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第三話 雪柳

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 切羽詰まったような声。その目に欲望が揺らめいているように見えて、息を呑んだ。ためらいながらも頷くと、すぐさま首筋にくちびるが降りてきて、衿元から手を入れられた。
「あ……」
 大きな手で素肌を撫でまわされる感触がくすぐったい。胸に脇腹に、そしてその下へとすべりおりていく指先に、息が上がる。
 ……なにか、なにか俺もしなきゃ。霞む頭で考えた。俺は懸命に、彼の帯を解こうと手を動かした。
 すると彼は俺に触れる手をとめ、俺をまたいで膝立ちになると、帯を解き長い上着を脱ぎ捨てて、寝台の下に落とした。中に着ているのは上下セパレートの着物みたいだ。その上もはだけるから、逞しい胸筋と引き締まった腹筋があらわになる。男としても羨ましいほどの身体つきに、思わず胸が高鳴る。
「雪柳。君が……欲しい」 
 心臓が飛び跳ねて、口から外に飛び出しそうだ。美しくりりしい形の眉がぎゅっと寄せられて、涼やかな目が俺を見下ろす。その目には確かに欲望が宿っていた。
 同性との経験など皆無だが、この人となら、と思ってしまった。そうだ、俺は欲情している。……でも、どうすればいいんだろう。
 とりあえず、うん、と頷いてみせた。見つめ合ったのは一瞬で、再び唇が塞がれた。熱い舌が差し込まれ、粘膜が触れ合う感触に脳が震える。
 俺の裸の胸に置かれた彼の手は、確かめるように乳首に触れる。その形をなぞられ、やわらかに摘みあげられて、思わず声が漏れる。
「んあっ……」
 彼は俺の首筋にくちづけながら乳首を弄び……。やがて下半身に、熱い手のひらを感じた。そしてその手が、俺の敏感な部分に触れて……。
 息が、止まりそうだ……。
「あっ……ん」
 大きな手のひらで握りこまれて、手を動かされる。強い刺激に身体が動くのが止められない。何かしなきゃいけないと思うのに、体がいうことを聞いてくれない。
「あっ、あ、あ」
 頭の中が沸騰している。気持ちよくて、熱くて、やばい。そこを人に触れられる喜びに、体中が震えている。心臓がどきどきどきとうるさくて、頭がガンガン鳴り始める。

 あれ……これ、あのときのやつだ。洸永遼に追い詰められたときの胸の痛み。
 なんで、どうして……今?
 ……俺だって、望んでいる、のに。

「く、う」
 俺の異変に気付いたのか、真波さんが動きをとめた。「雪柳?」と心配そうな声がする。
「やあ、だ。やめ、ないで」
 胸も苦しいが、中途半端に煽られたそこも苦しい。真波さんは困惑したように俺を見た。はっはっ、と荒い息をつきながら、大丈夫、と頷く。
 左胸の苦しさはだいぶ楽になり、なぜか痛みは左腕に移った。不思議だが、これなら続けられそうだ。
「はや、く。お願い」
 懇願すると、彼は頷いて、ふたたび手を動かし始めた。
「あっ、あ、あっ」
 しゅっしゅっと音を立てて、俺のそれがこすり上げられる。そもそも俺が奉仕すべき立場なのに、気持ちよくされちゃっていいんだろうか、なんて思う間もなく。頭の中は快感に支配され、いくことしか考えられなくなる。
 けれど同時に、なぜか左手が急に熱を帯び始めた。手のひらも、そこも、あつい。あつくて……。
「はっ、は……お願い、おねが、い」
 彼の手の動きがひときわ早くなり……。
「あっ、あっ、………ああっ!」
 俺はこらえきれず、彼の手に精を放った。

 …………そのとき。

 …………ぱああああっと、まばゆい光が部屋に満ちた。何の脈絡もなく突然に。

 思わず目をつぶる。そして目を開けると……。
「雪、柳……。これは?」
 見たこともないほど眉を下げて、困惑しきった真波さんの顔が目の前にあった。そして、彼の左手の上には……。



 白い……、

 白い…………ひよこが、いた。

 ……ひよこ?

 何が起きたのか理解できない。ちょっと意味がわからない。
「真波、さん。それ……」
 さっき俺は彼とその、ちょっとやらしいことをしたわけで。俺は彼の右手でいかされたはず。そして今彼が出している手は左手で、その手のうえにはひよこが乗っている。
 そのひよこはなんだ? どこからきた? 頭の中に混乱のハテナマークがぐるぐる回る。
「……君の手から光が出て……。目をつぶって、開けたら……これが、君の腹の上にいた」
「えっ!!!」
 ………なんですと。
 ひよこはぴよぴよとひよこらしく鳴きながら、俺の腹の上にちょこちょこ上がってきた。そしてちょんちょんとくちばしで俺の胸をつつく。こ、こそばゆいからやめてくれ!
「まさか……君は……」
「あ、え……」
 ……冷静に状況を整理してみよう。俺は大事な部分をさらけ出したまま、胸にはひよこを載せているという訳の分からない状況だ。対して真波さんは片手で俺をいかせた状況のまま固まっている。とりあえず……。
「すみません、真波さん……。一旦……仕切り直させてください」
 ……こうして俺の男妓としての「ご奉仕 (され)」デビューは、まったくもって意味不明なアクシデントで幕を閉じたのだった。
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