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第二章、戦争

第五十九話:国内・学院攻防戦Ⅷ(精霊集結)

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「……っ、」
『どうかしたのか?』

 いきなり空を見上げ、その後時計塔屋上へ目を向けたキソラに、イフリートが不思議そうな顔をして彼女を見る。

「……っ、気のせい、か?」

 どくん、とキソラも感じた一瞬の嫌な感じをアキトも感じ取っていた。

「大丈夫か?」

 ジャスパーが不安そうな顔をし、二人の近くにいたアザーが彼らを一瞥し、少しばかり位置を移動する。

「ああ、問題ない」

 けれど、この感覚は何なのだ、とアキトは思った。
 自分だけでこんなに感じているのだから、キソラが感じないはずがない。

(キソラ……)

 彼女が下りていったであろう場所に、アキトは目を向ける。

『イフリート!』

 名前を呼ばれたため、イフリートがそちらを見れば、瓦礫などを避けながら、緑色の髪の少女が猛スピードでこちらにやってくるのが分かる。

『シルフィードか』
『キソラちゃんは無事!?』
「……あー、シルフィ。来ちゃったの?」

 イフリートが彼女の名前を呼べば、シルフィードが心配そうな顔をしながら、彼の隣にいたキソラを覗き込む。

『バカっ! 無茶した上に、こんなぼろぼろになるまで、戦うこと無かったのに!』
「あー、うん。でもさすがに、街がこんなんじゃなかったら、まだ良かったんだけどね」

 何とか収まってきた嫌な予感を感じさせないことも含め、キソラは苦笑いする。
 そして、夕日の光とも合わさって、赤く染まる空を見上げれば、リックスがごめん、と精霊二人に片手を軽く上げて謝っていた。

『言っておくが、この件に関して、俺は何もしてないぞ?』
『そんなの分かってるよ。もしやってたら、キソラちゃんに契約解除される上に、ボクたちから集中砲火されかねないしね。それに――』
「はいはい、そんな言い合いはストップ」

 放っておくとヒートアップしかねないので、キソラが仲裁に入る。

『っ、ごめん。それよりも、キソラちゃんは本当に大丈夫なの?』
「大丈夫だよ。それに、まだ戦える」

 愛機を持つ手に力を入れるキソラだが、二人が困った表情をしながら、互いに顔を見合わせる。
 だが、そんな二人を余所に、キソラが小さく深呼吸し、目を閉じて集中し始めると、彼女の足元に魔法陣が展開される。

「……っ、」

 そんな彼女に見えたのは、空も大地も赤く染まる景色。
 中には戸惑う自国民もいれば、帝国軍もいた。

『こんなのっ……こんなの、知らないっ……!』

 最終的には逃げ出す者までいる始末。

(これじゃ、まるで――)

 あの時・・・みたいじゃないか。

「っ、シルフィード」
『はい』

 今にも流れそうな涙を耐えて目を開けば、気力が無さそうな声でありながらも、略すことなく名前を呼ぶキソラに、「ここにいます」とシルフィードは返す。

『シルフィード。お涙頂戴は後回しだ。マスターは少しお前に任せる』
『え? イフリート、何するつもり?』

 上空に向かうイフリートにキソラを頼まれ、シルフィードが不安そうに彼を見上げる。
 そして、この会話で、イフリートが上空にいると知ったキソラは、彼を一瞥する。

『ねぇ、イフリート。貴方まさか、一人であの数を相手にするとか冗談だよね?』
『せめて我らにも分けてほしいな』

 二つの声を聞き、キソラとイフリート、シルフィードがそちらに目を向ける。

「その声、ウンディーネとノーム……?」
『あら、マスター。まだご無事のようですね』
『全く、相変わらず主殿あるじどのも無茶をする』

 くすくすと戦闘モードのウンディーネに笑われ、溜め息混じりのノームの言葉に、キソラはあはは、と小さく笑う。

『ああそれと、シルフィード。貴女もイフリートと一緒に行ってきなさい』
『え、でも――』
マスターの怪我は私が治すし、防御ならノームもいるから大丈夫。でも、イフリートがこれでもかと暴れたら、二次災害が起きかねないから……ね?』

 別にウンディーネたちを信用してないわけではないのだが、シルフィードはキソラが攻撃されないか心配していた。
 そんな不安そうなシルフィードを宥めるかのように、ウンディーネは口に人差し指を当てて言う。

『……分かった。キソラちゃんのことは任せる』
『ええ、私も約束はちゃんと守るから』

 互いの小指を軽く結び、指切りをする女性陣。

『イフリート。暴れるな、というのが無理なのは分かるが、主殿に負担が掛かるからあまり被害を広げるなよ? それに、怒っているのはお前だけではないのだから』
『ああ、分かってる』

 本当は自分が行きたいぐらいだが、と上空にいるニールへ目を向けるノームに対し、向けられたニールは目を逸らす。
 そして、返事をしたイフリートはそのまま帝国の騎士たちに目を向ける。

『テメェら。こいつより優勢になったからって、付け上がってんじゃねーよ』

 イフリートの紅い目が帝国の騎士たちを捉え、睨み付ける。

『付け上がんなら、俺たちを倒してみろ』

 迷宮管理者にして空間魔導師、キソラ・エターナルの契約精霊たちを倒してみろ。

『こっちは全力で相手してやる』

 四聖精霊たちと帝国の騎士たちの視線がぶつかり合えば、そんな彼らに対し、状況を見守っていたキソラはどこか不安そうな目を向け、リックスは溜め息混じりに頭を抱える。

「面白い。なら、そこの空間魔導師も含め、全員で来ればいい。こっちは引き返すつもりは一切無いんだからな」

 そんなアルヴィスの言葉に、レイやニールがぎょっとする。

「へぇ、言ってくれるじゃん」
『ちょっ、マスター!?』

 隣にいたはずのキソラが居らず、いつの間にか上空にいた彼女に、ウンディーネが驚いたように声を上げる。

「イフリート、シルフィード、ノーム、ウンディーネ」

 キソラは四聖精霊たちの名前を呼ぶと、

「こいつら、叩き潰すよ」

 愛機を自身の身体以上の魔鎌に変え、そう告げるのだった。

   ☆★☆   

「おっかねーな、おい」

 学院の時計塔屋上から状況を見ていたアキトは、思わずそう口にする。
 キソラ至上主義な四聖精霊たちが挑発だけして、暴れ出さないだけでも奇跡な方なのに、ぼろぼろなキソラまでまだ戦うというのだから、何と言うべきか。

「さて、どうするのかね。帝国の騎士さんたちは」
「なぁ、大丈夫……だよな?」

 ジャスパーが不安そうに声を掛ける。
 確かに、人数は帝国側の方が多いが、いくら人数が多くても、あの六人――キソラたちを相手にするには、いくら騎士とはいえ、骨が折れるだろう。

「大丈夫だろうな。だがそれでも、まだ運が良いと思ってもらわないと」

 相手の一部が四聖精霊であることを。
 人類最強が相手でないことを。
 この国にいる空間魔導師が四人になった・・・・・・ことを。
 そして――

「現在判明している・・・・・・空間魔導師全員が、この国にいないことを、な」

 アキトがそれを言い終わるか言い終わらないかのうちに、キソラが時計塔屋上に降り立つ。

「生きてる? お二人さん」
「死んではないな」

 そして、二人して息を吐く。

「無事そうで何よりだよ」
「そっちもな」

 とはいえ、二人ともぼろぼろなことには変わらない。

「まだ戦うつもりか?」
「だって、兄さんとの約束もあれば、ここの防衛担当を引き受けちゃったわけだし」

 アキトの問いに、魔鎌で帝国騎士たちを倒しながら、キソラは返した後、それにね、と付け加える。

「アキトたちもいるし」

 振り返りで見せられた笑顔に、アキトは目を見開いたまま固まった。

(全く……)

 この幼馴染は、とアキトは思う。
 時々、自分をどきりとさせてくることがあるから、油断できない。

「おい、アキト。前!」

 そんなアキトを余所に、ジャスパーが背後から声を掛ける。

「っ、」

 顔を上げたアキトの目の前には、帝国騎士の駆る竜の顔。

「させるかっつーの!」

 口を開き掛けた竜に対し、横からキソラが跳び蹴りを食らわせる。

「……」
「だから、ブレスも食らうつもりは無いんだって」

 驚きの表情を見せるアキトとジャスパーを余所に、キソラが氷魔法と雷魔法で相殺、防壁の展開で防ぎきる。

「雷は俺の得意分野のはずなんだけどなぁ」
「『黒雷』っていう二つ名があるからって、他の誰かが使えないって思う方がおかしいですよ」

 風魔法をメインにしているシルフィードでも、雷魔法は扱えるぐらいなのだ。

「ノーム! 相手代わって!」
『だが、主殿。彼の相手はリックス殿ではないのか? 確かに我も、彼と一戦を交えようとはしていたが』

 キソラがノームに声を掛ければ、そう返される。

「雷魔法放つ度に噛みつかれても困るの!」

 魔鎌を槍に変え、風魔法を付与させると、バトンを回すかのように回転させ、そこから発生した風の渦で近づいてきた帝国騎士たちを吹き飛ばす。

「まだやるべきことがあるっていうのに……」

 暗くなっていく空を見上げ、金と銀のグラデーションみたいな色から銀色に変わった自身の髪を、キソラはぞんざいに掻く。
 昼食も抜いて戦い続けているのだ。苛々してきても仕方ない。

(でも、『ゲーム』による連日連夜の睡眠不足よりはマシか)

 思い出すのは、アークと初めて会ったときから数日間続いた『ゲーム』による睡眠不足になったときのこと。
 軽く息を吐く。

(最低一週間は大丈夫かな)

 そして、それと同時に思う。

(みんな、無事でいてよ?)

 アークは仕方ないと言いたげだったが、こちら側の揉め事に関係ない彼らを巻き込んでしまったのだ。
 気にするなと言われて、気にしない方がおかしい。

(でも、大丈夫だよね?)

 『ゲーム』の参加者たちは、アークのいた世界の国から逃げてきた者が大半のはず。
 生徒会役員たちに協力する者たちもいるぐらいだから、戦闘能力に関しては、そんなに心配していない。

「……まずは、牽制しとくべきかな」

 完全に暗くなる前に、やるべきことはやっておいた方がいいのだろう。
 地上側は火災による明かりと、点り始めた街灯により、明るくなっている。

 帝国との戦争開始、国内全土での攻防戦が開始された一日目。
 その日の終わりが、早くも来ようとしていた。
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