鶴汀楼戯伝~BLゲームの中の人、男ばかりの妓楼に転生する~

鹿月

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第三話 雪柳

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「真波さん!」
 思わず叫んだ。その手を握り返す。
「いやです、そんな……最後だなんて言わないでください。せっかく……会えたのに」
「すまない。けれど……もとより明日など望めぬ任務だ」
 かっと目の奥が熱くなった。涙がこみあげてくる。そんなのひどい、ひどすぎる。
 国のために死を覚悟して働くなんてナンセンスだ。そんな仕事やめてしまえ、と思うのに、この人の生きている世界では決して通用しないだろうこともわかっている。ひどい。苦しい。理不尽すぎる。その想いが涙となって濁流のようにあふれ出した。
「ひどい、ひどいです。なんであなたがそんな思いをしないといけないんですか。僕だってあなたに会いたかった。僕だって……」
 ……あなたのことが。
 しかしその先は言えなかった。俺のこの気持ちはなんだろう。俺は彼が好きなんだろうか。例によって、優しくしてくれた人に懐いているだけではないのか。彼のひどすぎる運命に衝撃を受けて、同情しているだけではないのか。
 そもそも俺は男妓で、彼は客だ。気持ちを全部渡しちゃだめだって、月季さんも言っていた……。
 頭の中は混乱するし、けれど涙は止まらないしで、せっかくきれいにした化粧だって台なしだ。
「雪柳……」
 えぐえぐと泣く俺を見て、慌てた様子の真波さんが手を伸ばす。俺のほほを両手で挟み、机の上に身を乗り出して、俺の目元にくちづけた。そして涙を吸い取る。
 しかし涙は止まらない。言葉にできないもどかしさが、涙となってあふれ出しているようだ。
「泣かないで」
 気遣わしげな声。でも無理だ。こんな理不尽があるものか。彼は何も悪くないのに、今また危地に向かおうとしている。怒りのような感情が渦巻いて、俺は目の前の彼に、衝動的にくちづけた。
「……!」
 彼が息を呑むのがわかる。力任せの幼いキス。しかしやがて顔が離れた瞬間、寂しさを感じた。もっとこうしていたいと思ってしまった。
「……真波さん」
 彼の僅かに赤らんだ目元に触れ、そのままキスで濡れた唇にも指で触れた。俺は男妓で、彼は客だ。だったら俺は……俺のしたいようにする。
「陽と陽を合わせれば、武運が得られるんですよね?」
 真波さんは驚いたように俺を見つめた。そのまっすぐな視線に耐えきれず、目を逸らす。
「……だったら。……して、ください」
 言い終えて、唾を飲み込んだ。……まさか28年生きてきて、役以外でこんな台詞を吐くことになろうとは。
 けれどぽろりとこぼれ落ちたその言葉に悔いはなかった。むしろ今言わなければ、一生後悔しそうな気がした。俺にできる唯一のことは、これしかない。ひどすぎる運命に対抗できることがあるならば、なんでもしたい。何より今、俺は誰よりも彼の近くにいたい。
 真波さんはくっと唇を引き結んだかと思うと、俺の手を掴んで椅子から立たせ、手を引いて寝台へ向かった。
 そして寝台に押し倒されて、あの晩の再現のように、また唇を奪われた。頭の奥までぼうっとするようなキスに恍惚としている間に、着ているものをするすると脱がされる。慌てて俺も彼の帯に手をかけた。上着を落とし、中に着ているものの紐も解いて。まるでひとときでも惜しいとでもいうように、お互いの素肌を求める。
 たちまち俺の前は開かれて、彼の前に肌を晒すことになった。下半身を隠すこともできなくて恥ずかしい。一方彼は上裸でズボンだけの姿になって俺を見おろす。広い肩と無駄な肉の何もない引き締まったからだに息を飲む。
「雪柳……」
 彼は吐息と共に言うと、俺の胸に顔を埋めた。といってもぺたんとした男の胸だ、楽しくもないだろうと思ったのに、彼は俺の乳首をためらいもなく口にふくんだ。
「……あっ」
 たまらず声がもれる。そこに感じる熱い舌の感触はこそばゆくて、なんともいえない気持ちになった。
「や。そこ、あ」
 ぴちゃ、と舌の音がする。思わず彼の頭に手をやる。綺麗にまとめられた髪を乱すのはためらわれ、そっとその髪をなでた。一方彼の手はそのまま俺の腹を滑っていき、さらけ出された俺の敏感な部分に触れた。
「あ、ん」
 大きな手にすっぽりとつつまれ、ゆるゆると扱かれる。脳髄に刺激が走って息が上がる。気持ちよくて短い喘ぎが止まらない。でもだめだ、俺だけが気持ちよくなっちゃ。
 彼の下半身に手を伸ばし、ズボンの中に手を入れて、硬いものを探り当てる。やんわりと握り、真似して上下に動かし始める。他の男のものに触れるなんて初めてだが、不思議と違和感はなかった。
「くっ……」
 低い声が聞こえて顔を上げると、俺を見つめる目と目があった。涼やかな目に宿る光に、ぞくりと体が震えた。
 けれど嫌な気はしなかった。むしろ全身の体温があがる。この清潔感のかたまりみたいな人が、欲望をあらわにする瞬間に感じる………ぞくりとするような快感。
「ふあっ……」
 激しく扱き上げられて悶えながら、俺も動きをあわせ、彼のそれを懸命に擦り上げる。固く大きくなっていくそれに興奮する自分が信じられない。けれど男は嘘をつけないから、彼がどれだけ感じているかがダイレクトに伝わって、それが俺を煽り立てる。
「んんっ」
 どんどん追い詰められて、俺はもういきそうで。一人でいくのはなんだか嫌で、俺は彼のものに触れる手に力を込めた。
「はっ、はっ、真波、さん…………いっしょに、いっしょに……!」
 荒い息をつきながら手を動かす。見上げた真波さんの目は欲望に潤み、すごくセクシーだと思った。そして…………。
「あっ…………」
 裸の腹に飛んだ、生ぬるい液体の感触。彼が達したのだ、と理解するまでに数拍。そして俺もまた、彼の手に達してしまって……。
「ああ……」
 ため息とともに喘ぎが零れた。彼の体にしがみつく。わずかな汗の香りに恍惚としながら彼を見上げると、上からくちづけが降りてきた。
「雪柳…………」
 耳元に吹き込まれる低音。

 ――………………。

 吐息で彼がなにかを言った気がした。それはよく聞こえなかったけど、俺が彼に言えなかったように、彼もまた言えないのだ、と思った。
 …………それでもいい。この時間が、何よりも彼の気持ちを伝えてくれた。言葉よりも雄弁に。
「……ありがとう」
 彼のことばに頷いて、気恥ずかしさを感じながらも目を閉じた。彼の体温に包まれながら、この余韻をもう少し感じていたかった。

 …………ひよこは結局最後まで、俺達を邪魔することはなかった。
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