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第三話 雪柳

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 翌日の夜。仕事が終わってから俺は月季兄さんの部屋に向かった。ナンバー1である月季には、客は事前予約でしか会うことはできない。なので予約のない夜は自由なのだそうだ。
 俺は緊張しながら部屋の前に立って、戸を叩いた。「おはいり」という小さな声を聴いて扉を開ける。朝のお務めで湯を持ってくることはあるけれど、がっつり中に入れてもらうのは初めてだ。
 月季の部屋は、今まで見たどの男妓の部屋よりも広い。入ってすぐの、テーブルがあるスペースもひろびろとしていて、窓際には長椅子とチェストのような家具も置かれている。しかし窓は小さく高めの位置にあり、主に明かり取りのためのようだ。今は夜なのでもちろん明かりはなく、豪華な燭台に灯された幾本もの蝋燭の灯りがゆれていた。
「月季、兄さん?」
 恐る恐る問いかけるが、テーブルのあるスペースに、月季はいなかった。すると遠くから、「こっちへおいで」と声がする。
 もう一つの扉を開くと、これまた広々としたスペースに、大きな寝台が据えられていた。その前には、椅子に座るタイプの鏡台がある。鏡台の鏡は大きく、上半身がすべて映るくらいのものだ。
 その他にも書き物机と、部屋の端には大きなクローゼットのような家具が置かれている。どれも精緻な彫刻が施された見事なもので、サイズも大きいが、部屋が広いので圧迫感はない。しかし……そこにも月季の姿は見えなかった。
 さらに奥にはもう一つ扉があった。そういえばナンバーワンの部屋には風呂があると言っていたから、あそこがそうなのかもしれない。
「月季……兄さん」
 そっと扉を開くと……。むわっとした湿気とともに、甘い香りがした。その奥に……木で作られた風呂桶に浸かる、月季がいた。
 長い髪を頭の上で結い上げているから、美しい白いうなじもあらわだ。湯には花びらが浮かんでいる。月季は花びらごと湯を掬いあげ、首筋から肩にすべらせた。ぱしゃんと水の音がして、ふわりと香りが強くなる。赤紫の花びらの中の月季はまるで絵のように美しくて、俺は息をするのも忘れて見入った。
「おいで。雪柳」
 ……あっ、思い出した。このシーンもスチルにあったぞ! 薔薇の花びらの中の月季。そして俺は誘われるようにそこに入って……彼を思うがままに……って!! それどこルート!? 俺がスーパー攻様のやつだよな? てか今の俺じゃ無理じゃね?
 一人でパニックになっていると、月季は不思議そうに首を傾げた。
「なに突っ立ってるんだい? こっちにおいで」
 言われるがままに足を踏み出す。彼の傍に立つと、彼は濡れた手で俺の頬に触れた。
「お前は服を着たまま風呂に入るの? 服をお脱ぎ」
 ためらいはしたものの、拒否できるわけもなく。仕方なく服を脱ぐ。下着も……脱いで、畳んで傍の台の上に置いた。浴室の中には、思考を奪われそうな甘い花の香りと、幻覚のように美しいひと。彼の傍に裸のまま立つと、彼は微笑んで、手桶で湯を肩にかけてくれる。丁度いい温度の湯が、身体を滑り落ちていく。
「自分で身体を洗ってごらん。見ていてあげるから……」
 ……恥ずかしい。じっと、俺のからだを見つめる彼の目線を感じる。ゴクリとつばを飲み込んで、手でからだを洗い始めた。まずは首から。そして脇、胸、腹周り。そして……。
「そうそう。そこも綺麗にしないといけないね。ひとさまのものを洗ってあげるみたいに、丁寧に……」

 ………。
 ……………。
 ………………ぎゃあああ!!!
 だめだこんな官能小説みたいな展開絶対無理! ちょっと待って!!!
 俺はすっくと立ち上がり、台に置いた着物を手に取ろうと手を伸ばし……その手を月季につかまれた!
「……おやおや。逃げる気? せっかく……風呂で教えてあげようと思ったのに」
 その美しい顔には呆れが浮かんでいる。それでも十分すぎるほどに彼は美しい。
「いやいやいや! 勘弁してください、月季兄さん。僕は今日初日なんですから……」
 涙目で言うと、月季は面白そうに吹き出した。
「お前、面白いね。この雰囲気にも流されずに自分を保つとは、大したもんだよ。大体はあたしの思い通りになるんだけどね。......とりあえず風呂には入りな。何にもしないよ」
 ……そうして俺は、妓楼ナンバーワンの月季兄さんと一緒に風呂にはいるというドキドキミッションをこなしたのだった。てかなんだよそのミッション。
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