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Side MA - 16(-6) - 7 - ねっこぉけのいちぞく -

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Side MA - 16(-6) - 7 - ねっこぉけのいちぞく -

俺の名前はイッヌ・ネッコォ、ローゼリア王国上級貴族、ネッコォ家の長男だ。

今俺は渋い表情をして馬車に乗り両親と一緒にウンディーネ家に向かっている、俺が連れ出したせいで行方不明になっていた婚約者のマリアンヌ・ボッチが見つかったと知らせがあったからだ。

正確に言えば知らせがあったのは10日前、ボッチ家ではなくウンディーネ家からだった、何故関係の無い上級貴族から・・・そう思っていたら以前からマリアンヌはウンディーネ家の令嬢と仲が良く、頻繁に交流していたらしい・・・と妹が教えてくれた。

「そんな事も知らなかったのですか、兄さんは自分の婚約者に関心が無さ過ぎます!」

そう言って叱られちまった・・・、ちなみに妹はここ数日体調が悪くて寝込んでいる、最近特に辛そうだが大丈夫なのか?。

ウンディーネ家の説明によると俺に歓楽街で放置された後、路地裏でメイドと一緒に街のごろつき達に捕まり監禁されていた、メイドと協力して隙を見て逃げ出したが地理が分からず路地を彷徨っていたらちょうど彼女を捜索していたウンディーネ家の騎士が発見し保護された・・・って話だ。

「10日経ってようやく人と会話できるようになったから見舞いと謝罪に来い・・・か、何で俺が謝罪なんか・・・」

「使いの者が言うには2人とも暴行されて酷い怪我らしいな、嫌がる彼女を連れ出して放置したのだからお前の責任だ・・・と先方は言っている」

親父が俺と同じ渋い表情で言った。

「暴行されていたとなるともう処女じゃないだろう、俺は誰かのお下がり・・・傷物の女は嫌だぜ」

「我慢しろ、これでまたボッチ家から結婚準備金を毟り取れる」

「それに貴方の代になってからあまり付き合いの無かったウンディーネ家とも仲良くしておけば困った時に援助してくれるかもしれないわ」

親父の隣に座っているお袋が笑顔でそう言った、仲良く・・・出来ねぇだろ、多分向こうは相当怒ってるぜ。

そんな話をしているうちにウンディーネ家の屋敷に到着した。

「相変わらず腹立つくらいでかい家だな・・・」






「出迎えは一人か・・・」

門を通され屋敷の前に立っていた若い執事に案内されて中に入る、廊下ですれ違う使用人達からは刺すような視線を向けられた、この家は使用人の教育がなってねぇな・・・。

「こちらです、どうぞ」

執事に言われて部屋に入ると中にはボッチ家当主夫妻、ウンディーネ家当主夫妻と令嬢、そしてベッドに横になっている・・・おそらくマリアンヌだと思われる小柄な女が居た。

「お前・・・マリアンヌ・・・なのか?」

ベッドに寝ている女、今、メイドの手によって身体を起こされたそいつの首から上はマリアンヌの顔に似せて作られたと思われる白いマスクで覆われていた。

目と鼻と口には穴が開いていて右目は俺の方を向いているが、左は赤くてドロドロした何かが穴の中に見えた・・・どうなってんだ?。

「出迎えも出来ず悪かったね、発見されてから10日もかかったのは治療と・・・このマスクを職人に作らせていたからなのだよ」

ウンディーネ家当主が低く威圧感のある声で俺達にそう言った、笑顔だが目が笑ってねぇな・・・。

「そ・・・その気味の悪いマスクは何だね!」

親父が震える声で尋ねた。

「スライムの体液から作った伸縮性のある素材でね、可能な限りマリアンヌ嬢の顔に似せてある、可哀想に・・・一生このマスクをつけて生活しなければならないとは・・・」

「あぁぁぁ!、マリアンヌぅ!」

ウンディーネ家当主が親父の質問に答えると俺の横にいたボッチ家当主が泣き出した、汚ねぇな鼻水垂れてるぞ!。

「マリアンヌさんは暴行を受けて身体中に傷があるの、特にお顔が酷くてね、右目は視力が低下して、左目は残念ながら潰れているわ」

ウンディーネ家の令嬢が俺達に説明した、それにしてもとてつもない美人だな、夜会で何度か会った事がある程度だったがこんな間近で見たのは初めてだ、すげぇ良い香りがするぞ!、俺は思わず深呼吸をした。

「さて、マリアンヌ嬢は娘の友人で、今回の件では私を含めたウンディーネ家としても心を痛めている、他家の婚約事情に口を出すのはマナー違反だという事を承知で聞きたいのだが、このような状態になったマリアンヌ嬢をネッコォ家は妻として迎える意思はまだあるのかな?」

「残念ですが、婚約は破棄・・・」

「いや!、いかんぞイッヌよ!、このような事態になったのは我が家の責任だ、罪を償うという意味でもこのまま婚約は継続し嫁として迎えよう!」

俺が断ろうとしたら横から親父が余計な事を言いやがった!、金は大事だが結婚するのはこの俺なんだぞ!、ふざけるんじゃねぇ!。

「そうか・・・それは良かった、ではマリアンヌ嬢、婚約者殿に君の素顔を見せてあげなさい」

「・・・はい」

ぺりぺりっ・・・

マリアンヌがゆっくりと顔の形をした白いマスクを顎の下から捲り始めた・・・

口元は無傷だな・・・その上・・・左目の下が見えたが頬に赤い汁が垂れてきた、更にマスクを捲ると・・・潰れて飛び出した肉片が・・・あぁぁぁ!。

「ぎゃぁぁぁ!」

「ひぃっ!」

「うわぁぁ!」

顔の左半分が潰れて目玉が飛び出してやがる!、やべぇ!、昼に食った飯を戻しそうだ!。

「うふふ・・・イッヌ様ぁ・・・私、こんな顔になっちゃったぁ・・・イッヌ様のせいで・・・(ニタァ)」

更に完全にマスクを取ると眉間や額にもでかい傷跡があった、幸いにもマスクの中に隠れていた艶やかな銀髪は以前のままのように見えるが・・・。

「親父!、考え直せ、俺は嫌だからな!」

「おい、我儘を言うな、金が・・・いや責任を取らねばならないだろう!」

「きゅぅ・・・」

「おい!、お袋!、しっかりしろ!」

俺と親父が揉めている横でお袋が気を失って倒れやがった、素早く近くに居たメイドが駆け寄って介抱し始め、その様子を冷ややかな目でウンディーネ家とボッチ家の家族が見ている。

「もう一度確認しますが、このまま婚約は継続という事でよろしいのですね?」

ウンディーネ家の当主が俺に確認してきたが・・・親父も俺もそれどころじゃねぇ!。

「親父、婚約破棄だ!、俺が代わりの女を自分で見つけて来る!」

「待て!、ダメだぞ、こんな金になる・・・いや!都合のいい物件他にどこにあるのだ!」

「あぁぁぁ!、マリアンヌぅ!」





「ようやく帰りましたか・・・」

「うむ・・・ネッコォ家があそこまで腐っていたとはな、先代は人格者であったが息子や孫があの様子ではもう家は長くないだろう、それにしてもボッチ殿、見事な演技でしたぞ」

「はは・・・お恥ずかしい、商売をやっていると自然と演技力は身につくものです、しかし・・・我が家の問題でウンディーネ家にこのような迷惑を掛けてしまって・・・」

「気にする事はない、マリアンヌ嬢は娘の大切な友人だ、逆に今まで頼ってくれなかった事に我々は傷付いているのだよ」

「おじ様ごめんなさい、お父様には私が言わないでって頼んだの、大好きなお姉様に・・・婚約者から酷い扱いを受けてる惨めな姿を知られたくなかったから・・・」

「マリアンヌさん・・・」

「だがここまでやってもまだ婚約破棄をしないとは・・・余程金に困っているのか?」

「恐らく・・・、結婚準備金の支払いも止めているから尚更でしょうな」

「愚かだな、素直に婚約破棄に応じていればこれで終わりにしてやろうと考えていたのに・・・、アリシアから聞いたのだが、ネッコォ家を破滅させる為の証拠集めは進んでいるのかな」

「えぇ、何とか目処が立ちました、これを匿名で告発すれば大臣としての地位を奪う事ができるかと、その上で今回の事件を理由に婚約が白紙にできればいいのですが・・・」

「その程度だとまた他の下級貴族が被害に遭うだろう、この際完全に家を潰してしまおうとは思わないのかね?、今やあの家は害悪でしかない」

「あんな家でも上級貴族です、うちのような商人上がりの弱小貴族にとって一番恐れているのは報復です、万一商会が潰されたら従業員が路頭に迷う、何とか穏便に婚約破棄だけでも・・・と考えていたのですが」

「もし良ければその証拠を私に預けてくれないかね、悪いようにはしない」

「はい、それは構いませんが・・・」





「マリアンヌさん、その傷マスク暑いでしょ、もう外しても構わないわよ」

「はい、お姉様、・・・でもトゥームさんの作ってくれたマスク、よく出来てるなぁ、押さえたら血も出るし本物の傷みたい、それに取り外しも簡単」

ぺりっ・・・かぱっ・・・

「これは蝋に色を付けているのですかな?」

「うむ、そうらしい、本当によく出来てる」

「・・・こんな細かな細工ができるなら、食べ物なんかも本物そっくりに作れるよね、それをレストランの前に飾って、こんな料理が食べられますよーって展示したら面白いかも、蝋で作ってるなら腐らないし」

がしっ!

「・・・その話詳しく!」

「え、お父様、おじ様、そんなに目をキラキラさせてどうしたの?」

「その発想は無かった!、これは飲食店・・・いや商品展示の革命になるぞ、この技術を応用すれば腐らない料理だけではなく枯れない花や精巧な人形も作れるではないか!、それをボッチ殿の持っている大陸中にある販売網を利用して展開すれば・・・」

「おぉ・・・それは素晴らしいですなぁ、我が商会としても既存の常識に囚われない全く新しい商品を探していたのですよ!、是非協力させて下さい」

「決まりですな、トゥームを呼んでくれ、ボッチ殿、あちらで早速特許の申請と権利関係の契約内容を詰めて・・・」

バタバタ・・・

「行っちゃった・・・お父様、商売の事になると周りが何も見えなくなるの」

「はぁ・・・うちのお父様もよ、ああ見えて新しい技術や面白い商売が大好きなの、それにお金儲けもね、あんなに子供みたいに目を輝かせて・・・」







がらがら・・・ぱかっ、ぱかっ・・・

「親父、本当に考え直してくれ、俺はあんな化け物と結婚するなんて嫌だぞ」

「うむ・・・だが・・・」

「それにウンディーネ家から出されたあの要望は何だ、結婚後にうちで酷い扱いを受けていないか監視する為にウンディーネのメイドと護衛騎士を常駐させろ・・・なんて、いくら何でも干渉が過ぎるだろ」

「確かにな・・・だがお前がやらかしたせいでうちには拒否権が無い、それから・・・15日後にウンディーネ家でアリシア嬢の誕生パーティがあるからマリアンヌをエスコートして参加しろ・・・か」

「なぁ、親父、あのアリシアはまだ婚約者がいねぇんだろ、あいつと婚約するってのはどうだ?」

「考えた事はある・・・、だが今回の件でうちの印象が悪過ぎる、間違いなく断られるだろうな、それに他の上級貴族と関わると我が家の悪事がバレる可能性がある」

「だがあの女は顔が良い、胸は貧相だが俺の好みだ、親父、何とかならねぇかな」

「・・・どうしてもと言うのなら勝手にしろ、次のパーティでお前が直接申し込んでみればいいだろう」
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