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第二章、戦争
第五十七話:国内・学院攻防戦Ⅶ(空間魔導師と『黒雷』)
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「きゃああああ!!」
「キソラ!」
『主!』
キソラの悲鳴が空中に響き渡り、時計塔の屋上にいたアキトとアザーが叫ぶ。
「――っ、」
何とか耐えようとすれば、下から何かが近づいてくるのに、キソラは気づく。
そして、次の瞬間、キソラと下から近づいてきた何かがぶつかり、生じた爆煙で何も見えなくなる。
もし、爆煙が生じる直前に何があったのかを問われれば、答えられるのは数人といった所なのだろう。
「何のつもりだ。ニール」
「ん? 俺は別に、アルが珍しく長引いていたみたいだから、手を出したまでだけど?」
黒雷の魔法が目に入り、魔法付与をした剣を寸前で止めて消失させたアルヴィスに問われ、その視線の先に居た青年ことニール・ライオットはそう返す。
「それとも、相手が女の子だから手加減してたの? それこそアルらしくないじゃん」
それを聞きながら、アルヴィスは否定も肯定もすることなく、ニールによる“黒雷五連装”を受けたキソラが居るであろう場所を見ていた。
「っつ……」
「ったく、無茶すんじゃねーよ」
だが、別の方向から、そんな会話が聞こえてくる。
声の主は、若干のダメージを受けた様子のキソラと、彼女を支えるかのように隣に居た、同じようにダメージを受けたらしい茶髪の青年だった。
「すみません、リックスさん。大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「なら、いいんですが……でも、いつの間に来たんですか?」
「国内にならもう居たんだが、お前たちやオーキンスたちに会おうと思って、ギルド目指してる途中だったんだよ」
そうしたら、キソラの姿が見えた上に、危なさそうだったから助けたのだと、茶髪の青年ことリックスが説明すれば、二人はアルヴィスたちへと目を向ける。
「嘘だろ!? あれをほとんど無傷で躱したっていうのか!?」
驚愕の表情を見せるニールを余所に、アルヴィスの表情は険しくなっていた。
(この場に空間魔導師が二人だと……!?)
他の面々にも目を向けてみれば、レイも険しい表情をしていた。
キソラがリックスに足場を展開している可能性もあるのだが、先程彼女と戦ったアルヴィスとしては、リックスもまた空間魔導師であり、自身で足場を展開しているのではないのか、と思案する。
しかも、よく見ると空間魔導師であることを示す藤色の服飾品を、リックスは身に着けている。
つまり、それが示すのは――『彼女を助けたのは、彼女と同じ空間魔導師』。
「キソラ。分かっているとは思うが、後で四聖たちに謝っとけよ」
「分かってます」
師団長二人から目を離さずに、二人がそう話していれば、「なあ」とニールが話し掛ける。
「二人とも、どうやってアレから抜けた?」
「ん? 変なことを聞いてくるな。わざわざ避けられるように逃げ道作っておきながら、それを聞くのか」
ニールがぴくりと反応する。
いきなりとはいえ、上下左右、後方からによる黒雷の攻撃魔法――“黒雷五連装”。
『上下左右』『後方』という位置指定のおかげで、各魔法陣の隙間であり、合間をキソラから見て、斜めに位置する場所から出入りするタイミングさえ間違えなければ、ほぼノーダメージで済むはずだと、リックスは魔法陣のある位置からそう判断した。
そして、自身の能力も併用すれば――……と。
「あれは、作戦だったのか、単なるミスだったのかは知らないがな」
それを聞き、ニールは舌打ちしたくなった。
大森林でのノームとの約束さえなければ、ニールだって本気でキソラに攻撃していたのだが、四聖精霊の纏め役が空間魔導師であることを聞いている以上、迂闊に手出ししてノームたちの怒りを買いたくない。
「にしてもだ。お前は対人戦に好まれているのか? 見る度にモンスターたちと戦うよりも、人と戦うことの方が多い気がするんだが」
「止めてくださいよ、その言い方。それに、私は対人戦が苦手なんですから」
確かに、キソラは対人戦が苦手だが、完全に苦手というわけではないし、それを『弱い』だの『甘い』だのと責めたり、言ってくるような奴には、好きなだけ言わせておけばいい。
だって、仲間を守りたいという気持ちだけは、人一倍なのだから。
「それにしても、黒い雷……? っ、さっきから思ってたけど、まさか、貴方の隣に居るのが『黒雷』?」
先程少しとはいえ黒雷を浴びたせいか、ぱちり、と放電する左手に首を傾げながらも、キソラが目を見開きながら、もしかして、とアルヴィスの隣にいながらもリックスと会話していたニールに目を向ける。
「へぇ、空間魔導師に知ってもらえていたとは光栄だね」
ニールの言葉に、キソラとリックスは警戒レベルを少しずつ引き上げながらも、睨みつける。
「なぁ、『黒雷』って……」
「ったく、厄介な奴まで出てきたな」
時計塔の屋上から見ていたアキトたちも、姿は知らなくとも、『黒雷』という二つ名なら聞いたことはあったため、今の状況にひやりとしながらも見ていた。
(さて、どうするよ。キソラ)
アキトは剣の柄を持つ手へ、無意識に力を込めた。
「……これは確認ですが、貴方のような人が、こんな所に何のご用ですか」
軽く深呼吸して息を整えると、キソラは尋ねる。
「何のご用って、それは、君にも言えることじゃないのかな? 空間魔導師は国家間の問題に不干渉のはず。なのに、今こうしてここにいる。それはどうして?」
「確かに、その通りなんだけど、私の――空間魔導師の平和が脅かさせるのは、見てられませんから」
質問を質問で返してきたニールに、キソラはそう返す。
「それに、不干渉し過ぎて、死にたくないし」
そして、見殺しにもしたくない。
「でも、俺が見た限り、アル相手に手こずっている上に、長引いていたみたいだけど?」
アルヴィスたちはキソラに目を向ける。
確かに、長引いているし、ほとんど持久戦となっている。
「そうですね」
あっさりと認めたキソラは、けど、と続ける。
「貴方は私に攻撃をした。やられた分はやり返したいところですが、それはあの子たちに回します」
それを聞き、帝国騎士の何人かは安堵の息を吐き、ニールはどこか納得できなさそうにし、アルヴィスは目を細める。
「あの子たちがどんな子たちなのかは気になるけど……頭はそれなりに回るみたいだね」
くっくっ、とニールは笑う。
「だが、どうするつもりだ? お前ら、このままだと下手をすれば負ける上に死ぬぞ?」
仮にも相手は空間魔導師なんだから、とリックスがニールたちに尋ねる。
「その前に決着を付ければいいだけだし、第一、それはそちらのお嬢さんにも言えることでしょ」
ニールの言葉に、リックスが横目でキソラを確認するが、特に先程と変わった点はない。
「それは否定しないけど、私たちは勝負に負けはしても、死ぬことも死ぬつもりも無いし、もし、そのつもりなら、最初から貴方たち帝国軍の相手はしてないから」
もし、キソラがそれでも対峙するとしたら、それは空間魔導師としてではなく、迷宮管理者としてであり、その力を容赦なく使うことになるだろう。
「それに、私の隣にいる人はともかく、貴方たちに私は殺せない」
冷静な漆黒の目が、アルヴィスとニール――というか、主にアルヴィスだが――を捉える。
「で、だ。お前はどっちの相手をするつもりだ?」
「左。さっき邪魔されたから、その続きをしないと」
「了解。それじゃ、俺は右の奴か」
アルヴィスに目を向けていたキソラが返せば、リックスは了解の意を示す。
「邪魔が入ったから仕切り直し。それでいいよね?」
「……ああ」
愛機を双剣に変えながら確認してきたキソラに、「邪魔って、俺のことか!?」と言いたげなニールを無視し、アルヴィスは頷く。
「ま、そういうことだから、あの二人の邪魔をさせるつもりはないんで」
「何か余裕みたいな顔してるけどさ。上空はこっちの得意とするフィールドなんだけど?」
一方で、剣を構え、邪魔させる気はないと告げるリックスに、ニールは手のひらの上で黒雷を小さく放電させながら、そう返す。
次にリックスがキソラを一瞥すれば、それに気づいた彼女は小さく頷き、間を空ける。
「さて、先に潰れるのは、どちらかな?」
☆★☆
はっきり言って、ニールが来たことにより、戦場となっていた学院上空では、剣や魔法、化学兵器などが激突し、恰も前線のようになっていた。
「っ、」
アルヴィスからの攻撃を空中機動で避けるのだが、一部は身体に当たってしまう。
それを視界の端に捉えた、リックスはニールの攻撃を避けては返していく。
(マズいな)
魔力消費が激しい上に、自分よりもずっと戦い続けているキソラには疲労が溜まっているはずだ。
「余所見してる場合か?」
「しまっ――」
ニールに言われ、慌てて避けるのだが、周囲を確認してなかったことに気づき、リックスは慌てて振り返る。
「うっそぉ……」
バチバチと音を立てながら、学院に背を向け、無言で防壁を展開していたキソラに、リックスは顔を引きつらせ、ニールはそう洩らす。
「さすがに、味方でも学院に傷を付けるのは許しませんからね?」
「あ、はい。すまなかった」
何の感情も宿してない漆黒の目を向けられ、思わずリックスは変な謝り方をしてしまう。
(って、あれ?)
俺は何で謝ってるんだ? とリックスは首を傾げる。
でも、とも思う。
(やっぱり、似てるところは似てるんだよな)
兄であるノークとも、母親であるノゾミとも、血縁者であるからなのか、一度でもこうと決めたときの表情はそっくりだ。
一方で、黒雷の放電が収まってきたのを見て、防壁を消すと、キソラは術者であろうニールへ目を向けるのだが、横から放たれた魔法を双剣から槍や鎌に変化させて相殺すると、アルヴィスと対峙する。
「大変だな、空間魔導師」
「貴方たちが帰ってくれることが、一番楽なんですけどね」
剣や槍を振るう天空騎士団の騎士たちとアルヴィスとニール、レイの率いる帝国の騎士や魔導師たちを、キソラは一瞥する。
「帰ってほしければ、あいつを寄越せ!」
「断固拒否する!」
そして、愛機を大剣に変え、いくつかの魔法を付与すれば――
「“エレメンタル・ブラスト”!」
「チッ」
そのまま大剣を振り下ろすのと同時に魔法を放つのだが、それを見たアルヴィスは舌打ちしながらも竜を駆ることで回避する。
「おい」
リックスが声を掛けてくる。
「何ですか?」
「俺が来てからそれなりに経つが、何か四聖精霊たちが戻ってくるの、遅くないか?」
「相手が師団長で手こずってるんじゃないんですか? いくら彼らでも、相性というものがありますから」
キソラはそう言うが、いくら強いと言われている四聖精霊でも、相性だけは引っくり返すことだけは不可能だし、相性が不利な相手と当たった場合、時間が掛かっても仕方がない。
(無事、だよね? みんな……)
キソラが命じたのは、『無理をせずに無事に帰ってくること』なのだが、不安からなのか無意識にペンダントを握り締める。
「それに、各ギルドの皆さんも一緒ですから」
一度、気持ちを切り替えたのか、キソラの髪色は、金と銀が混ざったような色へと変わる。
「陽が傾いてきてるんです。その前に決着をつけます!」
そのまま、キソラは苦戦しているらしい天空騎士団を助けるために、帝国騎士のみに狙いを定めると、風魔法で吹き飛ばす。
『ちょっ、助けてもらったのはありがたいんですが、無茶だけはしないでくださいよ』
天空騎士団員にそう言われるのだが、キソラは大丈夫、と返し、別方向に飛んでいくと、次々に吹き飛ばす。
「いいのか、アル。あのままで」
「……」
ニールの確認に、アルヴィスは無言で竜をキソラへと向け、突っ込ませるのだが、それに気づいたキソラが避ける。
「無視とはいい度胸だな」
「外界に出た守護者の管理も迷宮管理者の仕事ですから。第一、私より年上のくせに、少し無視されたぐらいで絡まれても困るんですが」
周囲にも相手はいるのだから、そちらを相手にすればいいのに、とキソラは思う。
そして、そのままアキトたちの方を一瞥すれば、アザーが帝国騎士たちを薙ぎ払ったところであり、キソラの視線に気づいたらしいジャスパーは気まずそうに目を逸らす。
「ったく」
息を吐けば、アルヴィスの剣にレイの魔法、ニールの魔法を全て受け止め、防ぐ。
「相変わらず、恐ろしいぐらいの危険察知能力だな」
「そうは言いますが、今の状態だと、全能力が飛躍すること、忘れてません?」
リックスが肩を竦めながら言えば、キソラが呆れた目をしながら、そう返す。
「そういや、そうだったな」
金髪か銀髪(またはその両方)に碧眼のキソラは身体能力や戦闘能力が向上する。
そのことを思い出したのか、納得したように頷くリックスに、面倒くさいと言いたげに、キソラはレイとニールの魔法を術者である二人へと跳ね返す。
「容赦ねぇ」
「キャラじゃない上に、真面目に対応して、さっさと他の所を見てきてください」
けらけらと笑うリックスに、キソラはばっさりと言い捨てる。
「でもま。お前を生かさないと、他がうるさいから頑張るさ」
「それは――」
リックスの言葉に返そうとしたキソラだが、ノイズとともに何かの画が彼女の目へと飛び込んでくる。
『……ぁ……』
『は……に……』
『………………さまぁ!』
傷ついた幼い少女と、瓦礫の下敷きになった母親らしき女性が見えたかと思えば、次に傷ついた仲間たちが見える。
「……まさ、か……」
振り返り、街を見下ろせば、赤い炎や黒煙が立ち込めていた。
「……な、んで」
「どうした?」
さっきまでこんなこと無かったのに、と顔を青くするキソラに、リックスは尋ねるが返事はなく、彼女と同じ方向へと視線を向ける。
「何だ、これ……」
「さっきまで、こんなこと無かったのに……」
さすがに、アルヴィスたちも、この状況はおかしいと判断したらしい。
「なぁ、アル。確か、あの辺りって……」
エドワードとアレクロードたちがいたはずだ、とニールがアルヴィスに目を向けて言う。
そんな中、聞き覚えのある声がキソラに届く。
『……っ、こんな所で』
『戻るって、約束したのに、な』
それを聞いた瞬間、ほとんど反射的と言ってもいいのだろう。
先程までの素早さなど比ではないくらいの素早さで、キソラは飛び出していく。
「絶対に死なせるかぁぁぁぁっ!!」
そう叫びながら、治癒優先の結界を学院周辺にいたシルフィードと生徒会メンバーへと展開するのだが、着地のことを忘れていたために、地面がある程度見えた瞬間、「あ、やっちゃった」とキソラは思った。
とりあえず、衝撃を和らげるために魔法を使おうとすれば、暖かい何かに抱き締められる。
『相変わらず、無茶しすぎ。間に合わなかったら、どうするつもりだったんだよ』
間に合ったから良かったものを、と安堵の息を吐く声の主に、キソラは苦笑いする。
「うん、本当だよね。でも、こうして間に合ってくれたじゃん」
そっと地面に下ろされれば、ずっと空中にいた影響か、一瞬ふらつくも、すぐに支えられる。
「ねぇ、イフリート」
キソラにそう名前を呼ばれ、全身ぼろぼろで傷だらけの赤い青年――イフリートは、照れくさそうに顔を逸らすのだった。
「キソラ!」
『主!』
キソラの悲鳴が空中に響き渡り、時計塔の屋上にいたアキトとアザーが叫ぶ。
「――っ、」
何とか耐えようとすれば、下から何かが近づいてくるのに、キソラは気づく。
そして、次の瞬間、キソラと下から近づいてきた何かがぶつかり、生じた爆煙で何も見えなくなる。
もし、爆煙が生じる直前に何があったのかを問われれば、答えられるのは数人といった所なのだろう。
「何のつもりだ。ニール」
「ん? 俺は別に、アルが珍しく長引いていたみたいだから、手を出したまでだけど?」
黒雷の魔法が目に入り、魔法付与をした剣を寸前で止めて消失させたアルヴィスに問われ、その視線の先に居た青年ことニール・ライオットはそう返す。
「それとも、相手が女の子だから手加減してたの? それこそアルらしくないじゃん」
それを聞きながら、アルヴィスは否定も肯定もすることなく、ニールによる“黒雷五連装”を受けたキソラが居るであろう場所を見ていた。
「っつ……」
「ったく、無茶すんじゃねーよ」
だが、別の方向から、そんな会話が聞こえてくる。
声の主は、若干のダメージを受けた様子のキソラと、彼女を支えるかのように隣に居た、同じようにダメージを受けたらしい茶髪の青年だった。
「すみません、リックスさん。大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「なら、いいんですが……でも、いつの間に来たんですか?」
「国内にならもう居たんだが、お前たちやオーキンスたちに会おうと思って、ギルド目指してる途中だったんだよ」
そうしたら、キソラの姿が見えた上に、危なさそうだったから助けたのだと、茶髪の青年ことリックスが説明すれば、二人はアルヴィスたちへと目を向ける。
「嘘だろ!? あれをほとんど無傷で躱したっていうのか!?」
驚愕の表情を見せるニールを余所に、アルヴィスの表情は険しくなっていた。
(この場に空間魔導師が二人だと……!?)
他の面々にも目を向けてみれば、レイも険しい表情をしていた。
キソラがリックスに足場を展開している可能性もあるのだが、先程彼女と戦ったアルヴィスとしては、リックスもまた空間魔導師であり、自身で足場を展開しているのではないのか、と思案する。
しかも、よく見ると空間魔導師であることを示す藤色の服飾品を、リックスは身に着けている。
つまり、それが示すのは――『彼女を助けたのは、彼女と同じ空間魔導師』。
「キソラ。分かっているとは思うが、後で四聖たちに謝っとけよ」
「分かってます」
師団長二人から目を離さずに、二人がそう話していれば、「なあ」とニールが話し掛ける。
「二人とも、どうやってアレから抜けた?」
「ん? 変なことを聞いてくるな。わざわざ避けられるように逃げ道作っておきながら、それを聞くのか」
ニールがぴくりと反応する。
いきなりとはいえ、上下左右、後方からによる黒雷の攻撃魔法――“黒雷五連装”。
『上下左右』『後方』という位置指定のおかげで、各魔法陣の隙間であり、合間をキソラから見て、斜めに位置する場所から出入りするタイミングさえ間違えなければ、ほぼノーダメージで済むはずだと、リックスは魔法陣のある位置からそう判断した。
そして、自身の能力も併用すれば――……と。
「あれは、作戦だったのか、単なるミスだったのかは知らないがな」
それを聞き、ニールは舌打ちしたくなった。
大森林でのノームとの約束さえなければ、ニールだって本気でキソラに攻撃していたのだが、四聖精霊の纏め役が空間魔導師であることを聞いている以上、迂闊に手出ししてノームたちの怒りを買いたくない。
「にしてもだ。お前は対人戦に好まれているのか? 見る度にモンスターたちと戦うよりも、人と戦うことの方が多い気がするんだが」
「止めてくださいよ、その言い方。それに、私は対人戦が苦手なんですから」
確かに、キソラは対人戦が苦手だが、完全に苦手というわけではないし、それを『弱い』だの『甘い』だのと責めたり、言ってくるような奴には、好きなだけ言わせておけばいい。
だって、仲間を守りたいという気持ちだけは、人一倍なのだから。
「それにしても、黒い雷……? っ、さっきから思ってたけど、まさか、貴方の隣に居るのが『黒雷』?」
先程少しとはいえ黒雷を浴びたせいか、ぱちり、と放電する左手に首を傾げながらも、キソラが目を見開きながら、もしかして、とアルヴィスの隣にいながらもリックスと会話していたニールに目を向ける。
「へぇ、空間魔導師に知ってもらえていたとは光栄だね」
ニールの言葉に、キソラとリックスは警戒レベルを少しずつ引き上げながらも、睨みつける。
「なぁ、『黒雷』って……」
「ったく、厄介な奴まで出てきたな」
時計塔の屋上から見ていたアキトたちも、姿は知らなくとも、『黒雷』という二つ名なら聞いたことはあったため、今の状況にひやりとしながらも見ていた。
(さて、どうするよ。キソラ)
アキトは剣の柄を持つ手へ、無意識に力を込めた。
「……これは確認ですが、貴方のような人が、こんな所に何のご用ですか」
軽く深呼吸して息を整えると、キソラは尋ねる。
「何のご用って、それは、君にも言えることじゃないのかな? 空間魔導師は国家間の問題に不干渉のはず。なのに、今こうしてここにいる。それはどうして?」
「確かに、その通りなんだけど、私の――空間魔導師の平和が脅かさせるのは、見てられませんから」
質問を質問で返してきたニールに、キソラはそう返す。
「それに、不干渉し過ぎて、死にたくないし」
そして、見殺しにもしたくない。
「でも、俺が見た限り、アル相手に手こずっている上に、長引いていたみたいだけど?」
アルヴィスたちはキソラに目を向ける。
確かに、長引いているし、ほとんど持久戦となっている。
「そうですね」
あっさりと認めたキソラは、けど、と続ける。
「貴方は私に攻撃をした。やられた分はやり返したいところですが、それはあの子たちに回します」
それを聞き、帝国騎士の何人かは安堵の息を吐き、ニールはどこか納得できなさそうにし、アルヴィスは目を細める。
「あの子たちがどんな子たちなのかは気になるけど……頭はそれなりに回るみたいだね」
くっくっ、とニールは笑う。
「だが、どうするつもりだ? お前ら、このままだと下手をすれば負ける上に死ぬぞ?」
仮にも相手は空間魔導師なんだから、とリックスがニールたちに尋ねる。
「その前に決着を付ければいいだけだし、第一、それはそちらのお嬢さんにも言えることでしょ」
ニールの言葉に、リックスが横目でキソラを確認するが、特に先程と変わった点はない。
「それは否定しないけど、私たちは勝負に負けはしても、死ぬことも死ぬつもりも無いし、もし、そのつもりなら、最初から貴方たち帝国軍の相手はしてないから」
もし、キソラがそれでも対峙するとしたら、それは空間魔導師としてではなく、迷宮管理者としてであり、その力を容赦なく使うことになるだろう。
「それに、私の隣にいる人はともかく、貴方たちに私は殺せない」
冷静な漆黒の目が、アルヴィスとニール――というか、主にアルヴィスだが――を捉える。
「で、だ。お前はどっちの相手をするつもりだ?」
「左。さっき邪魔されたから、その続きをしないと」
「了解。それじゃ、俺は右の奴か」
アルヴィスに目を向けていたキソラが返せば、リックスは了解の意を示す。
「邪魔が入ったから仕切り直し。それでいいよね?」
「……ああ」
愛機を双剣に変えながら確認してきたキソラに、「邪魔って、俺のことか!?」と言いたげなニールを無視し、アルヴィスは頷く。
「ま、そういうことだから、あの二人の邪魔をさせるつもりはないんで」
「何か余裕みたいな顔してるけどさ。上空はこっちの得意とするフィールドなんだけど?」
一方で、剣を構え、邪魔させる気はないと告げるリックスに、ニールは手のひらの上で黒雷を小さく放電させながら、そう返す。
次にリックスがキソラを一瞥すれば、それに気づいた彼女は小さく頷き、間を空ける。
「さて、先に潰れるのは、どちらかな?」
☆★☆
はっきり言って、ニールが来たことにより、戦場となっていた学院上空では、剣や魔法、化学兵器などが激突し、恰も前線のようになっていた。
「っ、」
アルヴィスからの攻撃を空中機動で避けるのだが、一部は身体に当たってしまう。
それを視界の端に捉えた、リックスはニールの攻撃を避けては返していく。
(マズいな)
魔力消費が激しい上に、自分よりもずっと戦い続けているキソラには疲労が溜まっているはずだ。
「余所見してる場合か?」
「しまっ――」
ニールに言われ、慌てて避けるのだが、周囲を確認してなかったことに気づき、リックスは慌てて振り返る。
「うっそぉ……」
バチバチと音を立てながら、学院に背を向け、無言で防壁を展開していたキソラに、リックスは顔を引きつらせ、ニールはそう洩らす。
「さすがに、味方でも学院に傷を付けるのは許しませんからね?」
「あ、はい。すまなかった」
何の感情も宿してない漆黒の目を向けられ、思わずリックスは変な謝り方をしてしまう。
(って、あれ?)
俺は何で謝ってるんだ? とリックスは首を傾げる。
でも、とも思う。
(やっぱり、似てるところは似てるんだよな)
兄であるノークとも、母親であるノゾミとも、血縁者であるからなのか、一度でもこうと決めたときの表情はそっくりだ。
一方で、黒雷の放電が収まってきたのを見て、防壁を消すと、キソラは術者であろうニールへ目を向けるのだが、横から放たれた魔法を双剣から槍や鎌に変化させて相殺すると、アルヴィスと対峙する。
「大変だな、空間魔導師」
「貴方たちが帰ってくれることが、一番楽なんですけどね」
剣や槍を振るう天空騎士団の騎士たちとアルヴィスとニール、レイの率いる帝国の騎士や魔導師たちを、キソラは一瞥する。
「帰ってほしければ、あいつを寄越せ!」
「断固拒否する!」
そして、愛機を大剣に変え、いくつかの魔法を付与すれば――
「“エレメンタル・ブラスト”!」
「チッ」
そのまま大剣を振り下ろすのと同時に魔法を放つのだが、それを見たアルヴィスは舌打ちしながらも竜を駆ることで回避する。
「おい」
リックスが声を掛けてくる。
「何ですか?」
「俺が来てからそれなりに経つが、何か四聖精霊たちが戻ってくるの、遅くないか?」
「相手が師団長で手こずってるんじゃないんですか? いくら彼らでも、相性というものがありますから」
キソラはそう言うが、いくら強いと言われている四聖精霊でも、相性だけは引っくり返すことだけは不可能だし、相性が不利な相手と当たった場合、時間が掛かっても仕方がない。
(無事、だよね? みんな……)
キソラが命じたのは、『無理をせずに無事に帰ってくること』なのだが、不安からなのか無意識にペンダントを握り締める。
「それに、各ギルドの皆さんも一緒ですから」
一度、気持ちを切り替えたのか、キソラの髪色は、金と銀が混ざったような色へと変わる。
「陽が傾いてきてるんです。その前に決着をつけます!」
そのまま、キソラは苦戦しているらしい天空騎士団を助けるために、帝国騎士のみに狙いを定めると、風魔法で吹き飛ばす。
『ちょっ、助けてもらったのはありがたいんですが、無茶だけはしないでくださいよ』
天空騎士団員にそう言われるのだが、キソラは大丈夫、と返し、別方向に飛んでいくと、次々に吹き飛ばす。
「いいのか、アル。あのままで」
「……」
ニールの確認に、アルヴィスは無言で竜をキソラへと向け、突っ込ませるのだが、それに気づいたキソラが避ける。
「無視とはいい度胸だな」
「外界に出た守護者の管理も迷宮管理者の仕事ですから。第一、私より年上のくせに、少し無視されたぐらいで絡まれても困るんですが」
周囲にも相手はいるのだから、そちらを相手にすればいいのに、とキソラは思う。
そして、そのままアキトたちの方を一瞥すれば、アザーが帝国騎士たちを薙ぎ払ったところであり、キソラの視線に気づいたらしいジャスパーは気まずそうに目を逸らす。
「ったく」
息を吐けば、アルヴィスの剣にレイの魔法、ニールの魔法を全て受け止め、防ぐ。
「相変わらず、恐ろしいぐらいの危険察知能力だな」
「そうは言いますが、今の状態だと、全能力が飛躍すること、忘れてません?」
リックスが肩を竦めながら言えば、キソラが呆れた目をしながら、そう返す。
「そういや、そうだったな」
金髪か銀髪(またはその両方)に碧眼のキソラは身体能力や戦闘能力が向上する。
そのことを思い出したのか、納得したように頷くリックスに、面倒くさいと言いたげに、キソラはレイとニールの魔法を術者である二人へと跳ね返す。
「容赦ねぇ」
「キャラじゃない上に、真面目に対応して、さっさと他の所を見てきてください」
けらけらと笑うリックスに、キソラはばっさりと言い捨てる。
「でもま。お前を生かさないと、他がうるさいから頑張るさ」
「それは――」
リックスの言葉に返そうとしたキソラだが、ノイズとともに何かの画が彼女の目へと飛び込んでくる。
『……ぁ……』
『は……に……』
『………………さまぁ!』
傷ついた幼い少女と、瓦礫の下敷きになった母親らしき女性が見えたかと思えば、次に傷ついた仲間たちが見える。
「……まさ、か……」
振り返り、街を見下ろせば、赤い炎や黒煙が立ち込めていた。
「……な、んで」
「どうした?」
さっきまでこんなこと無かったのに、と顔を青くするキソラに、リックスは尋ねるが返事はなく、彼女と同じ方向へと視線を向ける。
「何だ、これ……」
「さっきまで、こんなこと無かったのに……」
さすがに、アルヴィスたちも、この状況はおかしいと判断したらしい。
「なぁ、アル。確か、あの辺りって……」
エドワードとアレクロードたちがいたはずだ、とニールがアルヴィスに目を向けて言う。
そんな中、聞き覚えのある声がキソラに届く。
『……っ、こんな所で』
『戻るって、約束したのに、な』
それを聞いた瞬間、ほとんど反射的と言ってもいいのだろう。
先程までの素早さなど比ではないくらいの素早さで、キソラは飛び出していく。
「絶対に死なせるかぁぁぁぁっ!!」
そう叫びながら、治癒優先の結界を学院周辺にいたシルフィードと生徒会メンバーへと展開するのだが、着地のことを忘れていたために、地面がある程度見えた瞬間、「あ、やっちゃった」とキソラは思った。
とりあえず、衝撃を和らげるために魔法を使おうとすれば、暖かい何かに抱き締められる。
『相変わらず、無茶しすぎ。間に合わなかったら、どうするつもりだったんだよ』
間に合ったから良かったものを、と安堵の息を吐く声の主に、キソラは苦笑いする。
「うん、本当だよね。でも、こうして間に合ってくれたじゃん」
そっと地面に下ろされれば、ずっと空中にいた影響か、一瞬ふらつくも、すぐに支えられる。
「ねぇ、イフリート」
キソラにそう名前を呼ばれ、全身ぼろぼろで傷だらけの赤い青年――イフリートは、照れくさそうに顔を逸らすのだった。
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