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第4章 サリエル編
誓い①
しおりを挟む私が欲したものはたった1つだった
それは人間の犯した最大の罪であり
世界の始まりとなり、世界を構築するもの
そして単純にて複雑
明瞭にて不可解
私はどうしてもそれが欲しかったのだ…
たとえどんな犠牲を払おうとも…
欲しかった…
ただ、欲しかったのだ。
彼女の愛が
【誓い】
「リラっ…そんなっ…そんなっ!」
サリエルは横たわるリラの姿を見ると草原に膝をつき、拳を地面へと何度も叩きつけた。そんなサリエルの隣でラリウスはマディーナに支えられながらリラの姿を見下ろしていた。
(あぁ。綺麗だ)
燃え上がる教会の炎の光がリラの滑らかな頬の上をゆらゆらと揺らめいている。炎に照らされたその表情はどこか安らかで、ラリウスはその光景を素直に美しいと感じた。いや、それ以外ラリウスの脳は感じ取ろうとしなかったのだ。
「ラリウス…」
静かに横たわるリラを前にして何も言わず、動こうともしないラリウスにマディーナは心配になり声をかけた。しかしラリウスは何の反応もしめすことなく、ただただリラの顔を見つめ続けていた。マディーナはわかっていた。それがある種の拒絶反応だと。受け入れたくない現実が目の前にあるのだ。
しかしいつまでもそう現実を拒否出来るわけじゃなかった。ラリウスは虚ろな瞳でリラの側まで行くと声にならない声を漏らしながらその場に崩れ落ちた。
「リラさん…リラさん…」
何度も愛しい人の名前を呟きその頬を優しく撫でる。リラの頬には微かに生きていた頃の熱が残っており、それが余計にラリウスの胸を締め付けた。ラリウスはリラの手を自分の手のひらで優しく包むと、まるで神に祈るように額につけた。
「お願いです…目を、開けてください…。また、笑いかけて下さい…また、私の名前を…呼んで下さい…。お願い、です……」
涙と苦しみと共に絞り出された言葉は彼女に届く事はない。彼もその事は充分承知していた。しかし願わずにはいられなかったのだ。
「リラさんっー!」
それからしばらく誰も口を開くことはなく、ただすすり泣く声と燃え上がる炎の音だけが夜空に響いていた。
「…ラリウス」
そんな悲しみの沈黙を破ったのはサリエルだった。自分の言葉に相手の反応はなかったがサリエルは構わず言葉を続けた。
「お前なら知ってるだろうが…悪魔との契約でも死者を蘇らせることはほぼ不可能だ」
「……死んだものの魂を呼び戻すのが困難であるうえに生体活動が出来る肉体がないと魂を入れることができない…。
……そんなのわかってますよ。わかってるに決まってるでしょう!?」
サリエルの言葉にラリウスは声を荒げた。彼女の死が揺らがないことがわかっているからこその反応だった。それは周りの皆も同じようでジルは声を荒げサリエルに掴みかかった。
「お前がリラちゃんをこんな目にあわせたんだろっ…! よくぬけぬけとっ…そんなことっ…そんなこと……」
最初は勢いのよかった言葉が語尾になるにつれ弱く震える。そんなジルのかわりにギルが言葉を続ける。
「俺らお前を絶対に許さないから。絶対に……許さない」
「……本当に申し訳ないことをした。すまない。本当にすまない」
素直に謝るサリエルに怒りをどうぶつけていいかわからず、ジルとギルは言葉は返さずギリと唇を噛み締めた。
「申し訳ないと思っているなら今すぐ死んでよ」
ギルとジルがその言葉に振り向くと、そこには目元を赤く晴らしたシルキーがサリエルの方を睨みつけ立っていた。
「なんでリラが死んでお前が生きているの!? 目障り! さっさと死んでよ!!」
今まで見たことのないシルキーの様子にジルもギルも驚きを隠せないでいた。
「自分で死ねないならさ、僕が殺してあげるから…」
そう言ってシルキーはナイフを手に取り前に構える。
「だから僕の視界から消えてよ…! さっさと死んでよ!!」
「シルキー!」
「お兄様ダメッ」
今にもサリエルに襲いかかりそうなシルキーにティーナが慌てて止めに入ろうとしたその時、アンが勢いよくシルキーの体に抱きついた。
「ダメなの…ダメなのっ…!」
「アン…」
「リラさん…血が…ひぐっ…いっぱいでっ…うぅっ…アンはもう…血は…ぅくっ…見たくない、ですっ」
涙ながらにそう訴えるアンの姿にシルキーはカランとナイフを地面に落とし、アンをギュッと抱き返した。
「…ごめん。ごめんねアン」
抱き合い再び泣き出す2人に周りの者の瞳にも再び涙が滲んだ。彼女と言う存在がいなくなった舞台は悲劇の色に染まりはじめていた。再び暗く重い空気が場を支配する。
マディーナも皆同様悲しみに打ちひしがれていたかったが、自分がこの場をなんとかしないと、この後どうすべきかを考えなくてはいけない立場にあることを理解していた。
「……ラリウス。辛いだろうがとりあえずお前の怪我を見ないと……。それにリラもずっとこのままじゃ……可哀相だ……」
「いや、移動するのは少し待ってくれ」
サリエルの言葉にジルとギルが反応し、悲しみと怒りの籠った瞳でギッと睨みつける。
「お前に発言権はないんだよ」
「黙ってろよ」
「そのような反応になるのはわかる。しかし少しだけ私の話を聞いてくれ。もしかしたら可能性があるかもしれないのだ」
サリエルの言葉にラリウスがピクリと反応し、怒りを込め言葉を返す。
「可能性……? もしかしてリラさんが生き返る魔法があるとでも……? 先程不可能だとおっしゃてたのに……?」
「……お前が先程言った通り、魂を戻すのは容易ではない。そのうえに肉体が健全でないと魂を戻せない。
しかし、堕天したとはいえ私は死を司る天使だった。……もしかしたらまだ魂を戻せるかもしれない」
サリエルの言葉に一瞬希望の光が灯るラリウスだったが、すぐにその表情を戻し、視線を落とすと苦々しく口を開いた。
「だとしても肉体がこのままでは……。魂を戻したあとすぐに彼女は…再び苦しんで亡くなってしまいます。そんなこと……酷です」
ある意味全ては導かれたことだったことかもしれない。そんなことを思いながらサリエルは意を決したように言葉を紡いだ。
「……私の肉体がある」
その言葉にラリウスはハッと顔をあげサリエルの方を見た。
「リラの損傷した部分を私のものと交換すれば良い。残された力を全て注げばそれぐらいできるかもしれない」
「……ですが、そうすればあなたはー」
「ラリウス。……これは私の罪滅しだ。リラから奪ってばかりだった私の罪滅しなのだ」
強い意志の込められたサリエルの言葉を聞き、ラリウスは小さく頷いた。
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