暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第2.5章 幕間

詐欺事件③

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 いつも歩いている道だけど、シルキー様と一緒に歩くとなんだか新鮮な気持ちになる。時々、若い女の子達がシルキー様の存在に気づき騒いでたりしていたけど、シルキー様は特に気にすることもなく歩みを進めていく。

 そのことで私は何となくシルキー様から数歩下がり、一定の距離をあけ歩いていていた。するとシルキー様はぴたりと立ち止まりこちらに顔を向けた。


「なんで離れて歩いてるの?」

「使用人の立場で隣に並んで歩くなんてできません」


 私がそう言うとシルキー様は大きなため息をついた。


「今日はリラお休みなんでしょ。使用人の立場忘れなよ」

「でもそんな訳には…」

「僕がいいって言ってるんだからいいんだよ」


 シルキー様はそう言うと私に近づき、私の手首をつかんで歩き出した。


「わっ! ちょ、ちょっと待ってください…!」

「リラが離れて歩くからでしょ」

「わ、わかりました! 並んで歩きますから!」


 私の言葉を聞くとシルキー様は満足げに微笑んで私の腕から手を離した。本当に年上の私なんかより何枚も上手だ。
 

「そういえば……先ほどロードさんに叱られると思っていたので、少しびっくりしました」

「……ジュドーがうまく胡麻化したんじゃない? 
 ま、胡麻化したところでロードには全てばれてそうだけど」

「そうかもしれませんね。
 でもジュドーさんには後でお礼を言っておきます」


 一呼吸おいてシルキー様が不機嫌そうな顔でこちらを見上げた。


「リラって最近ジュドーと仲がいいの?」

「いえ! とくに仲がいいというわけでは…。なんだか私叱られてばかりですし…」

「ふ~ん…」


 暫しの沈黙に横をちらりと見てみると、シルキー様は前をジッと見つめ、何か考え込んでるような表情をしていた。


「……シルキー様?」

「リラはさ、もうちょっと…色々自覚した方がいいよ」

「自覚、ですか……? なんの自覚でしょうか?」

「それは……」


 そこまで言ってシルキー様は口をつぐんでしまった。


「あ…トラブルメイカーという自覚を持てってことです…よね?」

「違う」


 はぁ、と何度目かになるため息をつくシルキー様。


「もういいよ。さっきのは忘れて」

「物分かりが悪くて申し訳ありません…」


 私がそう言うとシルキー様は少し優しい表情と声で「リラが謝ることじゃないから」と言ってくれた。多少言葉は辛辣でもシルキー様はとてもやさしい方だ。


「あ…あの……」

「ん? なに?」

「……助けていただいてこんなこと聞くのは失礼だと思うんですけど…。
 シルキー様はどうして私があの路地にいて、危ない目にあっているとわかったんですか?」


 一瞬シルキー様が気まずそうな表情をしたけど、すぐにいつもの淡々とした表情に戻し口を開いた。


「……勘だよ。たまたま近くにいて嫌な雰囲気がして…そしたらジュドーが路地裏に入っていくのが見えて…追いかけたんだよ」  


 シルキー様らしからぬなんとも曖昧な説明に少し疑問に思ったけど、深く追求するなんてこともできるはずなく、私はそうですか。とだけ返事をした。


「それより催涙スプレー効きが弱かったみたいだね」

「いえ、たぶんそれは相手の目に直撃しなかったからだと思います」

「なるほどね…。じゃあ、もう少し噴射しやすいように改良した方がいいのかな」


 そう言うとシルキー様は頭の中で色々計算しているのか、ブツブツと呟きながら歩みを進めていく。私は邪魔しないように黙ってシルキー様の隣に並び歩いていった。


(あれ……。私、シルキー様に催涙スプレー使ったこと言ったっけ…?)




***********

 

 リラを助けたその日の夜、僕は自室の奥にある実験室にこもっていた。リラから渡された使用済みの催涙スプレーの容器をカチャカチャと分解する。
 催涙スプレーの底をカチリと外すと中に入れていた電波発信機を取り出した。


「一応入れておいて良かった…」


 実はこの催涙スプレーは使用すると、底に仕掛けた発信器から特殊な電波を飛ばすよう僕が改良したものだった。
 そう。あの時僕がリラのもとに駆け付けられたのはこの催涙スプレーのおかげなのだ。まぁ、リラの様子がおかしいのを不審に思い、街で見回りをしていたからというのもあるけど。


「……はぁ」


 スプレーを一旦机の上に置き、僕はため息をついた。
 このことを知ったらリラはどんな反応をするのだろう。きっと表面上は心配をしてくれてありがとうございます。なんてお礼を言うのだろう。
 でも、本心は? 気持ち悪いなんて思うかな? 僕の事嫌いになるかな?
 あぁ……


(好きになるってなんでこうも……しんどいんだろ……)


**********


「ー…になりまして、その兄妹は監視付きで児童保護施設に送られます。なお、詐欺の主犯格である2人は余罪も見つかり、懲役も長くなるそうです」


 ロードは本日の出来事についてラリウスに報告していた。報告が終わり顔を上げると、椅子に腰かけ鋭い眼光のまま前を見据えているラリウスがいた。
 そのただならぬ様子にロードは一瞬息をのむ。


「ラリウス様。報告は以上です。……何か気になることでもありますのでしょうか?」

「……いえ。事後処理、及び報告ご苦労様です。もう下がっていいです」

「はい。それでは失礼いたします」


 ロードが一礼をし、部屋を去っても暫くラリウスはジッと同じ姿勢で椅子に腰かけていた。が、ふと何かこらえるように唇をギリと噛み、そばにあったグラスを拳で上からたたき割った。
 ガラスのコップは割れるというよりもはじけ飛び、中に注がれていた水も派手にあたりに散った。力強く握られたラリウスの拳から、水と血が混ざり合った液体がポタポタこぼれる。


「リラさんどうしてあなたは……」


 絞りだしたかのような声は怒りからか、かすかに震えている。
 なにか様子がおかしいことは気が付いていた。でもそれはまだジェスのことを引きずっているのだろうと思い、詳しく聞くことができなかったのだ。


「私の管理内にいればこんなことに巻き込まれることは……。
 私に全てを話していれば…そうすれば……シルキーではなく私が……」


 私がリラさんを助けることが出来たのにー…。


 そこまで考えてラリウスはハッとした。


(私は今なんてことをー…)


 ふと自分が破壊したコップの残骸と血が滴る拳に目をやった。ものに当たるなんて、実の弟相手にここまで嫉妬するなんて…自分じゃない何者かが内側で暴れているような感覚。
 ゾクリと背筋が凍る。


「私は……」


 “僕らは同類さ”


「違う…私は…ジェスとは、ちがう……」


 ラリウスの悲しみと苦しみの混じった言葉は静かな部屋の中、誰の耳にも入ることなくゆっくりと消えていった。



第2.5章 幕間 終
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