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第二話 紅梅

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 急に大人しくなった俺に気を良くしたのか、洸永遼は俺の服を脱がせ始めた。前が開かれ、肌にひやりと外気が触れる。大きな手のひらが、胸から脇のラインをたどり、下半身へと降りていく……。
 ……そのとき、華やかな香の匂いがした。洸永遼のまとう香りだ。真波さんとはまた違うエキゾチックな香り。
 ……こんなことなら、真波さんとすればよかった。あの人は仕事上の義務だったのに、俺のためにやめてくれた。どうせこうなるんなら、初めてはあの人がよかった。
 そう思ったら急に胸が苦しくなった。心臓が早鐘を打ち、目の奥が熱くなる。
 ばくばく……。鼓動は驚くくらい早くなっていた。なんだ、これ……。胸が痛い。心筋梗塞とかやばい病気かも。思わず胸に手をやった。今にも胸郭を破って心臓が飛び出してきそうだ。痛いというか、なんか……変だ。
「あ、あ……く」
 へんな汗が出て、目の前がちかちかする。思わず体を折り曲げると、異変に気付いたのか、洸永遼が動きを止めた。
「……どうした? 大丈夫か?」
「あっ。胸が……くるし……」
 胸の中で何かが暴れている。心臓なのか、もっと違う部分なのかもうよくわからない。
 すると俺の目を、大きな掌が覆った。
「……落ち着け。大きく息を吸うんだ。できるか?」
「んっ……む……」
 言われるがままに、なるべく息を大きく吸い、吐いた。次第に、胸の震えがおさまっていく。しばらくそうしていると、だんだん痛みが収まってきた。
 そして、やがて先ほどの苦しみは嘘のように落ち着いた。一体なんだったんだろう。
「……ごめんなさい……」
 呟くと、ふいに目の前が明るくなった。彼が手をどけたのだ。そして、涼やかな目と目が合った。洸永遼も横たわって俺を見つめていた。
「もう、平気か?」
 聞かれて、頷いた。すっと手が伸びてきて、俺の目もとにふれる。そこで初めて、俺は自分が泣いていたことに気づいた。
「……泣かせてしまったな」
 痛ましげに眉が顰められる。俺は首を横に振った。
「すみません……。ちょっと、体調が悪くて……」
 すると洸永遼も首を横に振り、呟くように言った。
「もとより私が無理を言ったからな。すまなかった」
 不意の謝罪に驚いた。この世界では彼は圧倒的強者で、俺は弱者だ。虐げられても仕方がないのかもしれない、と半ば諦めていた。けれど彼は謝ってくれた……からといって、許されるわけでもないけれど。
「もう……大丈夫です」と言うと、洸永遼は安心したようにうなずいた。
「いきなりで、驚いたよな。ごめん」
「……いえ」
 首を横に振ると、洸永遼は俺の髪に触れ、そっと撫でる。
「……程将軍に、珍しくご執心の子がいると聞いたから。興味が湧いてね。彼は金にも女にも男にも、何にもなびかないと評判だったから」
 確かに真波さんは仕事でなければ妓楼とは無縁の人だろう。俺もどうして彼が俺を気にしてくれるのかは気になるところだ。
「……君といるときは、彼はどんな人なのかな?」
 不意に思いも寄らない質問を投げかけられ、驚いた。考え考え答える。
「真面目で、優しい、笑顔の素敵な方です」
 すると彼は真面目な顔で「来い来い」とばかりに手招きする。若干警戒しながら近寄ると、再びその胸に抱き込まれてしまう。
「……君は男妓としての作法を学ぶべきだな。閨で他の男をほめるなんて」
 って、あなたが聞いたんだろう、と思ったが。その口調に責める気配はなく、ただ楽しそうだ。そして、抱きしめられる腕に力が籠った。また心臓が鳴り始めるが、さっきみたいな危機感はない。
「……あったかい、か。確かに」
 洸永遼はぽつりと呟き、俺の髪に顔を埋める。そしてかぎりなくセクシーな低音ボイスが耳に吹き込まれた。
「……じつは最近あまり眠れてないんだ。今日はこのまま、寝ていいかな」

 えっ……。

 ……そんな風にして、イケメンと添い寝するお仕事がまたひとつ増えたのだった。
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