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第三話 雪柳

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 イケメンと添い寝するお仕事、美味しい夕食と高給、ふわふわのお布団つき。そう言えば聞こえはいいが、実際はちょっと困ることもある。
 紳士的な程真波将軍と、遊び人の豪商、洸永遼。真逆のふたりだけど、それぞれにすこし俺は悩んでいる。というのも全ては、そもそも俺は……このままでいいのかという悩みに起因する。

 洸永遼の困りごとの解決に協力して以来、彼はふらりと妓楼に現れるようになった。予約して来ることもあれば、突然立ち寄ることもある。突然来られるとメイクも衣装も最低限で宴席に着くのだが、彼は気にしていないようだった。
 今日もまさにそうだったので、俺は美味そうに酒を飲み干す彼に聞いてみた。
「うちにはすごく綺麗な兄さんたちがたくさんいるのに。どうして僕なんですか?」
 すると彼はにこっと微笑み、言った。
「君みたいにほぼ素顔で接客してくれる子はいないよな。私は素顔の君が好きだから、化粧してる君も好きだ。その逆は難しいかもしれないだろ」
 ……不覚にもすこしときめいてしまった。確かに彼とは初対面はほぼノーメイクだったので、その時気に入ってもらえたならそうなんだろう。
 しかし、夜のお相手は俺には出来ないけど。さすがにそれは言えなくて飲み込むと、彼は机にぐいと身を乗り出して俺を見た。その長い指が俺の顎に触れ、美しい二重の目に捉えられる。
「心配するな。私だって別に、毎日誰かと肌を合わせないと死ぬってわけでもない。発情期の獣でもないんだし」
 ……彼はこの世界では一番現代っぽい言葉遣いをする人だ。外国とのやり取りもあるし、進歩的なんだろう……ではなく。彼はいつも、俺の考えていることを的確に読み取る。単に俺がわかりやすいのかもしれないが。
「ああ、ただ、君とはそういう意味でもお相手したいね。君が決断するまで、待ってる」
 軽い笑い声とともに、俺の唇に触れた指が離れていく。
 ……どきりとまた胸が鳴る。
 悪いのは俺ではなく、きっとフェロモン垂れ流しのこの男のほうだ。この男にこうされて、こうならない人はいないと思う。

 翌朝、昼まで休みをもらって、昼飯を取りに厨房へ行くと、すでに食べ終わっていた鶴天佑に声をかけられた。終わったら話があるという。食堂でできない話と言えば……。緊張しながら、彼の部屋へと向かった。
「雪柳、参りました」
「おう、入れ」
 ドアを開け、テーブルの、鶴天佑の前の席に座る。いつものごとく茶を出してもらいすすっていると、言い出しづらそうに鶴天佑が言った。
「あのな……。夜の修練の件だが」
 ――きた。皐月も受けたという夜のレッスンだ。なんだかAVぽいと思ってしまうのは、俺の貧困な発想力のせいか。ごくりとつばを飲み込んだ。
「はい……」
「改めて、洸さんから、引き受けたいと申し出があった。通常は俺がやるんだが、準備はともかく、実践はあのひとに教わるのは悪くないと俺は思う」
「えっ」
 思わず声を上げると、鶴天佑はわかる、というように頷いた。
「驚くよな。でも、孵化の前から目をかけられて、孵化のお相手にいろいろ教わることは、うちではままあることなんだ。青鎮軍の将軍が行うのは一代に一度限りだし、孵化のみに付き合う人がほとんどだ。だから修練は俺が担当することが多い」
 ……なるほど! だから、皐月の修練の担当は鶴天佑だったんだな。真波さんは任務のために1回だけはこなそうと思っていただろうから。……ということは。
「……僕の孵化のお相手は、洸さんってことですか?」
「いずれはな。ただ、まあ、あのお人ならうちとしては願ってもない」
「……はい」
 なにも言えなかった。今も彼は常連だし、彼の店で扱う品物はここでも仕入れているという。金払いもよく見目もよく、おそらくサービス精神も旺盛だ。まさになんの問題もない人選だろう。
 ……だけど。するなら最初は真波さんがよかったな、という思いはずっとある。義理というかなんというか……。
「ただな……。かといって、お前はこの世界に入りたての、まだまだひよっこだ。あの人に全て任せるのには不安もある」
 でしょうね、俺もそう思う。鶴天佑はあごに手を当てて、考え込む仕草を見せたかと思うと。
「だから、まずは月季に頼もうと思う。まずはいろいろとあいつに習ってくれ。あいつがいいと言ったら、次に進める」
「えっ」
 突然の月季兄さんの名前に絶句すると、鶴天佑は笑って、俺の頭をポンポンと叩いた。
「心配するな。俺の……盟友だ。あいつなら、きっと上手く教えてくれる。洸さんに手ほどきしてもらうのは、それからにすればいい。洸さんには、もう少し待ってくれと言っておくから」
「は……い」
 ……とりあえず、洸永遼との手合わせの、時間稼ぎにはなりそうだ。俺はちょっとだけほっとして、深く頷いた。
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