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第三章・前章、夏休み~校内大会・帝国編~

第八十話:因縁の最強の敵、現る

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『――アークは、どうするの?』

 アリシアに問われるまでもなく、キソラはアークに話すつもりでいた。
 ただ、内容が内容なだけに、彼の性格を考慮すれば、反対してきそうな気もするが。

 そんな事を考えながら、キソラは寮までの帰り道を歩いていた。

「ん……?」

 そこで、前方に見えてきた光景に、ふと気づく。
 最初は不審者かと思ったが、どうも様子がおかしい。
 それに、何よりも――

「アーク?」

 声を掛ければ、びくりと身体を大きく揺らし、恐る恐るといった様子でアークはキソラに顔を向ける。
 そして、彼女を視認すると、彼は目を見開き、近づこうとするキソラに向かって叫ぶ。

「こっちに来るな!」
「え……ちょっ、アーク。どうしたの? つか、大丈夫? 何かいろいろと酷いんだけど」

 明らかに、いつもの彼ではないような異常さにキソラは警戒しつつも、アークの状態を分かる範囲で確認する。
 目に見えて負傷している彼だが、自分が居ない間に一体何があったのだろうか――いや、問うまでもなく、分かっている。アークがこの場に居るということは、間違いなく『ゲーム』関係だろう。

「……ろ」
「え?」
「逃げ……ろ、キソラ……」
「どういう意味!?」

 聞き返して、いきなり逃げろと言われても、『ゲーム』が関わっているという状況以外がよく分からない以上、キソラも下手に行動は出来ない。

(それに……)

 もし本当に『ゲーム』関係だとすれば、キソラはアークを見捨てることは出来なかった。
 だが、思考は強制的に遮断された。

「っ、キソラ、後ろ!」
「ほぉ……」
「貴方、誰?」

 アークが声を上げるのと同時に、甲高い音をその場に響かせながら、二つの武器が激突する。
 相手――漆黒の男の感心したような声に、キソラは相手が何者なのかが分かりきっていたが、念のため尋ねる。

「人に尋ねる時、名乗るのは自分から、と習わなかったか?」
「……」

 男の問いに、自身の背後を守るように伸びていたホーリーロードを持つ手でさえ微動だにさせず、キソラは何も返さない。

「まぁいい。貴様はその男の『契約者』と見た。その男を、こちらへ引き渡してもらえないだろうか」
「……」
「止め……ろ、こいつは、関係……ない、だろ……」

 何も返さないキソラに、男は取引を持ちかけるが、それを聞いたアークが何とか反論する。

「ああ、関係ない。だが、お前と関わっているのなら――消すまでだ」
「なっ……」
「……」

 男の言葉に、アークは絶句し、キソラは男に向けていた目を細める。

「……そっか。消す、と来たか」

 何かに納得したかのように笑みを浮かべるキソラは、ようやく、男の武器を梃子てこの要領で弾くと、アークの隣へと移動する。

「怪我、酷そうだけど、生きてる?」
「さっき……から……ずっと、話し……てる……だろうが」

 キソラの問いに対し、身体の痛みに顔を歪めながらも、アークは返す。

「まあね。けど、帰ってきて早々、こんなことに遭遇するとは……悪運がどっかから寄ってきたのかね」

 キソラはやれやれと言いたげにしながらも、ホーリーロードを剣へと変える。

「まさか、戦うつもりか?」
「んな訳ないでしょ。誰かを庇いながら戦うとか、しょうに合わないし、怪我人を放置するわけにもいかないからね」

 だから、今からキソラがするのは、逃げるための隙を作ることだ。
 まあ、アークが傷だらけなのを見ると、相手は相当の手練てだれなのだろうが、そんなこと言っている場合ではない。
 それに、現在進行形でキソラの格好は学院指定の制服であるが、危なくなったら最終手段として空間魔法で迎撃すれば、何とかなるだろう。強力すぎる保険だが、無いよりはマシである。

(まあ、一番理想的なのは、そんな状況にならないことだけど)

 そう思っていると、男から斬撃が飛んでくる。

「っと」

 余裕で躱すキソラだが、斬撃の当たった部分――えぐれた地面を見て、その威力を把握する。

「一つ聞いて良いかな」
「何だ」
抉れた地面これ、そのままにしておくつもりは無いよね? もし直すとしたら、私か貴方の『契約者・・・』さんの仕事になるんだけど」

 暗に、この場から退けとキソラは告げるが、相手は笑みを浮かべるだけで、どうやら退く気は無いらしい。

(この人……それなりに強いみたいだし、面倒くさいな)

 さて、どうしようか。
 キソラはちらりと、後ろの方に居るアークを見た後、男に視線を戻して告げる。

「……契約者さんに伝えておいてもらえます? この場の整地は任せた、って」
「逃げられるとでも?」
「思ってますよ。それに、これは戦略的撤退です。貴方とて、こんな状態の彼をなぶっても意味が無いのでは?」

 アークと彼の間に何があったのかは知らないが、再び戦うつもりなら、アークが全快してからにしてもらいたいものである。

「ああ、あと契約者さんに、『空間魔導師』について聞いてみると良いですよ。それが分かった上で、うちの相棒パートナーに手を出そうものなら、全力で・・・叩き潰しに行きますから」

 そう告げると、キソラは男に背を向ける。
 契約者から話を聞いた彼がどう判断するのかは不明だが、また来るのなら迎え撃つまでである。

「大丈夫? 立てる? さっさと帰って、手当てするよ」

 敵とも言える人物へ背を向けているはずなのに、キソラは特に気にした様子もなく、アークに言う。

「あ、ああ……」

 そんないつもとほとんど変わらないキソラに対し、戸惑いを浮かべるアークだが、もちろん、男が許すはずもなく。

「――させねぇよ?」

 ニヤリと笑みを浮かべる男に、キソラは冷たい目を向ける。

「……面倒くさ」

 そんな呟きも、側にいたアークには聞こえていた。
 確かに、帰ろうとしていたのに、帰らせてもらえないというのは、イラッとする。
 だが、アークはキソラのに浮かんだ気持ちを理解してはいなかった。

「アーク」

 これ持っとけ、とばかりに一つの指輪を渡される。

「詳しいことは後で説明する。だから、少しの間、指輪それを絶対に手放さないで」

 反論も拒否も許さない。
 そんな雰囲気を、アークは彼女から感じた。

「どんな理由であれ、しつこいと嫌われるし、相手にされなくなりますよ」

 ただでさえ、微妙な気持ちのまま帰ってきて、アークにも話す必要があったから話して、早く休みたかったのに、いざ帰ってきてみれば、これである。

「“郷に入っては郷に従え”って、知りません? こっちの世界の常識には慣れろとは言いませんが、妥協はしてもらいたいんですが」
「言いたいことはそれだけか?」
「そっくりそのまま返すよ。私は、仲間に手を出されて「はい、許します」なんて言って許せるほど、懐が広くもないからさ」

 キソラは言う。

「死にたくなったら、いつでも来ればいいよ。遠慮なくってあげるから」

 先程までの、脅しなんかと比べものにならないぐらいの殺気を放ちながらの台詞に、アークは彼女に対して、初めて明確な恐怖を抱いた。

こいつ・・・は、誰だ?)

 そう思ってしまうほどに。
 自分の相棒パートナーは生死に関して、あまり口にしてはいなかったが、それでも――いつも見ていた姿と現在の彼女の姿が、懸け離れているようにも見える。

「キソラっ!」

 思わず声を掛ければ、キソラは男に向けていた表情とは別に、どうしたの? とでも言いたげな笑みをアークに向ける。

「ん? もしかして、見た目以上にやられてた?」
「いや、違うから……」

 普段の彼女に戻ったことに安心したからか、何と言えばいいのか、困ってしまう。

「ま、そんな状態で第二ラウンドはやらせるつもり無いから」

 そして、キソラはくるりと男に顔を向けると言う。

「貴方も、そろそろ帰るべきだよ。『ゲーム』参加者の、『異世界からの来訪者』さん」

 次の瞬間、キソラとアークの姿はそこには無く――

「逃げたか」

 男はそう呟くと、その場を後にした。

   ☆★☆   

「っ、ここは……部屋か?」
「それ以外に、どこがあるの」

 お互いが知る拠点など、キソラにしてみれば、この寮部屋ぐらいしかない。
 そんな転移で部屋へと戻ってきたキソラは、アークに手当てをしたり、治癒魔法を掛けたりしつつ、「そういえば、転移したのは二度目だったっけ」と思い出す。

「あ、そうだ。一昨日は出掛けていたのか? 珍しくいなかったみたいだが」
「あー……まあ、ちょっとね」

 キソラが曖昧に返したのは、登城していたなんて言えば、アークの性格からすると心配しそうだからだ。

「で、何があったわけ?」

 使っていた包帯などを片付けながら、半分誤魔化すかのようにキソラはアークに尋ねる。
 何もなければ、あんな大怪我をするはずがない。

「……」

 だが、アークはアークで、どのように説明するべきなのか、考えあぐねているようだった。

「ま、無理にとは言わないけどさ。『ゲーム』に関係しているなら、なるべくなら話してほしいかな」
「関係は……している。お前が言った通りだ」

 目を逸らしたまま、アークがそう返し始める。

「あいつ……お前が啖呵切っていた奴、デュールって言うんだが、まあ、故郷の方でちょっとな」
「ふーん」

 素っ気なく返すキソラだが、これ以上聞いて、下手にトラウマなどを引き起こされても困る。

「ふーん、って、人に聞いておいて、それだけかよ」
「それだけだよ。あまり触れてほしくないってのは、話し方から察せられたし」
「……」

 お茶を入れ直すキソラに、気を使われたことを理解したアークは、何も言えなくなってしまう。

「とはいえ、相手の情報は必要だから、きりきりと話す」
「さっきと言ってること、真逆じゃね!?」

 いきなりの方向転換に、突っ込むアーク。

「アークは知っているから良いかもしれないけど、私には名前しか情報が無いの。仮にトラウマえぐることになったとしても、私には謝ることしか出来ないわけだけどね」

 こちらに来る前のアークがどのように過ごしていたのかなんて、キソラは知らない。

「それに、私はあいつがアークに怪我を負わせたのが許せないのもあるし」
「……」

 どこか照れくさそうに、単なる私的な感情を吐露すれば、アークは目を見開いてキソラを見る。

「キ、ソラ……」
「ちょっ……!」

 そして、呟くようにして名前を呼ぶと、アークはキソラを抱き締める。
 一方で、抱き締められたキソラは、最初は引き離そうとしていたのだが、無理だと分かると途中で諦め、大人しくされるがままの状態となった。

「キソラ」
「何」
「ありがとう。あと、心配させて悪かった」
「……ああ、うん」

 何となく、上手いこと話題を逸らされた気もしなくはないが――

「まあ、無事で良かったよ」
「本当、悪かった」
「はいはい、もう謝るのは止めてよ。やり取りが終わらない」

 このままエンドレスで同じやり取りをするつもりはない。
 それが伝わったのか、アークは苦笑するのだが、それを感じつつ、キソラは抱き締めたままの彼を、べりっと容赦なく自身から引き剥がす。

「おい……」
「そんな顔しても無駄。話が続かん」

 何となく寂しそうな残念そうな顔をするアークに、ぴしゃりとキソラは言い返す。

「さて、話を戻すけど、さっきアークに渡した指輪は回復力や治癒力を底上げするためのものだから」
「回復力の底上げ……」
「そ。異世界から来たアークの体質に機能するかどうかは分からなかったけど、無いよりはマシだったからね」

 少なくとも、男――デュールと対峙していた時と比べれば、話し方も途切れることなく普段通りに戻っている。

「……結局、こっちに来てからも、俺は何一つ変わってなかったってことか」

 だから、以前まえのアークについては知らないんだって、とは思っても言わない。
 そして、そう呟いたアークは、一度目を閉じ、何かを決意したかのように開くと、少しずつ話し始める。

「あいつは――デュールは、元の世界で『最強』と言われていたうちの一人だったんだ」

 こちらで言う、空間魔導師的なものか、とキソラは考える。詳しくは分からないが、多分そんな感じなのだろう。

「けれど、何がきっかけになったのか。デュールは、俺やギルバートに突っ掛かってくるようになった」

 おそらく、自分たちの何かがデュールのしゃくさわったのだろう。
 それが、最初の頃の二人の見解であり、数日もすれば飽きると思っていた。

「けど、予想外にも粘られたわけだ」
「ああ。周囲もデュールの異常さは感じたのか、ただ単に巻き込まれたくないのか、俺たちから距離を取るようになった。肝心の俺たちは、標的ターゲットを特定するために、単独行動を増やした」

 キソラは特に言葉を挟まず、眉間に皺を作った。

「まあ、そのおかげで、標的ターゲットは俺だって分かったんだが……」
「何らかの被害が出るのを防ぐために、単独行動を続けようとしたのはいいけど、今度はギルバートに文句を言われた?」
「何で分かるんだよ……」

 答えを先に言うキソラに、アークは不服そうな顔をする。
 そんな彼に、キソラは苦笑するが、「自分もそうだったから」とは言わない。
 無茶は無茶でも、命に関わる無茶をして、ノークたちだけではなく、ノエルたちにまで怒られたことについては、今では良い思い出である。

「ほら、私のことはいいから、続けて続けて」
「ったく……まあそれが、日常的になっていたのもあって、周囲には「ああ、またやってる」的な目で見られる中、ギルバートと一緒にあいつに追い掛け回された」
「……」
「ただ、その後は悲惨だった」

 というのも、アークが続けて話したのは、こちらに来たときにも話した通り、彼の故郷である帝国の王、いやおう――皇帝が放った謎の言葉と内戦の勃発である。

「おかげで、途中ギルバートとはぐれるわ、敵だと勘違いされるわで……」
「あー、そうだったね」

 アークが逃げてきたというのは聞いていたキソラだが、その裏側的な話に、何とも言えなくなる。

「で。デュール、だっけ? そいつの特徴、もっと無いわけ?」
「特徴って、言われてもなぁ」

 アーク自身の知るデュールは、強い、としか言えない。向こうから絡んでくる前の彼のことについては名前以外に、アークはほとんど知らないのだから。
 一方で、キソラは時間も時間なので、一度席を立つと夕飯を作り始める。

「ほら、戦うときの癖とかさ」
「うーん……」

 唸るアークに、本当に知らないんだと思いつつ、避けまくっていたのなら、それも仕方ないか、とも思う。

「それより、キソラ。あいつと相対してた時、どうしたんだ? 正直、ビビったんだが」
「ああ、そのこと? しょうがないでしょ。こっちも内心、必死だったんだから」

 料理をしながらキソラはそう返すが、本当のことを言えば、半分事実で半分嘘である。

「相手の力量を見極められないほど、戦ってきてないわけでもないしね」

 そんなキソラでも、空間魔法を保険にしたぐらいなのだ。
 相棒が大怪我を負わされたからと、頭に血を上らせて相手に突っ掛かれば、返り討ちにされても文句は言えない。

(まあ、魔力もあまり使わなかったし、第一――)

 アークが無事だった部分は大きい。

(それに、私が暴走してまで力を使うのは、奴ら・・だけで十分だ)

 脳裏によみがえるのは、過去の記憶。

『止めてぇっ! みんなは関係ないでしょ!? 私が原因なら、私だけを狙ってよ!』

 それでも、相手は周囲に、その力を振るった。

『お前には、苦しんでもらわなくてはならんからな。そんなお前が周囲の者たちに手を出すな、と言うのなら、出すに決まっているだろう?』
『――ッツ!!』

 笑みを浮かべながら、残酷なことを告げた目の前に居る男に、当時のキソラにとって、それは死刑宣告にも聞こえた。

『あ、あ……』

(嫌だ。嫌だ。私のせいで誰かが死ぬのは――……)

 特に、と手を伸ばした先に掴んだもの・・を無意識に自身へと引き寄せる。

「……ら、キソラ? 大丈夫か?」

 はっと顔を上げれば、どこか心配そうなアークと目が合う。

「あ……うん。ごめん。大丈夫」
「まあ、火を使ってなかったから良かったが……気をつけろよ?」

 火だけではない。アークを引き寄せるまでに、キソラの手にあったのは包丁などの刃物類ではなく、皿に移し替える途中のサラダ(ボール)とヘラだったのだが、気をつけなければ、今晩の夕食から一品減るところだった。
 そのことも把握しつつ、気まずくなる前に、きちんと謝罪しながら、アークとの距離を少し取る。

「うん、本当ごめん」
「ったく……」

 やれやれと言いたそうにしながらも、立ったついでなのか、アークは取り皿などを机へと並べていく。
 そんな彼を見ながら、キソラはアリシアの言葉を思い出す。

『――アークは、どうするの?』

 それを思い返し、目を閉じ、息を整える。
 そして、そっと目を開き、キソラはアークを呼ぶ。

「アーク」
「何だ?」

 皿を置いていた机から顔を上げた彼に、キソラは言う。

「私、さ。――帝国に行くことになるかもしれない」
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