暗殺貴族【挿絵有】

八重

文字の大きさ
上 下
101 / 107
第5章 IFの物語(各キャラエンディング集)

マディーナED【壊れた物語】

しおりを挟む

※直接的な表現はありませんが、多少アダルティーな壊れ方をしています。苦手な方はご注意ください。




「……悪いけど断るよ」

 俺の返事を聞いて、目の前の女性は悲しそうに目を伏せた。少しの沈黙のあと彼女が口を開く。

「……なんで駄目なの」
「それは……」

 言葉を続けようとしたが彼女の強い言葉がそれを阻んだ。

「わたしっ…ちゃんと待ったじゃない……! マディーナが2年待ってくれって言うから……!」
「そう、だったな……」

 彼女の“2年”と言う言葉が俺の中に重く沈む。もうあれから2年も経っていたんだな……。

 あの時のことはつい先日の事のように感じるのに…

 彼女を失った喪失感は全くと言っていいほど薄れてないのに……

「悪い……。そう言えば心変わりして諦めてくれるんじゃないかと思ってた」

 それに…俺自身も少しは立ち直れるんじゃないかと思ってた。

「そんなことあるわけないじゃないっ……!」

 俺の言葉に彼女はより一層言葉を荒げる。

「だって…だってこんなにも好きなんだもの!」

 感情が高ぶり彼女の瞳からポロポロと涙がこぼれる。

「……お前なら俺以外にもいい男は現われるよ」
「わかってない! マディーナはわかってない…! 私はあなたじゃなきゃ嫌なのよ! マディーナ以外なんて考えられないっ……!」

 彼女の心からの叫びを聞いて、俺の心が…想いが涙を流した。俺も彼女みたいに心の内を全部ぶちまければ良かった。
 2年前の…まだリラが笑っていた頃にそうすれば良かった。年齢や周囲を気にして、色んな理由をつけて遠慮していたのが馬鹿だった。

「マディーナはわからないかもしれないけど…私ここまで誰かを好きになったの初めてなのよ……」
「……それは違う。違うよ……。痛いほど…その気持ちはわかるんだ」

 俺の言葉を聞いて彼女は察したようだった。

「あなたも……ずっと誰かを想っているの?」

 俺の沈黙を肯定ととった彼女は言葉を続ける。

「……でもマディーナはずっと恋人作ってないのよね。それって…あなたもフラれたの? それともまだ気持ちを伝えてないの?」
「はは…そうだな……。どっちも、かな」

 俺の声が下に落ち込む。

「そっか……」

 少しの沈黙のあと、彼女が意を決したように顔を上げた。と思ったら次の瞬間には彼女は俺の胸に飛び込んできた。

「うぉっ……!」

 予想外の衝撃に抱き着かれたまま、後ろのソファに倒れこんだ。近い距離で彼女の瞳と視線がぶつかる。

「私が忘れさせてあげるからっ。だからっ…遊びでもいいから……」

 普通こんなに女の子に密着されれば、胸の鼓動は早くなるのだろう。だけど俺の心臓はだんだん冷める様に、ゆっくりと脈を打っている。そして考えてしまう。
 
 これが彼女…リラだったらどんなに良かっただろうか。このぬくもりが奇跡のぬくもりになる事はないのだろうか、と。

「お願いよ…遊びでもいいから側にいさせて……」

 ゆっくりと瞳を閉じながら女が俺との距離を縮める。俺は冷たさを含んだ眼で彼女を見つめたままそれを受け入れた。
 驚くほど何も感動も喜びもない。ただ唇と唇が触れただけの現象。唇を離して瞳を開いた女は、俺の冷え切った表情を見て一瞬怯えたような表情を浮かべた。

「あ…ご、ごめんなさい…わたし……」

 慌てて体を離そうとした女の腕を掴んで、再び俺のもとに引き寄せた。

「俺は…お前の名前を呼ぶことはない。どんなに抱こうが決して名前を呼ばない。
 どんなに体を交えても決して共に眠りにつくことはない。
 どんなにお前に欲を吐き出そうと共に朝日を迎えることはない。
 どんなに一緒にいようとお前に気持ちを寄せることもない。
 俺はお前を多くいる女のうちのただ1人としか思わない。
 一生お前は俺の唯一になることはない」

 そこまで一気に言うと俺は一段と低く、強めの言葉を彼女に浴びせた。

「誰も俺の唯一にはなれない」

 先ほどの勢いが嘘のように女の瞳は恐怖で揺らいでいた。

「……これが最後の俺の優しさだ」

 俺は掴んでいた女の腕をパッと離すと、その体押して床に立たせた。

「ただの欲吐き人形になりたくないのなら、二度とここには来るな」

 もう、顔を上げて彼女の顔を見ることはしなかった。バタバタと足音が扉の向こう側に消えると、俺は深いため息をつきゴロンとソファに横になった。

「リラ……」

 冷たいものが一筋、頬を滑り落ちていた。




あぁ……

あったかいな……


「マディーナ様」


リラ……

リラなのか……?

俺はお前の事が……


「リラ……」

 視界が開けるとそこには俺の顔を覗き込む先ほどの女がいた。良い夢が一気に台無しにされて俺の眉間に皺が寄る。

「……なんでいるんだ」

 俺の言葉を無視して女は小さく微笑んだ。

「リラって言うんだね」
「……」
「いいわよ。私の名前なんか呼ばなくて」
「何言ってるのか、わかってるのか」
「なんなら抱きながらそう呼ばれてもいい。リラって子の代用品でもいい」
「……」
「行き場のない感情全て私に吐き出してもいい」
「はっ…お前、壊れてるな」
「壊れるくらいマディーナが好きなの。あなたも自分が壊れるくらいリラって子が好きなんでしょ?」

 その言葉に一瞬目を見開いた。そして自嘲気味に小さく笑った。

「あぁ……そうだな。お互い壊れてるな」
「私をあなたの欲吐き人形にして」
「……心が死ぬぞ」
「いい。それでもいい」
「……飽きたら人形は捨てられるんだぞ」
「いいわ。ぼろきれの雑巾みたいに捨てられても構わない。私をリラだと思って抱いて、飽きたら捨てればいいの」
「そうか……」

 俺はゆっくりと瞳を閉じて愛しい彼女の顔を思い浮かべた。そして瞳を閉じたまま、仮初めの彼女に口づけた。

 どんな感情かはわからない。だけど俺の瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。それを誤魔化すように何度も女に口づけた。

「リラ…リラ……」

 合間合間に彼女の名前を呼びながら何度も何度も……

「リラ…愛してる……」

『私もマディーナさんの事が好きです』



あぁ やっとお前に会えた



 軋むソファの音に紛れ、俺の日常が壊れていく音がした。



*******



 あれから何度あの女を抱いただろう。何度リラの名前を呼んだのだろう。

もう わからない

 あの女は俺のもとから去って行った。

「これ以上あなたが壊れていくのを見たくない」

 最後にそう言って去って行った。別に悲しくも辛くもなかった。淡々とその事実を受け入れた。
 ただ俺は自分で考えていた以上にあの女に依存していたようだった。いや、女にじゃない。

 リラの幻を見ながら女を抱く行為に依存していたのだ。



「あ、あのっ……!」
「ん? どうした?」
「わ、わたし…先生の事……マディーナの事が好きなのっ」
「……ありがとう。気持ちはありがたく受け取っておくよ。でも今、恋人は募集してないんだ」
「……もしかしてお付き合いしている人がいるんですか?」
「いや、いないよ。でも今は作る気は全くないんだ」
「そ、そんな……」

 涙ぐむ女にハンカチを渡すとマディーナは彼女の耳元に唇を寄せた。

「……遊ばれてもいいなら今夜うちにおいで」

 耳元を真っ赤にさせて女がマディーナの顔を見れば、彼は妖艶な笑みを零してみせた。女は本能的にそれが危険な笑みだと感じたが、それと同時にとても甘美な果実のようにも思えてしまった。

 甘美で艶美な…危険な果実。

「……はい」

 女の返事を聞くとマディーナは小さく口元を歪ませた。




これでまたリラ…お前に会える

俺は決して途絶えさせない

あの ぬくもりを





◆END◆

※以下は物語の補足です

 物語の中でマディーナは先生と呼ばれてますが、彼は街で催眠療法を行っています。壊れるまでは、マディーナは患者さんに言い寄られても絶対に手は出しませんでした。オンとオフはきっちりしていたのですが、壊れてしまった彼は女の肌のぬくもりを求めて患者にも手を出すようになりました。
 マディーナにとって女はあくまでもリラの代用品で、体のみの関係なのですが、何故かそのことを受け入れてくれる女性ばかり彼の周りに集まってくるようになります。まるで吸い寄せられるように。もう彼の崩壊は誰にも止められないのです。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

見知らぬ男に監禁されています

月鳴
恋愛
悪夢はある日突然訪れた。どこにでもいるような普通の女子大生だった私は、見知らぬ男に攫われ、その日から人生が一転する。 ――どうしてこんなことになったのだろう。その問いに答えるものは誰もいない。 メリバ風味のバッドエンドです。 2023.3.31 ifストーリー追加

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

処理中です...