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第一章

第三話 旅の再開はドラゴンスタート(二)

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「あの、ルナさん? 一体、どうするおつもりですか?」

 ずっとこっちに向かって、笑顔なのが気になるんですが。

「まずは、フレイヤに囮になって、普通に攻撃してもらいます」
「おい」
「で、その間に、私はちょっと試したい魔法があるので、その準備に入ります」
「……」

 聞いちゃいねぇや、こいつ。

「そもそも、せっかく寝てたのに起こされて怒るのは分かるけど、こっちの言い分をまともに聞かずに、一方的に追いかけられるってのも腹立つし」

 だからって、攻撃していい理由にはならないと思う。

「つか、攻撃したら、余計に怒らせねぇか?」
「そこはほら、会話が無理なら、もう肉体言語で話すしかないじゃん」
「ルナさん、それどちらかっていうと脳筋的な考え方ですからね?」

 おかしいなぁ。ルナって、魔導師のはずなんだけど。

「はいはい、そんなことより、さっさとあのドラゴンを止めるよ」

 そんなことより、って、言われた本人が言っちゃ駄目な気がする。
 けどまあ、ルナがやると言うからには、やらなければならないのだろう。もしここで、彼女を一人で置いていったりなんかすれば、ルナ本人だけではなく、冒険者仲間からも何を言われるか分かったものではない。

「それで、俺がやるべき事は囮になりつつ、ドラゴンの気を引き付けておけばいいんだな?」
「うん。さっきも言ったけど、その間にこっちは準備を済ませるから」

 ルナが頷いて、タクトを取り出しながらそう告げる。

「それ、信じてもいいんだな?」
「もちろん」

 自信満々に返してきたということは、それだけドラゴンを止める方法に自信があるのか、それともその逆であるがためか。
 どちらにしろ、もうこうなればドラゴンを止めるのは決定事項だ。

「失敗するなよ」
「そっちこそ」

 そう交わして、俺が走り出せば、ルナも詠唱を始める。
 今の俺がするべきことは、何が何でもドラゴンをルナに近付けさせないことだ。

「……やっぱ、近づくとデカいな。ドラゴンって」

 ズドンズドンと地響きとともに、ドラゴンの歩く音が伝わってくる。
 小さいときは物語などで憧れたりもしたが、実際にこうして遭遇したり、見てみたりすると、とてもそれどころではないし、ドラゴンと戦った勇者たちが物凄い存在に思えてくる。
 けれどまあ、今この状況の俺だって似たようなものである。このドラゴンさえどうにかできれば、物語の登場人物たちみたいになれるはずなのだ。最終的にルナがどうにかするつもりみたいだし、完全に彼女頼みになってしまっていることは否めないが。

「っと、弱気になるな、フレイヤ! やらずに砕けることよりも、当たって砕けろ、だ」

 軽く両頬を叩けば、ルナの詠唱も終盤に入ったらしい。
 タイミング的に、第一陣といったところか。
 だったら、今の俺がやるべきことは、ドラゴンの意識を、ルナが放とうとする魔法に向けるのではなく、俺自身に向けさせる・・・・・・・・・ことだ。

「大体――少しは人の話を聴こうとしろやぁぁぁぁっ!!」

 当然、ダメージを与えられたとは思っていない。
 でも、その隙にルナの魔法が被弾する。

「っ、やっぱり駄目か……」

 魔法が効かないと分かっていたはずなのに、何故ルナは普通の魔法を放ったのだろうか。

『グルルル……』
「ドラゴンのくせに話せないとか、こいつ実はまだ子供か?」

 いつの間に隣に来たのだろう、ルナがドラゴンを見つつ、唸りながらそう言うが、これでもし幼竜とかだったら、成竜はどれぐらいの大きさになるのか。

「それより、魔法は?」
「大丈夫。発動待機状態にしたから」

 発動待機状態・・・・、ですか。

「確認し忘れたけど、試したい魔法の威力って、どのくらいなんですかね?」
「こっちや周辺には何の影響も無いから大丈夫。それに――」

 にやりとして、ルナは告げる。

「精神操作は私の十八番だからね」

 ルナがタクトを振れば、待機状態だった魔法が発動されたのだろう。闇がドラゴンを覆っていく。
 うん、でもね。正直、今のルナは悪役にしか見えない。

「……何?」
「何でもない……」

 悪役みたいだ、なんて言えば、怒られるのは目に見えるので、そっと目を逸らしたことは許してほしい。
 俺たちがこうして話している間も、闇に包まれたドラゴンがギャーギャー言いながら、その場で暴れている。
 何か……追いかけられていた時より、周辺の被害が増えているように見えるのは、気のせいか?

「……あれ、大丈夫か?」
基本ベースは沈静化する魔法だからね。多少暴れても、落ち着いてもらわないと困る」

 俺、魔法のことについては、あまり詳しくないけどさ。ドラゴンの身体を包む闇以外に魔法があるように見えるのは気のせいなのかなぁ?

「ん、そろそろか」

 ドラゴンの方も疲れてきたのか、先程よりも大人しくなってきたし、それに比例するかのように闇も少しずつだが減っている。
 そして、ドラゴンの周囲にあった闇が完全に消えれば、ドラゴンの目はこちらに向けられる。

『……』
「……」
「……」

 少しの間、互いに睨み合う。
 先程暴れていた時と同様に、無駄に迫力があるが、それよりも威圧感みたいなものがあるのは、落ち着いたからなのか、正気に戻ったからなのか。

『その――』

 眼? 眼がどうかしたのか?
 俺の眼がどうにかなったのか、俺の少し後ろにいるルナの眼がどうにかなっているのかは分からないが、それを問うことはなかった。何故なら――

『フハハハ、そういうことか。そういうことなのか』

 いきなり笑い出したドラゴンに、俺は顔を顰める。
 いや、いきなり話し出したことにも驚きはあったけど、口に出しながら、自己完結されても困るわけで。

『だがな、それとこれとは話が違うんだよ。――何故、我を目覚めさせた。事と次第によっては、手を下さざるをんぞ』
「それは、別の人に聞いてほしい所ですね」

 ある意味、本題というべき、ドラゴンからの問い掛けに、ルナがそう答える。

『何……?』
「貴方を目覚めさせたのは、私たちではなく、私たちの前にあの場に居た人物。そして、私たちはその場に居合わせただけだし、あの場に居た人はもう去っていった」

 ドラゴンの威圧に少しばかり逃げ出したくはなるが、ルナは気にせず、俺たちにとっての・・・・・・・・事実を告げる。

『では、それが正しいということも証明できないということだな』

 ドラゴンから見下ろされるような視線に、ルナの舌打ちが耳に届く。
 確かに、証明できる証拠などないのだから、俺たちの言い分を信じてもらうことは難しいのだろう。

「でも、何を言われたとしても、今ルナが言ったのが事実だ。俺たちには、別の目的でこの森に来て、あの場に居合わせただけのこと。別に信じろとは言わないが、その可能性すら視野に入れてもらえないのは、納得できない」

 この状況を、どうにか打開したかった。
 一方的に決めつけるのではなく、俺たちが言ったことを『一つの可能性』として、視野に入れておいてもらえるのなら――少なくとも、マイナス値同然だったこのドラゴンへの好感度も、少しは上がることだろう。

「……」
『……』

 じっ、とルナからもドラゴンからも視線を向けられる。居心地悪い。

『それもそうか。だが、どうする? 我はお前たちを逃がすつもりは無いぞ?』
「どうしても?」
『どうしても、だ』

 きっとルナのことだから、「あ、このドラゴン。頭堅いわ」とか思ってるんだろうな。

「――どうしても、駄目?」
『しつこいぞ。駄目だと言っているだろうが!』

 きっと、最終確認なのだろう、ルナの問いに、ごぉっ、とドラゴンから威圧のようなものが放たれる。

「……そう」

 その呟きで、今から彼女がしようとしていることが、容易に想像できる。
 ……ルナさん、強行突破する気ですね?

「私たちには別件があるって、言ったよね? そこを通してもらわないと、困るんだけど」
『我は何も困らんぞ?』
「鱗、いでやろうか。クソドラゴン」

 この際、ルナの猫が取れ掛かってるどころか、取れてるレベルになってるとか、どうでもいい。
 そして、分かっていながら言っているドラゴンもドラゴンである。どうして、そこまでして俺たちを足止めしたいのか。

「――フレイヤ」
「はいはい」

 分かってますよ。
 今までの付き合いで、全てを言わずとも、何を言いたいのかは分かっているから。

「……」

 俺が背後の確認をすることなく駆け出せば、ルナが先ほど使った、ドラゴンの視界を覆うための闇が展開される。

『――ッ、貴様らァッ!!』

 ドラゴンの怒りが伝わってくるが、無視である。

「……何とか無事に、この森を出れますように、と」

 隣に並んだルナを見て、今はただ、そう願っておくことしか出来なかった。

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