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第一章、始まり
第十一話:vs生徒会役員・風紀委員Ⅲ(精霊憑依)
しおりを挟む「……」
アンリは戸惑っていた。
キソラはともかく、アオイが相手が話している最中に攻撃するなど、予想外だったからだ。
最初はそれぐらいにしないと勝てないのかとも思ったのだが、アオイの様子がおかしいのはアンリにも理解できたし、どうやらそのことはキソラも分かって対処しているというのも、彼は理解していた。
「“落雷”!」
が、自身の条件のためにも、アンリはキソラに勝つ必要がある。
だから、アンリは戦うのだ。相手が強いと分かっていても――
☆★☆
一方で、アンリの“落雷”を避けつつ、攻撃のチャンスを見計らうキソラだが、目の前に現れたアオイの剣を受け止める。
(やっぱり、様子が違うけど、戦闘時の性格、ってわけでもなさそうだし……)
何度も切りかかってくるアオイの動きを見ながら、キソラは全て避ける。
はっきり言えば、アンリにすら切りかかりそうな雰囲気だったので、彼に意識が向くよりはマシだと、キソラは思っていたのだが――
「っ、」
それにも限度がある。
「ちょっと、周囲が見えてないって、感じかな」
敵味方を判別出来ないのは、戦場で致命的である。
(イフリートを喚ぶか? いや、ここは寮の敷地内だし、第一――)
アリシアたち地上戦の面々やアークたち空中戦の面々がいる。
シルフィードたちに力を借りるにしても、さっきの今でシルフィードは無理。シルフィードの話を信じるなら、“地の底”ノームも不可。
残るは“水の丘”のウンディーネと“火の山”のイフリートだけとなるのだが――
さて、ここで少し説明を。
“風の谷”のシルフィード。
“火の山”のイフリート。
“地の底”のノーム。
“水の丘”のウンディーネ。
異世界を舞台とする物語では、大体四大精霊として扱われる彼らだが、この世界でも似たような扱いである。
この世界――キソラはアークに説明していないのだが、リラデュイラ世界という名前の世界――では、シルフィードら四人を四聖精霊とし、シルフィードとイフリートが二天精霊、ノームとウンディーネが二地精霊とされている。
そんな彼女らがキソラと一緒にいるのは、彼女が空間属性の持ち主であり、先代迷宮管理者の意思だからだ。
もし、彼女が本気で暴走したりすれば、世界の終わりが訪れかねない。
そのため、彼女の暴走を抑えられるように、先代迷宮管理者の元、シルフィードら四人が――攻撃をメインとする二天精霊であるシルフィードとイフリート、防御と後方支援をメインとする二地精霊であるノームとウンディーネが近くにいるのだ。
そのことを知るのは、先代迷宮管理者以外に、先代迷宮管理者が管理していた迷宮の守護者たちと、キソラが管理している迷宮守護者たち(と言っても、キソラが管理している迷宮の大半は先代迷宮管理者から引き継いだ迷宮ばかりである)なのだが、キソラには話されておらず、守護者たちの間では、時が来るまで話さないというルールがある(本人が聞いてきた場合は別だが)。
「……」
もし、この場に喚び出したとしても、指示次第ではどうにでもなりそうだが、キソラ自身、イフリートに細かいことを指示する気もなければ、たとえ指示したところでイフリートが従ったとして、二次災害が起こる可能性も否定できない。ノームを喚ぶにしても、空中戦組には届かない。
(残るはウンディーネだけど……治癒と防御か)
彼女のメインとなる能力を考えると、明らかに戦闘に不向きであり、相変わらずアリシアはフェクトリアとともにアルンたちと戦闘中である。
(こればかりは仕方ないか)
キソラとしては不本意だが、誰の助けも得られないなら、キソラ的に残された方法は一つしかない。
(空間属性、使用するか)
そんなキソラの前に、アオイの剣先が迫る。
「キソラ先輩!」
アンリの声で我に返ったキソラは、慌ててアオイの剣を躱す。
「正直、助かった」
アンリにそう言いながらも、キソラはアオイから目を離さない。
「ぼ、僕も協力しましょうか? さすがに、アオイ先輩に不利でしょうし……」
「裏切り者扱いされても知らないよ?」
アンリの申し出に驚きつつも、キソラは責任は持たないと告げる。
「分かってます。でも――」
このままにはしておけない。
アンリの言葉にキソラは小さく笑みを浮かべる。
「そっか。私的には嬉しいよ。その台詞」
剣に様々な属性をすぐに付与させられるように、準備をしておく。
そして、目を閉じ、そっと息を吐き出す。
「『守護者たち全員に告げる』」
目を開け、キソラはアンリに聞こえない声で守護者たち全員に言う。
「『念のためだけど、用心に越したことはないから』」
そして、キソラは告げる。
「『全員、召喚準備をしておいて』」
引きこもり系の守護者たちや先程喚んだシルフィードにも、一応聞こえるようにキソラは言うと、息を吐く。
キソラは守護者たちに、滅多に迷宮の守護以外の指示しないためか、一部の守護者からやっと指示が来た、と喜ぶような声がしたため、あっさりと守護者たち用の連絡回線を切る。
そして、アオイに目を向ける。
「それじゃ、問答無用で行かせてもらうから」
キソラがそう告げると、何となくアオイが笑みを浮かべたような気がした。
☆★☆
漆黒の翼を広げ、空中を飛び回る。
同郷者同士でなぜ戦う必要があるのか分からないが、アークは必死に応戦する。
「おい、アーク。何か様子がおかしいぞ?」
ギルバートに言われ、アークは下を見る。彼が指していたのは、自身のパートナーであるアリシアではなく、キソラの方だった。
普通に戦っているようだが、様子や動きがどことなくおかしいのはアークにも分かった。
「……」
そして、少し考える。
イーヴィルがアークたちの方へ加勢したからと、空中戦が有利になったわけではない。
「気になるなら行ってこい。お前のパートナーは後方支援だろうが。アリシアみたいに、ずっと保つとは限らないぞ」
「……」
ギルバートの言葉に、確かに、とその点にはアークも同意した。以前、本人も期待するな、とそう言っていた。
「いや、大丈夫だろ」
アークには、たとえあの場に駆けつけても、大丈夫だと返されそうな気がしていた。今まで危なくなっても、何とかしてきたのだ。
「キソラなら大丈夫だ」
「なら、いいんだが」
だが、何となくギルバートには、嫌な予感しかしていなかった。
☆★☆
「っ、」
何とか剣を跳ね返す。
先程から剣のぶつかり合いで、時折魔法の応酬だ。
その間も、キソラはアリシアたちやアークたちの様子を確認する。
「さすがというべきか、何と言うべきか」
そう言いながら、肩を竦める。
魔法についてはアンリに任せており、剣はキソラが引き受けているのだが――
「二対一で余裕とか、何かムカつくなぁ」
「それ、先輩が言いますか?」
キソラの言葉に、アンリは苦笑いする。
アンリが協力するまでは、同じように二対一で不利な状況だったはずなのに、それでも余裕そうだったキソラに、二対一云々とか言われたくない。
「やっぱり、無理ですって。先輩の体を傷つけないようにとか」
「それでもやらないといけないの。彼は風紀委員会の副委員長なんだから」
もし、彼が負傷すれば、学院では少なくとも騒ぎになり、風紀委員会委員長であるラスティーゼが動く。
(それだけは防がないと)
変に勘のいい奴だから、アークたちの事にも勘付き、調べかねない。
「よく知ってるんですね」
キソラの説明に、アンリはそう思う。
「まあ、私にもいろいろあるの」
そう、いろいろだ。
ラスティーゼだけでなく、フェルゼナートがキソラに目を向けている理由もそこに含まれている。
「でも、今は関係ない」
風が吹き、髪を靡かせる。
キソラの持っていた剣が炎を纏う。
「最後は魔法戦に持ち込む。魔力は出来るだけ温存しておいて」
「は、はい!」
キソラの言葉に、アンリが慌てて返事をする。
(剣技だけでぶつかりたいけど、背後の後輩の事を考えたら、アオイ君が魔法を使ってくれた方がありがたい)
なら、と剣を握る手に力が入る。
(そのためには、アンリには絶対に近づけさせない)
キソラは片足を引き、その足元に風が渦巻く。
(時と場合によっては召喚もする。あくまでも最終手段として、だけど)
風は渦を巻き続け、引いた足の靴へ風が纏わりつく。
それを見たアオイも受け止めようとしているのか、その場から動かない。
目を細め、狙い所を定める。
そして、地面から足を離せば、風の勢いも加わり、キソラの持つ炎の剣がアオイに迫る。
「叩き切るつもり!?」
小さく笑みを浮かべ、剣を振り上げたアオイに、アンリがまさか、と声を上げる。
「ダメです! そのまま突っ込んでいったりしたら――」
そのままの勢いで突っ込みそうなキソラに、アンリは声を上げる。
でも、それはキソラも分かってた。
だから、告げるのだ。
「それは、本当に私かな?」
と――。
先程まであまり表情を出さなかったアオイが目を見開き、後ろに剣を向けるが、そこにキソラはいない。
「相手の能力データが頭に入ってるアオイ君なら気づいたんだろうけど、君は私を知らないもんね」
キソラは小さく笑みを浮かべて笑う。
とん、とアンリの隣に立つ。
「え――」
驚くアンリを余所に、キソラはごめんね、と謝ると、アンリの目の前で上から下に手を動かす。
「……?」
不思議そうなアンリだが、キソラの手を外された視界は奇妙なものだった。
「先輩、これって……?」
ぐにゃ、とシャボン玉に浮かぶ虹色のラインの様なものが所々に浮かんでいた。
「今目の前にあるのは全て幻覚。ちなみに、今の会話。アオイ君には別の言葉に聞こえてるから」
そう言われ、アンリはぽかん、とする。
「何と言いますか……」
「言いたいことは大体分かるから、無理して言わなくていい」
そう言い合いながらも、アオイから目を離しても気を離さないのは、もしこの空間で強制脱出されそうになったら、幻覚空間を解除するためだ。
「……さて」
キソラはアオイに言う。
「一言も話さなかったのは、声で判断されると思ったから。違う?」
「……、」
何かを呟いたようだが、それはキソラには聞こえず、その代わりに剣が振り上げられる。
「本当、剣を振り上げるの、好きだよね」
そう言いながら、キソラが手を横に振り、幻覚空間を解除すれば、いつもの見慣れた景色に変わる。
「まあ、他の面々は私たちが普通に戦ってるって思ってるみたいだけど」
「……」
キソラの言葉に、アオイは何も返さない。
そこでアンリが尋ねる。
「さっきの、何か意味があったんですか?」
「いや、別に何か重要ってわけでもなかったんだけど」
キソラの問いに、そうなんですか、とアンリは返す。
「でも、もし理由を言うなら――」
アオイの剣が迫るのを確認しつつ、キソラは目だけ向ける。
「見えるもの全てが真実じゃないってこと」
「先輩!」
真っ二つにされたキソラを見て、アンリが叫ぶ。
「いやいやいや、私はこっち」
声のする方へ、アンリとアオイが目を向ける。
「幻覚空間の作用が抜けきってないね」
キソラはアンリの隣にいた。
「いつの間に……」
「私は最初から隣にいたよ。かくいう私も、幻覚空間の作用が抜けきってないせいか、若干ぼんやりしてるけど」
そう説明しながら、キソラは頭に手を当て、左右に振る。
「じゃ、仕切り直ししようか」
キソラはそう告げた。
☆★☆
「この程度ぉ?」
マーシャの言葉に、剣で防ぎながら、魔法を放ち、アリシアは顔を歪ませる。
「三対二で余裕振るなんて、本当に余裕なのね」
嫌味っぽく言えば、マーシャも顔を歪める。
「そっちこそぉ、不利だというのにぃ、随分とまあ余裕なのねぇ」
「こっちには、いろんな手があるからね。少なくとも、数日間一緒にいた私からすれば、キソラに単独で勝とうなんて無理」
マーシャの嫌味に、キソラを見ながらアリシアは言う。
対戦したのは一回、共闘したのは二回――描写なしの戦闘一回、これを入れれば三回――だが、キソラの援護や魔法は強力だ。
結界といい、防御に回復、火力上昇の重ね掛け及び同時掛け。
(それに、迷宮管理者)
アリシアは知っていた。
昨年、高等部に進学した際、聞いた噂――
曰く、天才の“妹”が高等部に入った。
曰く、王族も欲しがる“迷宮管理者”が、この学院にいる。
などなど、そんな噂が上級生を中心に流れており、噂から推測するなら、“妹”と“迷宮管理者”が同じ人物だと分かる。
その時は、あんまり気に止めてなかったアリシアだが、まさか進級して『ゲーム』の参加者となり、会って戦うとは思わなかった。
おまけに、フェクトリアに会い、“天空の塔”という迷宮に行ったために、キソラが天才――ノーク・エターナルの妹であり、アリシアの中では、天才の“妹”と“迷宮管理者”が結びついていたので、キソラの友人たちに聞けば――
「キソラが迷宮管理者?」
「うーん、どうだろう?」
顔を見合わせて、周囲を見回し、小声でアリシアに言う。
「で、どこで聞いたの?」
「いや、去年の噂を思い出して」
「ああ、あれか~」
噂について、本人は気にしてなかったとのことだが、
「でも、どちらの噂も事実。あ、私から聞いたとは言わないでよ? キソラに言ったなんてバレたら、私たち怒られちゃうから」
と、キソラの友人たちの言葉に、なら教えるなよ、と思うアリシア。
「だから、アリシアさんも秘密にね」
何故、秘密にするのか分からず、首を傾げつつ頷くアリシアだが、一体、学院に通う何名が、何十人が、何百人が、キソラを迷宮管理者だと知っているのだろうか? もしかしたら、知らない者の方が多いかもしれない。
その時のことを思い出し、アリシアは剣を握り直し、マーシャを見る。
フェクトリアがアルンとフィールを相手に、キソラがアンリとアオイを相手にしている。
「でもまあ、どうしても彼女の相手をしたければ、私を倒してから行くことね。そう簡単に通すつもりはないけど」
アリシアの言葉に、面白いとマーシャは笑みを浮かべる。
「メルディ!」
マーシャが上空に向かって声を上げれば、メルディと呼ばれた女は「分かってるわよ!」と返す。
次の瞬間、突如感じた強い魔力に、アリシアだけでなく、地上にいた面々は驚いたように空を見る。どうやら魔力の発生源は、マーシャがメルディと呼んだ女らしい。
「マジかよ……」
アークたちもさすがにマズい、と判断したのか、防ぐ態勢になる。
「あれじゃダメだ」
「え?」
いきなり呟かれた言葉に、アンリは不思議そうな顔をする。
「あれは、避けないとマズい」
「なら言わないと――」
「無理。間に合わない」
アリシアたちと同じように空を見ていたキソラの言葉に、それならどうするつもりだ、とアンリは目を向ける。
「軌道を逸らす。それしかない」
「でも、どうやって……」
メルディたちがいるのは空中。飛行魔法でもない限り、軌道を逸らすのは不可能だ。
「ウンディーネ」
『ここにいるわよ』
キソラがその名を呼べば、青い髪に青い目の女性が現れ、返事をする。
それに驚くアンリだが、気づいているのか否か、二人の話は続いていく。
「少し無茶するから、補助と援護をお願い」
『ええ』
青い髪の女性――キソラの告げた名前から予測するなら――ウンディーネは理由も聞かずに頷いた。
『貴女様の命とあらば』
「そこほどのことじゃないんだけどね」
軽く頭を下げるウンディーネに、キソラは苦笑する。
なお、本来のウンディーネなら膝を付き頭を下げるのだが、キソラが膝を付くのだけは止めてくれ、と告げたため、今の状態になった。シルフィードとは別の意味で忠実な守護者である。
「でも、やるよ。いくら結界があるとはいえ、限界もあるし」
『はい』
頭を上げたウンディーネが同意する。
「本当はイフリート喚んで、一撃必殺終了させたかったんだけど……」
『場所が場所ですからねぇ』
自分を喚んでおきながら、イフリートの名前を出すなんて、とウンディーネは言わない。
ここが街や森でなく、荒野とかならイフリートの能力で片づける、というのもキソラだけでなく、守護者たちの間で一致している意見だ。
でも、この場は街――しかも、キソラの通う学院が管理する寮の敷地内である。こんな場所で大規模な魔法を発動すれば、いくら結界を張っていても、騒ぎになる。
それに、とキソラは思う。
(ギルド長からのダメージを受けた学院長に対して、これ以上、謎の魔法暴発とか、変な事件起こしたら、マジで倒れかねないし)
自分(たち)の保護とギルド長からの傷という、その二つから、いかにも胃に穴が空きそうな学院長を思えば、敷地内での魔法暴発は防ぎたい。
(アークたちの存在が漏れるのも、ついでに防ぎたい)
本来なら魔法暴発がついでのはずだが、学院長の事を考えれば、明らかにアークたちの方がついでになる。
ウンディーネには苦笑しつつも、キソラはメルディから放たれるであろう魔法の対策をする。
対策、といっても自然と使う属性は決まってしまうのだが。
使う武器に関しても、当初はシルフィードの風の弓を使うつもりだったのだが、軌道を逸らすために矢を何本犠牲にするか分からない上に、放つ準備をするのに秒単位とはいえ時間が掛かる(連射も不可能ではないのだが、魔力の減りが早い)。
イフリートの炎の刀剣も、本来なら周辺を灰にするから、除外(キソラが先程使った炎の剣は、付与でありイフリートのものではない)。
ノームのは防御メインのためか各属性の盾がほとんど。刀剣も無いこともないのだが、使用回数は少ない。
ウンディーネの武器は、彼女を喚んだ以上使えない(彼女自らが使うため)。
つまり、残った武器は自身の、キソラの武器のみ。
「じゃあ、やろうか」
『そうですね』
二人して魔法を発動しようとしているメルディを見る。メルディが動き出したら、こちらが動き出す合図。
「……」
『……』
二人は無言で見つめ――キソラの瞳に透明な光が宿る。
「行っけーー!!!!」
そして、メルディが魔法を放つ。
「見たところ砲撃系だから、ギリで防げるかな」
『そうですね』
キソラの言葉に、ウンディーネも同意すると防壁を張る。
『“防御壁”、“魔障壁”、“防御力二倍”』
「“空間障壁”、“軌道逸らし――二段階”」
アークたちに向けて張ったウンディーネの防壁を確認し、キソラがその上から“空間障壁”を張り、放たれた魔法へ向けて“軌道逸らし”を発動すると、アークたちに向かっていたメルディの砲撃系魔法は外れ、背後の結界にぶつかった瞬間、爆発する。
「嘘!? 外した!?」
驚くメルディに、それを見たキソラは小さく頷き、ウンディーネと低い位置でハイタッチする。
「……」
一方で、キソラたちが何かやったのだと気づいたアークとアリシアは、二人に何ともいえない視線を向けていた。
「うー……クラクラする」
『先程のようなモノは、久しぶりで慣れてないからでしょうか?』
ふらふらとするキソラに、ウンディーネが支えながらも首を傾げる。
「どうだろ? でもまた使用頻度が上がってきてるからなぁ」
『ゲーム』のこともあるが、迷宮に顔を出したり、ランクアップ試験で空間属性は使っているのだから、頭痛が起こるのはおかしい。大規模な空間属性の魔法をキソラは使用しないし好まないが、ウンディーネの言う通り、恐らく久しぶりに強い力を使ったため、疲れが出たのだろう。
ウンディーネも支えながら、気づかれない程度で体力と魔力の回復をしている。これはまだ続くであろうこのバトルを心配してなのだが――
(全く、だからシルフィードも心配するんですよ)
自身の迷宮である“風の谷”に戻ったシルフィードから入った連絡の一言目が『キソラちゃんがぁ』という何ともいえないものだった。
『落ち着きなさい、シルフィード』
『だ、だって、キソラちゃんがぁ』
宥めてやれば、今にも泣きそうな声で、シルフィードは言う。
『でも、忠告はしてきたよ』
キソラに手を出すな、と。
守護者たちからすれば、主であるキソラの負担を増やすような真似はしたくないし、させたくない。
だから、キソラに危害を加え、キソラに何かあれば、守護者たちは――特に四聖精霊の四人はその主を許すつもりはない。下手をすればシルフィードとイフリートが四六時中張り付くことになりかねないし、二人が不在になるであろう迷宮の防壁面をノームとウンディーネが行うことになるのも予想が出来る。
『そう。なら貴女は少し休みなさい。彼女の援護には私が代わりに行くから』
『うん……』
ウンディーネの言葉に安心したのか、了解の意を示すシルフィード。
彼女との連絡を切ると、いつ喚ばれてもいいように用意する。
『……』
でも、とキソラを見たウンディーネにも今は理解できる。
キソラは無理をし過ぎなのだと。
(彼は気づいているのでしょうか?)
ウンディーネは空を見上げ、漆黒の翼を持つ者たち――中でも、キソラとパートナーになったアークに目を向ける。
(彼が前衛に立っても、主の負担は減っていない)
ウンディーネには、むしろ増えたような気がしていた。
(普段から本気なら良かったんでしょうが……)
彼女が、彼女の家族が持った力は強すぎた。そして、キソラも、兄であるノークも優しく、周囲との関係を壊さないために本気を出さない。
『本当にお優しいですよね、キソラ様』
そう呟けば、何か言った? と、キソラは首を傾げる。
それに対し、ウンディーネはいえ、と返すと、回復が終わりました、と離れる。
「ありがとう、ウンディーネ」
礼を言うキソラに、ウンディーネは微笑む。
(彼女には平穏な時が訪れてくれますように)
今はそう祈るしかない。
☆★☆
結界の一部から煙が上がる。
だが、結界の一部をキソラが煙吸収仕様にしたため、地上の面々も空中の面々も煙を吸う必要はなかったのだが――
「……」
メルディは呆然としていた。
(何で外した?)
訳が分からない。
(あいつらが避けた? いや、そんな形跡は無かったし――)
ますます理由が分からない。
「チェルシー!」
メルディが自分の近くにいた男の名前を呼ぶ。
チェルシーと呼ばれた男は、メルディを一瞥した後、地上を見る。見たのはアオイたち四人。
「……」
「何なのぉ?」
メルディも目を向ける。
「あいつらがぁどうかしたのぉ?」
メルディの問いに、チェルシーは口を開く。
「お前は外したんじゃなく、逸らされたんだ」
「は?」
「つか、お前――」
訳が分からない、と言いたそうなメルディに、これまた近くにいた男が眉を顰め、チェルシーを見る。
「シューカ」
メルディが名前を呼ぶ。シューカはフィールのパートナーだ。
チェルシーはシューカを一瞥すると、答える。
「何も言うな。あいつの意志だ」
「あのな、だからって、ほいほい代わってやるなよ」
チェルシーの言葉に、シューカは溜め息を吐く。
(こいつ自身に意志はないのか。意志は)
だからといって、シューカがどうにかできるものではないのだが。
(向こうが気づくのを待つか)
キソラたちを見ながらシューカはそう思う。
チェルシーが言う気がないのなら、下の面々が気づくまで待つしかない。メルディは気づいてないようだが。
そんな三人に、火の玉が飛んでくる。
「いつまで話してるつもりだ?」
放ったのは自分たちと同じ漆黒の翼を持つ二人組と、途中参戦の同じく漆黒の翼を持つ者。
(名前は確か――)
アーク、ギルバート、イーヴィルだったはず。
そして、そのパートナーたちは地上で戦闘中だ。
「やれやれ、血の気の多い奴らだ」
シューカは肩を竦める。
「俺はあんまり戦いたくないから、傍観姿勢でいたいんだけど……」
何が言いたいのか分からない、とアークたちは一応構える。
「チェルシーのパートナー、容赦ないからさ」
「何が言いたい?」
「君たちの誰かは分からないけど、アンリがいるとはいえ、彼女は助けた方が良いと思うよ?」
シューカに言われ、アークとギルバートはキソラを見る。アークはともかく、ギルバートが見たのは、嫌な予感が無くならないからだ。
見れば、どうやら苦戦しているらしい。ウンディーネのサポートもギリギリだ。
「アーク」
ギルバートが声を掛け、イーヴィルも視線だけアークに向ける。
それだけで誰がパートナーなのか分かるが、シューカは気づかない振りをする。
一方で何が不満なのか、メルディはシューカを睨む。
「何であんたが仕切ってるのぉ?」
「別に仕切ってねーよ」
嫌な言い方をするな、とシューカはメルディにそう返す。
(さて、どうするかな)
メルディは言うことを聞いてくれなさそうだし、チェルシーは助けてくれそうにない。
頭が痛くなりそうな展開に、シューカは小さく溜め息を吐いた。
(相変わらず、余裕ぶってムカつく!!)
そして、溜め息を吐いたシューカを見て、内心憤慨するメルディは、あることを思いつく。
(これは面白いことになりそうだわ)
笑みを浮かべるメルディにチェルシーは彼女を一瞥し、下らなそうに目を逸らすのだった。
☆★☆
空中でそんな会話がされていたなどとつゆ知らず、地上戦の面々――特にキソラ&アンリvsアオイの戦いは激しさを増していた。
「っつ!」
アオイの攻撃を受け、キソラは二~三歩下がる。
「先輩!」
アンリが叫ぶ。
「大丈夫」
そう返しながらも、大丈夫じゃないか、ともキソラは思う。
剣の応酬で体力を減らし、魔法戦に持ち込んで、一撃で潰す予定だった。
(それなのに――)
メルディの砲撃魔法で、空間属性を使うことは出来なくなってしまった。
キソラの場合、空間属性の魔法を放てるのは、連続でも今のところは二発まで。それ以上放てば、キソラの体に負担が掛かり、下手をすれば立ち上がれなくなり、最悪の場合は動けなくなる。
キソラはメルディの砲撃魔法に、防御と“軌道逸らし”という二つの空間属性の魔法を使ったため、アオイに対しては使えなくなったのだ。
つまり、キソラに残された手は二つ。
アンリのためにアオイの体力を剣の応酬で削るか、他属性の魔法で応戦するか。
運が良いのか悪いのか、ウンディーネはまだこの場にいる。
(どうする? あの手を使う?)
いや、と頭を振る。
今回、あの手を使うわけにはいかない。
「マス、ター……」
ウンディーネがアオイの魔法を防いでいたのだが、限界らしい。
(今回は火力は必要ない。なら――)
「ウンディーネ」
『はい、何ですか?』
意を決し、キソラが話し掛ければ、ウンディーネが振り返りながら尋ねる。
「一撃必殺するから協力して」
『まさか、やるつもりですか? あれを?』
言葉だけで、何をしようとしているか分かるなんてさすがね、と思うキソラだが、どこか不安そうなウンディーネに、普通は逆なのにね、とも思う。
でも、それも仕方ないことであり、キソラの現在の状態は良いとはいえず、魔力も体力も減った状態で、彼女がやろうとしていることは危険であり、ウンディーネはそのことを危惧しているのだ。
『私がシルフィードに怒られます』
「だろうねぇ」
下手をすれば、イフリートや引きこもりを脱したら、ノームも口を挟んでくるかもしれない。
『話を聞けば、ノームも黙ってないと思いますし』
どうやら考えていることは同じらしい。
(ノームはなぁ……)
あの見た目と声と話し方が合っていない精霊兼守護者は、悪いことやヤバかったりマズかったりすれば、笑顔で説教をかましてくる。しかも、場所が場所――地下なので逃げられないし、説教を受けたことのある他の守護者たちは、説教を受けることとなった守護者へ同情の眼差しを向けるのだ。キソラもその視線を受けたことがあり、四聖精霊で一番逆らわない方がいいのはノームだと思われている。
「いやもう、緊急事態だし」
『確かに死ぬのと説教、どちらがいいかと言われれば、後者を取りたいところですが……』
やるのがノーム以外なら、あっさり説教を選ぶのだが、ノームだから微妙に戸惑う。
ちなみに、二人は忘れているのか現実逃避しているのか分からないが、二人の会話は引きこもりの守護者組にも聞こえるような声で話している上に、一部では視覚共有している者もいる。そして、キソラたちの声と視覚は、共有している者の一人であるノームの所へもちゃんと伝わっており――
「……」
噂の主が笑みを浮かべて耳を傾けていたなど、キソラたちが知る由もない。
「とにかく、やるよ」
『全く、貴女は変な所で頑固なんですから』
ウンディーネは溜め息を吐いた。
それに笑みを浮かべ、キソラは防壁展開のために伸ばしていたウンディーネの手に自身の手を乗せ、言葉を紡ぐ。
「『契約規約第十一条――』」
仕方なさそうな彼女の意志を感じ取ったのか、透明な宝石が青色に光る。
「『管理者、キソラ・エターナルが命じる』」
シルフィードを喚ぶときと同じように、迷宮とその名を喚べば、
「『開く迷宮は“水の丘” 来す守護者はウンディーネ』」
キソラたちの足元から青い光が現れる。
「え、何?」
戦闘中だったアリシアたちの手も、思わず止まる。
「『主に宿るは姿と力』」
アオイが攻撃するも、青い光に弾き返されるが、その光も少しずつ消える。
だが、そこにいたのは黒混じりの紺ではない青き髪を持つ少女。
「『“精霊憑依”――ウンディーネ』」
そっと目を開き、一つに纏めた青い髪を靡かせ、少女はそう告げた。
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この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
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