暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第5章 IFの物語(各キャラエンディング集)

スーラED【希望の物語】

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寒い 寒い

雪が降り積もる景色の中、少年は膝を抱き待ち続けていた

寒い 寒い

震えながら少年はずっと…

ずっと待ち続けていたのだ





 色素の薄い彼の生い立ちは色々と複雑だった。それは彼の色素の薄い髪の毛や肌のせいだったのか。それは彼の産まれた村が貧しかったせいなのか。それは彼のいた村に知識人がおらず、遺伝子疾患などという概念がなかったせいなのか。それは彼の特殊な能力のせいだったのか。

 幼い少年は母親に数枚の金貨で売られてしまった。

 その後も少年は複雑な人生を歩み、成長していく。その成長していく過程で、少年は自身を守るために心に誰も近づけないようになっていった。
 そして孤独が当たり前になって数十年。彼はとある目的が一致して、1人の男と知り合う事となった。このことが彼の孤独を壊す転機となったのだ。

 そう。この男と知り合ったおかげで1人の少女と出会うことが出来たのだ。


リラ・ルーグル


 彼女こそ彼の孤独を壊す人物となった。もっと詳しく言えば、その《彼女の死》が彼の転機となったのだ。
 そう。彼女は一度この世から離れた場所に行ってしまったのである。もちろん彼は絶望の底に落とされた。しかし奇跡が起きたのである。



「リラっ! リラっ……!」

 彼の呼びかけに反応して彼女が再び瞳を開いたのである。その時彼は決意した。もし傷つくことがあっても、少しでも長く彼女と同じ時間を共有したいと。彼女もそれを受け入れてくれ、晴れて2人は恋人同士となった。
 それから少しして、彼は彼女に自分の過去を知ってもらおうと決意した。これから一緒に人生を歩もうとしてくれている彼女には伝えておかないといけないと、そう考えたのだ。
 そしてある日の夜、彼はゆっくりと自分の生い立ちについて彼女に語り始めたのだったー…。



*******



「…ーとまぁ、こんナ感じで母親に売られまシて。ま、売らレた先で豪華な食事にありつケたりしたかラ、ある意味ラッキーだっタかもしれなイですけどネ~」

 あまり雰囲気を重くしてはいけないと、ひょうひょうとそう付け足して言ってみせたが、あまり意味はなかったようだ。私の顔を見上げる彼女の瞳はとても困惑しているように見えた。

「……やっぱりこンな話…重過ぎでしタね。すみませン」

 私がそう言うとリラはぶんぶんと顔を横に振った。

「何で謝るんですか? それよりも…お話していて…スーラさんは辛くないですか? 大丈夫ですか……?」

 そう言ってリラは私の手をぎゅっと、その小さな手で握ってくれた。守るように。安心させるように。

「心配しテくれて、ありがとウございまス。私が話したイと言ったンですかラ…大丈夫ですヨ」

 それから私はリラの手を握ったまま、続きを語り出した。途中、堰を切ったように彼女の瞳から涙が次々と零れ落ちた。

「ご、ごめんなさ…ひぐっ…。つ、辛いのはわ、わたしじゃ…な、いのに……」

 正直驚いた。他人の人生にこんなに涙をこぼして悲しんでくれるのだと。

「わ、わたし…何もし、らないで…ご、ごめんなさっ……」
「なんで謝るんですカ? 話してなかっタのだかラ、知らなクて当然でしょウ?」

 拭くものが近くになく、私は自分の服の袖で彼女の涙を拭った。その時、涙で臥せっていた彼女の瞳がこちらに向く。すると彼女も同じ様に私の頬に手を伸ばした。
 その時はじめて気づいた。自分も涙を流していることに。

「あ…レ…おかしいですネ…つられちゃっタかもー」

 ふ、と視界が暗くなる。まるで母親が自分の子供をその胸に抱く様に、リラが私の頭を包み、抱きしめていた。その温もりはまるで慈しみと愛情そのもので、私をとても安心させた。

「ご、めんなさい…正直…なんて、言葉をかけていいのか…わからないんです……。
 なんて言ったらスーラさんの心が救われるのか…わからないんです…でも……。でも…せめて…抱きしめるくらいは…させて、下さい……」

 その言葉を聞いた瞬間、ずっとずっと無視し続けていた感情が溢れてしまった。平気だと言い聞かせ続けていた心が、幼い頃の自分が、涙を流して泣き叫んだ。




寒い雪の中、母に売られたあの時から

幼い少年はずっと待っていた

雪の中で体を震わせながらずっと待っていたのだ

人のぬくもりを

この ぬくもりを





「ん……」

 朝日の射すベッドの上で、もぞりとリラが体を起こす。

「あ…もう…朝……」
「そう…ですネ……」
「起きなきゃ…」

 ベットから抜け出そうとするリラの腰に手を回して自分の方へと引き寄せた。

「ちょ…スーラさんっ」
「んー…朝は苦手でス…もう少し一緒に寝ましょうヨー」
「え、でも……」
「今日はお仕事お休みなンでしょウ?」
「まぁ、それはそうなんですけど…」
「だったラ、いいじゃなイですかー。それに昨夜の疲れがまだ残ってるンじゃないですカ?」

 わざと耳元でそう囁けば、彼女は何のことですか! と真っ赤な耳元を抑え言葉を返した。

「言わなくテもわかるクセに」
「やっぱりもう起きます」
「あぁ! 冗談ですヨ! 冗談!」

 慌てて訂正すれば、彼女は小さくため息をつき再び自分の腕の中に戻ってきてくれた。

「……11時までには起きますからね」
「……はイ。わかっテます」

 そう返事してリラの首元に顔を埋めると、ふわりと甘いミルクのような香りが鼻を掠める。

「……この奇跡に感謝ですネ」
「……え?」
「……リラ。ありがトう…。私を…救っテくれて…ありがトう…ございまス」
「……ふふ。何言ってるんですか。救ってくれたのはスーラさんですよ」
「そう…でシた…ね……」

 密着した所から伝わるリラの体温がとても心地よく、再び眠りへといざなわれる。それはリラも同じようで、私の腕の中で小さく欠伸をした。そんな彼女の手を握り、心地良いまどろみの中、私は再び瞳を閉じた。

 するとそのまぶたの裏にあの頃の自分が見えた。寒い雪の中、膝を抱えていた幼い少年は今、あたたかいぬくもりに包まれて寝ていた。

 とても幸せそうに。




もう 大丈夫

もう 寒くはない

私の体も 心も

もう 寒くはない





もう 寒くはない







◆END◆

※以下は物語の補足など


 スーラの生い立ちについては複雑なので別で追記します。

 彼は幼い頃母親の愛に甘えることが出来ない状況にありました。幼いスーラはそれを渇望していましたが、与えられることはなく、彼は仕方ないと、その感情を抑圧し胸の奥に仕舞い込みました。
 その仕舞い込まれた彼の感情が具現化したのが、冒頭や最後の方に出てきた雪の中の幼いスーラです。見た目は成長しても、仕舞い込まれたスーラの感情は幼いままでした。

 そのような過去があるせいか、スーラは寂しがり屋で甘えたがりな側面もあったりします。過去に満たされなかったものを補おうとしているのかもしれません。それが徐々に満たされることで彼の中の幼いスーラも成長していくのでしょう。
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