
まあ、アークが傷だらけなのを見ると、相手は相当の手練れなのだろうが、そんなこと言っている場合ではない。
それに、現在進行形でキソラの格好は学院指定の制服であるが、危なくなったら最終手段として空間魔法で迎撃すれば、何とかなるだろう。強力すぎる保険だが、無いよりはマシである。
(まあ、一番理想的なのは、そんな状況にならないことだけど)
そう思っていると、男から斬撃が飛んでくる。
「っと」
余裕で躱すキソラだが、斬撃の当たった部分――抉れた地面を見て、その威力を把握する。
「一つ聞いて良いかな」
「何だ」
「抉れた地面、そのままにしておくつもりは無いよね? もし直すとしたら、私か貴方の『契約者』さんの仕事になるんだけど」
暗に、この場から退けとキソラは告げるが、相手は笑みを浮かべるだけで、どうやら退く気は無いらしい。
(この人……それなりに強いみたいだし、面倒くさいな)
さて、どうしようか。
キソラはちらりと、後ろの方に居るアークを見た後、男に視線を戻して告げる。
「……契約者さんに伝えておいてもらえます? この場の整地は任せた、って」
「逃げられるとでも?」
「思ってますよ。それに、これは戦略的撤退です。貴方とて、こんな状態の彼を嬲っても意味が無いのでは?」
アークと彼の間に何があったのかは知らないが、再び戦うつもりなら、アークが全快してからにしてもらいたいものである。
「ああ、あと契約者さんに、『空間魔導師』について聞いてみると良いですよ。それが分かった上で、うちの相棒に手を出そうものなら、全力で叩き潰しに行きますから」
そう告げると、キソラは男に背を向ける。
契約者から話を聞いた彼がどう判断するのかは不明だが、また来るのなら迎え撃つまでである。
「大丈夫? 立てる? さっさと帰って、手当てするよ」
敵とも言える人物へ背を向けているはずなのに、キソラは特に気にした様子もなく、アークに言う。
「あ、ああ……」
そんないつもとほとんど変わらないキソラに対し、戸惑いを浮かべるアークだが、もちろん、男が許すはずもなく。
「――させねぇよ?」
ニヤリと笑みを浮かべる男に、キソラは冷たい目を向ける。
「……面倒くさ」
そんな呟きも、側にいたアークには聞こえていた。
確かに、帰ろうとしていたのに、帰らせてもらえないというのは、イラッとする。
だが、アークはキソラの瞳に浮かんだ気持ちを理解してはいなかった。
「アーク」
これ持っとけ、とばかりに一つの指輪を渡される。
「詳しいことは後で説明する。だから、少しの間、指輪を絶対に手放さないで」
反論も拒否も許さない。
そんな雰囲気を、アークは彼女から感じた。
「どんな理由であれ、しつこいと嫌われるし、相手にされなくなりますよ」
ただでさえ、微妙な気持ちのまま帰ってきて、アークにも話す必要があったから話して、早く休みたかったのに、いざ帰ってきてみれば、これである。
「“郷に入っては郷に従え”って、知りません? こっちの世界の常識には慣れろとは言いませんが、妥協はしてもらいたいんですが」
「言いたいことはそれだけか?」
「そっくりそのまま返すよ。私は、仲間に手を出されて「はい、許します」なんて言って許せるほど、懐が広くもないからさ」
キソラは言う。
「死にたくなったら、いつでも来ればいいよ。遠慮なく殺ってあげるから」
先程までの、脅しなんかと比べものにならないぐらいの殺気を放ちながらの台詞に、アークは彼女に対して、初めて明確な恐怖を抱いた。
(こいつは、誰だ?)
そう思ってしまうほどに。
自分の相棒は生死に関して、あまり口にしてはいなかったが、それでも――いつも見ていた姿と現在の彼女の姿が、懸け離れているようにも見える。
「キソラっ!」
思わず声を掛ければ、キソラは男に向けていた表情とは別に、どうしたの? とでも言いたげな笑みをアークに向ける。
「ん? もしかして、見た目以上にやられてた?」
「いや、違うから……」
普段の彼女に戻ったことに安心したからか、何と言えばいいのか、困ってしまう。
「ま、そんな状態で第二ラウンドはやらせるつもり無いから」
そして、キソラはくるりと男に顔を向けると言う。
「貴方も、そろそろ帰るべきだよ。『ゲーム』参加者の、『異世界からの来訪者』さん」
次の瞬間、キソラとアークの姿はそこには無く――
「逃げたか」
男はそう呟くと、その場を後にした。
☆★☆
「っ、ここは……部屋か?」
「それ以外に、どこがあるの」
お互いが知る拠点など、キソラにしてみれば、この寮部屋ぐらいしかない。
そんな転移で部屋へと戻ってきたキソラは、アークに手当てをしたり、治癒魔法を掛けたりしつつ、「そういえば、転移したのは二度目だったっけ」と思い出す。
「あ、そうだ。一昨日は出掛けていたのか? 珍しくいなかったみたいだが」
「あー……まあ、ちょっとね」
キソラが曖昧に返したのは、登城していたなんて言えば、アークの性格からすると心配しそうだからだ。
「で、何があったわけ?」
使っていた包帯などを片付けながら、半分誤魔化すかのようにキソラはアークに尋ねる。
何もなければ、あんな大怪我をするはずがない。
「……」
だが、アークはアークで、どのように説明するべきなのか、考え倦ねているようだった。
「ま、無理にとは言わないけどさ。『ゲーム』に関係しているなら、なるべくなら話してほしいかな」
「関係は……している。お前が言った通りだ」
目を逸らしたまま、アークがそう返し始める。
「あいつ……お前が啖呵切っていた奴、デュールって言うんだが、まあ、故郷の方でちょっとな」
「ふーん」
素っ気なく返すキソラだが、これ以上聞いて、下手にトラウマなどを引き起こされても困る。
「ふーん、って、人に聞いておいて、それだけかよ」
「それだけだよ。あまり触れてほしくないってのは、話し方から察せられたし」
「……」
お茶を入れ直すキソラに、気を使われたことを理解したアークは、何も言えなくなってしまう。
「とはいえ、相手の情報は必要だから、きりきりと話す」
「さっきと言ってること、真逆じゃね!?」
いきなりの方向転換に、突っ込むアーク。
「アークは知っているから良いかもしれないけど、私には名前しか情報が無いの。仮にトラウマ抉ることになったとしても、私には謝ることしか出来ないわけだけどね」
こちらに来る前のアークがどのように過ごしていたのかなんて、キソラは知らない。
「それに、私はあいつがアークに怪我を負わせたのが許せないのもあるし」
「……」
どこか照れくさそうに、単なる私的な感情を吐露すれば、アークは目を見開いてキソラを見る。
「キ、ソラ……」
「ちょっ……!」
そして、呟くようにして名前を呼ぶと、アークはキソラを抱き締める。
一方で、抱き締められたキソラは、最初は引き離そうとしていたのだが、無理だと分かると途中で諦め、大人しくされるがままの状態となった。
「キソラ」
「何」
「ありがとう。あと、心配させて悪かった」
「……ああ、うん」
何となく、上手いこと話題を逸らされた気もしなくはないが――
「まあ、無事で良かったよ」
「本当、悪かった」
「はいはい、もう謝るのは止めてよ。やり取りが終わらない」
このままエンドレスで同じやり取りをするつもりはない。
それが伝わったのか、アークは苦笑するのだが、それを感じつつ、キソラは抱き締めたままの彼を、べりっと容赦なく自身から引き剥がす。
「おい……」
「そんな顔しても無駄。話が続かん」
何となく寂しそうな残念そうな顔をするアークに、ぴしゃりとキソラは言い返す。
「さて、話を戻すけど、さっきアークに渡した指輪は回復力や治癒力を底上げするためのものだから」
「回復力の底上げ……」
「そ。異世界から来たアークの体質に機能するかどうかは分からなかったけど、無いよりはマシだったからね」
少なくとも、男――デュールと対峙していた時と比べれば、話し方も途切れることなく普段通りに戻っている。
「……結局、こっちに来てからも、俺は何一つ変わってなかったってことか」
だから、以前のアークについては知らないんだって、とは思っても言わない。
そして、そう呟いたアークは、一度目を閉じ、何かを決意したかのように開くと、少しずつ話し始める。
「あいつは――デュールは、元の世界で『最強』と言われていたうちの一人だったんだ」
こちらで言う、空間魔導師的なものか、とキソラは考える。詳しくは分からないが、多分そんな感じなのだろう。
「けれど、何がきっかけになったのか。デュールは、俺やギルバートに突っ掛かってくるようになった」
おそらく、自分たちの何かがデュールの癪に障ったのだろう。
それが、最初の頃の二人の見解であり、数日もすれば飽きると思っていた。
「けど、予想外にも粘られたわけだ」
「ああ。周囲もデュールの異常さは感じたのか、ただ単に巻き込まれたくないのか、俺たちから距離を取るようになった。肝心の俺たちは、標的を特定するために、単独行動を増やした」
キソラは特に言葉を挟まず、眉間に皺を作った。
「まあ、そのおかげで、標的は俺だって分かったんだが……」
「何らかの被害が出るのを防ぐために、単独行動を続けようとしたのはいいけど、今度はギルバートに文句を言われた?」
「何で分かるんだよ……」
答えを先に言うキソラに、アークは不服そうな顔をする。
そんな彼に、キソラは苦笑するが、「自分もそうだったから」とは言わない。
無茶は無茶でも、命に関わる無茶をして、ノークたちだけではなく、ノエルたちにまで怒られたことについては、今では良い思い出である。
「ほら、私のことはいいから、続けて続けて」
「ったく……まあそれが、日常的になっていたのもあって、周囲には「ああ、またやってる」的な目で見られる中、ギルバートと一緒にあいつに追い掛け回された」
「……」
「ただ、その後は悲惨だった」
というのも、アークが続けて話したのは、こちらに来たときにも話した通り、彼の故郷である帝国の王、いや皇――皇帝が放った謎の言葉と内戦の勃発である。
「おかげで、途中ギルバートと逸れるわ、敵だと勘違いされるわで……」
「あー、そうだったね」
アークが逃げてきたというのは聞いていたキソラだが、その裏側的な話に、何とも言えなくなる。
「で。デュール、だっけ? そいつの特徴、もっと無いわけ?」
「特徴って、言われてもなぁ」
アーク自身の知るデュールは、強い、としか言えない。向こうから絡んでくる前の彼のことについては名前以外に、アークはほとんど知らないのだから。
一方で、キソラは時間も時間なので、一度席を立つと夕飯を作り始める。
「ほら、戦うときの癖とかさ」
「うーん……」
唸るアークに、本当に知らないんだと思いつつ、避けまくっていたのなら、それも仕方ないか、とも思う。
「それより、キソラ。あいつと相対してた時、どうしたんだ? 正直、ビビったんだが」
「ああ、そのこと? しょうがないでしょ。こっちも内心、必死だったんだから」
料理をしながらキソラはそう返すが、本当のことを言えば、半分事実で半分嘘である。
「相手の力量を見極められないほど、戦ってきてないわけでもないしね」
そんなキソラでも、空間魔法を保険にしたぐらいなのだ。
相棒が大怪我を負わされたからと、頭に血を上らせて相手に突っ掛かれば、返り討ちにされても文句は言えない。
(まあ、魔力もあまり使わなかったし、第一――)
アークが無事だった部分は大きい。
(それに、私が暴走してまで力を使うのは、奴らだけで十分だ)
脳裏に甦るのは、過去の記憶。
『止めてぇっ! みんなは関係ないでしょ!? 私が原因なら、私だけを狙ってよ!』
それでも、相手は周囲に、その力を振るった。
『お前には、苦しんでもらわなくてはならんからな。そんなお前が周囲の者たちに手を出すな、と言うのなら、出すに決まっているだろう?』
『――ッツ!!』
笑みを浮かべながら、残酷なことを告げた目の前に居る男に、当時のキソラにとって、それは死刑宣告にも聞こえた。
『あ、あ……』
(嫌だ。嫌だ。私のせいで誰かが死ぬのは――……)
特に、と手を伸ばした先に掴んだものを無意識に自身へと引き寄せる。
「……ら、キソラ? 大丈夫か?」
はっと顔を上げれば、どこか心配そうなアークと目が合う。
「あ……うん。ごめん。大丈夫」
「まあ、火を使ってなかったから良かったが……気をつけろよ?」
火だけではない。アークを引き寄せるまでに、キソラの手にあったのは包丁などの刃物類ではなく、皿に移し替える途中のサラダ(ボール)とヘラだったのだが、気をつけなければ、今晩の夕食から一品減るところだった。
そのことも把握しつつ、気まずくなる前に、きちんと謝罪しながら、アークとの距離を少し取る。
「うん、本当ごめん」
「ったく……」
やれやれと言いたそうにしながらも、立ったついでなのか、アークは取り皿などを机へと並べていく。
そんな彼を見ながら、キソラはアリシアの言葉を思い出す。
『――アークは、どうするの?』
それを思い返し、目を閉じ、息を整える。
そして、そっと目を開き、キソラはアークを呼ぶ。
「アーク」
「何だ?」
皿を置いていた机から顔を上げた彼に、キソラは言う。
「私、さ。――帝国に行くことになるかもしれない」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる