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第三話 雪柳

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 月季とのレッスンは、明後日、次の休みの前の夜に決まった。ということは、夜更かしするということか。考えるだけで胸の奥が重くなる。
 洗濯物を畳みながらふう、と息をつくと、前に座っていた皐月が気遣わしげに俺を見た。
「雪柳、どうした? やけにため息が多いけど」
 気付かれてた! やはり俺はわかりやすいのか。今日は珍しく秋櫻がお使いでいなくて、俺たちは2人で洗濯物を取り込んで畳んでいる。夕方前の少しだけのんびりした時間だ。このあと早めの夕食を食べると、一気に忙しくなるのだ。
「僕……孵化のための修練、始めることになって。まずは月季兄さんと。それで」
「月季兄さん?」
 皐月は驚いたように言った。「なんで?」
 いやそれは俺が知りたい。
「さあ……。でも、僕の孵化とその手ほどきは、洸永遼さんが担当、してくれるかもしれなくて。だからその前の段階は、月季兄さんに……」
「ああ」
 皐月は納得したようだった。
「もうお相手が決まってるんだね。そうか、じゃ、月季兄さんのあとは天佑さんじゃないんだ。……僕は最初は鈴蘭兄さん、そのあとが天佑さんだよ。いまもそう」
 ふっと、整った顔に落ちるのは、影ではなくて。ふいに彼が色っぽく思えて、俺は息をのんだ。
「天佑さん、僕を鍛え直してるから大変なのかもね」
 ふふ、と微笑む。彼は「それ」が嫌だったんじゃないんだろうか。寒い夜に水をかぶって身を清めるくらいに。
「……修練は、つらいですか?」
 気づけば聞いていた。以前の皐月には決して聞けなかった質問だ。すると皐月は首を横に振った。
「最初はね。好きな人が……いたときは。天佑さんは上手だから」
「へ?」
 思わず間抜けな相槌を打ってしまった! なんだそれ。文脈がおかしくないか。
「……痛いんじゃないんですか?」
 なんか、イメージ的に。すると皐月は困ったように肩をすくめた。そして手元の手ぬぐいを丁寧にたたむ。
「……痛い時もあるよ。最初、後ろを拡げるときとか」
 ……うしろをひろげる。それはあれか! あれなのか! 
 目の前の綺麗な少年から出る言葉に心の中で右往左往する俺を知るよしもなく、皐月は洗濯物に目を落としたまま言った。
「でも……慣れると気持ちいい所が見つかって……。前も触られて、どうしようもなくなる。おかしくなるんだ。好きな人にされてるわけじゃないのに。天佑さんはうまいから」
 ……心臓がどきどきとうるさい。まさか昼日中からこんな話を聞かされるとは思わなかった。
「それは男の性だからって、天佑さんは言ったけど。僕は自分が許せなかった。気持ちいいと思う自分が、汚れた気がして。それで」
 それで、真夜中に水を浴びていたのか。全てが繋がって、俺はまた唾を飲み込んだ。
「でも……わかった。そうだったんだよね」
 皐月は呟いて、また手ぬぐいをたたみ始めた。彼は適当な俺とは違って、両端までぴんと伸ばしてきちんとたたむ。几帳面な性格なんだろう。一方俺は手を止めて、彼の話を固唾を呑んで聞いている。
「あの夜、ここを出て、好きな人と寝たときさ。もう……気持ちが冷めてきてたからかもしれないけど。気持ちよくなかったんだ。……たとえ好きなひとでも、自分勝手な行為じゃ感じない。それより……相手を感じさせようとする行為のほうが気持ちいいんだって、知っちゃった」
「え」
 おおおおお大人すぎる。話題が大人すぎて付いていけないんだが。ちなみに俺は28だけどな。
「天佑さんとの修練で気持ちよくなっちゃったのは、天佑さんが相手を感じさせようとしてるから。そしてそれが、僕たちの商売でしょう? なんだ、そんなことだったんだ、って思ったら、なんかふっきれた」
 皐月が顔を上げて微笑む。美しい笑みにはやはり、以前にはなかった色気がにじむ。あの日、彼が帰ってきた裏には、こんなことがあったのか。こうして少年は、男妓になっていくんだな……。
「だから雪柳も……。痛いこともあるけど、もし気持ちよくなったとしても、自分を責めたりしないで。それが僕たちの商売なんだから」
 皐月は俺を安心させるように微笑んだ。淫らさなどひとかけらも感じさせない、美しい笑顔。夜の彼を見たいと思う客は多いだろう。彼はきっと、いい男妓になるに違いない。
 俺はどきどきする胸を押さえながら、うん、と頷いた。いつの間にか、さっき感じていた不安や焦燥はどこかに消えていた。しかしこれは、きっとショック療法というやつだと思う。とりあえず俺は皐月の友情に感謝したのだった。
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