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第二章、戦争

第七十一話:国内・学院攻防戦XVI(黒竜退治Ⅱ・広がる知らせ)

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「黒竜だぁ?」

 王都(城下)で帝国軍の対応していた獣人ギルド・ギルドマスターのレグルス・レオナードが声を上げる。

「ああ。問題ないとは思うが、もし、あそこを突破されれば、こちらに来る可能性も……」
「チッ、そうなると面倒だな」

 黒竜の出現について、伝令から聞いたことを伝えたヴォルドに、レグルスは舌打ちして返す。
 確かに、ヴォルドの言う通り、あの場にいるのは、キソラと四聖精霊に空間魔導師や人類最強とされるギルド長といった面々だが、それにも限界はある。

「どうする?」
「どうもしねぇよ」

 ヴォルドの問いに、レグルスは何もしないと返す。

「別に俺たちが駆けつけてもいいが、どうせ『精霊王』や『妖精姫』辺りも来るんだろ?」
「おそらく、だがな」
「なら、俺は行かねぇよ。もし行くなら、この場を鎮めてからだ」

 そう言って、離れていくレグルスだが、それを見ていたヴォルドは呟く。

「本当は気になってるくせに、素直じゃないな」

 それは、レグルス本人に届くことはなく、喧噪の中へと消えていった。

   ☆★☆   

「うわぁ、やってるねぇ」

 映し出された映像を見ながら声を上げるのは、魔導師兼対魔族ギルドギルドマスター、ラグナ・ブラッディである。

「他人が傷つくのを見て笑うとは、悪趣味だな」
「何とでも言えばいいさ。それとも、戦争が起こると分かっていながら、回復要員を用意してないとでも思った?」

 未だにラグナたちに捕らえられたうちの一人にして、帝国師団長が一人、アイシャ・クレイソードの嫌味に、特に気にした様子もなくラグナは返す。

「ま、あの子ほどの回復力を発揮する治癒魔法の使い手は数えられる程度だけど、いないよりはいてくれるだけでもありがたいし」
「……」

 ラグナは、未だに黒竜と対応するキソラたちが映し出された映像に目を向けるのだが、そんな彼をアイシャは無言で見ていた。

   ☆★☆   

「離しなさい! 何と言われようと、私は行きます!」
「ダメですって! 今貴女に死なれるわけにはいかないんですからぁっ!!」

 何としても行くと聞かないフィアーレに、補佐や所属の者たちが懸命に彼女の動きを止めていた。

「彼女たちが頑張っているというのに、ここで大人しく見ていろと!?」
「そうですよ! 第一、貴女の役目はこの周辺に来た帝国軍の撃退であって、黒竜の相手をすることではありません!!」

 フィアーレの動きが止まる。
 それが正論だったからだ。

「っ、けれど、戦況は変わります! 黒竜の出現だって――」
「言いたいことは分かります。けど、あちらには空間魔導師も居るんですから、信じましょうよ!」
「私たちは貴女に死んでほしくない!」

 フィアーレの動きを封じていた者たちの手に力が籠もるのを、彼女は感じた。

(この人たちは――)

 どこへ行くにも何をするにも過保護だったり、心配性だったりするけど、本当に――自分のことを案じてくれているのだ。
 魔法で映像を出していた妖精たちが、おろおろしながらフィアーレたちの方と映像を交互に見ている。

「分かりました」

 フィアーレの言葉に、掴んでいた手から幾分力が抜けるのを感じつつ、彼女は続ける。

「ですが、ここからあそこまで、彼女たちへの援護射撃として、遠距離砲撃を放たせてもらいますから」
「は!?」
「だって、見て見ぬ振りはしたくありませんし、何もせずに後悔もしたくありません。もし、遠距離砲撃が駄目だというのなら、私はあちらへ向かいます」

 さて、どうしますか? と、フィアーレは妖精たちに問う。

「……砲撃でお願いします。我々としては、やはり貴女様をあの場へ向かわせるわけには行きませんので」

 少しの間、メリットとデメリットも考えて判断したのだろう。

「分かりました。それでは、準備をしておいてください。私は彼女に連絡しますから」
「はい」

 返事をするギルドメンバーに、フィアーレは小さく息を吐くと、映像に目を向ける。

「私たちは、貴女たちにだけ、無理をさせるつもりはありませんからね」

 頼れるのは彼女たちのみだが、大人である自分たちが何もしないわけにはいかないのだ。

「それに、本気になった妖精たちの意地を、嘗めない方が良い」

 本当に怖いのは、その気になった者たちなのだから――

   ☆★☆   

「竜……?」
「はい。それも黒竜らしいです」

 北東大森林を拠点とする、エルフという種族の者たちがそこには居た。
 そんな彼らを纏めるのは、魔導師ギルド、ギルドマスターのノーブル・カローラである。

「黒竜とは、厄介な……」

 ノーブルは、今にも舌打ちしそうな口調でそう言った。
 そもそも、弓と魔法を得意とするエルフに、堅い鱗を持つドラゴンは厄介な相手である。そして、打ち消し魔法アンチ・マジックが使えるドラゴンとなれば、相性は最悪としか言えない。
 しかも、今回現れたドラゴンは黒竜というではないか。
 ノーブル(たち)にしてみれば、相手にしたくないが、おそらく、戦力的に有り余っているのは自分たちであることも理解している。

「それで、黒竜出現以外の情報は?」
「現在、出現地点は人間族のギルド付近で、空間魔導師たちも対応に当たってるみたいです」
「空間魔導師?」

 言われて思い出すのは、先日の会議で会った少女――キソラのことである。
 だがそれでも、気になりはするが、それだけだった。

「何か?」
「いや、何でもない」

 情報を伝えてきた者に、首を横に振ることで、暗に調べようとするな、と伝える。
 もし、自分が何もしなかったら、この者は調べようとしていたのかもしれない。黒竜のことも、キソラのことも。

「……様子を見ることは可能ですか?」
「不可能では無いと思いますが……」

 そう言いながら、伝えてきた者は魔法を発動する。

「近くに人が居るからなのか、黒竜が余計に大きく見えますね」
「そうですね」

 黒竜が一歩でも足を動かせば、人々は踏みつぶされそうだ。

「この様子では、術者は見つかってないようですね……」

(術者を捜すぐらいなら、手助け出来ますかね?)

 ノーブルは思案する。

(いや、それは今更ですね)

 会議の場で文句を言った上、手が空いたのを良いことに、援護射撃などをせずにこの森に引きこもっていたのだ。
 今更出て行っても、あちこちから文句を言われるだけだ。

(いや、それこそ今更ではないですか)

 文句を言われて当たり前なのだ。
 ノーブルは歯を食いしばった。

「……貴方の意志であれば、伝えに行きますが」

 伝令の言葉に、ノーブルははっと顔を上げた。
 いつの間にか、下を向いていたらしい。

「僕は――」

 そして、彼は口を開いた。

   ☆★☆   

「黒竜? まさか、倒すために武器を作れって言うんじゃねぇよなぁ?」
「いえ、そこまでは。ただ、出現したという報告だけで」

 黒竜出現の報があちこちを駆ける中、もちろん、ガルシアたちの所にも届いていた。

「にしても、黒竜なぁ」

 ガルシアが思い浮かべたのは、言葉通りに真っ黒な竜。

「仮に作るように言われたとしても、材料があるかどうか」

 何せ、相手はドラゴンなのだ。ちょっとやそっとの強度では駄目だ。

「ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトぐらい無いと無理か?」
「どうだろうな。そこは使用者の腕次第だろ」

 仲間の言葉にそう返しつつ、ガルシアは思案し続ける。
 正直、その三つのうちの一つでもあり、それを使った方が安心できる。

「空間魔導師たちはどうするかね」

 世界最強と言われた魔導師たちだ。大丈夫だとは思うが、絶対とは言い切れない。

「在庫確認でもするか」

 じっとしていても意味が無いと、いつ頼まれても良いように、とガルシアは見張りを今から当番の者と代わり、自身の工房に向かった。
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