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第一章、始まり

第二話:仮契約

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 コツコツと靴音が迷宮内に響く。
 迷宮の守護者(番人ともいう)から連絡を受けたキソラは一人、迷宮に来ていた。
 とはいえ、きちんと武装しているので、襲いかかられてもそれなりに対処は出来る。

 そこで、ふと気配がしたため、立ち止まる。

「まだ奥?」

 キソラは周囲に問い掛ける。

『まだ』
『最下層』
「おい」

 二つの返事が聞こえ、思わずツッコむキソラ。
 時折、結界のある迷宮の守護者が、他に結界のある迷宮に遊びに来ることがある。
 もちろん、キソラの支配下にある迷宮間だけだが、かなりの数を支配下に置くキソラだ。迷宮の守護者たち同士も仲良くしている(ケンカすると、キソラの鉄槌が落とされる)。

 さて、本来なら冒険者らしく、罠やら何やらを越えて迷宮を冒険するキソラだが、今はそれどころではないので、管理者権限で最下層に一気に降りる。

「よっと」

 最下層が見えたので、綺麗に着地する。

「さてと、着いたことだし、捜しますか」

 侵入者がケガをしているのなら、その辺に倒れている可能性があるため、足元に注意しながら、キソラは捜し始めた。




 ただひたすら歩きながら捜す。

「……見つからねぇ」

 中々見つからないため、キソラは溜め息を吐いた。

「はぁ、仕方ない」

 キソラは探査魔法を作動させようとしたときだった。

「……いた」

 そこにいたのは黒髪の男性で、連絡にあった通り、かなりボロボロに傷ついていた。
 侵入者とはいえ、とりあえず迷宮から出さないと手当ては出来ない。

「痛くても、少しだけ我慢してくださいよ、っと」

 そこで男性に触れたキソラに、何かが流れる。

「今……」

 流れてきたイメージに、キソラはあり得ないものを見るかのように、男性を見る。

(この人、まさか……?)

 この世界に転移魔法はあるが、世界自体を超えてくるなど無理だ。
 いや、否定はしきれない。
 そういう技術を持った世界の者なら、可能かもしれないのだから。

 キソラは考えるのを止めて、男性を背中に担ぎ、迷宮を出た。

   ☆★☆   

 ミルキアフォーク学院。
 エスカレーター式の学院で、キソラも初等部の頃から通っている学院だ。
 そんな学院には、遠くの地から来た生徒のために学生寮が用意されており、それぞれ男子寮と女子寮がある。
 女子寮の方にはキソラも住んでいるのだが――

「男子禁制なんだよなぁ、ここ」

 迷宮から助け出した青年(男性というよりはこちらの方が近かった)を見ながら、キソラは呟く。

「ま、いっか。治り次第、出て行ってもらえばいいし」

 そんなこと言いながら、キソラは看病するための用意をする。

「……」

 青年の額に置いていたタオルを濡らして絞り、再度額に置く。
 そんな風に青年を看病しながらも、結局キソラはイスに座ったまま眠りについてしまうのだった。

   ☆★☆   

 目が覚める。

「ここは……どこだ?」

 天井やこの部屋に見覚えはない。それに自分は洞窟のような場所にいたはずだ。
 それに、とイスに座り、船を漕ぐ少女に青年は目を向ける。時折、少女がイスから落ちそうになり、青年は内心では慌てた。
 きっと彼女が自分を手当てしたのだと、推測した青年は、彼女を観察する。
 肩より下まである黒混じりの紺色の髪。見た目からして十代なのは間違いないと青年は判断した。
 そして、初めて会ったはずなのに、妙な懐かしさもあり、そのことに内心、首を傾げる。

「っ、」

 そんな青年は自身の視線に感づいたのか、と思ったのだが、そんなことはないらしい。

「あ、起きたんだ」

 少女はやや伸びをして、肩を軽く回す。

「怪我の方、大丈夫ですよね」
「ああ」

 少女に聞かれ、青年は答えた。

「それなら良かったです」

 少女は流し台の隣にコップを置き、自分の分と青年の分のお茶を用意する。

「これ、置いておきますね」
「ああ……」

 未だに自分がここに居る理由が分からないのだろう。
 だが、向こうが何も言わない限り、少女――キソラも聞くつもりもなければ、答えるつもりはない。

「なあ」
「ん?」

 話しかけられたので、とりあえず返事をするキソラ。

「ここは……どこなんだ?」
「ここ? ここはミルキアフォークの学生寮だよ」

 聞かれたので、キソラは答える。
 ミルキアフォーク? と首を傾げる青年に苦笑いしながら、キソラは説明する。

「ああ、ミルキアフォークは学院で、十代の若者たちが通う学校みたいなものなの」

 これで伝わったのかと心配そうにキソラが見ていれば、どうやら伝わったらしい。

「つまり、君は学生なのか」
「まあ、そうですね」

 間違ってはいない。

「そうだ、自己紹介が遅れた。俺はアークだ」
「私はキソラ。キソラ・エターナル」

 青年――アークの名乗りに対し、キソラも名乗る。
 アークと名乗った青年はキソラの名前を何度も復唱していた。
 出来れば、見てないときにやってほしいとキソラは思うのだが、さすがに今は無理なので言わなかった。

「それで、俺は洞窟のような場所に居たはずなんだが?」
「ああ、それは私がここまで連れてきたからね」

 だから居る場所が違って当たり前だと、キソラは説明する。

「といっても、転移魔法で運んだんだけどね」

 乾いた笑いと共に、キソラは言う。

「転移魔法?」
「あれ、知らない? 別の場所から別の場所へ移動する魔法」

 尋ねるアークに、キソラが説明すれば、ここにも魔法があるのか、とボソボソと呟く。
 この呟きはキソラにも、ちゃんと聞こえてきたのだが、本人は聞こえない振りをしながら、すでに飲みきってしまった自身のお茶を入れ直す。

「まあ、詳しく言うなら、アークさんの言った洞窟みたいなところを出てから、転移魔法を使ったんですがね」

 キソラが付け加えるように言う。

「そうだったのか……ああ、あと『さん』はいらない」

 アークにそう言われ、分かりました、と頷くキソラ。

「とりあえず、一つだけ言っておきたいことがあるので、いいですか?」
「何だ?」

 尋ねながらも頷くアークに、キソラは言う。

「私はさっき、ここが学生寮だと言いました」
「ああ」
「ここは女子寮です」
「見れば分かる」

 キソラがいるのだから、多分そうなのだろう、とアークは予想していたのだが、ここまで聞けば、キソラが何を言いたいのか予想できる。

「怪我人である貴方に言いたくはありませんが、一応、言っておかないと何か問題が起きたときに疑われかねませんから」
「それで、何が言いたい」
「この女子寮は、男子禁制なんです。以前、女子寮に忍び込んだ男子生徒がいて、女子寮にいた生徒が被害に遭ったことがあったらしいんです」

 うわぁ、と思いつつ、アークはキソラの話を聞く。

「それ以来、罰則やら何やらが厳しくなって、もし忍び込んだり、入れたりしたら、停学や退学になる可能性があるんです」
「それ、マズいんじゃないのか?」

 話を聞く限りでは、今この状況はキソラに不利な気がすると、アークは言う。

「大丈夫ですよ。寮長に話を通して、貴方のケガが治るまで部屋に居させてもいいと、許可を貰いましたから」
「……」

 いいのかそれで。

 罰則やら何やらが厳しくなったわりには、寮の規則は根本的な部分は変わってないらしい。
 しかも、怪我けがしているとはいえ、男女で同じ部屋にいるのだ。
 つまり、何かあっても文句は言えない。

(つーか)

 キソラの印象は、騙されやすそう、というものだ。
 だが、話を聞いていれば、学院や寮についての説明や寮長への連絡、としっかりしたような印象を受けた。
 それでも、あれとこれとは話が別だ。

「それに、ケガ人であるアークさんが、そんなことするとは思えないし」

 極めつけはこれである。
 アークはこの世界の常識を知らないが、キソラの今の言葉はどうなのだと、疑いたくなる。

 キソラはアークに尋ねない。
 この世界に来た方法や何故あの場所に居たのか。
 そして、アーク自身がどういう人物なのか。

「疑問に思わないのか?」

 だから、アークは自分から尋ねることしかできない。

「何が?」
「俺が、あの場所に居た理由とか」
「聞いてほしいんですか?」

 顔を伏せがちに言えば、キソラはそう返す。

「別にそうじゃないが、気にならないのか?」
「私は本人が話したくないなら、無理に聞こうとは思いませんし、その人の心に土足で踏み込む真似もしたくありません」

 そう言われ、アークは黙る。
 キソラとしては、聞いたとしてもどうにも出来ないし、もしそれが面倒事だったら、関わりたくない。というか、関わる前に聞かない方がいい、というのが本音である。

「俺は、さ」

 アークが呟く。

「こことは別の世界から来たんだ」

 キソラは目だけアークに向ける。

「別の世界?」
「ああ。この世界の者たちからすれば、『異世界』と言ってもいいだろう」

 キソラの言葉に頷き、アークは説明する。
 それに対し、異世界? と首を傾げるキソラ。

「それで?」
「俺が来た世界の中にはいくつも国があって、俺が住んでいたのは『帝国』と呼ばれていた国だ」

 アークが住んでいたのは、この世界と同じ――剣と魔法の世界。
 その中の一つが、アークが言った『帝国』こと『バルハムント帝国』。
 アークの居た世界の中では、大国に入り、それなりに豊かな国だった。
 そんな国に異変が起きた。

『異界の者と協力せよ』

 それだけだった。
 皇帝からの言葉に、国民たちは意味が分からず、その言葉を次第に忘れていった。
 この世界の者たちは、次元転移魔法を扱える。だが、その大半の理由は、この世界に戻れるかどうかすら分からないため、次元転移魔法を使おうとはしなかった。
 そんなある日、それに乗っかるように、反乱が起きた。

「戦い……」
「内戦だけどな」

 国民たちは争いから逃れるために、次元転移魔法を使える者たちは一斉に使った。
 反対に使えない者たちは使える者にしがみついたりして、命乞いをした。

「平和だったはずの世界が、一瞬にして戦場に変わった」

 アークの言葉に、キソラは目を逸らした。
 キソラは以前、赤く染まった大地の夢を見たことがあった。人々は戦い、泣き叫ぶ。失ったものは取り戻せない。赤く染まった手を伸ばすところで、いつも目が覚める。

「俺は必死に逃げた」

 逃げても逃げても反乱軍が追いかけてきて、足元には血を流す人々がいた。

「追いつめられ、最終的に俺は、次元転移魔法を使った」

 目を閉じ、手で顔を覆う。

「あの後、国がどうなったのかは分からない」
「……」

 キソラは何も言わなかった。
 何となく、気持ちが分かったからだ。だから、こういう場合は、無理に何かを言うより、誰かが側にいる方が良いときもある。

「……私は、よく分からなくはないけど」

 呟けば、アークが顔を上げる。

「多分、大丈夫」

 国の行く末は分からなくても、生物ひとがいるなら、その世界は大丈夫だ。
 でも、とキソラは続ける。

「そのお陰で、アークと私は出会えた」
「……」
「言い方は悪かったけど、それでも人との出会いは一期一会だからさ」

 私たちの出会いも無駄じゃない。
 亡くなった人のためにも、頑張って生きる。

「それが、今アークがすること」

 ね? といえば、ああ、とアークは頷いた。

「でも、予言だったのかな?」
「予言?」

 ふとキソラの言った言葉に、怪訝そうにアークが尋ねる。

「アークの話を聞くとさ、皇帝――王様は多分、そうなることを予感したんじゃない?」

 予感していたから、異国や外国ではなく、『異界』なんて言葉を持ち出したのではないのだろうか。

「キソラ」
「ん?」

 名前を呼ばれたので、返事をする。

「この世界や国について、教えてくれ。どんなに時間が掛かってもいいから」

 アークに手を取り、そう言われ、キソラは目を見開き、驚いた。

「ああ、うん。いいよ」

 思わずそう言ったキソラに、何かが完了したような音が鳴る。

『《仮契約》はされました』

「はい?」
「は?」

 思わず変な声を出す二人。

『ただいまより、お二人はペアとして、あるゲームに参加してもらいます』

「はぁっ!?」
「何だよ、それ?」

 だが、説明されることなく、一方的な会話は続いていく。

『この世界には貴方がた同様、ペアを組んだ方々がいます。その方たちと戦い、勝利してください』

「同族争いをしろと?」

 キソラが尋ねるが、やはり一方的な会話が続く。

『殺し合いではありません。ゲームです』

「もし、勝利したら相手はどうなる?」

 あくまでも『ゲーム』を強調するに舌打ちしつつも、今度はアークが尋ねる。

『敗北された方々は、そのままゲームの参加権利が失われます』

 ようやく答えた声に、眉間に皺を寄せる二人。

「“仮契約・・・”って言ってたけど、何でなの?」

『契約しておきながら、他の方とペアを組まれては困りますから、最終的にそのペアでよろしい場合のみ、本契約をしてもらうことにしてもらってます』

 無言になる二人。
 これで二人はアークのケガが治ったとしても、離れることが出来なくなってしまった。

「それで? もし、その“仮契約”とやらを破棄した場合はどうなるの?」

『《仮契約》を破棄された場合、対価を貰います』

「対価?」

 訝る二人に、声は言う。

『お二方の魂です』

 二人は目を見開いた。

「魂って……」

 呟くアークに、隣にいたキソラは言う。

「一つ言っておくけど、私の魂は先約があるから無理なんだけど?」

『それは、こちらで破棄させます』

 やけに自信満々に言う声に、キソラは再度言う。

「無理だと思うけどね。貴方がどこの誰か知らないけど、私の先約を破棄するなんて不可能」

 キソラの言葉に黙り込む声。

「安心しなさい。“仮契約”を破棄する気なんてないから」

『…………分かりました』

 キソラの言葉は通じたらしい。
 アークが何か言いたそうにしていたが、何も言わずに黙っている。

『これにて、案内を終了いたします。アーク様、キソラ様。ご健闘をお祈りします』

 プツンと声は切れた。

「何で勝手に決めた?」

 アークはやはり怒っているらしい。

「相談しなかったのは悪いけど、対価が魂なんてたちが悪い」

 キソラもキソラで、それなりに怒っていたらしい。

「まあなぁ」

 アークもそれには同意した。キソラの『先約がある』という言葉にも、破棄させようとしていた。

「それに、こちらが何らかのアクションを起こさない限り、向こうから挑まれることがないとは思う」

 アークは再度、同意したように頷いた。

「まあ、何だ。こうなった以上、協力するしかないからな」

 アークはキソラに手を差し出す。

「キソラ・エターナル。これからよろしくな」

 それに驚きつつ、キソラはその手を取る。

「こちらこそ」

 こうして、二人はパートナーとなった。

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