暗殺貴族【挿絵有】

八重

文字の大きさ
上 下
70 / 107
第4章 サリエル編

交差する願い⑤

しおりを挟む



 目の前の何もない空間から現れたそれに私は息を飲んだ。自分達と同じような姿形なのに、その風格からは神々しさと威厳を感じた。


「は、はは…。本当にあ、現れた……」


 私の体は歓喜で震えた。こいつが願いを叶えてくれる。復讐してくれる存在。


「……主はお前かと聞いている」
「あ、あぁ! 私がお前を呼び出したんだ」
「では主よ。お前の望みはなんだ」
「私の『望み』それは―………神の代わりに裁きを下す」


 力強い声ではっきりとそう答えると、ずっと無表情だったサリエルが少しだけ口元を歪ませたのだ。その一瞬だけ私は彼と近いものを感じた気がした。


「……裁き、か」
「出来ないのか?」
「いや。ただちょっと『神の代わりに』というのが興味深くてな……」
「興味深い……?」
「あぁ。私も神の在り方について不満を持っていてな―…。
 どうだ? こちらの要求を飲んでくれたら好条件で契約しよう」
「……要求とは?」
「言葉通り神の代わりに裁きを下してもらう。お前の血族をかけてな」
「私の子孫代々までと言う事か…。で好条件とは?」
「代償として普通魂を頂くが、貰ったりしない。……そして他にも望みを聞いてやる」


 正直魂を渡すか渡さないかなんてどうでもよかったのだ。だって彼女はもうこの世にいないのだから。

 ただ、もう一つ願いが叶うなら…


「他の望み…か……」


 できれば彼女を蘇らせることが出来るのならばそれが一番なのだ。
 しかし悪魔や堕天使の力を借りても死者の魂を蘇らせる事ができないのは、もう散々調べてわかっていた。

 ふと、頭の中に彼女の声と柔らかい笑顔が浮かぶ。


(兄様。私…、兄様とまたここに来たいです。また一緒にこの白い花畑を見たいです)


 それは彼女への恋心に初めて気づいた時の事。


(ねぇ、兄様約束よ? また連れてきてくださいね)


 あぁ…そうだ。
 私は約束したのだ。彼女をそこに連れて行くと。だから約束を果たさなくてはいけない。

 そう。今は無理だとしても来世で。



「私の望み…それはー…」





「リラー…」

「ラリウス様っ!?」

(ラ、リ…ウス…?)

誰の事だろう―…?
 
 ぼやけた視界に映る黒髪の少年は酷く慌てた様子で同じ名前を連呼する。


「ラリウス様っラリウス様っ」

「……」

「大丈夫ですか!? ラリウス様っ」


彼は―…。彼の名は…


「………ジュ、ドー…?」


 名前を呼ぶと彼の瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。


「っ! そうですっ! ジュドーですっ! ラリウス様っ」


ラリウス―…

そうだ。私はラリウス…

私の名前はラリウス・メイザース…!


 そこでぼやけていた思考が一気に冴えた。


「ジュドー私は…」
「あぁっ…! ラリウス様無理して起き上がらないで下さい!
 すぐにマディーナ様をお呼びするので」


 ジュドーはそう言うとバタバタと部屋を出ていった。


(……呼吸器に点滴……。どうやら私は危険な状態だったようですね……)


 点滴が刺されてない方の手で呼吸器を外し、上半身だけ起こしゆっくりと一呼吸した。


(……さっき自分が自分である事がわからなかった)


 それは夢の中で自分がラリウスという存在ではなかったから。


(いや…違う。あれは…)


夢じゃない―

そう。あれは記憶だ。

ある1人の男の記憶。




「ラリウスっ!」


 バタンと扉を勢い良く開きマディーナとジュドーが部屋に入ってきた。


「マディーナ…」

「大丈夫か…っておまっ…起き上がって…!」

「心配かけたようで…すみません」

「っ~~! お前っ…本当にっ……」

「この通り私は大丈夫ですから」


 そう言いニコリと笑うとマディーナは安心したようで、全身の力が抜けたようにうなだれた。


「………はぁ。…そうか。…本当に良かった。どっか違和感とか痛い所とかないか?」

「それは大丈夫です。……私はどのくらい眠っていたのですか?」


 ラリウスがそう聞くとマディーナは呆れたようなため息をつき答えた。


「はぁ…。眠ってたっつーか倒れてたんだ! で、今日で4日目だ」

「っ! そんなに…!?」

「そうだよ。お前全然反応しないし…」


 マディーナの声を少し遠くに聞きながらラリウスは自分が倒れた時の事を思い出していた。

(あの時あそこにいたのは―…サリエル…)

 そして、倒れるまさにその瞬間頭に流れてきた幼い少女と女性の映像。先ほどまで夢で見ていたある男の断片的な記憶。
 ラリウスの頭の中で2つの点が繋がる。


「ちょ…俺の話聞いてんのか―」

「マディーナっ!」


 突然声を張り上げたラリウスにマディーナはビクリと肩を揺らした。


「うぉうっ! きゅ、急に何だよ」

「リラが…リラさんが危ない! 早く彼女の所に行く準備を…!」


 唐突に出てきたリラの名前にマディーナは首をかしげる。


「へ? リラが? どういう事だ?」

「それは後で説明します。ジュドー」

「はっ、はい!」

「すみませんが、あなたはロードと一緒にルース・メイザースと言う人物について調べて下さい」

「はいっ! かしこまりましたっ!」


 いきなりの命令に多少戸惑ったものの、ジュドーは素直に返事をすると急いで部屋を出ていった。


「ルース・メイザース…?」


 その名前に馴染みがないのかマディーナは不思議そうに名前を呟き、ラリウスの方を見た。


「私のご先祖様です」

「ご先祖様……?」

「えぇ。彼はメイザース家の三代目当主。そして彼が…呪われたメイザース家……。
 いえ、暗殺貴族の始まりとなる人物です」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

見知らぬ男に監禁されています

月鳴
恋愛
悪夢はある日突然訪れた。どこにでもいるような普通の女子大生だった私は、見知らぬ男に攫われ、その日から人生が一転する。 ――どうしてこんなことになったのだろう。その問いに答えるものは誰もいない。 メリバ風味のバッドエンドです。 2023.3.31 ifストーリー追加

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

処理中です...