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第二章、戦争

第五十話:国内・学院攻防戦Ⅰ(鬨(とき)の声、戦いの始まりを告げる風)

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 学院には、目印として、巨大な時計塔がある。
 以前も言ったが、その時計塔へ行くにはそれなりの条件が必要となり、内部に入るには時計塔の整備担当以外では学院長の許可が必要となる(もちろん、時計塔屋上も含む)。

   ☆★☆   

「学院長!」

 勢いよく学院長室の扉が開かれる。

「どうした」
学院こちらに向かってくるものがあります。敵かもしれません。どういたしますか?」

 知らせを聞き、学院長は窓から外を見ると、

「敵――帝国軍、か」

 小さくそう呟いた。
 はっきり言って、あまり歓迎したくはない存在である。

「学院長!」
「今度は何だ」

 再び呼ばれた学院長は、顔を不機嫌そうに歪め、声の方へと向ける。

「学院長、時計塔へ行くための許可をください!」
「君か……」

 学院長は相手の顔を見て、納得すると溜め息を吐いた。

「せめて、ノックか挨拶ぐらいはしなさい」
「分かってましたけど、そんなこと言ってる場合じゃありません! 下手をすればこの辺も戦場になりかねません。早く許可を――」

 焦るような相手の言葉に、学院長は宥めるように告げる。

「分かっている。だが、少し落ち着け。キソラ・エターナル。君が落ち着かなければ意味がないだろ」
「っ、すみません……」

 学院長室に入ってきた声の主はキソラだった。
 焦ってどうにかなるわけがないことぐらい、キソラも理解している。
 だが、今こうして話している間にも、帝国の騎士や魔導師たちによる進撃が進んでいると思うと、国内の守護を任された身としては、気になって仕方がないのだ。
 それでも、話をするためには一度冷静になる必要があり、キソラはやや強引に頭を切り替える。

「それで、状況はどうなっている」
「国全体の結界が破壊されて、帝国側が国内に入ったところまでは感知してます。その後は、攻撃をするためなのか各地に散らばったみたいです」
「あいつは、こういうことが起きた場合、何て言っていた?」
「ギルド長は各地にいるギルド長やギルドマスターたちとともに、迎撃することになっています」

 キソラの説明に、ふむ、と学院長は思案する。

「君はどうする?」
「陛下たちからは、空間魔導師として対応しろ、と言われています」

 それを聞き、学院長は眉間に皺を作り、どこか難しそうな表情になる。

「君の正体が知られる可能性もあるが?」
「大丈夫です。仮に知られたとしても、対応とか今までと変えるつもりはありませんから」

 そもそも、キソラが空間魔導師だと知っていながら、離れていかなかった面々も実際にいるのだ。
 そんな中、様子を見ていた教師の一人が口を開く。

「あ、あの、学院長? 一体、先程から何を言っているんですか?」
「うん? 君は知らなかったのか? 今ここにいるこの子は空間魔導師だぞ?」

 あっさりと話す学院長に、え、と固まる何名かを見て、どうやら、今この部屋にいる教師の中にも知らない者がいたらしい、とキソラは気づく。
 キソラが迷宮管理者であることよりも、空間魔導師であることを知っているのはごく一部の人間のため、今回のように、キソラが何者なのかを知らない者がいても仕方ないのだ。

「し、知るも知らないも、世界最強とされている空間魔導師に教えることなど、ほとんど無いでしょう!?」
「そ、それに、今学院長が言ったことが事実であれば……」

 戸惑いが大半であろうその場の大人たちの目がキソラへと向くが、当のキソラは首を傾げるだけだった。

「動揺するのは分かる。だが、事実だ」
「……」

 さて、そろそろ軌道修正するべきか、と思いつつ、ずっと傍観に徹していたキソラに学院長は目を向ける。

「それで、時計塔への許可、だったか」
「はい。あと、王都の方は大丈夫だと思いますが、そろそろ学院の結界も強化しないと間に合わなくなると思います。帝国の騎士団と魔導師団の一部が飛竜とともに、こちらに向かってきているようですし」
「なっ……!」

 キソラの言葉に、その場の面々は驚いた顔をする。
 教師たちが話している間も、キソラは一人、帝国軍の現在地を探っていたのだが、そのうちの一組が学院に向かってきていることを感知したのだ。

「帝国軍と飛竜は私が食い止めて時間を稼ぎますから、街の人たちの避難を優先してください」
「……」
「迷っている暇なんてありません。時計塔への許可をください、学院長!」
「……本当なら、君をあまり向かわせたくはないんだが」
「言ってる場合ですか! 学院や国、王都の結界を今、誰が、張ってると思ってるんですか!」

 学院長の渋るような、はっきりしない言葉に、キソラが叫ぶ。
 帝国軍の気配がどんどんと近づいてくるため、キソラは内心焦っていた。

「学院長!」
「……っ、分かった。許可する」

 ただし、くれぐれも無茶をするな、と付け加えた学院長にはい、とキソラは返事をすると急いで学院長室を出て行った。

   ☆★☆   

 そのまま時計塔屋上を目指して歩きながら、キソラは何もない空間――亜空間から少ないながらも装飾が施された藤色のローブを取り出す。

「キソラ」
「アキト? どうしたの」

 背後から聞こえてきた声に、キソラは振り向いてその名を口にしながら、首を傾げる。

「出るつもりか?」
「うーん、どうだろ? あくまで今からやるのは学院に避難してきた人たちを守る行為だけど、仮にも戦争中だからね。もしもの場合は『空間魔導師』として出るつもり」

 口ではそういうキソラだが、実際の所は半分嘘で半分本当のことだ。
 それを聞き、アキトは小さくそうか、と呟く。

「一緒に行く?」
「……はぁ、お前が前に出たら、誰かがサポートする必要があるだろうが」

 付いてくるのを止めるどころか、さそうかのようなキソラの問いに、溜め息混じりにアキトがそう返せば、それを聞いた彼女はふふ、と微笑む。

「頼りにしてる」

 そう告げられ、肩を竦めたアキトは、前を行くキソラについていくのだった。

   ☆★☆   

 時計塔・屋上。
 こつこつと鳴るはずの靴音も、吹き荒れる風により掻き消される。

「シルフィード」

 その名を呼べば、薄緑の髪を持つ少女が姿を現す。

「イフリート」

 その名を呼べば、赤い髪を持つ青年が姿を現す。

「ノーム」

 その名を呼べば、茶髪に白髪交じりの老人が姿を現す。

「ウンディーネ」

 その名を呼べば、青い髪を持つ女性が姿を現す。

『我らが主。今回は四聖の喚び出し、どのような要件か』

 キソラが順にその名を呼び、四人が出揃ったところで、ノームが代表して尋ねる。

「うん、話は知ってると思うけど、事態が事態だからね。前にも言ったけど、ノームが大森林方面、ウンディーネが妖精ギルド方面、イフリートが魔族ギルド方面、シルフィードが精霊ギルド方面という場所についても問題ないと思うから」

 そして、キソラは口にする。

「今この国では戦争が起きようと……ううん、起きている。前線となるであろう国境付近には兄さんたちがいるから、向こうは問題ないと思う」

 問題はないのだが、あるとすればこちら側・・・・である。

「相手が挟み撃ち狙いで、こちらに来ないとも限らない」

 ここからは、各ギルド長たちに話したことと同じである。
 人間、獣人、妖精、エルフ、精霊、ドワーフ、魔王が指揮を執る各ギルドに所属する冒険者や魔導師だけでは火力や防御力、魔力だって、いつかは切れる。
 そこで、思いついたのがキソラ・エターナルという少女の能力。多くの迷宮を管理する迷宮管理者であり、空間魔導師である彼女による各地域への四聖精霊による援護射撃である。
 魔力が常人よりやや多めのキソラと能力が全体的に高い四聖精霊。
 彼女たちが前線ではなく、サポートに回るからこその作戦であり、前線に立つのは――ノークたち騎士を除けば――各ギルドが率いる冒険者や魔導師たちだ。

「私たちが行うのは、この国の守護」
『ですが、貴女に国を守る必要は無いのでは?』

 確かにその通りである。
 各ギルド長にも言われたことだ。

「空間魔導師が優先するのは、『自身の平穏な生活』。それが崩されるとなれば、戦争だって止めに行くよ」

 これは、空間魔導師同士の取り決めである。
 強大な力を持つ空間魔導師は一国に所属することはできないが、キソラの言った通り、空間魔導師の平穏が崩されるとなれば、それが戦争であろうと終わらせるために力を使うことも厭わない。

「私が許可する」

 命じるのはただ一つ。

「何としても、奴らをこの国内で好きに暴れさせるな。入られたのは私の責任だが、なるべく被害を最小限にし、出来れば捕縛。最悪、殺してしまっても、これは戦争だから気にしなくていい」

 それを聞き、四聖精霊たちはふっと笑みを浮かべたりしながら、キソラへとそれぞれ返す。

『りょーかい』

 一人は明るく返し、

『やっと暴れられる』

 一人は、待ってましたとばかりにニヤリと笑みを浮かべ、

『主殿も無茶はしないように頼むぞ?』

 一人は主であるキソラを気遣い、

『そのめい、承りました』

 一人は丁寧に了承の意を示す。

「ただ全員、無事でいることだけは、絶対条件だから」

 それだけは、絶対に変わらない。

『分かってますよ、我が主マスター

 代表でシルフィードがそう返した後、四聖精霊たちは自分たちの持ち場へと向かうために、次々と飛び立っていく。

「これから、だな」
「そうだね」

 四聖精霊たちとの会話に一言も口を挟まなかったアキトの言葉に、キソラは同意した。
 気配は少しずつ近づいている。

 ――両者の激突まで、あと数分。
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