上 下
40 / 119
第二章、戦争

第三十七話:今はただ、この瞬間を

しおりを挟む
 さて、滅多にない『転入生』で騒がしかった一日を終え、キソラは一人、ダンジョン『暖かき氷原』に来ていた。
 目的はもちろん、この『暖かき氷原ダンジョン』で起きたことに関する報告である。
 今朝目覚めたのを確認し、ウンディーネ(たち)がいるとはいえ、少しばかりは回復し、楽になっただろう。

「フリード、起きて……る?」

 寝てる可能性もあったため、キソラが小声で尋ねながら、フリードを寝かせていたベッドのある部屋にひょっこり顔を覗かせる。
 だが、案の定とでもいうべきか、彼は眠っており、側には同じように眠るサンドリアがいた。

「……」

 道理で返事がないはずである。
 それに、キソラにしてみれば報告など後回しでも良いのだ。

(だから、今は二人きりにさせてあげよう)

 大きなお世話かもしれないが、サンドリアも心配していたから、これぐらいしてあげてもばちは当たらないだろう。
 そのまま、キソラは元来た道へと引き返す。

 後日、再度報告に訪れたキソラから、フリードとウンディーネとともに、報告と一緒にそれを聞いたサンドリアが顔を真っ赤にしてキソラをポコポコと叩き、それを見ていたウンディーネが微笑んでいたのだが、フリードは、といえば、固まっていた。
 そして、それに気づいたキソラとウンディーネにからかわれたのは言うまでもない。

   ☆★☆   

「……ねぇ、アキト。何で彼がいるの?」

 キソラはそう尋ねながら、自身の幼馴染と彼の隣にいる人物に目を向けていた。
 そして、何となくだが、クラスメイトたちの士気が高まっているようにも見える。

「いや、ジスにはお前を紹介するって、言っちまってな」
「……マジか」

 勝手に約束して悪かったというアキトに、してしまったものは仕方がない、とキソラは息を吐く。
 しかも、名前……というより愛称呼びが許されているのを見ると、随分とまあ仲良くなったものだ、とキソラは思う。

「先に言っておくが、俺にそっちの趣味は無いからな?」
「私、まだ何も言ってないけど?」
「言いそうな顔をしてたんだよ」

 そう? と首を傾げるキソラに、アキトは疑いの眼差しを向けていたが、諦めたのか、首を左右に振った。
 前にも言ったと思うが、そもそもアキトはこの幼馴染に口で勝てるとは思っていない。
 それに今回の場合は、キソラも本気でそう思っているわけではなく、その場のノリ的な感じなのだろう。

「で?」
「ああ、本題な」

 キソラの視線に頷き、アキトはまず彼を紹介することにしたらしい。

「こいつはジャスパー・ギーゼヴァルト。お前も良く知る噂の転入生だ」
「ああ、だからジスか。……って、ギーゼヴァルト?」

 意外なところに反応したキソラに、二人は知っているのか? と首を傾げる。

(確か、ギーゼヴァルトって……)

 ギーゼヴァルト鉱国こうこく
 小国でありながらも国のほとんどが鉱物資源のためか、鉱物を名産兼特産とする国であり、鉱物やそれから作られた物などを様々な国へと輸出している国である。
 だが、そんなある日、鉱国をある事件が襲った。
 新たな皇帝の即位により、武力国家となった帝国の襲撃だった。
 小国であるギーゼヴァルトが大国である帝国に逆らえるはずもなく、国民の命を守ることを条件に、その軍門にくだった。
 その話はすぐさま各国へと広まり、今では鉱物資源や鉱石の名産地を聞かれれば、誰もが帝国の名前を上げるほど、広まってしまった。

(その『ギーゼヴァルト』が姓にあるってことは……)

 ジャスパーはギーゼヴァルト鉱国の王族であった可能性が高い。
 そして、彼がこの国におり、ミルキアフォーク学院に通っているということは、国の上層部は彼の存在を把握していることになる。

(でも――)

 この国では彼が来る前から戦争の噂が上がっていたため、たとえ彼が原因でないにしろ、これでは帝国に戦争の原因の一端を与えることになってしまった。

(作戦か何かか?)

 自分よりも倍生きている者たちが、キソラでも気づいたことに気づかないはずがない。
 それでも、彼をこの国に滞在させることを選んだということは、帝国と戦う意志表明か上層部の作戦なのか。

(とにかく、良くも悪くも要注意人物ってことか)

 やれやれと思う。

「いや、何でもないよ。単に聞き覚えがあっただけ」

 正直、これ以上考えても頭が痛くなるだけになりそうなので、キソラはとりあえず一度考えるのを放棄する。
 そのことにアキトは気になりつつも、今はキソラの紹介に回る。

「そうか。あ、こっちはキソラ・エターナル。俺の幼馴染な」

 なお、迷宮管理者や空間魔導師だと説明しなかったのは、前者の場合はアキトが説明出来ない、後者の場合はおいそれと口にしていい事柄じゃないからだ。

「キソラ・エターナル……」
「ん? 何かな?」

 緑の目を向けたまま呟くようにしてその名を口にするジャスパーだが、自分が呼ばれたのかと思い、キソラは呼んだ? と彼に尋ねる。

「いや、何でもない」
「そう」

 何もないのなら別にいいや、と返せば、キソラはどこか面倒くさそうにやや興奮状態のクラスメイトたちに目を向ける。

「あー……こりゃあ、次は授業になんないかもなぁ」

 少なくとも、今回は真面目に授業を受けていたり、こっそり何かしたり、早弁をするというよりも、全体的にふわふわとした空気の中で授業を受けることになりそうだ。

「やっぱ、昼休みの方が良かったのか?」
「いや、そうすると今度は二人が逃げ出すチャンスを失う可能性があるから、めて正解だったと思うよ」

 二十分~二十五分ぐらいの昼休みと五分から十分ぐらいの休み時間から次の授業の予鈴までを比べると、昼休みの方が次の授業に入るまでの時間が長い。
 そのため、キソラが言ったように、今度はアキトたちが野次馬から逃げるチャンスを自分たちで減らすことになる。

「あー、確かにその可能性もあるよなぁ」

 だが、過ぎたことを言っても仕方がない。

「……げっ、珍しく教室にいないと思ったら、こっちにいたのか」

 顔を引きつらせ、そう言いながら、アリシアとその後ろからテレスが来る。

「ストレートだな。ガーランド」
「あら、貴方も一緒って珍しいわね」

 アキトの言葉に、アリシアがそう返す。
 とはいえ、アキトとジャスパーが一緒にいる光景はあの合同授業以来増えたので、今ではそんなに珍しい光景ではない。

「まあ、今回はキソラを紹介するって言ったから、しに来ただけだし」
「……」

 アキトの言葉に、アリシアとテレスが無言で目を向けてくる。

「らしいよ。といっても、紹介はもう済ませたけど」
「ふーん……一応、確認するけど、仮にもクラスメイトである私たちの名前、覚えてくれてる?」

 たとえ興味が無くとも、名前ぐらいは覚えてるだろうと確認をするアリシアに、ジャスパーは視線を返す。

「アリシア・ガーランドと、テレスティア・フィクシアだろ」
「あら、覚えていてくれてありがとうね。ギーゼヴァルト君」

 いつもと微妙に違う、姓(名字)+くん呼びするアリシアに、キソラは苦笑いする。

(余っ程、嫌なんだなぁ)

 アリシアだけでなく、テレスまでが微妙な顔をしているのを見ると、二人は彼に対し、苦手意識があるというのは明白だった。
 そして、そういうキソラも苦手意識というか、同族嫌悪な部分もあるため、自己紹介をしたとはいえ、二人のことは否定できなかったが、それでも間に彼と仲良くなったアキトがいるから、そんなにギスギスしなくて済んでいるのだろう。

「……クラスメイトだからな」
「二人は知ってるかもしれないが、これでも話す方にはなったんだぞ?」

 ジャスパーの返しに驚くアリシアとテレスを余所に、アキトがそう説明する。

「みたいね」

 自分たちにちゃんと返してきているのを見ると、少しずつではあるが、彼も慣れてきているようだ。

「それより、どうやってここから出るつもり?」

 微妙に不機嫌そうなキソラの問いに、不思議そうにする四人だが、彼女が廊下を示したため、そちらに目を向ければ納得した。

「うわぁ……」
「教室に入ってこないだけありがたいって、思うべきなの?」

 アリシアとテレスの反応に対し、アキトがキソラへ何か言いたそうな表情かおで見るが、キソラは気づかない振りをしながら、窓の外を見る。

「お前だよな?」
「何が」
「アレ」

 アキトが廊下を示せば、キソラはにこにこと笑みを浮かべるのみ。
 よく見れば、うっすらとした結界のようなものがあるのが分かる。

「休み時間なのに、落ち着けないのは嫌だからね」
「……まあ、分からなくはないが」

 機嫌を悪くすれば、何を仕出かすか分からない。それが、空間魔導師である。

「もし戻るなら、窓から戻るっていう手もあるから」
「お前は俺たちを殺す気か」

 行けないわけではないだろうが、かなり危険である。

「大丈夫だよ。シルフィにサポートさせるし」
「いや、そういう問題じゃないから」

 いくら四聖精霊にサポートされるとはいえ、不安が消えるわけはないし、サポートさせるのもどうかと思う。

「後は学年主任が来るまで待つ、ぐらいだね」
「結局、そうなるわけか」

 一番安全に戻れる方法に、テレスが首を傾げる。

「でも、そう簡単に来てくれるかしら?」
「あ、それは大丈夫。次、ここで授業だし」
「つまり、何が何でも散るってことか」

 テレスの問いにキソラが答え、アキトが納得したように頷く。

「どんな先生なんだ?」
「ああ、そういやお前、まだ会ったこと無かったな」

 不思議そうなジャスパーに、そういえば、とアキトは今までのことを思い出す。

「怖いっていえば怖いけど、良い先生よね」

 学年主任の顔を思い浮かべながら、テレスはそう評価する。

「でも、キソラ。あんたはほとんど無いんじゃない?」

 空間魔導師だから、と隠された言葉に気づきつつ、「いや、怒られたことはあるよ」とキソラは否定する。

「珍しいな。で、何した」
「言わないとダメ? 絶対、アキトたち怒りそうなんだけど」

 渋るキソラに、言え、とアリシアたちが目線で訴えてくる。

「……試験で手を抜いた。しかも歴史で」
「はぁぁぁっ!?」

 アリシアとテレスは驚愕し、アキトは呆れ、ジャスパーは驚きの表情をしながらも疑いの眼差しを向けていた。
 学年主任の担当教科でもある歴史で手を抜くとはチャレンジャーだな、と言いたげな視線を感じ、キソラは「だから、言うの嫌だったんだよ」とぶつぶつと呟く。

「そういやお前、頭良いもんな」
「そう言われても、満点を取ったことは無いけどね」
「いや、そもそも満点取れる方が珍しいからな?」
「……一時期、兄さんが満点を連続して取ってたんだけど」

 キソラを励ますはずが、上には上がいた。

(ノークさん、貴方って人は……)

 アキトは頭を抱えた。
 エターナル兄妹の状況も、過ごしてきた経緯も知っているが、どうやら兄であるノークは一度、爆弾を落としていたらしい。

「まあ、何だ。俺たちからすれば、羨ましいぐらいだよ」

 な、と言いたげなアキトに、アリシアとテレスが頷くが、信じられなさそうな目をキソラは向ける。

「まあ、気持ちだけは受け取っとくよ」

 そうキソラが言えば、廊下から慌ただしい音が聞こえ始める。

「じゃあ、先生も来たみたいだし、私たちは教室に戻るわね」
「ん、また後でね」

 学年主任の姿を捉え、足早に教室から出ていくアリシアたちに続き、アキトに背中を押されながら、ジャスパーもやや戸惑いながら出ていく。
 入れ違いで入ってきた学年主任を捉え、未だに騒がしい級友たちに対し、キソラは溜め息を吐けば、開けてある窓から風が入り込み、髪を靡かせる。

「本っ当、いつ終わるのかね。この騒ぎ」

 そして、思うのだ。
 相手は帝国であり、そのうちそこと戦争が起ころうとしているなんて、まるで嘘みたいで。
 それでも、喜んだり、怒ったり、かなしんだりしながらも、楽しくもある、今はただ存在する瞬間やこの時間ときを壊そうとする連中がいるのなら――……

(私は、全力をもって叩きのめすまで)

 そのまま授業に耳を傾けつつ、窓の外に目を向けるキソラだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...