暗殺貴族【挿絵有】

八重

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第2章 ジェス編

幕開け②

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ヒュッー


「ぅ…っ!」

「駄目だよ、リラちゃん。ちゃんと目を開けておかないと」


 怯えるリラの周りの壁にはナイフがいくつか刺さっており、ジェスはリラとは正反対に楽しそうに笑っていた。


「じゃあ次はスレスレに投げるから微動だにしちゃ駄目だよ」


ヒュッー

 先ほどよりも自分めがけてナイフが飛んできてるように見え、リラは思わずビクッと体を揺らした。


「やっ…!」


 ナイフはリラの左腕の服を裂いて壁に突き刺さった。裂けた服から覗く白い肌に時間差でツゥと血が流れる。


「あぁ、ほらぁ。微動だにしちゃ駄目だって言ったでしょ?」

「ジェス様…こんなこともう止めて下さい…」

「あぁ…いいね。その目。でも……」


 ジェスはにこりと優しく微笑み、今度は片手で2本ナイフを持った。


「本番はこれからだからね」


 そう言うとジェスはナイフを2本同時にリラにめがけて投げた。


「いっ…!」


 思わず動揺し少し動いてしまった。

 リラの右脇腹の服が裂け、ツゥと紅い線が肌に伝う。傷は少し深く、リラは俯き、苦痛に顔を歪めた。


「あぁ、ほら油断しちゃうからだよ」


 ジェスはそう言いながらリラのそばまで行き、しゃがみこんだ。
近づく顔にリラはビクリと肩を揺らし、恐る恐る顔をあげた。


「リラちゃん痛い?」

 
 ジェスは脇腹の傷を抑えてるリラの手の上に優しく自分の手を重ねる。


「ねぇ、僕が恐い?」

「…わ、わたしは……」


 ジェスは返答を待たず、脇腹の手はそのままにリラの左腕の傷に舌を這わせた。


「んっ…!」


 舌の感触にビクリと体を揺らすが、ジェスは気にすることなく流れる血を舌で舐め、傷口も優しく舌でなぞった。
ジェスが舌を離すと、不思議な事に痛みは和らぎ、血も止まっていた。


「脇腹の方も見せて」


 先ほどとは違う優しい瞳にリラも思わず従う。 気がつけば瞳の色も赤いものから戻っていた。

 ジェスは腕と同様に脇腹に舌を這わせ、傷口を優しく舐めた。
傷口が深かったせいか痛みは多少残ってはいるが、血も止まり傷口はかさぶたになっていた。


「はははっ! わからないって顔してるね?」

「……」

「傷つけたり、傷を治したり…。
……僕もさ、わからないんだよ自分が」

「え……」


 ジェスの言葉にリラは目を見開いた。


「リラちゃんが傷ついたら治してあげたくなる。でも…」


 そこまで言うとジェスはリラの脇腹に手を置き、塞がった傷口に爪をたてた。


「いっ…」


 また傷口から少し血が流れ、リラが痛みに体を揺らした。


「こうやって痛みに耐えてるリラちゃんも見たいんだ」


 ジェスはあの狂ったような笑い方をしていたが、リラはどことなく泣きそうな目をしていると思った。
 まだ救いはあるかもしれない。そう感じてしまった。


「ジェスさー」
「いや…ちがう…違う」

 リラが何か言葉をかけようとした時、ジェスは急に顔半分を手で覆うとブツブツと呟きだした。


「ぼ、くはただ美しく咲くリラちゃんが見たいだけで…き、傷つけたいわけじゃ…違う、違う!
 僕はこんな事望んでなんか…いや、もっと怖がった方がーいや、そうじゃない! わかってる…」


 まるで誰かと会話しているようなジェスにリラは困惑した。ふとジェスの独り言が止み、リラは恐る恐る声をかけた。


「ジェス様…?」


 すると俯いていたジェスの顔が急にリラに向いた。

 赤い瞳が近距離でリラにぶつかる。




「ねぇ、リラちゃん。気持ちいい事しようか?」

「え……」


 ゾワリと全身に鳥肌が立った。リラはその時初めてわかった気がした。

 彼はもう自分の知るジェスと言う人物ではないということを。


「い、や…」


 リラは恐怖で反射的にその場を逃れようと立ち上がり掛けだそうとしたが、すぐにジェスにつかまり床へと押し倒された。


「いいね。そんな風に嫌がってくれた方が燃えるよ」


 リラを上から見下ろしているジェスの息は荒く、とても正気の沙汰とは思えなかった。


「や、止め、んんっ」


 抵抗の言葉ごと飲み込み込まれ、リラの口内にぬるりとしたものが侵入してきた。


「んっ」


 今まで経験のした事のない舌の感触に逃れようとしたが、顔を手で固定されそれさえできない。


「や、んっ…」


 自分の思っていたキスとは違う、まるで自分自身を食べられているような、貪られているような荒くて強引なキス。
 息つく暇もないそれに思考力も抵抗する気力さえ奪われてしまいそうになる。


(だ、め…こんなの嫌、だ…)


 リラはなんとか残った思考力と気力で、口内に侵入しているそれを思いきり噛んだ。


「っつ……!」


 痛みで唇から離れたジェスは眉間にしわを寄せ、赤い瞳を細めてリラを見下ろした。
 その表情は怒っているようにも見えたが、口元はニヤリと弧を描き喜んでいるようにも見えた。


「はは…いいね。もっと拒絶してもいいよ。もっと僕をはねのけてもいいよ」

「な、なにを言って…」


 ジェスの言っている意味がわからずリラが困惑していると、ジェスは赤い瞳を優しく細め笑顔で言葉を返した。


「ん? どんなに拒否されてもどんなに抵抗されても、それ以上の力でリラちゃんを犯してあげるって意味だよ?」


 その言葉と表情に一段と恐怖を感じたリラの瞳から自然に涙がこぼれる。


「ふふ…泣いちゃって…可愛いね」


 涙を拭うように優しく頬を撫でながら小さく笑うジェスにリラは体を震わせることしかできなかった。


「あぁ、そうだ。忘れてた。
 続きをヤる前にこれを注射してあげないとね」


 リラの上に馬乗りになったまま、ジェスは思い出したかのように懐から小さなケースを取り出した。
ケースの中身は薬品の入った小瓶と空の注射器。

 ジェスは慣れた手つきで小瓶の中身を注射器で吸い上げる。
そしてピュっと注射器の液体を少し出し、ちゃんと中身が液体で満たされているのを確認するとリラの方を見下ろした。


「それ、は…」

「あぁ、これ? 気持ちよくなるための薬だよ。大丈夫。体に害はないから。
あ、でも量を間違えるとトリップしちゃうけど」

「いやっ! 止めてください…! お願いだから…!」


 暴れるリラを押さえつけジェスは注射器を腕に近づける。


「大丈夫。今まで色々試してちょうどいい量わきまえてるから。
それよりあんまり動くと注射器が変な所に刺さって痛いよ?」


 鋭く光ったジェスの眼光に、リラはもう逃げられないことを悟った。


「そうそう、いい子だね。大丈夫きっとリラちゃんも気に入るー」


 ジェスの言葉が終わらないうちにバキィっと大きな音が部屋に響いた。

 その音にジェスが反応し顔を上げたのと同時に何か光るものがジェスめがけて飛んできた。反射的にジェスは後ろに飛び退きそれを避ける。

 するとカランと時間差でジェスの手から離れた注射器が床に真っ二つになって落ちた。


「はははっ…ようやくお出ましか」


 ジェスが見つめる先には扉の残骸の上に立つ男が一人。それはリラのよく知る人物。
その人はまるで安心させるように、にこりと優しくリラに微笑んだ。




「リラさん。お迎えにあがりました」



*******


「やっぱり止めない?」


 マディーナはそう言ってそろりと橋から下を覗き込んだ。
 橋はそんなに高くはないが、今からする事を考えマディーナは小さく身震いした。


「今更何言ってんの。マディーナの案でしょ」


 マディーナの隣に立つシルキーは呆れたようにそう言うと一緒に下を除き込む。


「そんなに高さないし」

「いや、ただ地面に飛び降りるだけならいいんだけどよ…」


 再び下を除きゴクリと唾を飲み込む。そこにギルとジルが割って入ってきた。


「マディーナって意外と怖がりなんだね」

「情けな~い」

「そんなに怖いならティーナ姉さんにお姫様抱っこしてもらったら?」

「あ、それいいね~」

「お前らなぁ」

「わたくしはそれでも大丈夫ですわ」

「いや、ティーナ嬢にくっつけるのは嬉しいんですけど、さすがにそれは男として情けないので遠慮しときます」

「じゃあ、僕かギルが担ごうか?」

「お前ら俺を馬鹿にしすぎだろ。俺だってやるときはやるんだからな」

「それではお手並み拝見ですわね」

「マディーナ。そろそろ時間じゃないの?」


 シルキーの言葉にマディーナは自分の腕時計の時間を確認した。


「あぁ、もうそろそろ貨物列車が通過する頃だな」

「にしてもまさか貨物列車に飛び乗るなんてね」


 マディーナはいいアイデアだろ、とシルキーに笑ってみせた。


「貨物列車なら夜中にも走ってますし、目的地まで停車しませんから普通の列車よりも早く着きますしね」

「まさしくティーナ嬢のおっしゃる通り。それに見張り役も貨物列車まで見ないだろ」


 マディーナがそう言った所で遠くから列車が近づいてくる音が聞こえてきた。


「さ、マディーナ覚悟決めて行こうぜっ」

「男を見せろよマディーナ」

「ほんとお前ら双子は俺を馬鹿にしすぎだろ」


 だんだんと列車の光が橋へと近づく。


「よし。やるしかねーよな」


 マディーナはそう呟き橋の手すりに立った。それに続きみんな揃って手すりの上に立つ。

 そしてついにその時はやってきた。


「なるようになれえぇぇっ」


 叫びながらタンっとマディーナが手すりを蹴り、それに続きみんなも空へと飛び出していった。



 誰もいなくなった橋を背に列車は目的地へと走り去っていく。
 本来運ぶべきではないものをその背に背負って。








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