暗殺貴族【挿絵有】

八重

文字の大きさ
上 下
91 / 107
第4章 サリエル編

誓い①

しおりを挟む


私が欲したものはたった1つだった

それは人間の犯した最大の罪であり

世界の始まりとなり、世界を構築するもの

そして単純にて複雑

明瞭にて不可解

私はどうしてもそれが欲しかったのだ…

たとえどんな犠牲を払おうとも…

欲しかった…

ただ、欲しかったのだ。



彼女の愛が




【誓い】




「リラっ…そんなっ…そんなっ!」


 サリエルは横たわるリラの姿を見ると草原に膝をつき、拳を地面へと何度も叩きつけた。そんなサリエルの隣でラリウスはマディーナに支えられながらリラの姿を見下ろしていた。


(あぁ。綺麗だ)


 燃え上がる教会の炎の光がリラの滑らかな頬の上をゆらゆらと揺らめいている。炎に照らされたその表情はどこか安らかで、ラリウスはその光景を素直に美しいと感じた。いや、それ以外ラリウスの脳は感じ取ろうとしなかったのだ。


「ラリウス…」


 静かに横たわるリラを前にして何も言わず、動こうともしないラリウスにマディーナは心配になり声をかけた。しかしラリウスは何の反応もしめすことなく、ただただリラの顔を見つめ続けていた。マディーナはわかっていた。それがある種の拒絶反応だと。受け入れたくない現実が目の前にあるのだ。
 しかしいつまでもそう現実を拒否出来るわけじゃなかった。ラリウスは虚ろな瞳でリラの側まで行くと声にならない声を漏らしながらその場に崩れ落ちた。


「リラさん…リラさん…」


 何度も愛しい人の名前を呟きその頬を優しく撫でる。リラの頬には微かに生きていた頃の熱が残っており、それが余計にラリウスの胸を締め付けた。ラリウスはリラの手を自分の手のひらで優しく包むと、まるで神に祈るように額につけた。


「お願いです…目を、開けてください…。また、笑いかけて下さい…また、私の名前を…呼んで下さい…。お願い、です……」


 涙と苦しみと共に絞り出された言葉は彼女に届く事はない。彼もその事は充分承知していた。しかし願わずにはいられなかったのだ。


「リラさんっー!」





 それからしばらく誰も口を開くことはなく、ただすすり泣く声と燃え上がる炎の音だけが夜空に響いていた。


「…ラリウス」


 そんな悲しみの沈黙を破ったのはサリエルだった。自分の言葉に相手の反応はなかったがサリエルは構わず言葉を続けた。


「お前なら知ってるだろうが…悪魔との契約でも死者を蘇らせることはほぼ不可能だ」

「……死んだものの魂を呼び戻すのが困難であるうえに生体活動が出来る肉体がないと魂を入れることができない…。
 ……そんなのわかってますよ。わかってるに決まってるでしょう!?」


 サリエルの言葉にラリウスは声を荒げた。彼女の死が揺らがないことがわかっているからこその反応だった。それは周りの皆も同じようでジルは声を荒げサリエルに掴みかかった。


「お前がリラちゃんをこんな目にあわせたんだろっ…! よくぬけぬけとっ…そんなことっ…そんなこと……」


 最初は勢いのよかった言葉が語尾になるにつれ弱く震える。そんなジルのかわりにギルが言葉を続ける。


「俺らお前を絶対に許さないから。絶対に……許さない」

「……本当に申し訳ないことをした。すまない。本当にすまない」


 素直に謝るサリエルに怒りをどうぶつけていいかわからず、ジルとギルは言葉は返さずギリと唇を噛み締めた。


「申し訳ないと思っているなら今すぐ死んでよ」


 ギルとジルがその言葉に振り向くと、そこには目元を赤く晴らしたシルキーがサリエルの方を睨みつけ立っていた。


「なんでリラが死んでお前が生きているの!? 目障り! さっさと死んでよ!!」


 今まで見たことのないシルキーの様子にジルもギルも驚きを隠せないでいた。


「自分で死ねないならさ、僕が殺してあげるから…」


 そう言ってシルキーはナイフを手に取り前に構える。


「だから僕の視界から消えてよ…! さっさと死んでよ!!」

「シルキー!」

「お兄様ダメッ」


 今にもサリエルに襲いかかりそうなシルキーにティーナが慌てて止めに入ろうとしたその時、アンが勢いよくシルキーの体に抱きついた。


「ダメなの…ダメなのっ…!」

「アン…」

「リラさん…血が…ひぐっ…いっぱいでっ…うぅっ…アンはもう…血は…ぅくっ…見たくない、ですっ」


 涙ながらにそう訴えるアンの姿にシルキーはカランとナイフを地面に落とし、アンをギュッと抱き返した。


「…ごめん。ごめんねアン」


 抱き合い再び泣き出す2人に周りの者の瞳にも再び涙が滲んだ。彼女と言う存在がいなくなった舞台は悲劇の色に染まりはじめていた。再び暗く重い空気が場を支配する。
 マディーナも皆同様悲しみに打ちひしがれていたかったが、自分がこの場をなんとかしないと、この後どうすべきかを考えなくてはいけない立場にあることを理解していた。


「……ラリウス。辛いだろうがとりあえずお前の怪我を見ないと……。それにリラもずっとこのままじゃ……可哀相だ……」

「いや、移動するのは少し待ってくれ」


 サリエルの言葉にジルとギルが反応し、悲しみと怒りの籠った瞳でギッと睨みつける。


「お前に発言権はないんだよ」
「黙ってろよ」

「そのような反応になるのはわかる。しかし少しだけ私の話を聞いてくれ。もしかしたら可能性があるかもしれないのだ」


 サリエルの言葉にラリウスがピクリと反応し、怒りを込め言葉を返す。


「可能性……? もしかしてリラさんが生き返る魔法があるとでも……? 先程不可能だとおっしゃてたのに……?」

「……お前が先程言った通り、魂を戻すのは容易ではない。そのうえに肉体が健全でないと魂を戻せない。
 しかし、堕天したとはいえ私は死を司る天使だった。……もしかしたらまだ魂を戻せるかもしれない」


 サリエルの言葉に一瞬希望の光が灯るラリウスだったが、すぐにその表情を戻し、視線を落とすと苦々しく口を開いた。


「だとしても肉体がこのままでは……。魂を戻したあとすぐに彼女は…再び苦しんで亡くなってしまいます。そんなこと……酷です」


 ある意味全ては導かれたことだったことかもしれない。そんなことを思いながらサリエルは意を決したように言葉を紡いだ。


「……私の肉体がある」


 その言葉にラリウスはハッと顔をあげサリエルの方を見た。


「リラの損傷した部分を私のものと交換すれば良い。残された力を全て注げばそれぐらいできるかもしれない」

「……ですが、そうすればあなたはー」

「ラリウス。……これは私の罪滅しだ。リラから奪ってばかりだった私の罪滅しなのだ」


 強い意志の込められたサリエルの言葉を聞き、ラリウスは小さく頷いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

見知らぬ男に監禁されています

月鳴
恋愛
悪夢はある日突然訪れた。どこにでもいるような普通の女子大生だった私は、見知らぬ男に攫われ、その日から人生が一転する。 ――どうしてこんなことになったのだろう。その問いに答えるものは誰もいない。 メリバ風味のバッドエンドです。 2023.3.31 ifストーリー追加

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

処理中です...