67 / 77
第三話 雪柳
7-1
しおりを挟む
俺は自分を好きだと言ってくれる人に弱い。学生時代、かわいくて人気の女子に告白されて、有頂天で付き合ったら、2か月後に振られた。その理由は「なんか思ったのと違う」だった。
それ以降も「声のイメージと違う」とか「中身が残念」とか。プラスに考えれば、外見と声はいい、ということなのかもしれないが、中身が残念ってなんなんだ。中身なんて漠然とした大きなくくりでまとめるな。話題のセンスがないとか口説き文句のバラエティが少ないとか、具体的に言ってくれ。それはそれで傷つくが。
結局俺の恋はなぜだかさほど長続きしなかったが、それはおそらく俺が恋というものにさほど興味がなかったせいだと思う。女の子とは、自分が一番でないことを敏感に感じ取るものなのだ。
別れたあとは、突発的な仕事も受けられることに安堵したし、人気が出てからは仕事を言い訳にしまくって、いつしか恋とも縁遠くなっていた。あの頃俺に時間をくれた女の子たちには申し訳なかったな。
……で、何が言いたいかというと。
俺は今、ふたりの男性にまるで恋人のように甘やかしてもらっている。とはいえこれは仕事なわけで、俺は彼らをそういう意味で好きになってはいけないのだ。
――いつかここを連れ出してもらうか、ふたりで心中するか。……ひとりで地獄に落ちるか。どれかだね。
月季に言われた言葉が蘇る。もしもお客を好きになってしまったら、の答えだ。
だから俺は絶対好きになったりしない。そんな強い心とともに、俺は今日も洗濯物を洗っている。
夕方からは雨が降ってきた。入口の灯籠に灯りを入れて、と頼まれて、急いで門の前へと向かう。ぱらぱらと雨を身体に受けながら、身体をかがめて門の前の石灯籠に灯りを入れていると、ふっと大きな影に包まれた。ふわりと漂う香りに顔を上げると、そこには真波さんの姿があった。黒い私服の袍に身を包み、俺に傘を差しかけている。
「真波さん!」
慌てて背筋を伸ばす。俺が立ちあがっても、長身の彼とは10センチ以上の差がある。
「……君に会いたくて」
傘の下の表情は優しい。とくりと胸が鳴って、彼を見上げた。
「君の都合は、どうかな」
見習いの俺の客は二人しかいない。俺は勢いよく頷いた。
「もちろん! 大丈夫です!!」
慌てて化粧を直し服を着替えて、どこかふわふわした気持ちで彼を迎える。洸永遼と違って、真波さんが予約なしで来てくれるのは初めてだ。会いたいと思ってくれることそのものがとても嬉しい。
しかも、彼に会うのはあの日以来だ。ひよこ出現のせいでうやむやになってしまったが、あの日、俺は彼とかなりいい雰囲気になっていたわけで。
やがて彼はそんな気配は微塵も感じさせない、清潔感100%の雰囲気をまとって部屋に入ってきて、テーブルに着いた。そして、テーブルの上に置いた俺の手にそっと触れる。
「その後どうだ? あの日以降、幼鳥は」
ようちょう。ひよこのことだろうか。この世界にはひよこって言葉はないのかな。
「あ、はい。大丈夫、です」
あの日以来、白ひよこは姿を現していない。今となっては母親の力について知る由もないし、出てこないならまあいいかなあ、と半ば忘れかけていた。いやまあ、大事なときに出てこられるのは困るのだが。
「よかった。誰にも、知られないようにするんだ。君の力はきっと貴重なものだから」
真剣な声に頷いて見せると、彼は微笑んで、俺の手をさらに強く握りしめた。
「今日は……あまりゆっくり過ごせない。明日からしばらく、私はここを離れる」
「え?」
驚いて彼を見た。彼の美しい目は、どこか切羽詰まって見えた。
「……あの件ですか? 洸さんの隊商の……」
驚いて聞くと、彼は頷いた。
「奴が……スアが、『迅』と決着をつけたいと、仲間に伝えてきたようだ。そのために隊商を襲っていたらしい。そうすれば、私が戻ってくるだろうと」
「なんてやつ……」
かつてスアと真波さんは宿敵だったという。とはいえ国に帰った相手を呼び出して決着をつけようだなんて粘着質すぎる。
「だから私は……青鎮将軍である程真波は休暇を取る。その代わり『迅』として、現地へ行く」
「………!」
絶句した。まさかそんな……。
「『迅』として、って。……それって」
「ああ。仮に『迅』が向こうで死んだとしても、青鎮将軍とは関係ない。そのときは、こちらの私は病死ということで処理される。スアの宣戦布告を聞いてから、王都ともやりとりをして……。その方向でいくことになった。奴は確実に、交易路の脅威になるだろうから」
淡々と語られる恐ろしい「もしも」に、身体が震えた。
「そんな、そんなの……。危ないじゃないですか」
「『迅』は正体のない刺客だ。影として生き、影として死ぬ。そういう存在だと覚悟していたし、これまでの私には、未練となるものもなかった。……しかし」
ぐっと、重ねた手が握りしめられる。動かなかった表情に、初めて迷いと悲しみが浮かんだ。人間らしいその表情に、胸が締め付けられる。
「……明日の早朝、ここを出る。だから最後に、君に会いたくて……」
それ以降も「声のイメージと違う」とか「中身が残念」とか。プラスに考えれば、外見と声はいい、ということなのかもしれないが、中身が残念ってなんなんだ。中身なんて漠然とした大きなくくりでまとめるな。話題のセンスがないとか口説き文句のバラエティが少ないとか、具体的に言ってくれ。それはそれで傷つくが。
結局俺の恋はなぜだかさほど長続きしなかったが、それはおそらく俺が恋というものにさほど興味がなかったせいだと思う。女の子とは、自分が一番でないことを敏感に感じ取るものなのだ。
別れたあとは、突発的な仕事も受けられることに安堵したし、人気が出てからは仕事を言い訳にしまくって、いつしか恋とも縁遠くなっていた。あの頃俺に時間をくれた女の子たちには申し訳なかったな。
……で、何が言いたいかというと。
俺は今、ふたりの男性にまるで恋人のように甘やかしてもらっている。とはいえこれは仕事なわけで、俺は彼らをそういう意味で好きになってはいけないのだ。
――いつかここを連れ出してもらうか、ふたりで心中するか。……ひとりで地獄に落ちるか。どれかだね。
月季に言われた言葉が蘇る。もしもお客を好きになってしまったら、の答えだ。
だから俺は絶対好きになったりしない。そんな強い心とともに、俺は今日も洗濯物を洗っている。
夕方からは雨が降ってきた。入口の灯籠に灯りを入れて、と頼まれて、急いで門の前へと向かう。ぱらぱらと雨を身体に受けながら、身体をかがめて門の前の石灯籠に灯りを入れていると、ふっと大きな影に包まれた。ふわりと漂う香りに顔を上げると、そこには真波さんの姿があった。黒い私服の袍に身を包み、俺に傘を差しかけている。
「真波さん!」
慌てて背筋を伸ばす。俺が立ちあがっても、長身の彼とは10センチ以上の差がある。
「……君に会いたくて」
傘の下の表情は優しい。とくりと胸が鳴って、彼を見上げた。
「君の都合は、どうかな」
見習いの俺の客は二人しかいない。俺は勢いよく頷いた。
「もちろん! 大丈夫です!!」
慌てて化粧を直し服を着替えて、どこかふわふわした気持ちで彼を迎える。洸永遼と違って、真波さんが予約なしで来てくれるのは初めてだ。会いたいと思ってくれることそのものがとても嬉しい。
しかも、彼に会うのはあの日以来だ。ひよこ出現のせいでうやむやになってしまったが、あの日、俺は彼とかなりいい雰囲気になっていたわけで。
やがて彼はそんな気配は微塵も感じさせない、清潔感100%の雰囲気をまとって部屋に入ってきて、テーブルに着いた。そして、テーブルの上に置いた俺の手にそっと触れる。
「その後どうだ? あの日以降、幼鳥は」
ようちょう。ひよこのことだろうか。この世界にはひよこって言葉はないのかな。
「あ、はい。大丈夫、です」
あの日以来、白ひよこは姿を現していない。今となっては母親の力について知る由もないし、出てこないならまあいいかなあ、と半ば忘れかけていた。いやまあ、大事なときに出てこられるのは困るのだが。
「よかった。誰にも、知られないようにするんだ。君の力はきっと貴重なものだから」
真剣な声に頷いて見せると、彼は微笑んで、俺の手をさらに強く握りしめた。
「今日は……あまりゆっくり過ごせない。明日からしばらく、私はここを離れる」
「え?」
驚いて彼を見た。彼の美しい目は、どこか切羽詰まって見えた。
「……あの件ですか? 洸さんの隊商の……」
驚いて聞くと、彼は頷いた。
「奴が……スアが、『迅』と決着をつけたいと、仲間に伝えてきたようだ。そのために隊商を襲っていたらしい。そうすれば、私が戻ってくるだろうと」
「なんてやつ……」
かつてスアと真波さんは宿敵だったという。とはいえ国に帰った相手を呼び出して決着をつけようだなんて粘着質すぎる。
「だから私は……青鎮将軍である程真波は休暇を取る。その代わり『迅』として、現地へ行く」
「………!」
絶句した。まさかそんな……。
「『迅』として、って。……それって」
「ああ。仮に『迅』が向こうで死んだとしても、青鎮将軍とは関係ない。そのときは、こちらの私は病死ということで処理される。スアの宣戦布告を聞いてから、王都ともやりとりをして……。その方向でいくことになった。奴は確実に、交易路の脅威になるだろうから」
淡々と語られる恐ろしい「もしも」に、身体が震えた。
「そんな、そんなの……。危ないじゃないですか」
「『迅』は正体のない刺客だ。影として生き、影として死ぬ。そういう存在だと覚悟していたし、これまでの私には、未練となるものもなかった。……しかし」
ぐっと、重ねた手が握りしめられる。動かなかった表情に、初めて迷いと悲しみが浮かんだ。人間らしいその表情に、胸が締め付けられる。
「……明日の早朝、ここを出る。だから最後に、君に会いたくて……」
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜
𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。
だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。
そこで出逢った簫 完陽という料理人に料理を教えてもらうことに。
そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?!
料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!
※、のところはご注意を。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる