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第二話 紅梅
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早速その日の午後から、俺は調査を開始した。文字もまともに読めない俺ができることと言えば聞き込みくらいだ。とはいえ俺がいきなり「紅梅」を調べるのもおかしいので、紅梅という伝説の男妓がいると聞いて、もっと知りたいと思ったということにした。
まずは仕事で会う兄さんたちに聞いてみたが、有力な情報はなかった。しかしその中で、ゴシップ大好きな鈴蘭兄さんが気になる情報をくれた。
「そういえば昔は花祭りっていえば梅の花だったらしいよ。20年前の大禍、あれがちょうど梅の時期でね、今では桃になったらしい」
昨日はお客を奪う形になった上に、結果的に部屋を追い出してしまったため少々気まずく、謝りもしたが、ごくさばさばした対応をしてくれたのでほっとした。
20年前の事件と、その後の侵攻については、「大禍」と表現する人が多い。鈴蘭兄さんのように当時はまだここにいなかった人と、そうでない人の間では、印象も違うだろう。
やがて忙しくなり、慌ただしくお客さんを迎える手伝いをして、ようやく夜の自由な時間が訪れた。何をしようかとうきうきしていると、鶴天佑が呼んでいると聞かされた。なんだろう、とまたもや緊張しながら部屋に向かう。
「雪柳です。失礼します」
声をかけて扉を開ける。拱手して中に入ると、テーブルに着いた鶴天佑がこちらを見た。
「ああ、仕事終わりにすまないな」
「いえ」
「まあ、座れ」
座ると、目の前に茶を出してくれた。ありがたく頂く。
鶴天佑はふう、と息をつき、茶碗を大きな手で包み込みながら言った。
「なあ、雪柳。程将軍が4日後、お前を指名したいそうだ」
「……はい」
程将軍が前に来てからまだ2日しか経っていない。4日後と言ったらほぼ週一じゃないか。お金は大丈夫だろうか。
「お前と一緒だと安眠できると言っていた。そんな需要もあるんだな」
鶴天佑がおかしそうに笑う。つられて俺も笑った。
「いつまでも皐月のを着せておくわけにもいかないし、お前にも、衣装を作ってやらないとな……」
「……ありがとうございます」
真波さんと会えるのは嬉しい。彼にだってサービスなどできていないのは同じだけれど、彼はそれでもいいと言ってくれる。微笑んで鶴天佑を見つめると、すっと目を逸らされた。……なんで?
「もう一つ、あるんだ。……ちょっと困ったことになった」
ずばり、切り込んでくる。なんだ困ったことって。
「……洸さんが、正式にお前を指名したいそうだ」
「え……」
思わず声が漏れた。まさか……。
「まだ蛋だから、閨の相手はできないと言ったんだが。程将軍は指名しているだろうと言われてな」
「えっ」
言っておくが、俺の口癖は「え」ではない。……なかったはずだ。しかし驚くことが多すぎる。
「程将軍が孵化まで待つなら自分も待つ。……なんなら自分がお前の孵化の相手を務める、と仰ってな……。こちらとしても、待つと言ってくださるなら無碍に断ることもできないんだ」
昼間別れたときの爽やかな笑みが蘇る。あの時点ではもう決めていたんだろうか。
「……そう、ですよね」
なぜ俺が指名されたんだろう。俺が「紅梅」について調べるといったせいだろうか。
「鈴蘭の補助としてお前をつけるなら問題ないんだが……。指名を一人に定めると、しばらく他の男妓には変えられない。だからほとんどの客は、気になる男妓を幾人か試しにつける。そして指名を変えるのが定番なんだよ。あの人はいつも二番手を付けてくれるが、まさかお前を選ぶとはな……」
不可解そうな表情で首を傾げる。俺だってそう思う。
「……お前も秋には秋櫻と一緒に孵化を迎えさせようかと思う。ただ、まだ時間もあるし……。万が一求められたときに動揺しないように、修練も始めようかと思っている」
「えっ!!」
……髪の毛が逆立つかと思った。修練って……あれだよな……。性的なやつ……。急にしょげ返った俺を見て、鶴天佑は心配そうに眉を寄せた。
「程将軍は大丈夫だろうが、洸さんのほうだな……。あの人も無体はしないから大丈夫だとは思うが。まあ、すぐというわけじゃないが。……心づもりをしておいてほしい」
「……はい」
俯いた。もうすでに洸さんは俺に無体を働きかけているのだが、言わないでおく。仕事柄、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない、ともわかってはいる。
けれど……やっぱりいやだ、という気持ちからも逃れられない。
すると、鶴天佑はほっとしたように笑った。
「助かる。あの人の一族は、俺たちにとっては恩人なんだ」
「恩人?」
思わず聞き返してしまった。鶴天佑は頷く。
「20年前の大禍で、この街は一度大変なことになった。……復興に尽力したのが、洸さんの父親、洸斎永さんだ」
目を伏せて言う。彼はいま30代だろうから、大禍の頃はまだ幼かっただろう。どのような記憶を持っているんだろうか。
「あの時一番被害が大きかったのは、最初に事件が起きたうちだ。多くの男妓を失ったうちをいちから立て直すときに、洸斎永さんが助けになってくれたと父は言っていた」
眉間にしわを寄せ、辛そうに言う。鶴天佑が洸永遼の言いなりなのは、そんな理由からだったのか。
「だから、この街では皆、洸さんに感謝しているんだ。もちろん、その息子の永遼さんも支えたいと思っている」
「わかりました。がんばります」
深く頷くと、鶴天佑は優しい微笑みを浮かべた。そして俺の肩を叩く。
「ありがとう。……その代わり、指名が入った日の給金は景気よく増やすからな」
「……はい!」
お金。お金はやっぱりうれしい。ちょっと元気になって顔を上げると、鶴天佑は笑って、俺の髪をぽんと撫でた。
まずは仕事で会う兄さんたちに聞いてみたが、有力な情報はなかった。しかしその中で、ゴシップ大好きな鈴蘭兄さんが気になる情報をくれた。
「そういえば昔は花祭りっていえば梅の花だったらしいよ。20年前の大禍、あれがちょうど梅の時期でね、今では桃になったらしい」
昨日はお客を奪う形になった上に、結果的に部屋を追い出してしまったため少々気まずく、謝りもしたが、ごくさばさばした対応をしてくれたのでほっとした。
20年前の事件と、その後の侵攻については、「大禍」と表現する人が多い。鈴蘭兄さんのように当時はまだここにいなかった人と、そうでない人の間では、印象も違うだろう。
やがて忙しくなり、慌ただしくお客さんを迎える手伝いをして、ようやく夜の自由な時間が訪れた。何をしようかとうきうきしていると、鶴天佑が呼んでいると聞かされた。なんだろう、とまたもや緊張しながら部屋に向かう。
「雪柳です。失礼します」
声をかけて扉を開ける。拱手して中に入ると、テーブルに着いた鶴天佑がこちらを見た。
「ああ、仕事終わりにすまないな」
「いえ」
「まあ、座れ」
座ると、目の前に茶を出してくれた。ありがたく頂く。
鶴天佑はふう、と息をつき、茶碗を大きな手で包み込みながら言った。
「なあ、雪柳。程将軍が4日後、お前を指名したいそうだ」
「……はい」
程将軍が前に来てからまだ2日しか経っていない。4日後と言ったらほぼ週一じゃないか。お金は大丈夫だろうか。
「お前と一緒だと安眠できると言っていた。そんな需要もあるんだな」
鶴天佑がおかしそうに笑う。つられて俺も笑った。
「いつまでも皐月のを着せておくわけにもいかないし、お前にも、衣装を作ってやらないとな……」
「……ありがとうございます」
真波さんと会えるのは嬉しい。彼にだってサービスなどできていないのは同じだけれど、彼はそれでもいいと言ってくれる。微笑んで鶴天佑を見つめると、すっと目を逸らされた。……なんで?
「もう一つ、あるんだ。……ちょっと困ったことになった」
ずばり、切り込んでくる。なんだ困ったことって。
「……洸さんが、正式にお前を指名したいそうだ」
「え……」
思わず声が漏れた。まさか……。
「まだ蛋だから、閨の相手はできないと言ったんだが。程将軍は指名しているだろうと言われてな」
「えっ」
言っておくが、俺の口癖は「え」ではない。……なかったはずだ。しかし驚くことが多すぎる。
「程将軍が孵化まで待つなら自分も待つ。……なんなら自分がお前の孵化の相手を務める、と仰ってな……。こちらとしても、待つと言ってくださるなら無碍に断ることもできないんだ」
昼間別れたときの爽やかな笑みが蘇る。あの時点ではもう決めていたんだろうか。
「……そう、ですよね」
なぜ俺が指名されたんだろう。俺が「紅梅」について調べるといったせいだろうか。
「鈴蘭の補助としてお前をつけるなら問題ないんだが……。指名を一人に定めると、しばらく他の男妓には変えられない。だからほとんどの客は、気になる男妓を幾人か試しにつける。そして指名を変えるのが定番なんだよ。あの人はいつも二番手を付けてくれるが、まさかお前を選ぶとはな……」
不可解そうな表情で首を傾げる。俺だってそう思う。
「……お前も秋には秋櫻と一緒に孵化を迎えさせようかと思う。ただ、まだ時間もあるし……。万が一求められたときに動揺しないように、修練も始めようかと思っている」
「えっ!!」
……髪の毛が逆立つかと思った。修練って……あれだよな……。性的なやつ……。急にしょげ返った俺を見て、鶴天佑は心配そうに眉を寄せた。
「程将軍は大丈夫だろうが、洸さんのほうだな……。あの人も無体はしないから大丈夫だとは思うが。まあ、すぐというわけじゃないが。……心づもりをしておいてほしい」
「……はい」
俯いた。もうすでに洸さんは俺に無体を働きかけているのだが、言わないでおく。仕事柄、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない、ともわかってはいる。
けれど……やっぱりいやだ、という気持ちからも逃れられない。
すると、鶴天佑はほっとしたように笑った。
「助かる。あの人の一族は、俺たちにとっては恩人なんだ」
「恩人?」
思わず聞き返してしまった。鶴天佑は頷く。
「20年前の大禍で、この街は一度大変なことになった。……復興に尽力したのが、洸さんの父親、洸斎永さんだ」
目を伏せて言う。彼はいま30代だろうから、大禍の頃はまだ幼かっただろう。どのような記憶を持っているんだろうか。
「あの時一番被害が大きかったのは、最初に事件が起きたうちだ。多くの男妓を失ったうちをいちから立て直すときに、洸斎永さんが助けになってくれたと父は言っていた」
眉間にしわを寄せ、辛そうに言う。鶴天佑が洸永遼の言いなりなのは、そんな理由からだったのか。
「だから、この街では皆、洸さんに感謝しているんだ。もちろん、その息子の永遼さんも支えたいと思っている」
「わかりました。がんばります」
深く頷くと、鶴天佑は優しい微笑みを浮かべた。そして俺の肩を叩く。
「ありがとう。……その代わり、指名が入った日の給金は景気よく増やすからな」
「……はい!」
お金。お金はやっぱりうれしい。ちょっと元気になって顔を上げると、鶴天佑は笑って、俺の髪をぽんと撫でた。
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