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第二章、戦争
第四十六話:生徒会会長と風紀委員長
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「……」
静かな教室内で、かつかつと黒板にチョークの当たる音が響く。
そんな中で、ノートには板書を写しているとはいえ、珍しくキソラは授業に身が入っていなかった。
原因は主にノークからの通信だが、その中にあった『進軍』という言葉がキソラは気になっていた。
(戦争が近い、ってことだよね)
開戦が刻一刻と近づいているということか。
「っ、」
キーンコーンカーンコーン、と鐘の音が鳴り響く。
溜め息混じりに教科書とノートを閉じると、次の授業の用意をし、昼食を食べるため、持ってきた弁当を手に食堂に向かった。
「おぉう……」
やはりというべきか、食堂は混んでいた。
いつも昼食としている弁当を持ってきてはいるが、食堂のこの混み具合は想定外である。
何となく、何となくだが、キソラは大勢の中で食べたくなった。だからこそ、食べる場所を食堂に選んで来たのだ。
ただ、いつもの面々と食べるのを避けたのは、今の自分の心理を覚られると判断したからだ。
「……」
空いている席を見つけ、黙々と弁当を口にしていれば、食堂の入り口の方が騒がしくなる。
騒ぎ方から判断するに、生徒会会長と風紀委員長なのだろう。
(相変わらずの人気っぷりだなぁ)
そう思いながら、弁当を完食すれば、手早く後片付けをし、キソラは人混みを利用して食堂を出て行く。
ただ――
「今のは……」
多くの生徒たちに囲まれながらも、その中に混じった紺色に、フェルゼナートが目聡く気づいたのだった。
☆★☆
「……」
こつこつとキソラは一人、学院内の廊下を歩いていく。
そして、窓から空に展開してある自身の結界に目を向ける。
「……」
もし帝国軍が国内に入ってくるのだとすれば、おそらく国全体に張ってあるこの結界を破ってくるのだろう。
もちろん、結界は強化してあり、少しでも破ろうとすれば、術者であるキソラがすぐに気づく仕組みにしてある。
そして、念のためと城からの帰り際に国全体を覆っているのとは別の種類の結界を、王都を中心に張り巡らせておいたのだ。それでも、結界は結界なので、破られてしまえばそこまでなのだが。
「キソラ」
聞き慣れたとまでは行かなくとも、聞き覚えのある声が耳に届く。
キソラが振り返れば、相手は人当たりが良さそうな笑顔を向ける。
「何ですか」
「少しばかり食堂で見掛けたからね」
呼んだ理由を尋ねれば、そう返される。
「それで、追いかけてきたんですか? 昼も食べずに?」
「いや、ちゃんと食べてきたよ」
つまり、キソラが歩く速度が遅かったのか、相手の食べる量が少なく、速度もそれなりに早かったのだろう。
「それで、本当の目的は何でしょうか。フェルゼナート・アストライン生徒会長」
フェルゼナート・アストライン。
成績優秀、運動神経抜群の彼は、ミルキアフォーク学院生徒会会長に就いている。
そして、その座を利用して驕ることなく、困っている人を助けたり、必要書類は提出するなど、きちんと会長としての職務も全うしている。
人当たりの良い笑顔と放たれる雰囲気から、彼に憧れる生徒はほぼ全校生徒といってもいいほど、大半を占めているのだろう。中にはファンクラブまで存在するぐらいだ。
フルネームを口にしながら、キソラが尋ねれば、相手――フェルゼナートは苦笑した。
「その……前みたいに名前で呼んでくれないか?」
そのことに、キソラがぴくりと反応した。
そもそも彼と知り合ったのは、兄であるノークたちを通じてである。だからその時は、キソラもちゃんと名前を呼んでいたのだが――
「……フェルゼ様。これでよろしいですか?」
元々そんなに関わり合いが無かった上に、フェルゼナートが学院の有名人だったこともあり、キソラが彼と接することもなければ、名前を呼ぶこともなくなり、ノークたちが卒業したのと同時に、その距離はもっと離れた。
だから、名前は覚えていても、彼の立場と周囲への対応を考え、今までの関係も視野に入れれば、今のような呼び方になってしまうのだ。
「様はいらないんだが……まぁいいか。ようやく話せたな」
だが、フェルゼナート自身、そのことはよく分かっているので、そうは言いながらも特に責めずに苦笑に止めている。
もちろん、キソラが彼の名前を呼び捨てにした暁には、ファンクラブを主に、彼のファンである面々から何を言われるのか分からないため、いくら本人の許可があろうと、最低でも学院を卒業するまでは呼び捨てで呼ぶことなど出来ないのだ。まあ、卒業しても呼び捨てに出来るかどうかは分からないが。
「私に話すことはありませんが」
そもそも、どこで彼のファンが見ているのか分からないため、今のこの状況すら、キソラにとっては恐ろしいものなので、早く彼とは離れたかった。
「相変わらずだな、その態度……。先輩は元気か?」
だが、フェルゼナートの方も少しとはいえ関わっただけあり、キソラの性格は理解しているようで、彼女がこの場から脱出しようとしていることにも気づいていながら、スルーしていた。
「元気ですよ。今は国境沿いにいますがね」
「国境沿い……?」
怪訝そうなフェルゼナートに、キソラは溜め息を吐き、困ったような笑みを浮かべて告げる。
「兄さん、騎士ですから」
暗にそれ以上は聞くなと言えば、フェルゼナートは何も返さず、キソラはその場から去った。
時間を確認すれば、そろそろ教室に戻って、次の授業の準備を持って移動しないといけないなぁ、と判断し、足を進めていれば――……
「今度は風紀委員長ですか」
いかにも待ってましたと言わんばかりに、壁に背を付け、その場に立っていた。
「今度は……?」
怪訝そうな顔をして、キソラに向けられたその目に、彼女は肩を竦めた。
「生徒会長にも会ったので。で、用件は、まさか兄さん関係ですか?」
「ああ、そうだが……」
相変わらず、後輩兼同性からも慕われる人だなぁと、(ノークの)実妹でありながら、どこか他人事のようにキソラは思ってしまった。
「それより、名前で呼べとは言いませんよね?」
「あいつも、名前で呼べって言ったのか?」
キソラの確認に、目の前の人物は質問を質問で返してきた。
だが、キソラはぴくりと反応する。
「……“も”?」
「あ、いや、その……」
ハッとして、口元を隠す彼に、キソラは疑いの眼差しを向ける。
そもそも仲が良い二人である。示し合わせていたとしても、不思議ではない。
「……ラスティーゼ様、これでよろしいですか?」
「……」
キソラが溜め息混じりに名前を呼べば、目の前にいるラスティーゼは顔を引きつらせた。
ラスティーゼ・グランディア。
ミルキアフォーク学院風紀委員会委員長。
人当たりの良い笑顔を見せるのがフェルゼナートなら、彼の場合は無愛想だが、それでも時折見せる優しさに、声を上げる生徒は多い(主に女子生徒からだが)。
それでも、キソラからすれば、フェルゼナートのように、ストレートに名前を呼ぶように言ってくれた方がマシである。
「……まあ、呼ばれないよりはマシか」
そして、一人で納得すると、ラスティーゼはキソラに向かい合う。
「ノーク先輩は……」
「兄さんは国境沿いにいます」
キソラがそう言えば、フェルゼナートと同様、ラスティーゼも怪訝そうな顔をする。
「まさか……近いのか」
どことの国境かを言ってないにも関わらず、すぐにそう尋ねてくる辺り、ラスティーゼは状況をよく理解している。
(本当、勘が鋭いなぁ)
キソラも内心では感心したほどだ。
「……さあ、どうでしょう? でも、大丈夫ですよ。きっと」
ラスティーゼは何が近いとは言わなかったが、キソラには通じ、理解したから、そう返したのだ。
――私が、みんなを守るから。
それだけは言葉にしない。
キソラがもし言ってしまえば、それを聞いたラスティーゼは絶対に止めようとしてくるだろうし、そうすれば、今度はキソラがノークたちとの約束を果たせなくなる。
「もしもの場合、私たちは生きるために、足掻けばいいんですから」
どれだけ苦しくなったとしても、最後に勝つのは諦めなかった者だけなのだから。
――だから、きっと大丈夫。
静かな教室内で、かつかつと黒板にチョークの当たる音が響く。
そんな中で、ノートには板書を写しているとはいえ、珍しくキソラは授業に身が入っていなかった。
原因は主にノークからの通信だが、その中にあった『進軍』という言葉がキソラは気になっていた。
(戦争が近い、ってことだよね)
開戦が刻一刻と近づいているということか。
「っ、」
キーンコーンカーンコーン、と鐘の音が鳴り響く。
溜め息混じりに教科書とノートを閉じると、次の授業の用意をし、昼食を食べるため、持ってきた弁当を手に食堂に向かった。
「おぉう……」
やはりというべきか、食堂は混んでいた。
いつも昼食としている弁当を持ってきてはいるが、食堂のこの混み具合は想定外である。
何となく、何となくだが、キソラは大勢の中で食べたくなった。だからこそ、食べる場所を食堂に選んで来たのだ。
ただ、いつもの面々と食べるのを避けたのは、今の自分の心理を覚られると判断したからだ。
「……」
空いている席を見つけ、黙々と弁当を口にしていれば、食堂の入り口の方が騒がしくなる。
騒ぎ方から判断するに、生徒会会長と風紀委員長なのだろう。
(相変わらずの人気っぷりだなぁ)
そう思いながら、弁当を完食すれば、手早く後片付けをし、キソラは人混みを利用して食堂を出て行く。
ただ――
「今のは……」
多くの生徒たちに囲まれながらも、その中に混じった紺色に、フェルゼナートが目聡く気づいたのだった。
☆★☆
「……」
こつこつとキソラは一人、学院内の廊下を歩いていく。
そして、窓から空に展開してある自身の結界に目を向ける。
「……」
もし帝国軍が国内に入ってくるのだとすれば、おそらく国全体に張ってあるこの結界を破ってくるのだろう。
もちろん、結界は強化してあり、少しでも破ろうとすれば、術者であるキソラがすぐに気づく仕組みにしてある。
そして、念のためと城からの帰り際に国全体を覆っているのとは別の種類の結界を、王都を中心に張り巡らせておいたのだ。それでも、結界は結界なので、破られてしまえばそこまでなのだが。
「キソラ」
聞き慣れたとまでは行かなくとも、聞き覚えのある声が耳に届く。
キソラが振り返れば、相手は人当たりが良さそうな笑顔を向ける。
「何ですか」
「少しばかり食堂で見掛けたからね」
呼んだ理由を尋ねれば、そう返される。
「それで、追いかけてきたんですか? 昼も食べずに?」
「いや、ちゃんと食べてきたよ」
つまり、キソラが歩く速度が遅かったのか、相手の食べる量が少なく、速度もそれなりに早かったのだろう。
「それで、本当の目的は何でしょうか。フェルゼナート・アストライン生徒会長」
フェルゼナート・アストライン。
成績優秀、運動神経抜群の彼は、ミルキアフォーク学院生徒会会長に就いている。
そして、その座を利用して驕ることなく、困っている人を助けたり、必要書類は提出するなど、きちんと会長としての職務も全うしている。
人当たりの良い笑顔と放たれる雰囲気から、彼に憧れる生徒はほぼ全校生徒といってもいいほど、大半を占めているのだろう。中にはファンクラブまで存在するぐらいだ。
フルネームを口にしながら、キソラが尋ねれば、相手――フェルゼナートは苦笑した。
「その……前みたいに名前で呼んでくれないか?」
そのことに、キソラがぴくりと反応した。
そもそも彼と知り合ったのは、兄であるノークたちを通じてである。だからその時は、キソラもちゃんと名前を呼んでいたのだが――
「……フェルゼ様。これでよろしいですか?」
元々そんなに関わり合いが無かった上に、フェルゼナートが学院の有名人だったこともあり、キソラが彼と接することもなければ、名前を呼ぶこともなくなり、ノークたちが卒業したのと同時に、その距離はもっと離れた。
だから、名前は覚えていても、彼の立場と周囲への対応を考え、今までの関係も視野に入れれば、今のような呼び方になってしまうのだ。
「様はいらないんだが……まぁいいか。ようやく話せたな」
だが、フェルゼナート自身、そのことはよく分かっているので、そうは言いながらも特に責めずに苦笑に止めている。
もちろん、キソラが彼の名前を呼び捨てにした暁には、ファンクラブを主に、彼のファンである面々から何を言われるのか分からないため、いくら本人の許可があろうと、最低でも学院を卒業するまでは呼び捨てで呼ぶことなど出来ないのだ。まあ、卒業しても呼び捨てに出来るかどうかは分からないが。
「私に話すことはありませんが」
そもそも、どこで彼のファンが見ているのか分からないため、今のこの状況すら、キソラにとっては恐ろしいものなので、早く彼とは離れたかった。
「相変わらずだな、その態度……。先輩は元気か?」
だが、フェルゼナートの方も少しとはいえ関わっただけあり、キソラの性格は理解しているようで、彼女がこの場から脱出しようとしていることにも気づいていながら、スルーしていた。
「元気ですよ。今は国境沿いにいますがね」
「国境沿い……?」
怪訝そうなフェルゼナートに、キソラは溜め息を吐き、困ったような笑みを浮かべて告げる。
「兄さん、騎士ですから」
暗にそれ以上は聞くなと言えば、フェルゼナートは何も返さず、キソラはその場から去った。
時間を確認すれば、そろそろ教室に戻って、次の授業の準備を持って移動しないといけないなぁ、と判断し、足を進めていれば――……
「今度は風紀委員長ですか」
いかにも待ってましたと言わんばかりに、壁に背を付け、その場に立っていた。
「今度は……?」
怪訝そうな顔をして、キソラに向けられたその目に、彼女は肩を竦めた。
「生徒会長にも会ったので。で、用件は、まさか兄さん関係ですか?」
「ああ、そうだが……」
相変わらず、後輩兼同性からも慕われる人だなぁと、(ノークの)実妹でありながら、どこか他人事のようにキソラは思ってしまった。
「それより、名前で呼べとは言いませんよね?」
「あいつも、名前で呼べって言ったのか?」
キソラの確認に、目の前の人物は質問を質問で返してきた。
だが、キソラはぴくりと反応する。
「……“も”?」
「あ、いや、その……」
ハッとして、口元を隠す彼に、キソラは疑いの眼差しを向ける。
そもそも仲が良い二人である。示し合わせていたとしても、不思議ではない。
「……ラスティーゼ様、これでよろしいですか?」
「……」
キソラが溜め息混じりに名前を呼べば、目の前にいるラスティーゼは顔を引きつらせた。
ラスティーゼ・グランディア。
ミルキアフォーク学院風紀委員会委員長。
人当たりの良い笑顔を見せるのがフェルゼナートなら、彼の場合は無愛想だが、それでも時折見せる優しさに、声を上げる生徒は多い(主に女子生徒からだが)。
それでも、キソラからすれば、フェルゼナートのように、ストレートに名前を呼ぶように言ってくれた方がマシである。
「……まあ、呼ばれないよりはマシか」
そして、一人で納得すると、ラスティーゼはキソラに向かい合う。
「ノーク先輩は……」
「兄さんは国境沿いにいます」
キソラがそう言えば、フェルゼナートと同様、ラスティーゼも怪訝そうな顔をする。
「まさか……近いのか」
どことの国境かを言ってないにも関わらず、すぐにそう尋ねてくる辺り、ラスティーゼは状況をよく理解している。
(本当、勘が鋭いなぁ)
キソラも内心では感心したほどだ。
「……さあ、どうでしょう? でも、大丈夫ですよ。きっと」
ラスティーゼは何が近いとは言わなかったが、キソラには通じ、理解したから、そう返したのだ。
――私が、みんなを守るから。
それだけは言葉にしない。
キソラがもし言ってしまえば、それを聞いたラスティーゼは絶対に止めようとしてくるだろうし、そうすれば、今度はキソラがノークたちとの約束を果たせなくなる。
「もしもの場合、私たちは生きるために、足掻けばいいんですから」
どれだけ苦しくなったとしても、最後に勝つのは諦めなかった者だけなのだから。
――だから、きっと大丈夫。
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