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Side - -05 - 1 - かーら -
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Side - -05 - 1 - かーら -
「お嬢様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、カーラさん」
かきかき・・・
「何を書いているのです?」
「私のお店、もし作るとしたらこんなのがいいかなって」
「わぁ・・・これは素敵ですね」
「でしょ、ここが入り口で、商品をこんな感じで並べるの、奥にはお得意様との商談スペースを作って・・・」
「そしたら私も店員として雇って下さいませ」
「うん、もちろんだよ」
こんにちは、私の名前はカーラ・ムーチョ、20歳。
ローゼリア王国の下級貴族、ボッチ家のご令嬢に仕えるメイドです。
もちろん私を雇って下さっているのは旦那様なのですが、この家の長女であるマリアンヌ様の専属メイドとして幼い頃からお世話をさせてもらっているのです。
私の大切なお嬢様がネッコォ家のクソ野郎に誘拐された事件から早いもので1年・・・400日が過ぎました。
ウンディーネ家でしばらく静養した後、今は実家であるボッチ家のお屋敷に戻り、騒がしい日々が幻だったのではないかと思えるほど平穏な毎日を過ごしています。
歓楽街でクソ野郎に突き飛ばされ、馬車に轢かれかけた私の腕をお嬢様が命懸けで引き寄せてくれなければ・・・おそらく私は死んでいたでしょう。
今でもあの時の事を思い出すと恐怖で体が震えるのです、この恩はなんとしてもお返ししなければいけませんね。
その元凶となったクソ野郎は裏組織の協力により国外逃亡、メンツを潰されたウンディーネ家はお抱えの騎士団を動かし捕まえようとしていたのですが・・・。
「イッヌ様は地位や財産、家族を失って十分に罰を受けたと思う、私は気にしていないのでもう許してあげて下さい」
予想外のお嬢様からの懇願により、捕縛では無く居場所を見つけ、逃亡先でこれ以上罪を重ねないよう国が監視する事に・・・。
私としては生まれて来た事を後悔するほどの重い罰を与えて欲しかったのに・・・被害者のお嬢様がそのように望まれたのなら仕方がないですね。
私達がウンディーネ家でお世話になっていた時に毎日のようにお見舞いに来られていたアーノルド・シェルダン様は最近お家の事が忙しくなられたのか、訪問が5日おき、10日おき、更に20日おきと・・・次第に間隔が開くようになりました。
それにしてもあの人は何がしたいのでしょう?・・・お嬢様に気があるのは見れば分かるのですが・・・。
このお屋敷に来られる時はいつも赤い花束の入った箱を抱え、ノックもせずに無言でお部屋の外に立っておられるのです、私がお部屋から出ようと扉を開けると・・・居るのです!。
何度驚いて叫んだか、本当にいい加減にして欲しいです・・・。
「くぅー・・・すぴー・・・」
「おや、お嬢様・・・疲れて寝てしまったようですね」
私は起こさないように気をつけながらソファに置いてあった毛布をお嬢様の小さな肩に掛けました。
「寝顔が可愛いな・・・まるで人に懐かない野生動物みたいだ」
他人が不用意に近付くと警戒されてしまいます、私も心を許してもらえるまで随分と時間がかかったのです・・・アーノルド様はどうなるでしょうね。
さて、お嬢様がお昼寝をしている間に少し昔のことをお話ししましょうか。
お嬢様と初めてお会いしたのは・・・そう、あれは忘れもしない私が10歳の時。
私の実家はボッチ家の遠縁であり旦那様と私の父親は旧知の仲、とある支店を任されている雇用主と従業員の関係でした・・・このような縁で私は行儀見習いという名目でボッチ家に奉公に出されたのです。
・・・あくまでも対外的には・・・ですが。
実際のところ私の家は当時勢いに乗って規模を拡大していた商会・・・ボッチ家に返しきれない額の借金がありました。
家族構成は両親と姉、そして私の4人、美しい姉に対して地味な容姿の私は幼い頃から姉と比べられ、親から受ける愛情に差がありました。
虐待・・・とまではいかないものの居ない者として扱われ、家の財政事情が困窮してからはほとんど放置されていたのです。
ボッチ家の当主が娘の世話をするメイドを探している、できれば年齢が近い者が欲しい・・・その話を聞いた父親が半ば押し付ける形でお嬢様のメイドに私を捩じ込んだのです。
今まで育ててやった恩を返せ、給金で借金を少しでも返済しろ、令嬢と仲良くなれ、情に訴えてうちの借りた金を踏み倒せ・・・およそ幼い娘に言い聞かせるにはあまりな内容の言葉、当時の私は父親に好かれたい一心で・・・その言葉を胸にボッチ家に送り出されました。
「ほら、マリたん、前から年齢の近い友人が居なくて寂しいと言っていただろう、この子はうちの遠縁にあたるムーチョ家の次女でね、今日からマリたんの専属メイドとして働いてもらう事になった、仲良くしてくれるかな?」
「は・・・初めましてお嬢様!、カーラ・ムーチョと申しましゅ・・・じゅ・・・10歳になりましたぁ!」
初対面の挨拶を噛んでしまった事は置いておいて、私の目の前に居る7歳だと教えられたマリアンヌお嬢様の印象は最悪でした、まだ幼いながらも鋭い目をしてじっと私を睨んでいたのです・・・。
「・・・」
「お・・・お嬢様?」
「・・・」
いや何か言えよ!。
「ははは、カーラさん、マリたん・・・マリアンヌはとても人見知りで無口なんだよ、だが悪い子ではないから仲良くしてね」
旦那様それは難しいです・・・そう、喉元まで出そうになった言葉を飲み込み、私は精一杯の笑顔で・・・引き攣っていたと思いますが・・・答えました。
「はいっ!、旦那様」
コンコン・・・
「失礼しますお嬢様、お茶の用意ができました」
「・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
「・・・おや、お裁縫ですか?、すごい!、とてもお上手ですお嬢様!」
「・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
「あの・・・お嬢様、お茶が冷めてしまいます・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
ばさっ
「あ・・・あの・・・」
「・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
「お菓子は・・・邪魔になるといけないので隣のテーブルに置いておきますね・・・失礼します」
ぺこり・・・
バタン・・・
「ぐすっ・・・今日も無視されちゃった・・・でも泣いちゃダメだ、もっと・・・頑張ってお嬢様に気に入ってもらうの・・・」
ごしごし・・・
コンコン・・・
「失礼しますお嬢様、お食事の用意が出来ましたので食堂に・・・」
「・・・」
「読書をされているところ申し訳ありません、ご家族の皆様がお待ちで・・・お嬢様?・・・お嬢様ぁー」
ギロッ・・・
「ひっ・・・も・・・申し訳・・・」
ガタン・・・
「・・・」
「・・・ぼそっ」
え・・・お嬢様が今何か喋って・・・声が小さいからよく聞こえないよぅ・・・。
ちくちくちくちく・・・
ぬいぬいぬいぬい・・・
「あの・・・お茶はこちらに置いておきますね」
「・・・」
「私は隣のお部屋に待機しておりますのでご用がありましたらお呼びください・・・失礼します」
バタン・・・
「うっく・・・ひっく・・・ぐすっ・・・」
「あれ、どうして泣いてるのカーラさん」
「・・・パトリック様、なんでもありません」
「なんでも無い事ないでしょ、そんなに泣いてるのに・・・もしかしてマリアンヌが何かやらかしたの?」
「・・・」
「あいつ、極度の人見知りでさ、その上言葉が少ないし顔が怖いだろ、他人から誤解されやすいというか・・・何をしたのか知らないけど本人に悪気はないと思う、何か気に障ることがあったのなら代わりに俺が謝るから・・・ごめんなさい!」
「あぅ・・・頭を上げて下さいパトリック様!、そのようなことをされては困ります」
「そうだ、今度マリアンヌにお茶を持って行く時に俺も一緒に行こう、あいつが考えてる事を通訳してあげるから」
「え・・・」
「大丈夫だから俺に任せてよ」
「あの・・・」
「心配しないで、俺が横でマリアンヌの気持ちを翻訳して紙に書くから」
「・・・」
コンコン・・・
「し・・・失礼しますお嬢様、お茶の用意が出来ました」
ギロッ・・・
「あぅ・・・」
かきかき・・・
(大丈夫だよカーラさん、あいつ目つきが悪いから睨んでるように見えるけど今日はとても機嫌が良さそうだ)
「そうなのですか?(ぼそっ)」
(そうだよー)
「どうぞ・・・」
かちゃ・・・こくこく・・・
「ぼそっ・・・」
(とても美味しい、いつもありがとう・・・って言ってる)
「は?」
「あの、お嬢様、今日はたまたまお部屋の前でパトリック様と一緒になって・・・」
「なぁマリアンヌ、俺も一緒にお茶してもいいか?、いいよな!」
こくり・・・
「ぼそっ・・・ぼそぼそ・・・」
(パトリックはカーラさんのお茶を飲むの初めてだよね、とっても美味しいの、淹れ方を教えて欲しいなぁ・・・って言ってるぞ)
「・・・」
「・・・」
「・・・あーじれったいなぁもう!、いいかマリアンヌよく聞けよ!、お前は声が小さい!、顔が怖い!、目つきも悪い!、カーラさん怖がって部屋の外で泣いてたんだぞ、もうちょっと家族と同じ態度で接してあげろよ!」
「・・・ぼそっ」
「だーかーらー、声が小さいんだよ!、なんで家族とは普通に喋れるのに他人になるといきなり態度が変わるんだよ!、カーラさんがここに来てもう4年になるんだぞ、いい加減慣れろよ」
フルフル・・・
「・・・私・・・カーラさんに嫌われてるって思ってた・・・日を追うごとに表情が暗くなってたし、私のお世話をするのが嫌なのかなって・・・」
「ち・・・違いますお嬢様、私仲良くなりたくて・・・でも・・・」
「それからお前は読書や裁縫に夢中になると周りが見えなくなるだろ、まさかカーラさんが話しかけてるのに無視したりしてないだろうな!」
「え?・・・そういえば気付いたら隣にカーラさんが立ってたり・・・お茶やお菓子がテーブルの上に置いてあったり・・・」
スパコーン!
「あぅ・・・痛い、何するのパトリック・・・頭を叩くなんて酷いよぅ」
「・・・という訳だから・・・カーラさん本当にごめんなさい、今まで気付かなかった俺達も悪いが・・・こいつには後で俺の方からキツく言い聞かせておく」
「うぅ・・・ぐすっ・・・ひっく・・・わぁぁん・・・よかったぁ・・・私お嬢様に嫌われてるんじゃないかと思って、毎日が不安で・・・辛くて・・・ぐすっ・・・」
「あぅ・・・ほ・・・本当にごめんなさいカーラさん・・・私、人と話すの得意じゃなくて・・・お顔が怖いからお友達も居なくて・・・歳の近いカーラさんがお世話してくれるの嬉しくて・・・でも嫌われてるかもって思ったら・・・怖くて・・・」
「じゃぁ俺は行くからな、あとは2人でよく話し合いな、この機会に誤解は全部解いておけよ、長い付き合いになるかもしれないからな」
きゅっきゅっ・・・
ふきふき・・・
「明日は私のお誕生日ぃー、15歳になっちゃったぁ・・・なんてね」
ふきふき・・・
「カーラ、旦那様がお呼びです、重要な話なのでお掃除はいいから至急執務室まで行って下さい」
「はい・・・メイド長様」
とてとて・・・
「何かなぁ・・・もしかして私また何かやっちゃいました?」
コンコン・・・
「旦那様、カーラです、お呼びでしょうか」
「入って来なさい」
ガチャ・・・
「失礼します」
「とても悪い知らせだ・・・気をしっかり持って聞いて欲しい・・・実はね・・・」
「・・・父が商会のお金を横領・・・行方不明?」
フルフル・・・
「残念ながら事実だ、商会の者が君のお家に行ったら誰も居なかった、服や貴重品も全部無くなっていてね・・・夜逃げだろう」
「・・・」
「それから・・・お父さんの机の上にこの手紙があった、読んでみなさい」
ぱらり・・・
(ドルフ殿、申し訳ないが借りた金が返せない、別の金貸しにも手を出して命を狙われているから逃げる事にした、残った借金は娘のカーラに払わせてくれ、稼ぎが悪いのなら娼館に売り払ってもらって構わない、その娘はボッチ家にくれてやるから好きにしてくれ・・・)
「・・・嘘・・・父さん・・・いや・・・嫌だぁ・・・わぁぁぁん!」
「カーラさん・・・」
「旦那様・・・私、一生懸命働いて返しますから・・・どうか・・・」
「私がそんなクズに見えるのかな?、大丈夫だよ、君はよく働いてくれている、悪いようにはしないから安心して・・・ある程度信用していたのだが彼がこのような酷い男だったとはね」
「・・・」
「それに自分の娘を捨てるとは・・・カーラさんはあの家でどんな扱いを受けてたの?」
「・・・さん」
「カーラさん・・・」
「へ?・・・あぅ、な・・・なんでしょうかお嬢様!」
「いや・・・ぼーっとしてたからどうしたのかなって、大丈夫?」
「申し訳ありません・・・少し昔の事を思い出しておりました、お嬢様と初めてお会いした頃の・・・」
「そういえばカーラさんがうちに来てから10年・・・もうすぐ11年になるのかな」
「早いですね、できればお嬢様が他のお家に嫁がれても私を一緒に連れて行って下さいませ」
「あはは、心配しなくても私結婚なんてしないから」
「・・・」
嘘ですね・・・お嬢様は昔から嘘が下手なのです。
もう薄々気付いているのでしょう・・・「彼」との婚約・・・そして結婚が避けられない事に。
アーノルド様はお嬢様がお好き・・・これは皆が知っています・・・お嬢様だけが気付いていない・・・いえ気付いていないふりをしています。
彼は何故かいつまで経ってもお嬢様に求婚をしません・・・というか、うちに来てもほとんどお嬢様との会話が無いのです。
お部屋にやって来て・・・
「体調はどうだ?」
帰り際に・・・
「また来る」
会話はこれだけなのです!。
でもこの状態が更に1年、2年と続けば・・・アーノルド様は他家からの縁談を全て断りマリアンヌ様のお部屋に入り浸っています、シェルダンの家族はいずれ痺れを切らせてうちに結婚の話を持って来るでしょう。
その時にボッチ家は拒否できるのでしょうか?、相手はこの国の筆頭貴族なのです。
もしアーノルド様の求婚を受け入れたら・・・お嬢様が今計画している自分のお店は開けない、それに大好きなお裁縫や読書をする自由な時間も無くなってしまう。
アーノルド様はシェルダン家の後継です、つまり上級貴族家次期当主の妻になるのだから屋敷を管理しないといけない、お勉強や社交も大変になるでしょう・・・人見知りで気弱なお嬢様には荷が重過ぎます。
そして1番の問題・・・お嬢様はアーノルド様に恋愛感情が無く、とても怖がっているという事・・・。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、カーラさん」
かきかき・・・
「何を書いているのです?」
「私のお店、もし作るとしたらこんなのがいいかなって」
「わぁ・・・これは素敵ですね」
「でしょ、ここが入り口で、商品をこんな感じで並べるの、奥にはお得意様との商談スペースを作って・・・」
「そしたら私も店員として雇って下さいませ」
「うん、もちろんだよ」
こんにちは、私の名前はカーラ・ムーチョ、20歳。
ローゼリア王国の下級貴族、ボッチ家のご令嬢に仕えるメイドです。
もちろん私を雇って下さっているのは旦那様なのですが、この家の長女であるマリアンヌ様の専属メイドとして幼い頃からお世話をさせてもらっているのです。
私の大切なお嬢様がネッコォ家のクソ野郎に誘拐された事件から早いもので1年・・・400日が過ぎました。
ウンディーネ家でしばらく静養した後、今は実家であるボッチ家のお屋敷に戻り、騒がしい日々が幻だったのではないかと思えるほど平穏な毎日を過ごしています。
歓楽街でクソ野郎に突き飛ばされ、馬車に轢かれかけた私の腕をお嬢様が命懸けで引き寄せてくれなければ・・・おそらく私は死んでいたでしょう。
今でもあの時の事を思い出すと恐怖で体が震えるのです、この恩はなんとしてもお返ししなければいけませんね。
その元凶となったクソ野郎は裏組織の協力により国外逃亡、メンツを潰されたウンディーネ家はお抱えの騎士団を動かし捕まえようとしていたのですが・・・。
「イッヌ様は地位や財産、家族を失って十分に罰を受けたと思う、私は気にしていないのでもう許してあげて下さい」
予想外のお嬢様からの懇願により、捕縛では無く居場所を見つけ、逃亡先でこれ以上罪を重ねないよう国が監視する事に・・・。
私としては生まれて来た事を後悔するほどの重い罰を与えて欲しかったのに・・・被害者のお嬢様がそのように望まれたのなら仕方がないですね。
私達がウンディーネ家でお世話になっていた時に毎日のようにお見舞いに来られていたアーノルド・シェルダン様は最近お家の事が忙しくなられたのか、訪問が5日おき、10日おき、更に20日おきと・・・次第に間隔が開くようになりました。
それにしてもあの人は何がしたいのでしょう?・・・お嬢様に気があるのは見れば分かるのですが・・・。
このお屋敷に来られる時はいつも赤い花束の入った箱を抱え、ノックもせずに無言でお部屋の外に立っておられるのです、私がお部屋から出ようと扉を開けると・・・居るのです!。
何度驚いて叫んだか、本当にいい加減にして欲しいです・・・。
「くぅー・・・すぴー・・・」
「おや、お嬢様・・・疲れて寝てしまったようですね」
私は起こさないように気をつけながらソファに置いてあった毛布をお嬢様の小さな肩に掛けました。
「寝顔が可愛いな・・・まるで人に懐かない野生動物みたいだ」
他人が不用意に近付くと警戒されてしまいます、私も心を許してもらえるまで随分と時間がかかったのです・・・アーノルド様はどうなるでしょうね。
さて、お嬢様がお昼寝をしている間に少し昔のことをお話ししましょうか。
お嬢様と初めてお会いしたのは・・・そう、あれは忘れもしない私が10歳の時。
私の実家はボッチ家の遠縁であり旦那様と私の父親は旧知の仲、とある支店を任されている雇用主と従業員の関係でした・・・このような縁で私は行儀見習いという名目でボッチ家に奉公に出されたのです。
・・・あくまでも対外的には・・・ですが。
実際のところ私の家は当時勢いに乗って規模を拡大していた商会・・・ボッチ家に返しきれない額の借金がありました。
家族構成は両親と姉、そして私の4人、美しい姉に対して地味な容姿の私は幼い頃から姉と比べられ、親から受ける愛情に差がありました。
虐待・・・とまではいかないものの居ない者として扱われ、家の財政事情が困窮してからはほとんど放置されていたのです。
ボッチ家の当主が娘の世話をするメイドを探している、できれば年齢が近い者が欲しい・・・その話を聞いた父親が半ば押し付ける形でお嬢様のメイドに私を捩じ込んだのです。
今まで育ててやった恩を返せ、給金で借金を少しでも返済しろ、令嬢と仲良くなれ、情に訴えてうちの借りた金を踏み倒せ・・・およそ幼い娘に言い聞かせるにはあまりな内容の言葉、当時の私は父親に好かれたい一心で・・・その言葉を胸にボッチ家に送り出されました。
「ほら、マリたん、前から年齢の近い友人が居なくて寂しいと言っていただろう、この子はうちの遠縁にあたるムーチョ家の次女でね、今日からマリたんの専属メイドとして働いてもらう事になった、仲良くしてくれるかな?」
「は・・・初めましてお嬢様!、カーラ・ムーチョと申しましゅ・・・じゅ・・・10歳になりましたぁ!」
初対面の挨拶を噛んでしまった事は置いておいて、私の目の前に居る7歳だと教えられたマリアンヌお嬢様の印象は最悪でした、まだ幼いながらも鋭い目をしてじっと私を睨んでいたのです・・・。
「・・・」
「お・・・お嬢様?」
「・・・」
いや何か言えよ!。
「ははは、カーラさん、マリたん・・・マリアンヌはとても人見知りで無口なんだよ、だが悪い子ではないから仲良くしてね」
旦那様それは難しいです・・・そう、喉元まで出そうになった言葉を飲み込み、私は精一杯の笑顔で・・・引き攣っていたと思いますが・・・答えました。
「はいっ!、旦那様」
コンコン・・・
「失礼しますお嬢様、お茶の用意ができました」
「・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
「・・・おや、お裁縫ですか?、すごい!、とてもお上手ですお嬢様!」
「・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
「あの・・・お嬢様、お茶が冷めてしまいます・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
ばさっ
「あ・・・あの・・・」
「・・・」
ちくちく・・・
ぬいぬい・・・
「お菓子は・・・邪魔になるといけないので隣のテーブルに置いておきますね・・・失礼します」
ぺこり・・・
バタン・・・
「ぐすっ・・・今日も無視されちゃった・・・でも泣いちゃダメだ、もっと・・・頑張ってお嬢様に気に入ってもらうの・・・」
ごしごし・・・
コンコン・・・
「失礼しますお嬢様、お食事の用意が出来ましたので食堂に・・・」
「・・・」
「読書をされているところ申し訳ありません、ご家族の皆様がお待ちで・・・お嬢様?・・・お嬢様ぁー」
ギロッ・・・
「ひっ・・・も・・・申し訳・・・」
ガタン・・・
「・・・」
「・・・ぼそっ」
え・・・お嬢様が今何か喋って・・・声が小さいからよく聞こえないよぅ・・・。
ちくちくちくちく・・・
ぬいぬいぬいぬい・・・
「あの・・・お茶はこちらに置いておきますね」
「・・・」
「私は隣のお部屋に待機しておりますのでご用がありましたらお呼びください・・・失礼します」
バタン・・・
「うっく・・・ひっく・・・ぐすっ・・・」
「あれ、どうして泣いてるのカーラさん」
「・・・パトリック様、なんでもありません」
「なんでも無い事ないでしょ、そんなに泣いてるのに・・・もしかしてマリアンヌが何かやらかしたの?」
「・・・」
「あいつ、極度の人見知りでさ、その上言葉が少ないし顔が怖いだろ、他人から誤解されやすいというか・・・何をしたのか知らないけど本人に悪気はないと思う、何か気に障ることがあったのなら代わりに俺が謝るから・・・ごめんなさい!」
「あぅ・・・頭を上げて下さいパトリック様!、そのようなことをされては困ります」
「そうだ、今度マリアンヌにお茶を持って行く時に俺も一緒に行こう、あいつが考えてる事を通訳してあげるから」
「え・・・」
「大丈夫だから俺に任せてよ」
「あの・・・」
「心配しないで、俺が横でマリアンヌの気持ちを翻訳して紙に書くから」
「・・・」
コンコン・・・
「し・・・失礼しますお嬢様、お茶の用意が出来ました」
ギロッ・・・
「あぅ・・・」
かきかき・・・
(大丈夫だよカーラさん、あいつ目つきが悪いから睨んでるように見えるけど今日はとても機嫌が良さそうだ)
「そうなのですか?(ぼそっ)」
(そうだよー)
「どうぞ・・・」
かちゃ・・・こくこく・・・
「ぼそっ・・・」
(とても美味しい、いつもありがとう・・・って言ってる)
「は?」
「あの、お嬢様、今日はたまたまお部屋の前でパトリック様と一緒になって・・・」
「なぁマリアンヌ、俺も一緒にお茶してもいいか?、いいよな!」
こくり・・・
「ぼそっ・・・ぼそぼそ・・・」
(パトリックはカーラさんのお茶を飲むの初めてだよね、とっても美味しいの、淹れ方を教えて欲しいなぁ・・・って言ってるぞ)
「・・・」
「・・・」
「・・・あーじれったいなぁもう!、いいかマリアンヌよく聞けよ!、お前は声が小さい!、顔が怖い!、目つきも悪い!、カーラさん怖がって部屋の外で泣いてたんだぞ、もうちょっと家族と同じ態度で接してあげろよ!」
「・・・ぼそっ」
「だーかーらー、声が小さいんだよ!、なんで家族とは普通に喋れるのに他人になるといきなり態度が変わるんだよ!、カーラさんがここに来てもう4年になるんだぞ、いい加減慣れろよ」
フルフル・・・
「・・・私・・・カーラさんに嫌われてるって思ってた・・・日を追うごとに表情が暗くなってたし、私のお世話をするのが嫌なのかなって・・・」
「ち・・・違いますお嬢様、私仲良くなりたくて・・・でも・・・」
「それからお前は読書や裁縫に夢中になると周りが見えなくなるだろ、まさかカーラさんが話しかけてるのに無視したりしてないだろうな!」
「え?・・・そういえば気付いたら隣にカーラさんが立ってたり・・・お茶やお菓子がテーブルの上に置いてあったり・・・」
スパコーン!
「あぅ・・・痛い、何するのパトリック・・・頭を叩くなんて酷いよぅ」
「・・・という訳だから・・・カーラさん本当にごめんなさい、今まで気付かなかった俺達も悪いが・・・こいつには後で俺の方からキツく言い聞かせておく」
「うぅ・・・ぐすっ・・・ひっく・・・わぁぁん・・・よかったぁ・・・私お嬢様に嫌われてるんじゃないかと思って、毎日が不安で・・・辛くて・・・ぐすっ・・・」
「あぅ・・・ほ・・・本当にごめんなさいカーラさん・・・私、人と話すの得意じゃなくて・・・お顔が怖いからお友達も居なくて・・・歳の近いカーラさんがお世話してくれるの嬉しくて・・・でも嫌われてるかもって思ったら・・・怖くて・・・」
「じゃぁ俺は行くからな、あとは2人でよく話し合いな、この機会に誤解は全部解いておけよ、長い付き合いになるかもしれないからな」
きゅっきゅっ・・・
ふきふき・・・
「明日は私のお誕生日ぃー、15歳になっちゃったぁ・・・なんてね」
ふきふき・・・
「カーラ、旦那様がお呼びです、重要な話なのでお掃除はいいから至急執務室まで行って下さい」
「はい・・・メイド長様」
とてとて・・・
「何かなぁ・・・もしかして私また何かやっちゃいました?」
コンコン・・・
「旦那様、カーラです、お呼びでしょうか」
「入って来なさい」
ガチャ・・・
「失礼します」
「とても悪い知らせだ・・・気をしっかり持って聞いて欲しい・・・実はね・・・」
「・・・父が商会のお金を横領・・・行方不明?」
フルフル・・・
「残念ながら事実だ、商会の者が君のお家に行ったら誰も居なかった、服や貴重品も全部無くなっていてね・・・夜逃げだろう」
「・・・」
「それから・・・お父さんの机の上にこの手紙があった、読んでみなさい」
ぱらり・・・
(ドルフ殿、申し訳ないが借りた金が返せない、別の金貸しにも手を出して命を狙われているから逃げる事にした、残った借金は娘のカーラに払わせてくれ、稼ぎが悪いのなら娼館に売り払ってもらって構わない、その娘はボッチ家にくれてやるから好きにしてくれ・・・)
「・・・嘘・・・父さん・・・いや・・・嫌だぁ・・・わぁぁぁん!」
「カーラさん・・・」
「旦那様・・・私、一生懸命働いて返しますから・・・どうか・・・」
「私がそんなクズに見えるのかな?、大丈夫だよ、君はよく働いてくれている、悪いようにはしないから安心して・・・ある程度信用していたのだが彼がこのような酷い男だったとはね」
「・・・」
「それに自分の娘を捨てるとは・・・カーラさんはあの家でどんな扱いを受けてたの?」
「・・・さん」
「カーラさん・・・」
「へ?・・・あぅ、な・・・なんでしょうかお嬢様!」
「いや・・・ぼーっとしてたからどうしたのかなって、大丈夫?」
「申し訳ありません・・・少し昔の事を思い出しておりました、お嬢様と初めてお会いした頃の・・・」
「そういえばカーラさんがうちに来てから10年・・・もうすぐ11年になるのかな」
「早いですね、できればお嬢様が他のお家に嫁がれても私を一緒に連れて行って下さいませ」
「あはは、心配しなくても私結婚なんてしないから」
「・・・」
嘘ですね・・・お嬢様は昔から嘘が下手なのです。
もう薄々気付いているのでしょう・・・「彼」との婚約・・・そして結婚が避けられない事に。
アーノルド様はお嬢様がお好き・・・これは皆が知っています・・・お嬢様だけが気付いていない・・・いえ気付いていないふりをしています。
彼は何故かいつまで経ってもお嬢様に求婚をしません・・・というか、うちに来てもほとんどお嬢様との会話が無いのです。
お部屋にやって来て・・・
「体調はどうだ?」
帰り際に・・・
「また来る」
会話はこれだけなのです!。
でもこの状態が更に1年、2年と続けば・・・アーノルド様は他家からの縁談を全て断りマリアンヌ様のお部屋に入り浸っています、シェルダンの家族はいずれ痺れを切らせてうちに結婚の話を持って来るでしょう。
その時にボッチ家は拒否できるのでしょうか?、相手はこの国の筆頭貴族なのです。
もしアーノルド様の求婚を受け入れたら・・・お嬢様が今計画している自分のお店は開けない、それに大好きなお裁縫や読書をする自由な時間も無くなってしまう。
アーノルド様はシェルダン家の後継です、つまり上級貴族家次期当主の妻になるのだから屋敷を管理しないといけない、お勉強や社交も大変になるでしょう・・・人見知りで気弱なお嬢様には荷が重過ぎます。
そして1番の問題・・・お嬢様はアーノルド様に恋愛感情が無く、とても怖がっているという事・・・。
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フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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