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第4章 サリエル編
交差する願い⑤
しおりを挟む目の前の何もない空間から現れたそれに私は息を飲んだ。自分達と同じような姿形なのに、その風格からは神々しさと威厳を感じた。
「は、はは…。本当にあ、現れた……」
私の体は歓喜で震えた。こいつが願いを叶えてくれる。復讐してくれる存在。
「……主はお前かと聞いている」
「あ、あぁ! 私がお前を呼び出したんだ」
「では主よ。お前の望みはなんだ」
「私の『望み』それは―………神の代わりに裁きを下す」
力強い声ではっきりとそう答えると、ずっと無表情だったサリエルが少しだけ口元を歪ませたのだ。その一瞬だけ私は彼と近いものを感じた気がした。
「……裁き、か」
「出来ないのか?」
「いや。ただちょっと『神の代わりに』というのが興味深くてな……」
「興味深い……?」
「あぁ。私も神の在り方について不満を持っていてな―…。
どうだ? こちらの要求を飲んでくれたら好条件で契約しよう」
「……要求とは?」
「言葉通り神の代わりに裁きを下してもらう。お前の血族をかけてな」
「私の子孫代々までと言う事か…。で好条件とは?」
「代償として普通魂を頂くが、貰ったりしない。……そして他にも望みを聞いてやる」
正直魂を渡すか渡さないかなんてどうでもよかったのだ。だって彼女はもうこの世にいないのだから。
ただ、もう一つ願いが叶うなら…
「他の望み…か……」
できれば彼女を蘇らせることが出来るのならばそれが一番なのだ。
しかし悪魔や堕天使の力を借りても死者の魂を蘇らせる事ができないのは、もう散々調べてわかっていた。
ふと、頭の中に彼女の声と柔らかい笑顔が浮かぶ。
(兄様。私…、兄様とまたここに来たいです。また一緒にこの白い花畑を見たいです)
それは彼女への恋心に初めて気づいた時の事。
(ねぇ、兄様約束よ? また連れてきてくださいね)
あぁ…そうだ。
私は約束したのだ。彼女をそこに連れて行くと。だから約束を果たさなくてはいけない。
そう。今は無理だとしても来世で。
「私の望み…それはー…」
「リラー…」
「ラリウス様っ!?」
(ラ、リ…ウス…?)
誰の事だろう―…?
ぼやけた視界に映る黒髪の少年は酷く慌てた様子で同じ名前を連呼する。
「ラリウス様っラリウス様っ」
「……」
「大丈夫ですか!? ラリウス様っ」
彼は―…。彼の名は…
「………ジュ、ドー…?」
名前を呼ぶと彼の瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。
「っ! そうですっ! ジュドーですっ! ラリウス様っ」
ラリウス―…
そうだ。私はラリウス…
私の名前はラリウス・メイザース…!
そこでぼやけていた思考が一気に冴えた。
「ジュドー私は…」
「あぁっ…! ラリウス様無理して起き上がらないで下さい!
すぐにマディーナ様をお呼びするので」
ジュドーはそう言うとバタバタと部屋を出ていった。
(……呼吸器に点滴……。どうやら私は危険な状態だったようですね……)
点滴が刺されてない方の手で呼吸器を外し、上半身だけ起こしゆっくりと一呼吸した。
(……さっき自分が自分である事がわからなかった)
それは夢の中で自分がラリウスという存在ではなかったから。
(いや…違う。あれは…)
夢じゃない―
そう。あれは記憶だ。
ある1人の男の記憶。
「ラリウスっ!」
バタンと扉を勢い良く開きマディーナとジュドーが部屋に入ってきた。
「マディーナ…」
「大丈夫か…っておまっ…起き上がって…!」
「心配かけたようで…すみません」
「っ~~! お前っ…本当にっ……」
「この通り私は大丈夫ですから」
そう言いニコリと笑うとマディーナは安心したようで、全身の力が抜けたようにうなだれた。
「………はぁ。…そうか。…本当に良かった。どっか違和感とか痛い所とかないか?」
「それは大丈夫です。……私はどのくらい眠っていたのですか?」
ラリウスがそう聞くとマディーナは呆れたようなため息をつき答えた。
「はぁ…。眠ってたっつーか倒れてたんだ! で、今日で4日目だ」
「っ! そんなに…!?」
「そうだよ。お前全然反応しないし…」
マディーナの声を少し遠くに聞きながらラリウスは自分が倒れた時の事を思い出していた。
(あの時あそこにいたのは―…サリエル…)
そして、倒れるまさにその瞬間頭に流れてきた幼い少女と女性の映像。先ほどまで夢で見ていたある男の断片的な記憶。
ラリウスの頭の中で2つの点が繋がる。
「ちょ…俺の話聞いてんのか―」
「マディーナっ!」
突然声を張り上げたラリウスにマディーナはビクリと肩を揺らした。
「うぉうっ! きゅ、急に何だよ」
「リラが…リラさんが危ない! 早く彼女の所に行く準備を…!」
唐突に出てきたリラの名前にマディーナは首をかしげる。
「へ? リラが? どういう事だ?」
「それは後で説明します。ジュドー」
「はっ、はい!」
「すみませんが、あなたはロードと一緒にルース・メイザースと言う人物について調べて下さい」
「はいっ! かしこまりましたっ!」
いきなりの命令に多少戸惑ったものの、ジュドーは素直に返事をすると急いで部屋を出ていった。
「ルース・メイザース…?」
その名前に馴染みがないのかマディーナは不思議そうに名前を呟き、ラリウスの方を見た。
「私のご先祖様です」
「ご先祖様……?」
「えぇ。彼はメイザース家の三代目当主。そして彼が…呪われたメイザース家……。
いえ、暗殺貴族の始まりとなる人物です」
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