暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第5章 IFの物語(各キャラエンディング集)

ギル&ジルED【壊れた物語】

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舞台にパッと2つのスポットライトがつく。

そこには同じ顔の少年が2人立っていた。

2人の少年の手には開かれた古ぼけた本がある。

少年達はその本に視線を落とすと、静かな口調で交互に語りだす。



「少年達は彼女を失って絶望しました」

「毎日毎日いないはずの彼女の姿を」

「彼女の声を探しました」

「探して、探して」

「苦しんで、苦しんで」

「泣いて、泣いて」

「少年達はどうしたら」

「この苦しみから」

「この悲しみから」

「解放されるのかを考えました」

「そして少年達は思いついたのです」

「魔法を使って」

「彼女を蘇らせるのを」

「魔法には必要なものがいくつかありました」

「1つめ 少年達しかいない密閉された空間」

「2つめ 彼女の痕跡」

「3つめ これが一番重要」

「それは 彼女への愛 」

「この3つが揃った時、少年達は苦しみから解放されました」

「そう。少年たちの前に」

「愛しい彼女が蘇ったのです」



*******



 ギルは部屋に入ると後ろ手でカチャと鍵を閉めた。先に部屋に入っていたジルはボスンとソファに座ると、背もたれに背中を預けて、だるそうに顔を上に向けた。


「はぁ……今日もレッスン疲れた~」
「レッスンってヴァイオリンのですか?」
「うん。そうそう。最近先生がスパルタ気味でね~」
「そうなんですね。ジル様お疲れ様です」
「本当に疲れたよ~。ね、ギル?」

「うん。俺も疲れちゃった」


 ギルもソファに座ると小さくため息をついた。


「ギル様もお疲れ様です」
「なんかさ……別にプロ目指してるわけじゃないんだから、もっとゆるく練習したいんだよなぁ」


 ジルがそう言うとギルも覇気のない声でそれに賛同する。


「あー。それわかるー。なんか、今更頑張ってもね……」

「そんな悲しいこと言わないでください。私はお2人が演奏する曲とても好きなんですから」
「う~ん。リラちゃんがそんな風に言ってくれるならもうちょっと頑張ってみようかな」


 少し嬉しそうにジルがそう言うとギルも合わせて笑顔を作って見せる。


「そうだね。……ちょっとならまだ頑張れるかな」

「あ! そうだ! いいこと思いついた!」
「いいことって…ジル様の閃きには嫌な予感しかしなんですが……」
「毎日のレッスン頑張るかわりにリラちゃんが何かご褒美ちょうだい」
「えぇっ…! ご褒美って私なんかが差し上げれるようなものは何も……」
「いやいや、別に物が欲しいわけじゃないから。ね? ギル」

「うん。だいたい欲しい物は手に入るし…そうだなぁ……」


 ギルは少し考えて口を開いた。


「じゃあ、添い寝なんてどう?」

「そ、添い寝……ですか?」

「リラちゃんが真ん中で俺達がそれを挟むような形でさ」

 
 ギルの提案にジルはソファに預けていた背中を起こし、少し弾んだ声で賛同した。


「それいいね!」
「え!? ジル様それはいくらなんでも……」
「いいじゃん別に~。減るものじゃないしさっ」
「確かにそうなんですけど……」
「一緒に寝るだけだよ? どうしても駄目?」


 ジルはまるで捨てられた子犬のように、甘えるような声で懇願する。


「……わかりました。本当に一緒に寝るだけですよ…!」
「マジで!? やったーー! じゃあ早速寝よ!」


 ジルは大げさに喜んでみせるとリラを手に取りベッドのある方へと歩き出した。


「えっ!? 今日ですか!? 明日の話じゃー」
「善は急げって言うでしょ! ね?ギル」


「そうそう。リラちゃん抵抗しても1対2だから諦めた方が早いよ?」

「えぇっ……!」






「リラちゃん狭くない?」
「はい。ジル様こそ大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だよ…ありがとう」
「ねぇ…明日も3人一緒だよね。リラちゃん。ギル……」

「何言ってんの当たり前だろ。そんなこと」

「はい。明日も3人一緒ですよ……」

「そうだよね……」

「そうだよ…だからもう今日は寝よう。
 ……おやすみ。ジル。おやすみ…リラちゃん」

「はい。おやすみなさいませ。ギル様」

「おやすみ。ギル。おやすみ。リラちゃん」
「はい。おやすみなさいませ。ジル様」


また明日…







 明日も一緒で……



*******



スポットライトが消え、薄暗くなった舞台の真ん中に先ほどの少年が1人立つ。

薄暗く、どちらの少年かはわからない。

少年は手に持つ本をパタンと静かに閉じた。

そして本のタイトルを指でなぞる。

二重線で消された文字の上には【奇跡の物語】と書かれている。

その文字はところどころ擦れており、今にも消えそうだった。

少年はその文字を今一度なぞると、どこか落ち着いた、冷静な声で語り始めた。



「本当はわかっているんです。これが 仮初めの奇跡 だと。
 それでも…そうだとしても。俺達……彼を救うにはあの魔法を使うしかなかった。彼の奇跡を信じてあげれるのは俺だけなんです。彼女の存在を肯定できるのは俺達しかいないんです」

「だから…だからもうしばらく……このままで……。
 どうかあの幸せな空間を壊さないでください」



少年は涙をポトリと本に落とす。

いつか気づいてしまうとしても…それでも…

俺達は…今はまだ奇跡の中にいたいんです

少年は本を舞台にそっと置くと、その姿をゆっくりと舞台の奥の闇に溶かしていった。

先ほどの少年の涙で二重線が滲み、消されたタイトルが浮かび上がる。

そのタイトルは

【 壊 れ た 物 語 】



◆END◆
※以下は物語の解説です

 リラを失い情緒不安定になった2人。特にジルの方が酷く、ギルとしてはとても見てられる状態ではありませんでした。しかし自分も失意の底にいたためどうすることもできずにいました。
 そんなある日、とうとうジルが壊れてしまいました。リラのメイド服に向かって1人会話をするようになってしまったのです。あたかもそこにリラがいるかのように。
 ギルはそれを見て決意しました。妄想でもいい、幻覚でもいい。ジルに奇跡を与えようと。自分がリラがそこにいると認めれば、リラは存在する。そしてジルは救われるのだと考えました。それから2人と幻想のリラとの生活が始まったのでした。

 本文の会話を見るとわかるのですが、ギルはジルに合わせてリラに会話を振っています。台詞の位置もジルはリラと密接していますが、ギルの台詞は2人から離れています。またベッドに向かうシーンで ジルがリラ手を取り ではなく ジルがリラ手に取り、としているのも《リラ》が《リラが着ていたメイド服》だからです。

 そしてそうやって生活していくうちにギルも幻想のリラの存在に心を癒されていきます。いつかは終わらせないといけないと思いつつも…今日も2人は幻想を抱いて眠りにつくのです。
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